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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
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第26話 百年生きて思うこと(ヨシ談)

 この歳になると、他人ひとの行くすえのぞき見えてしまうことがよくある。

 見知った者たちのふとした瞬間や、たまたま、道ですれ違った者たちの背後に、それは期せずして見えるのだ。

 しかし、そうした体験は決して心地の良いものではない。

 彼らが、行くすえで味わうであろう負の感情(恐怖、ねたみ、孤独、不安、虚栄・・・)がわしの心に怒濤のように押し寄せ、取りつき、さいなむのだから。

 だが、わしはそれらの感情を小さくたたんで心に仕舞いこむのが得意でな。

 だから、こうして正気を保っていられるが、いつもうまくいくとは限らない。ときには、折り合いをつけるのに時間がかかることもある。

 とくに、年端もいかない子のうしろに、悪しき未来が見えてしまった時の空しさといったらない。


わしは百数十年生きた。充分に生きた。

 だから、もしわしの命を刻んで代償とすることで、他人ひとの運命をわずかでも改変できるのならば、儂はそれをするだろう。

 たとえお節介と言われようが、わし他人ひとの運命に手を突っ込み続けてきたし、今もまた。

 別に善行を積みたいわけではない。

 わし自身のためにやらねばならないのだ。

 わしの心におりのようにふり積もった、大勢の者たちのどす黒い感情から、わし自身を救済するためにだ。


 他人ひとの行くすえを見透せると言うのなら、あの若者を初めて見た時、わしは奴の行くすえに何を見たのか、だと?

 もちろんお教えしよう。もったいぶるつもりはない。


 わしには何も見えなかった、のじゃ。

だからといって奴に未来がないという意味ではない。たまたまわしの眼がくらんでいるということなんだろう。

 長く生きていると面白いことに出会えるものだ。

何も見えないと分かった時の感情ときたら、それは長い間忘れていた感情だったよ。色ぼけか?などと早とちりされると困るが、ウキウキした。ときめいた。

先が見透とおせないということがこんなにウキウキするなんて、この歳になってまさに新境地だ。


 奴には申しわけないが、わしには奴の未来が見えないので、そんなわしがお節介をしたところで、正鵠せいこくを射ぬかもしれぬ。

 しかし、儂はお節介をしたくてウズウズしておる。

 今回は、他人ひとの闇から逃れるためではなく、光に・・・ありふれた陽の光に近づきたくてな。



三人の女は、身も心もとびきりにエグいという点で一致している。

風の僧院のつましい部屋で、小さな円卓を囲んでお茶をしているわしら三人は、他人から見れば化け物だろう。

目の前で、緊張のあまり呼吸困難におちいりかけているこの男の反応こそ、世間がわしらに下している評価というわけだ。

 わしは、一枚の紙と筆を書記官から受け取ると、下がってよいと声をかけた。

男は走るようにして部屋から去っていった。


わしは立ち上がって窓辺に移動した。そして、窓ガラスに映った二人をあらためて見やる。

一人は、室内だというのに長いマントを羽織ったままだった。顔は頭巾をまぶかにかぶってうかがうことができない。本人が気にして隠しているんだから、まあ、見てみたいなどとは言わぬ方がよい。

 練金術にのめり込んだこの女が、自分を実験台にしてあらゆることを試したなれの果てがそこにある。見た目は、まるで屍だ。そうなってもまだ不死の奥義を追い求めているのだが。

もう一人は、あたかも人形だった。チンマリと椅子の中に収まっているさまは、あどけない。

 長い白髪は美しい巻き毛で、頬はバラ色をしている。が、その目は閉じられたままだ。

 この女もまた、美と幼さを留めおくために大きな代償を払っている。


 二つの狂気から目をらし、わしは窓の外の薬草園を眺める。何とか命を保っているが、この春に新しい芽が出ることはないだろう。

 わしは、にわかにき上がった負の感情を押し込め、うしろの二人に問う。

わしら三人にないものとは何だと思う?」

白髪の幼女が、胸元の勾玉をいじりながら返答した。

「・・・お金? まぁ、わたくしは現状で充分なのですけど。食べていけて、あとは趣味の物が少し買えればの。」

 わしは、黒っぽい頭巾をまぶかにかぶった女の方をふりかえって、答えをうながす。

「権力か? 導師よりもっと上の。私は欲しくもないが。」

男のような野太い声だ。しかもひどくかすれている。

 儂は振りかえってこう言った。

「若さじゃよ・・・。わしは、この頃、むしょうに若さに嫉妬し、羨望し、がれるのじゃ。」

「なんと? バカさに嫉妬し、羨望し、がれる、だと? たしかに、若い連中が持っている生命いのちは欲しいが、あの愚かさは耐えられん。生命いのちの時をむざむざと浪費しおって。」

頭巾の奥の唇が、バカにしたようにひん曲がる。

「いったいどうしちゃったの、ヨシお婆ちゃま。」

巻き毛を人差し指でクルクルさせながら、幼女がせせら笑う。

「若さなら、わたくしは今でも・・・。」

「そういう若さではない。」

 そういういびつな若さではない。


 わしは、先ほどと同じ言葉を繰り返す。

「〈土〉の導師よ。お前さんの協力が必要なんじゃ。」

「私に〈土〉を裏切れと?」

「〈土〉だの〈風〉だのと言ってる間に、世界そのものが壊れようとしておるのだぞ。」

 頭巾の奥から、かすれた溜息ためいきがもれる。

 わしは、頭巾に顔を寄せてたたみ込んだ。

「・・・わしが秘蔵しているある鉱物のことだが、丹生にゅう毒の毒消しになるかもしれん。」

頭巾がピクリとゆらいだ。もう一押しというところだろう。

「お前さんももう少し生きてて、やりたいことがあるのだろう? 試してみる価値はあるぞ・・・。」

しばらくして、頭巾の女は、ゆっくり椅子から立ち上がった。そして、その長身をかがめ、円卓に広げられていた紙に自分の名前を書き込んだ。

黒い文字がゆらめきながら赤褐色に変容し、やがて紙に定着する。


それを見届けたわしは、もう片方を向いた。

「もう一度、言うぞ。お前さんもこの契約書に名を。」

幼女は、ムッとしたようすで美麗な磁器のうつわを手に取って、冷めたお茶を飲み干した。眼は閉じられたまま。

わしは、握っていた杖を見せつけながら言った。

「お前さんにお願いなどするつもりはないんじゃよ。忘れているようなので思い出させてやるが、わしは、お前さんのその上っ面を、簡単に引っぺがすことができるのだからね。」

幼女がカッと片方の眼を見開いた。そして、その隻眼せきがんで杖をうらめしげににらみつけた。


丹生=水銀、錬金術=煉丹術 の意味で使っています。

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