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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
16/45

第16話 忍者屋敷の姫様

 〈火〉の屋敷は、忍者屋敷そのものだった。

 つまり、いろんな場所にからくりが施されていて、それを知らない人間にとっては、かなり面倒なことが待ち受けている。


 俺が寝起きしている部屋にも怪しい裏扉があった。

 今しも、一見、納戸に見える扉が開いてカンナが入ってきた。

 カンナは、最初の二~三度以降、たいていこの扉から俺の部屋へ侵入してくる。

「ノックしろ-。それにあっちから入ってこい。」

 俺は、本物の扉の方をキリッと指さした。

「えー、だが、ここの方が、私の部屋からよっぽど近いんだぞ。ほらほら。」

 カンナは、納戸の扉をバンッと全開にした。

 奥行き一間(1.8㍍)程だろうか。白い漆喰壁の納戸が見えた。

 薄暗い床には長持が並んでいて、納戸以外の用途があるとは思えない。

 天井近くに、明かり採りの格子窓があったが、長持の配置をそらで覚えてないかぎり、つまずく暗さだった。

 カンナは木製の横壁を押して見せた。壁は隠し扉になっていて、かすかにきしんで開いた。隠し扉の向こうにも納戸が続いているのが見えた。おそらく反対側の横壁も扉になっているんだろう。

 つまり、これは納戸に見せかけた隠し廊下というわけだ。

「ここが、私の部屋だよ~。こっち来てごらんよ。」

 六~七メートル先の薄暗がりから、カンナのとぼけた声が聞こえた。

「いや、行かないから。どうせトラップとかあるんだろ!」

 俺は、カンナが開けた納戸の扉をピシャリと閉めた。


 断っておくが俺は、隠し扉はおろか本物の扉からでさえ、カンナの部屋に立ち入ったことはない。

 三秒もしないうちに、見せかけの納戸からカンナがもどってきた。

「さっきの横壁のもう一つ奧の横壁を開けるとそこが行き止まりでさ。行き止まりの壁に並んでいる長持ながもちの下に地下通路があるんだ。何かあった時は、そこから屋敷の外に出られるからな。奧から二つ目の長持ながもちだぞ。」

 カンナが、けっこう真剣な顔でそう言った。この屋敷は、どんだけ戦闘態勢なんだ?

「地下通路とかいつ使うんだよ。」

 俺は、あきれながら訊いた。

いくさの時とか?」

「だって、三百五十年間フルキは平和だったんだろ? お前、使ったことある?」 

 カンナの眉が、ピクッとなった。

「残念ながらない・・・が、長持ながもちの下の床を引き上げて、通路をのぞいたことはある。真っ暗だった。それに、いくさの時しか使ってはいけないと言われているから、それより奥へは行かなかった。あっそれと、暗殺者に寝込みを襲われた時は使っていい。」

「・・・そもそも、こんな忍者屋敷に忍び込みたがる奴なんていないだろ。」

「それが、たまにいるんだ。」

 カンナが顔をしかめた。

 いるんだ!

 気の毒に。そいつらがどういう状態で発見されたかは、あまり想像したくない。


「あぁ~そうそう。言い忘れるところだった。長持ながもちの下の地下通路だけど、普通に飛び降りちゃだめだぞ。真下の床には槍先が、何本も埋め込んであるから。」

「心配するな! 地下通路に降りる時は、絶対にお前の後から行くから。」

 俺は断言した。

 それを聞いて、カンナがうれしそうな顔をした。男に頼られて喜ぶお姫様ってどんなんだよ。

「えっと、そもそも何を言いに来たんだっけ。あぁ、思い出した。明後日の夜だが、〈結びの神殿〉で月見の宴があるんだ。んと・・・五族の集いの一つなんだけど、行かないか?」

「五族って?」

「〈火〉〈水〉〈風〉〈土〉〈精霊〉の一族。」

 要するに貴族たちのことらしい。なんで俺が。

「アトリが来る、かも。」

「行きます。」

俺は即答した。


 アトリやアヤメたちがあれからどうしているのか、気にならない日はなかった。アトリに礼も言いたいし。ひと夏とはいえ、一緒に暮らした守護霊と本体の仲だ。


 暮れなずむ市中を、俺とカンナを乗せた馬車が〈結びの神殿〉へと駆けていく。〈火〉の屋敷に身を寄せてから、初めての外出だった。

「街、荒れてるだろう?」

 馬車の小窓から、家並みをながめていたカンナが、俺を振り返ってそう言った。

「数年前までは、もっとにぎやかな街だったんだ。ほんと、急にさびれてしまった。」


 俺は、ちらりと外を見やった。

 秋の夕焼けに染まった家並みは、言われてみれば色褪せて見えた。朽ちた土塀が目につく。

 ウルボンナの時は、ずいぶんと市中を駆けまわったが、あまり詳細な記憶がない。いろいろな意味でそれどころではなかったし、そんなものかと思った気がする。何しろ、異界の都なんて初めて見たんだしな。


