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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
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第20話 比類なき翼

主人公がマッチョに変貌しちゃう話です。いつもながら、いえ、いつも以上に、ご都合主義に話が展開していきますので、気になる方は気になるかもしれません。

護衛つきの帰館は、はからずも俺の生活に新しい変化をもたらした。

 イカルは、俺を鍛えなければならないと、本気で決意したらしい。俺は〈この屋根の下に住む男〉にふさわしい武術を身につけるよう命じられてしまった。


「俺は、ほら、アトリの代用なんだから、〈精霊〉だろ。 〈精霊〉が戦ったりするのか?」

 俺はあせって、イカルに言う。

 すると、イカルは誇らしげにこう断言した。

「私の考えはこうだ。たとえ学者であれ、商人であれ、女であれ、自分の身はまず自分で守れと。それぞれの知恵で自分の身を。そして、己の名に天の使いたる鳥たちの名をいただくいっぱしの男ともなれば、自分一人ではなく、一族や領地を守らないでどうする?」

 ここで少し注釈が必要だ。この国の貴族の家に生まれた男子には鳥の名前がつけられるんだ。理由は鳥たちが天の使いだと信じられているからだ。

 イカルは貴族にして家長だ。しかも、イカルの言うところの最も家長らしい家長に違いない。あいつは いつだって、天の意志を行使する者としての自信に充ち満ちている。

 だが俺は、いっぱしの男にだって、なりたいわけじゃない気がする。そもそもいっぱしの男って何なんだ?


「それにお前は、どう見ても〈精霊〉じゃない。人だ。しかも弱い。」

 イカルは俺の額をビンタで弾いて、こう続けた。

「弱い奴は、他人や状況に流されるんだ。いいか、すきを見せるな! 己の弱さと馴れ合うんじゃない。もっと強がれ。」


 こうして俺は、〈火〉の一族直伝の武術を伝授されることになった。

 しかも、イカルは、カンナに俺の指導を命じた。

 カンナは、あたしだって忙しいのにとか文句を言いながらも、結構、うれしそうに俺をしごいてくれた。


 はねっ返りとはいえ若い女に、武術の手解きを受けるというのは、なかなか刺激的な体験である。そのおかげなのか、俺は、意外にも、本当に意外にもメキメキ腕を上げていった。



 あっという間に冬が訪れた。

 都はすっぽりと白いものに埋もれてしまった。

 考えてみれば、風読みの導師と再会した日以来、俺は一度も屋敷から出ていない。カンナやイカルは、俺に外出するなとも、しろとも言わない。だから、俺が屋敷にこもっているのは自発的なものだ。

 その理由の半分は、彼らに面倒を掛けたくないからだ。俺が出掛けると言うと護衛をつけるなんて言い出されそうで怖かった。そして理由の残り半分は、単に寒さのせいだ。よほどの用でもない限り、この暗鬱な雪空の下を歩きたい人間などいないだろう。

 皆、口々に、今年の冬は一段と寒さが厳しいと噂していた。

 俺は、ヨシの言葉を思い出した。

 日輪様の力が弱まっている・・・。

 実際、イカルの屋敷のような所でこそ、食料に不自由することはなかったが、蓄えの少ない民草は明日の食料に事欠く事態に陥っているようた。ある日、イカルの所にやってきた伝令が、辺境の村では少なからぬ餓死者が出ているようだと話しているのを漏れ聞いた。


  

 イカルが、俺をコマドリに引き合わせたのは、寒さも少し和らぎ始めたある日のことだった。

 飯炊き小屋の裏で、炊飯用の薪を割っているはずだとスオウに聞いて、俺とイカルは出向いて行った。

 コマドリは、日に焼けて痩せた身体の少年だった。

 冬だというのに驚くような軽装だ。丈の短い着物の上に、すり切れた獣皮のチャンチャンコを羽織っていた。

 自分でつくろったのだろうか、不ぞろいな縫い目が目につく。

 イカルは、俺とコマドリを引き合わせ、用を言いつけると、さっさと立ち去ってしまった。

 用と言うのは、つまり、今日から、俺のお供につくようにとのめいだ。俺は、部下を持つ身になったのだ。


 それにしても、屋敷にコマドリがいたことを、俺は今日まで気づかなかった。

 近頃は、大概の家人の顔は覚えたつもりでいたのに。

「えっと、コマドリ? よろしくな。」

「・・・・・。」

「歳は幾つだっけ?」

「・・・十六。」

コマドリは、薪を割る手を止めずに、渋々な感じで返事をした。

もちろん俺の方など見ていない。

「ちょっとやってもいいか?」

 薪割りなんかしたことないが、成り行きで言ってしまった。


 コマドリは、不機嫌そうに手を止めた。そして、斧を、薪割り台にゴスンッと打ち込んで退いた。

 俺は、その斧を引き抜こうとして驚いた。思いがけず お、重い。

 こいつ、コレで筋トレでもしてるのか?


