第29話 カンナ姫のこと
数日後、再び、俺は宵闇の見張り台の上にいた。
先日は、オルハンの話に聞き入ってしまった。
多分、オルハンは身の上話をしながらも、俺に代わって闇に目を走らせていたに違いない。長年、星空を天蓋にして旅してきたオルハンのようには、俺はいかなかった。
今夜こそ見張りの役を務めおおせてやる。
夜の帳の下に深々と沈みゆく家々の甍を、俺は見下ろした。
オレンジ色の火が点々と灯り始める。ひときわ賑々《にぎにぎ》しい赤い光の帯が続くのは、黄金町の辺りだろうか・・・。
ギシギシッと櫓の梯子が軋む音がしたので、振り返ると、カンナの赤い髪が登ってくるのが見えた。
「やあ~。」
カンナが、いつもの調子で俺に声をかけた。そして、俺の足元で体育座りしながら、こう続けた。
「休憩しないかぁ。」
やれやれ、今度はカンナだ。しかも、今、務め始めたばかりですが・・・。
カンナがチョンチョンと自分の脇のスペースを指さした。
「寒いかなぁと思って膝掛けを持ってきた。一緒に使お。」
俺は突っ立ったまま、なぜだか動けない。
出し抜けに、数日前、キキョウの子を囲んで過ごした時の事を思い出した。
そう言えば、イカルの少年期の話も出てたな。問題児だった。でも、後継者としての自覚が彼を変えたんだ。
そういう覚醒みたいなのって、遺伝子というか血がさせるものなんだろうか。
つまり、いくさともなれば、イカルは、軍神となって先頭を駆ける任を負っている。〈火〉は、そのために存在する一族なのだ。イカルは、父親の死を機にその運命を受け入れた。
俺には、そんな資質は皆無な気がする。
それに・・・。
「俺は、何やってんだろ?」
俺は自分の耳を疑った。頭の中で言ったつもりが、どうやら音声になって漏れ出てしまってた。
なんてこった!
際どいバランスで保たれていた平穏なるものをぶち壊してしまった、予感が。
「え、はっ?」
俺の方をぽかんと見ていたカンナが、のっそり立ち上がった。そして、見張り台の手すりに近づいて闇に沈む都に視線を落とす。
つらそうな表情のカンナというのに初めて遭遇し、俺はさらに動揺した。
長い沈黙の後、カンナがニッと笑いながら言った。
「どう、したいんだ?」
表情と裏腹な、ズシリと重たい球が俺に投げつけられる。
・・・え、どうしたいかって?
そんなこと考えたこともなかった。俺に選択の余地なんて・・・。
だが、カンナにそう問われ、不意に、自分がどうしたいかが分かった。いや、どうしなければいけないかが分かった。
もっと早くそうしなければいけなかったんだ、って思う。
「・・・都の外での仕事を、俺に与えてくれないか。ここを出て、えっと、生意気言うようだけど自分の力でやってみたいんだ。お願いします。」
上司に頼み事をする部下のように、ペコリと頭を下げた。ひたすら下げた。
自分の力でやるなんていいながら、仕事は斡旋しろと言ってるんだから、ずいぶん都合のいい話だ。しかし、言ってるこのときは全然気づきもしなかった。
カンナが苦笑いしながら、俺の頭をグリグリと撫でた。
「・・・参ったな。」
この夜の、俺の申し出に答えが出るのは、少しあとのこととなる。この数日後に起こった事件によって、この国も〈火〉もさらなる混乱に巻き込まれていくからだ。




