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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
30/45

第30話 悪魔の目


 あまりにも唐突とうとつで残忍な事件は、〈 精霊 〉のおさの上に降りかかった。

 事件が起こったのは、春の嵐が一晩中吹きあれ、ガタビシと窓や板塀を打ち鳴らす音が続いた夜だった。それがわざわいしたのか賊の侵入に気づいた者はなく、家人けにんたちが主人あるじむくろを発見したのは朝になってからだった。

 家人けにんからの知らせを受けたまわり方(警察)は、いち早く〈 火 〉の屋敷に知らせを入れたので、俺やビンズイたちが、市中にあるオオルリの屋敷に駆けつけた時、オオルリと夫人のむくろは尋常でないありさまで床に転がったままだった。

 夫人は寝室の戸口のあたりで、オオルリは隣の部屋まで逃げてきて、それぞれ事切れていた。

 オオルリのむくろのまわりでは、椅子や丸テーブルが倒され、景徳鎮の大壺が砕け散っていた。床につっ伏しているむくろはひどく傷つけられていた。

 なかでも、背中に深く刺さったままの剣先は、背骨を貫き床にくいこんでいる。俺はもどしそうになって両手で口を押さえた。

「こ、これは・・・。」

「〈 悪魔の目 〉ではないか!」

 ビンズイたちが驚愕きょうがくの面持ちで見つめていたのは、オオルリを標本の蝶のように床に押し留めている大剣だった。

〈 悪魔の目 〉という言葉には、おおいに聞き覚えがあった。この国でしか産出しない希少鉱物で作られる魔刀剣である。刀匠の里に入るための合い言葉にするくらいだから、フルキの最強兵器と思われた。

 俺は、あらためて大剣を見た。剣身がかすかに赤く光って見える。素人の俺が見ても、ただならぬ気配を放っていた。

 つかの部分にはなんの装飾もなく、これほどの剣なら必ず刻まれる号もなかった。

 そんなところから、特定の王や武将に献上された剣ではなく、兵器としてのみ生産された物、しかも試作品のような印象を与える、というようなことをビンズイたちが話しているのが聞こえた。

 やがて、ビンズイたちは数人がかりで、床とオオルリから忌まわしい剣を引き抜いた。

「賊は怖ろしい怪力だな。」

「それもそうだが、やはりこれのせいだろ。イカル様の魔剣〈 いかづち 〉なら、これくらいは、ヤってしまう。」

ビンズイたちの表情がひどく青ざめているのは、オオルリの痛ましい死にざまのせいだけではなさそうだ。

 賊が残していったものといえば、この剣だけだった。おそらく、引き抜くことが出来なかったのだろう。

 貴重なはずの武器を見捨てて、急いで逃げなければいけなかったということは、見つかると不利だと考えるくらいの小集団だったということか?

