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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
21/45

第21話 中州へ

                  *


 初めてコマドリと会った日から、一週間程が過ぎた。ようやく市中から残雪が消えたその日、俺はコマドリを伴って、久方の外出をはたした。

 

 そう、ある男の死にぎわの願いをかなえるために、だ。

 訪れた場所は、都の西方を流れるヨシュ川の中洲。そこにある漁師小屋へ。

 


 イカルに、ヨイチの顛末てんまつを聞かせたのは昨年の暮れのことだった。黄金町のチャンイやネズミのこと等々。

 最初、彼は、とまどった顔で俺の話を聞いていた。

 しかし最終的には、このエピソードはイカルの関心を強く引くところとなった。イカルは、ちょっと思い当たる事があるので調べてみようと言ってくれた。そして、その結果がもたらされたのが一週間ほど前のことだった。


 俺とコマドリは、小舟で中洲へ渡った。

 人の気配に驚いた雁の群れが、けたたましく鳴きかわしながら空へ飛び立つ。


 俺は、葦原の中を、昨夏の記憶をひも解きつつ、小屋を探してしばらく彷徨さまよった。が、人の丈よりも高く伸びた葦にはばまれ、目的の場所は見つかりにくかった。

 こんなことならビンズイにも付き合ってもらえばよかったかと思い始めた頃、ついに行き当たった。

 俺たちは、焼けただれた材木が散らばる空き地に、たどり着いたのだった。 


 誰が火を放ったかは想像がつく。

 この小屋で、三人の男が、尋常ではない病に冒されて次々に死んでいったことを知っているのは、〈 精霊 〉以外にはないからだ。

 俺は、月見の宴で遭遇したアトリの母親の驚愕した顔を思い出した。恐らく火を放った連中は、小屋の中をのぞくことすらしなかったんだろう。

 あの時ここで死んでいれば、俺も燃えかすになっていたんだ。

 いや、あの時、カンナたちが救出してくれなかったら、俺が生きていたとしても火は放たれたかもしれないんだ。

 そんなことをあれこれ思いめぐらすと、今さらながら背筋が凍る。


 俺は、焼け跡にうずくまって両手を合わせた。

 コマドリは、しょざいなく、焼け焦げた木を足でコツコツとつついてみたりしている。

「さて、探すか。」

 俺は、明るい調子でコマドリに声をかけた。


 あの時、ヨイチが横たわっていた場所を目安に、俺たちは、折り重なる黒い材木をはがしていった。

 ほどなく、ヨイチらしき亡骸に行き当たった。さすがに息を呑む。


 ヨイチの胸のあたりにそれはあった。

 俺はそこだけに視線を集め、そっとつかむ。布の巾着は灰になっていて、ばらばらと散り落ちた。しかし、内側のなめし革の包みは、外側こそすすで真っ黒に汚れていたが、中の金子きんすは無傷だった。

 金子きんすは、この場に似合わぬ光を放って、俺の掌の中でジャラジャラと重い音を立てた。


 俺は、包みの外側をパタパタと手ではたき、コマドリに手渡した。コマドリは無造作にそれをつかんで、背負っていた袋に押し込んだ。


 上空で、からすが、ギャッ、ギャッと啼きながら旋回している。

 俺は、足元のすすけた板きれを引きずって、ヨイチの上にかぶせてやろうとした。しかし、コマドリが、いきなり俺の腕をつかんで言った。

「天に逝かせてやってくれ!・・・鳥が導いてくれるんだ。」

 そう言って、灰色の空を見上げた。


 炭化した板きれを抱えたまま、俺はそんなコマドリをあきれて見やった。何を言ってるんだ?


 そういえば、先日、カンナが言っていた話を思い出した。

 この国の習わしでは、生前、勇敢だったり立派な地位にあった男は、鳥葬にされる。鳥葬された者のみが、天国に昇れる。鳥は、人の魂を飲み込んで、天まで運んで行ってくれるのだと・・・。

 鳥葬は、貴族階級に属する男たちの特権で、女や多くの普通の男たちにとっては、土葬が普通らしい。

 この国の中央に連なる峰々の一つに、そんな鳥葬のための霊峰があるそうだ。

 カンナは、父親が死んだ時、霊峰のふもとまで父親のむくろにつき添って行ったらしい。

 霊峰の頂には、上部が真っ平らな天然の巨石があって、むくろはその上に置かれるんだそうだ。家の跡取りと縁者の男たちが、その巨石の下で三日三晩の弔いの儀をして過ごすという。


「俺なら、そうされたい。きっとこの男だって・・・。この中洲じゃあ野犬もいないし。」

 野犬だと! グロい想像が頭をよぎる。

 コマドリは、俺の腕を乱暴にギュッとつかんだまま続けた。

「お願いだ。焼かれるなんてむごすぎる。」

 こんなに多弁なコマドリに驚く。しかも、俺にお願いまでして。


 それにしても、この国の習慣では、火葬はそんなにむごいことなのか。

 俺からすれば、鳥葬の方がおぞましい感じだが。死後とはいえ、鳥についばまれるなんて。

 しかし、なんと言っても俺はここでは異邦人だ。彼らの死生観は、彼らにしか分からないことだ。


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。そして板きれを足元に降ろした。

 それから、怖い顔でこちらを睨みつけているコマドリに言った。

「・・・ああ、分かった。そうしよう。」

 コマドリはコクリとうなずいた。

 それから小刀を抜くと、周りのあしをザクザクと刈り始めた。そしてヨイチの上にそれをかぶせた。

 風が吹けばあっという間に吹き飛ぶくらいのものだったが、俺の気持ちも斟酌しんしゃくしたつもりの、行為なんだろうか。


 ヨイチの亡骸は、見えなくなった。俺はもう一度、こんもりした葦の山に手を合わせた。

 それから、懐をまさぐって小銭を取り出し、葦の上にパラパラと撒いた。

『ヨイチ、あの世へ渡る六文銭だ。』


 すぐ近くで、からすが鋭く啼き交わしている。

 俺は、コマドリをうながして焼け跡を後にした。コマドリが、ヨヒョウの屍に気づかぬうちにと。

 そうだ、ヨヒョウは鳥葬など願ってない気がする。たとえ、それがこの国では名誉なことなんだとしても。

 俺の勝手な願望かも知れないが、ヨヒョウには、こうして小屋の燃えさしに覆われたまま、人知れず土に帰って欲しいと思った。

 

 冬の間、俺は、いまわのきわのヨヒョウの目を幾度となく思い出した。穏やかに、本当に穏やかに俺を見返した目を。

 あの時、ヨヒョウはアトリたちを頼むと言い残した。俺は、頼ってくれてうれしいと感じた。異能の守護霊には成りそこねた俺だが、他人に期待されるということが、うれしいことだと知った。


 俺は、拳で自分の胸をそっと押さえた。温かな鼓動が、てのひら一面に拡がっていく。

 ふと見上げた灰色の空では、雁の群れがさかんに行き交って、中洲を足早に立ち去るコマドリと俺を睥睨へいげいしていた。



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