 俺は、コマドリの視線を背に受けながら、薪に斧を打ち込んだ。

 ハズしたくないと思ったので、力を乗せきれず、薪の中程で斧が止まった。これは、ちょっと恥ずかしい。

 俺は、半ばムキになって薪を続けて割った。

 会心の一撃が何度か続いた後、俺はようやく手を止めた。いつの間にかてのひらの皮がむけていた。


振り向くと、コマドリは唇をゆがめて突っ立っていた。

 俺が斧を置いて退しりぞくと、コマドリはそれをもぎ取るようにして、斧の刃先を見やり、不機嫌そうに舌打ちした。刃先がこぼれたとでも言いたそうだ。

「じゃあ、未の刻(午後二時頃)に、手合わせをよろしくな。」

 返事はなかった。


 コマドリは、全力で俺を無視して薪割りを再開した。ザクッと腹に響く音がして、真っ二つに裂かれた薪が、別々の方向へすっ飛んでいった。

 俺は、どうやら認められていないようだ。


 屋外の〈 練習場 〉で俺はコマドリを待つことにした。

 約束の時間の少し前に、俺は、〈 練習場 〉と家人が呼んでいる屋敷の裏の雑木林へ下りていった。

 日陰には、三日前に降った雪が解けずに残っていた。

〈 練習場 〉の一角では、数人の男が、土塀をヒラヒラと乗り越えながら何かの訓練の最中だった。腕の太さくらいの丸太が一本、塀に斜めに立て掛けてある。それを踏み台にして三メートルはありそうな土塀に、次々と飛び移る。あの調子だと〈 精霊 〉の屋敷の塀なんて、簡単に乗り越えそうだな。


俺が感心して男たちに見入っていると、コマドリが、不意に、俺の近くに飛び降りてきて驚いた。どうやら、頭上の雑木林の枝を渡ってきたようだ。まるで猿だな。

「お前も、あんな訓練をしてるのか? スゴイよな。」

俺は男たちを指でさしながら言った。コマドリは、返事の替わりにチェッと舌打ちした。


 事の成り行きはこうだ。昨夜、イカルに呼び止められて、とある命を受けた。

 今後、頻繁に外回りの用を手伝ってもらう事になる。ついては、従者としてコマドリを連れて行けと。


「歳も近いし、あれはなかなか肝がすわっている。役に立つと思うぞ。だが、ちょっとばかり性格に難があってな。ここへ来て一年以上になるが、屋敷の誰とも上手くやれんのだ。」

 と、イカルは、尖った顎をさすりながら言った。コマドリを上手く手懐てなずけよと言いたいのだろう。

イカルが、俺の顔をまともに見ながら話しかけてきたのは、これが初めてだった。

 俺は、上司に認められたサラリーマンの気持ちになった。まあ、悪い気はしない。


 そんなわけで、俺とコマドリが、〈 練習場 〉でこんな具合に向かい合う事になったのは、挨拶代わりに剣の手合わせをしたらどうかと命じられたからだ。


 俺は、道具部屋から持ってきた小振りの木刀の一本を、コマドリに手渡した。コマドリの手元に目をやると、何をしていたのか泥だらけだった。

「 始める前に、少し休むか。」

 俺は気を利かせたつもりで言った。だが、どうやら俺は、地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 コマドリは思い切り顔をしかめて、木刀を俺の手からもぎ取った。そして、返す刀で、俺の手の甲を打ちつけた。しかも一度ならず二度、三度と。

 練習用の籠手こての上からでさえ、大いに痛い。

「あわわっっ!」

 俺は、後ろに飛びすさって、もう片方に持っていた木刀をかざして、コマドリとの間に距離を取った。

 コマドリは俺が身構えたのを見ると、きびすを返して雑木林の藪の中へと逃げ込んでいく。

 俺は、後を追って藪に飛び込んた。コマドリは、残雪をけ散らしながら逃げる。

 成長途中のせいか、手足が胴に比べて不釣り合いに長い。日に焼けたひょろ長い四肢が藪をかき分けるさまは、ちょっと妖怪・土蜘蛛っぽい。

 木の枝が、追いかける俺のすねや頬を容赦なく切り裂く。これではらちがあかないと悟り、俺は、追うのを諦めて雑木林の外に出た。そしてコマドリに向かって怒鳴った。

「出てこい、猿!」

 コマドリが、藪の中からこちらをうかがっている。

「イカルは、俺たちに鬼ごっこをしろって言ったのか!」

 俺は語気をあらげて言った。イカルの名前がきいたのか、しぶしぶとコマドリは藪の中から這い出てきた。しかし林の縁まで来ると、またもや近くの木にスルスルと登ってしまった。