 いずれにせよ、黄金町に拠をかまえていた連中を壊滅させたばかりだというのに、いまだにフルキの中枢に襲いかかる敵がいることを、この事件は物語っている。

 しかも、敵は〈 悪魔の目 〉を所持していた。

 ビンズイたちが衝撃を受ける理由は、いくらでも見出せた。


 まわり方が家人けにん指図さしずして、主人あるじの骸をきれいに整えてやっているところに、アトリの一家が駆けつけた。

 アトリたちの屋敷は、都の郊外にあるため、やはりだいぶん時間がかかったようだ。

 アトリの母親が、長い髪を束ねる事もせず、取り乱した様子でむくろを安置した部屋に駆け込んできた。そして、弟の変わり果てた姿を見たとたん、気を失ってしまった。

アトリはいつもよりいっそう青白い顔で、そんな母親のあとから部屋に入って来た。

 しかし、倒れた母親と叔父オオルリのむくろを交互に見やると、その場に立ちすくんでしまった。

 俺は、石像みたいにフリーズしているアトリに歩み寄ってその肩を揺すった。骨張った肩の上で、アトリの顔がガクガクと揺れる。

 けわしい目つきでアトリが振り返った。が、まるで、俺を認識しなかったかのようにボンヤリした目つきにもどり、再び母親の方へ顔を向けた。

 母親は周りの者に介抱されていた。

 俺はアトリの腕をつかんで、部屋の壁ぎわに置いてある椅子の前まで連れて行った。

 アトリは、自分で倒れ込むように椅子に納まりながら、かすれた声で言った。

「カガヤか。こんなところで会えるとは。あぁ、いや、そんなことはどうでもいいことだな。いったい何なんだこれは! 私は、どうすればいいんだ?」

 ブツブツとそう呟きながら、自分の頭を両手で抱える。

 俺は、放心状態のアトリに言った。

「気の毒だが、オオルリは誰かに暗殺された。でも、犯人は、廻り方がじきに捕まえるさ。それに・・。」

 口に出してしまってから、根拠もない気休めを言ってると気づいた。まったく、こういう時は何を言えばいいんだ?

 アトリは、頭を抱えて押し黙ったままだ。

 その時、十七、八才前後の二人の娘が、家人たちに連れられて部屋の中に入ってきた。彼女たちは、アトリの母親に駆け寄ってしがみついた。オオルリの娘たちと思われた。

 三人は互いに抱き合い、名を呼び合っていたが、やがて、ひとかたまりに抱き合ったまま、恐る恐る亡骸なきがらのそばへ にじり寄っていった。そして誰からともなく、うちそろって泣き崩れた。アトリの父親が、気づかわしげにそんな三人の背後に立っている。

 ひとしきり、さめざめと泣いた後、ようやく高ぶっていたものが収まったのか母親は、ふいと顔を上げてこんなことを言い出した。

「〈 火 〉はここを警護していたのではないの?」

 そして、なじるような目で周りの男たちを見回す。

 やがて、俺の姿を見つけてピタリと視線が止まった。母親は大きな目を見開き、俺を指さしながらヨロヨロと詰め寄ってきた。

 そして、うわずった声でこう言い放った。

「お、お前! 屋敷にもどってきて、アトリを守りなさい!」

「そんな必要はない!」

 大きな声が割って入った。アトリだった。こんな大声、出せる奴だったっけ。

「カガヤは戻らなくていい! それに、〈 精霊 〉は、もう終わったんだ。 いや、とうの昔に終わってるんだ。」

 最後の言葉は、母親に向かって投げつけられた。

 母親は、再び気絶するのではないかと思うほど、真っ青な顔で我が子を見つめた。

 そして、ワナワナと唇を震わせたと思うと、床にくずおれて号泣した。

 このひとにとって、きょうは、間違いなく人生最悪の日といえるだろう。

 

 そんな家族のいさかいなど気づかないという素ぶりで、部下たちと何やらヒソヒソと話していたビンズイが、アトリの父親を部屋の外に連れ出した。ビンズイが俺に目配せをしたので、俺も彼らについて部屋を出た。

 

 あたりをはばかるように、ビンズイが小声で話し始めた。

「警護を任されておりながら、こんなことになって申しわけない。ただ・・・。」

 ビンズイは、ここで言葉を切って、さらに声をひそめた。

「けっして言いわけではなく、屋敷の中に〈 内通者 〉がいたとしか思えません。それに、この屋敷には外と通ずる抜け道があるはずです。屋敷の周りは、昨夜も、我らがしっかと守っておりました。その警護の網を突破した者はおりません。しかしどういうわけか、当初よりオオルリ様は、〈 火 〉の者が屋敷の中へ立ち入って警護することを、お認めくださらなかったものですから・・・。我らは、今朝になるまで、屋敷の中での出来事を知るよしもありませんでした。」

