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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
18/45

第18話 風の僧院 1

「お前様よ、こんな所で、何を思案しあん顔しておるのだ?」

 ギョッとして振りむいた俺を、見くだした目つきで見上げていたのは、妖怪だった。

 

「ユリの住んでる所、知りたいだろ?」

 ある日、すっかり赤や黄色に色づいた屋敷の中庭を眺めていると、カンナがそう訊いてきた。意味ありげにニマニマ笑っている。

「教えてくれるのか。」

 俺は、カンナの話に乗ってみた。

 どうせ、一筋縄ではいかない話だと分かっていたが。

 

 カンナは、後ろ手に何やら光る物を取り出して 俺の鼻先でクルクル回した。鮮やかなもんだ。そして、やおらそれを俺の手元に向かって投げてよこした。

 ダガーナイフのハンドル部分が、俺の手元にストンと落ちてきた。

「あたしより上手に回せるようになったら、教えてあげる。」

 カンナは、わざと、はすっぱな物言いをした。俺をからかって楽しんでいる。


 しかし、俺は喜んで挑発に乗ることにした。

 カンナが投げて寄こした銀製のダガーナイフは、ちょうどステーキナイフの形状をしていた。ハンドル部分に綺麗な飾彫りがほどこされている。

 カンナは知らないだろうが、俺のペン回しの技は、ちょっとしたもんなんだ。

 ダガーナイフの重心は、ほぼナイフの長さの中心にあった。難易度は、星三つといったところか。


 俺は、三日間、密かに練習し続けて、その成果をカンナの前で披露した。

 カンナは、意外にも率直に驚いてくれた。ところが、その後に続いた言葉は、やはりカンナだった。

「少し、簡単過ぎたようだな。もっと、歯ごたえのあるものを用意しよう。」

 そう言って持ち出してきたのは、小型の半月刀だった。

 大きさはバトンサイズだが、形が非対称過ぎる。しかもつかまで付いている。

 本当にこんなものが回せるのか?

「なあ、ちょっと手本を見せてくれよ。」

カンナは、ためらいもなく半月刀をつまみ上げると、余裕の笑顔でそれをまわし始めた。

 しかし、刀は、二~三回まわるとゴトリと床に滑り落ちた。

「・・・・・・。」

 カンナが、テヘッと頭をかいた。

 敗北を認めたカンナから、俺は、ようやくユリの住所を手に入れることに成功した。


「どうせ暇だし、今から屋敷の外へ出掛けてもいいか」

 と、俺は訊いた。

 カンナは、興味なさげに立ち去りながら、片手をヒョイと挙げた。が、ふと思い出したように振り返った。

 そして、手に持っていた半月刀を突き出した。

「護身用にこれでも持っていくか。」

「え? まさか。いらないっしょ、そんなもの。」

 カンナは、一瞬迷ったように見えたが、それ以上何も言わず行ってしまった。

カンナが行ってしまった後、俺は、刀を携行するという初体験を逃したことを、ちょっと後悔した。




 カンナが散々もったいぶった末に教えてくれたユリの住まう僧院は、都の中心にあった。

 イカルの屋敷から三十分足らずの場所だ。高い土壁の向こうに、いくつもの壮麗な屋根や塔が見える。

 が、よく見れば、この町のいたる所がそうであるように、土壁はあちらこちらがひび割れていた。

 ほこりっぽい風が、ときおり大路を吹きぬける。


 閉ざされた大門の前には、当然と言えば当然だが、矛を持って佇立ちょりつする衛兵がいた。

 俺はハタとわれにかえった。

何やってんだろ。俺

 考えてみれば、僧院なんて誰でもフリーパスで入れる場所じゃなさそうだし、それにそもそも、会えたとして何の話題もないし。むこうもそうだろう。

 なのに俺ったら・・・。


「お前様よ、こんな所で、何を思案しあん顔しておるのだ?」

 ギョッとして振りむいた俺を、見くだした目つきで見上げていたのは、妖怪だった。いや、婆さんだった。

「ヨシ、さん?」

「この間出会った時、ずいぶん腑抜ふぬけな若造が送られてきたものだと心配したが、お節介婆の名前を知っておるのか。それにしても、やっておることは関心できんのう。」


 俺は、ヨシのしわくちゃ顔の中の小さなまなこを探った。

 この妖怪、ひょっとして心を読めるのか?