 俺は木の下まで行って、コマドリに愛想笑いをした。俺を見下ろしていたコマドリは、いきなり木刀で手元の枝を払った。

 枝に積もっていた雪がバッと舞い散り、俺は思わず目を細めた。コマドリが間隙かんげきを入れず、飛び降りてきた。木刀の切っ先が俺の顔面に迫る。速い。けるのが精一杯だった。

 しかし次の展開は俺のターンとなった。俺の足元に着地してしまったコマドリに蹴りを入れ、無防備な背中を袈裟懸けにした。真剣だったら大怪我をしたところだな。

 コマドリは、コロコロと地面を転がったと思うと、ひらりと起きあがって、木刀を振りかざした。憎々しげに俺を睨みつけ、奇声を張り上げながら、今度は、滅多打ちを繰り出した。しかも、全力で頭部を狙って来る。まるでチンピラの喧嘩だ。

 コマドリの方が、頭一つ背が低かったが、腕力は見かけ以上だった。軽くて小振りの木刀を選んでおいて、本当によかった。マジで死なずに済む。


 俺たちは、木刀を切り結びながら、冬枯れの木立を駆けずり廻った。松の木を楯にしながら後ろにジリジリと下がっていた俺が、窪地に足を取られて転がったのは、その時だった。うっすらと地面を被った残雪のせいで凹みがすっかり見えなくなっていた。

 仰向けになって転げ落ちた俺に、コマドリが躍りかかってくる。かさにかかって、コマドリは俺の顔面めがけて木刀を叩きつける。

 俺は籠手こてで顔を覆ってしのぎながら、コマドリの足を払った。奴が思わず片膝を着いた隙に、俺は窪地から脱した。これが真剣勝負なら、俺の腕は今頃、ズタズタになっているところだ。


 しかしどうやら、刀捌かたなさばきは、俺の方が上だった。コマドリの動きは、我流が過ぎる。お陰で、今のところ撲殺されずにいるが、一体、このゲームは、どうやって終わらせたらいいんだ?

 俺もコマドリも何度か死んだ。多分、コマドリの方が沢山死んだ。お互いに、残りのライフは後一つくらいなもんだろう。目に流れ込んだ汗で、視界がかすむ。


「もう、止めい!」

遠方で、男の声がした。

「へっぽこめ! もっと基本をからだに叩き込まんか!」

雑木林の外れにそびえるやぐらの上から、剣術指南のアオジが、こちらを見下ろしていた。一体いつから俺たちを観てたんだ。


アオジは屋敷の皆には『爺様』と呼ばれている。若い頃は、長刀なぎなたの名手で鳴らしたらしい。が、今では歳を取ってしまって、若輩の育成係というわけだ。俺も毎日のようにアオジの世話になっていた。


 俺は立ち上がって、コマドリに形だけの礼をした。そして、先程、奴に渡した木刀を返してもらおうと手を差し出した。

 が、コマドリは相変わらず俺をにらみつけて、肩をいからせている。何やら嫌われてるのは分かるが、理由がさっぱり分からない。

「ああ、それ、俺が片付けておくから。」

 俺は、そう言ってうながした。

 コマドリは、プイと顔を背けて、地面に唾を吐いた。そして、あ然としている俺の足元に、木刀を投げつけて走り去った。

「なぬっ、コラッ、道具を粗末に扱うな!」

 あっという間に小さくなっていく背中に向かって、俺は怒鳴りつけた。

 やれやれ、どんだけ面倒くさい奴なんだ。

 俺は、ふとやぐらの方を振り返ったが、アオジの姿はすでになかった。

 

 それにしても、へっぽこというのは、コマドリに投げつけた言葉なのか?

 俺たち二人にかもしれないが、主にコマドリだろう。奴が、道場に出入りする姿など見たことがない。武術の稽古なんて、どうやってしてるんだろう。あるいはしてないのか・・・。


次の日、アオジに会った時、俺はコマドリのことをたずねた。

 コマドリは刀匠とうしょう の家に生まれたが、わけあって家業を継げない立場にあった。

 そのため、刀匠とうしょうおさを務めているコマドリの祖父が、〈火〉の屋敷で使ってもらえるよう、イカルに願い出た。

 気の毒に思ったイカルが屋敷に連れてもどったものの、コマドリは、誰ともなじまず、食事も寝泊まりしている自分の小屋で、一人ですませているらしい。

 同じ年頃の子が武術の稽古をしているのを、こっそり見ているふうなので、それではと稽古をつけてやったが、少し厳しくすると、ふてくされたふうにフイッと逃げ出すらしい。

 要するに皆が持てあましている。

 里へ帰してはという話にもなったが、イカルが、もう少しここにおいてやろうと取りなして今にいたっている。


 そしてこのたび、イカルは、なぜだか俺にコマドリを手なずけるという役を負わせたわけだ。理由は、おおかた想像がつくというものだ。

 俺ほど暇にしている奴は、他にはいない。



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