 ビンズイは悔しそうに事の次第を明かした。

「まさかとは思いますが、次にあなた様方が狙われないとは限りません。おうかがいしますが、あなた様方の屋敷に抜け道などは?」

 アトリの父親は、今にも倒れそうな青い顔を横にふった。そして、自虐的な笑いと共にこう答えた。

「いや、まったく何にも。我らには自分を守る何の準備もすべもない。今や・・・。」

 そこで、父親は言葉を切った。

〈 精霊 〉の術は風前の灯火だ。

 それを知っている俺は、同情にかられて、生え際に白髪が目立ち始めた父親の横顔を見つめた。

 その視線に気づいたのか、父親が俺の方を振り返った。

「カガヤ、というのだな。昨年の夏、病気になったあなたに対し、アレのしたことは知っている。実は、守護霊は不死であると言い伝えられていてな。あなたが病に冒されて死んだなどという事は決して世間に知られてはいけないと、あの時はわたしも思ったものだ。そんな伝説にすがって生きのびようとした罰は、こうして十分に受けているがね。だが、アレは、相変わらずアトリのことしか考えていない。恥ずかしいことに、私はいつもアレに言われるままだった。あなたには、いろいろと申しわけないことをした。」

 そう言うと父親は頭を垂れた。そして、よろめくように、女たちが悲嘆にくれている部屋へと戻って行った。


 こんな形ではあったが、俺はアトリと再会した。

 別れぎわに、俺は言葉を交わそうとしたが、アトリは、イライラした目つきで、貧乏ゆすりを続けるばかりだった。他人から見れば、怒っているように見えるかも知れないが、アトリの習性を知っている俺には、身に降りかかった状況の整理がおぼつかないでいるだけだと理解できた。

 俺は、それ以上アトリに声をかけることはせず、オオルリの屋敷を去った。

 

 後でビンズイに聞いた話によると、オオルリの屋敷には、やはり屋敷の外に通じる隠し通路があったそうだ。恐らく誰か手引きをした家人がいたのだろうが、特定できぬまま全員解雇されたらしい。そして、遺児である二人の姫はアトリたちの屋敷に引き取られたとのことだ。

 また、オオルリの死を受けて、アトリが不承ふしょうぶしょうながら〈 精霊 〉の家督を継ぐ事になったという。

 だが泣きっ面に蜂というべきか。オオトリが手がけていた事業は、引き継いでみると倒産寸前の状況だったらしい。

 それ以前に、本家であるはずのアトリの家の困窮ぶりは、ちまたでも噂になるほどで、すでに多くの下男下女が屋敷を去っていた。

〈 精霊 〉は守護霊に見捨てられた、世間はそう揶揄やゆしているそうだ。

 そんな話を聞けば、やはり胸がつまった。アトリは戻るなと言ったが、機会を作ってぜひにでも会いに行こう。



 何の音も聞こえない。

広大な灰色の空間に、俺は一人きりで立っている。果てが見えないという意味で広大。色がないという意味で灰色。

 足元にぼんやりと光が射している。しかし今にも消え入りそうに思える。

 俺は帯のように細く続く灰色の道を歩いていた。そしてこれからもそれを続けなければならない。

 道から足を踏みはずせば、ゲームセット。俺の肉体が消滅する時だ。

 俺は、前方の闇を見つめる。

 がたは何も見えないが、果てのない道だと知っている。始まりも終わりもない無限ループ。

「あなたは、この先に何を望むのでしょうか?」

背後から声を掛けられ、俺は振り返る。

 そこには、ジェダイの騎士のマントを羽織ったビンズイがいた。

 どうしてビンズイがジェダイの騎士になって、オルハンみたいな〈 謎かけ 〉を仕掛けてくるんだ? と怪訝けげんに思ったとたん、俺は目をました。


〈 火 〉の屋敷の自分の寝床で、いつのまにかウトウトしてしまったようだ。

 目をしばたたかせながら、ふっと頭上の格天井ごうてんじょうを見上げる。

格子状の組木の間にはめ込まれた正方形の板には、一様に〈 火 〉の家紋が彫られている。丸に十字のケルト風の文様。始まりも終わりもないループを複雑にからみ合わせて、それは描かれていた。

〈 火 〉で暮らすようになって以来、毎日見てきた文様だ。そのせいであんな夢を見たのかもしれない。

 オオルリの惨殺事件もあって俺はナーバスになっているようだ。


このところの不規則かつ長丁場ながちょうばな屋敷の警備を勤めおえ、朝になって部屋に帰った俺は即オチしたらしい。一晩中、風にあおられながらやぐらの上に立つのは、思いのほか心身を消耗させる。