「一人でフラフラとお前様が出歩けるほど、この町が安全なわけではないがのう。」

 どうやらヨシの心配は、俺の心配とは別のことのようだ。


 とは言え、この町の治安が悪いとは意外だ。

 通り過ぎていく人々は、足早にそれぞれの目的地に急ぐふうで、俺にちょっかいを出そうなどと考える暇人などいそうにないが。

 この夏のウルボンナの災難の時にも、俺は一人で街を駆けまわったんだった。今日だって、俺の外出を止める者は誰もいなかった。

 そういえば、カンナが刀を持っていくかと尋ねたような気がするが。

「山中ならともかく、町の中で気をつけねばならんのは、追いはぎではなく、政敵というならずものじゃよ。」

 俺の心を読み取ったかのように、ヨシが言った。

 が、およそ俺には見当違いな心配だと感じた。とまどって、ヨシの小さな薄灰色の目を見返す。


 ヨシの目線は、俺の体をすり抜けて、そのずっと後ろを見ているような気がして、俺は思わず自分の背後を振り返ってしまった。

 

 月見の宴の夜、カンナが言っていた言葉を思い出していた。たしか、ヨシ婆さんを消したいと思っている人たちがいる、とか。

〈土〉の元老とは明らかに対立してるようだったし。この人は、相当やばい毎日を過ごしているんだろうか。

 それにしても、俺をどうかしたがる奴がいるとは思えないが。


「〈藁人形〉にも霊魂は宿る・・・か。願わくば。」

ヨシは独り言のように何やらつぶやき、今度は、しっかと俺の方を見やって言葉を続けた。

「願わくば、〈藁人形〉などと軽んじられぬよう、早く〈人〉となることじゃ。まず自分が生き延びるためにな。」

 早く〈人〉となれだって? イカルがいうところの『強がれ』ってことか?

 それにしても、やたら難解な物言いをする婆さんだ。話についていけない。

「ってか、妖怪に、早く人間になれとか言われたくないし。」

 俺は、思わず高齢者にため口をきいてしまった。ヨシには、そう言わせるところがある。なんというか、そう、身内のような気がした。

 カンナもこの婆さんにはかなり好印象を持っているみたいだったしな。


 ヨシは、何気に俺の腕をとって(いや俺の腕にぶら下がって!)土塀沿いに歩き始めた。 

 ヨシは、大門の前で立ち止まった。

 俺は、大門に描かれたみやびで複雑な文様を見上げた。

 門の左右に佇立していた衛兵が、ヨシを見てほこをガキッガキッと二度打ち鳴らした。ヨシが鷹揚おうように衛兵にうなずいた。

 ほどなく、大門は内側に向かってギシギシと開いた。内から出て来た俺くらいの歳の門番が、ヨシに向かって深く頭を下げた。


なんだこの展開! 僧院ここに入るためのイベントが、[ヨシ婆と話をする]だったとは。

 俺は、この僥倖ぎょうこうに、おもわずニヤつく口元をあわてて手で押さえ、ゴホゴホッと空咳をした。

               

 ヨシに連れられて、俺は大門の中に入った。

 眼前には、壮麗な五角形の広場があった。白く輝く玉砂利が一面に敷きつめられていて、思わず目を細める。

 いくつもの壮麗な建物が、広場を取り囲むように並んでいた。正面には、ひときわ立派な大屋根の建物があった。

 カンナの説明によると、ここが、元老院や五族の各僧院が居並ぶ都の中枢ということになる。僧院というから、俗世から隔絶した修道院のようなものを想像していたが、いやはや真逆の光景だ。


 俺は、何気なく玉砂利の上に足を踏み出す。

 その途端、ヨシの杖が俺の太腿を一撃した。

「たわけが! 早うそこから退け。白い道に、踏み入ってはならんぞ。」

「そういうことは、先に言ってくれよ! いっ、痛いなぁ-!」

 俺は、背中に、さっきの門番の冷たい視線を感じながら、あわてて玉砂利から飛びすさった。

 でも、精霊の屋敷では、俺は白い玉砂利道を歩かされたぞ。


わしらが歩いてよいのは、ここじゃ。」

 そういってヨシは、灰色の石畳に杖をガンッと打ちつけた。なるほど、見渡してみれば広場を取り囲むように灰色の細い道があった。

 ヨシが、その上をすたすたと歩き出したので、俺は、ヨシの少し後ろからついて行くことにした。また杖で殴られるのは嫌だからな。

「じゃあ、白い道というか、広場は何のためにあるんだ?」

「神様がお通りになるためじゃ。」

「神様って?」

「大勢おいでる。ここにも。」

 ヨシは歩きながら、ひょいと目の前の空気をつかんだ。

「そこにも。」

 そういって石畳を指さした。それから太陽を仰いだ。

「あそこにも。・・・この国には、八百万の神様がおいでて、わしらの所業しょぎょうを見守っておるのだ。」


 それにしても不自然なほどに、広場の大半が、神様用の道(=白い砂利)で埋めつくされていた。人は、その周辺の細い道を不便しながら使っているように見える。 


 ヨシは話を続ける。

「すこし前まで、日輪様もすこやかじゃったが・・・今は、この通りじゃ。昔は、この神の道が、昼も夜も燦然さんぜんと光を放ち、よこしまな者の眼を射ぬいたものじゃが。」

「すこし前って、どれくらい前なんだ?」

「二、三十年ほど前からじゃな。回復したようにみえた時期もあったが、一進一退を繰り返しつつ、確実に日輪様は力を失っておる。・・・。」

 ヨシは、独り言のようにそう言った。


 俺は、午後四時って感じの弱い光をふり仰いだ。

 この(俺にとっての)異界の地では、太陽の活動が弱まっているらしい。たしかに、冬に向かっている季節とはいえ、昼前の空が、はかなげな薄黄色に染まっていた。


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