俺は寝床から起き上がりながら、そういえばカンナは屋敷を留守にしているんだった、などと考える。

 突剣レイピア使いの姫様は、イカルが指揮する部隊と共に遠征中だった。

やぐらでの一件以来、カンナが俺の部屋に不法侵入することは、ぷつりとなくなった。

屋敷のほかの場所で出会えば、今までどおり、とぼけた楽しげなやりとりを交わしているものの、ぎこちなくなってしまった関係が元にもどることはないだろう。


ナーバスになっているといえば、それは、なにも俺に限ったことではなかった。

〈 今、都で人々がもっとも話題にする言葉 〉というのを検索できるとしたら〈 内通者 〉という言葉が、そのトップを飾っているに違いない。

 オオルリの事件以降、国の中枢を占める者たちも下々《しもじも》の者たちも、すっかり人間不信におちいっている。自分の下僕が、隣人が、上司が、ひょっとすると〈 内通者 〉かもしれないと、互いに暗い視線を送り合う。

 追い打ちをかけるように、〈 悪魔の目 〉を敵が手中にしている事実が、なぜか世間に知れ渡ってしまった。〈 火 〉が、厳しい箝口令かんこうれいを敷いていたにも関わらずだ。

 少なくともビンズイたちは〈 悪魔の目 〉という言葉を、オオルリの家人の前で口にしてはいなかった。それに、普通の人間が魔刀剣を識別できるはずもなかった。それなら、なぜ情報は漏れたのか。

 もちろん、あの時、オオルリの屋敷に駆けつけた〈 火 〉の者のうちの誰かが漏らした可能性もあった。しかし、おそらくオオルリの屋敷にいた〈 内通者 〉らのしわざだろうと俺は考える。確証があるわけではないが、俺はそう思いたがっていた。

 そして最後は、このところの天候不順だ。

 毎日のように大風が吹き荒れ、風の吹かない日は、灰色の砂塵が霧のように都をおおった。お天道様は消え入りそうにかすみ、人の心をささくれ立たせた。


うまの刻(正午)を知らせる鐘がなった。

ちょうどいいタイミングで目が覚めたものだ。

朝餉もまだだった俺は食堂へ急いだ。


 誰もいない。しんと静まる食堂を抜け、扉が半開きになっていた厨房の中をのぞく。

「・・・アンタが作った料理は私が毒味する。で、私が作ったのはアンタが毒見するというのでどうかえ。」

怒りで顔を真っ赤にしたスオウと初老の女が向かい合っていた。

 初老の女は、イカル付きの女中頭だった。スオウが感情を殺した声でく。

「どうして、私が毒を盛るかもしれないなんて思うんだい?」

「アンタが、って言ってるわけじゃないよ。誰がするかわかんないけど、もしものことがあっては大変だからさ。私が作ったものはアンタが毒見すればいいって言ってるだろ。お互いを監視するのさ。」

スオウは、大きな溜息を吐いて女中頭に背を向けた。

「わかった。気がすむようにしたらいい。だけど仲間を疑い合うなんて、私は嫌いだよ。」


その時、スオウが俺に気づいた。女中頭が俺に頭を下げた。しかし、厨房から立ち去る時の表情はトゲトゲしかった。

「フルキ人だとかそうでないとか、そんなことはどうでもいいことさ。あたしゃ、フルキも〈 火 〉のみんなも大好きさ。今じゃあ、此処フルキは私の故郷なんだ。」

スオウが自分に言い聞かせるように、そう言う。

俺が来る前にどんなやり取りがあったか、おおよそ見当がつく。

スオウは、湯気がたっている鍋からスープを椀に盛った。それを俺に手渡しながら、ニマッと笑う。

「毒見しろとか言ったら、全部あたしが飲んじまうよ。」

いつもの陽気なスオウだった。


数日後に帰館したイカルは、女中頭からの毒見の申し出を即刻断り、スオウら厨房の下女たちを呼んで、お前たちに殺されるんなら本望だと言い切ったらしい。

 このあと、〈 火 〉の一族郎党の結束が、いっそう堅固なものとなったのは言うまでもない。



アトリが、初めて主人公を名前で呼びますが、

ちなみに、名前を教えたのはカンナです。

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