 それにしても、考えてみれば、俺は、アトリの親たちとどんな顔をして対面すればいいんだろう。一悶着あったりするんだろうか。

 俺なりに、いろんなパターンを想像してみたが、うまい言葉が見つからない。

 だがまあ、何とかなるだろ。カンナたちと一緒だし。


不安と期待が交錯する中、馬車は神殿の停車場に滑り込んでいく。そこは、夏にアトリが馬車を止めてあった東門だった。

 しかし、あの時とは違って町の人々の姿はない。神殿を取り囲む森は、暗く静まりかえっていた。

 一足先に着いたイカルやその警護の者たちと共に、俺は東門をくぐって神殿へと向かった。

 玉砂利道に沿って点々と灯る松明が、今宵の賓客たちを木立の奥へといざなう。

 

 神殿の中は、きっと厳粛で神秘的な空間なんだろうと、俺は勝手に想像していた。

 ところが、そこはまるで迎賓館だった。世俗な宮殿のホールと言い直してもいい。

 美しく着飾った人々の衣擦れの音と焚きしめた香の薫りで、俺は立ちくらみがした。

 きびすを返してその場を立ち去りたいと思ったが、カンナが俺の腕に手をまわした。そして、そのままガッチリと俺の腕を捕り、人々の輪の中へにこやかに突き進んでいった。

 いくら暗い蝋燭の灯りの中とはいえ、赤毛の姫と連れ立っている俺が、目立たないわけはなく、ほどなく、気まずい相手と遭遇してしまった。


 取り巻きの派手な女たちを引き連れたアトリの母親は、俺を見すえたまま固まった。大きな目が驚愕して見開かれている。

 沈黙が続いた。

 俺は自分でも意外な事に、何かが吹っ切れた気になった。そして、とぼけた調子で母親に言葉をかけた。

「お陰で、体調は元通りになりましたよ。」


 その時、俺たちのそばを数人の男女が通りがかった。

「おや、これは〈奏でる人〉ではないですか。」

「〈火〉の方とご一緒なのね。」

連れの女性が、カンナと俺を興味深そうに見比べながら言った。


 俺は、言葉につまった。

 その時、俺の頭越しにイカルの声が響いた。いつの間に俺の近くに?

「あちらでは、警護が手薄なので、私の方でお預かりしているんですよ。ご存じのように、近頃、都でも物騒な事が頻発しているので。」

 なるほど、上手い口実だ。互いの顔が立つしな。

 俺はうなった。イカルに助けられた。

 アトリの母親以外は、一様に納得をした顔になった。



 最初に声を掛けてきた男は、あたりをはばかるように、イカルに話しかけてきた。

「それにしても、いよいよ、ウマシ国と戦争が始まるとの噂・・・。」


 俺とカンナは、そんなイカルたちを残してその場を立ち去った。


 そして、アトリを探してホールを一巡した後、ベランダへ出た。

 ベランダの中央には、下へ行く階段が数段あって、見覚えのある舞台へと続いていた。

 ウルボンナの初日に、巫女たちの赤い扇がひるがえっていたあの場所だ。

 舞台の中央付近には、何か儀式めいたしつらえがしてある。白木で組まれた祭壇だった。餅や酒が奉られていた。

 舞台のはなでは、楽団が雅楽に似た音楽を奏でていた。


 空には、中秋の望月がかかっているはずだが、残念なことに今宵は雲の多い夜だった。

「どうやら、アトリは来てないようだな。・・・なあカンナ、俺たち、先に帰るってわけにはいかないのかな。」

 俺は、ホールで何やら話し込んでいるイカルの方を振り返りながら、カンナに言った。

 カンナは肩をすぼめた。

「無理無理、これも兄様の仕事なんだから。カガヤって、ほんと引っ込み思案だな。」

 俺の耳元でそうささやいた。

 なるほど。俺をアトリに会わせるためだけに、忙しいイカルが同伴するわけがない。それにしても、今の話って耳元でささやくようなことなのか。

 俺たちの近くに人影はなかった。


 俺とカンナは、舞台の上を所在なくぶらつく。

「よかったな、ケリがついて。あれで、良かったんだろ?」

 カンナが急にそんなことを言った。

「ん? あぁ。」

 俺は、亡霊でも見たように驚愕していたアトリの母親を、思い出した。

 まあ、あの人たちからすれば、どうせ助からないと思ったんだろう。助かるものを見捨てたわけじゃない、と思うことにする。

 

 カンナは、俺の腕をしっかりとつかんだまま、空を見上げていた。

 ちょうどその時、雲間に望月が姿を現した。どこかで、わぁっと歓声が上がった。

 周囲に目をこらすと、神経をけずり合うようなホールの雰囲気とは違って、カップルやおばさんたちの集団が、神々しくる月を見上げて、のんびり談笑している。


 その時だった。俺たちの背後を、足早にすり抜けていくものがあったのは。

 物凄く小さな人の影だ。手にした杖の方がはるかに大きい。


 灰色のマントが舞台の花道を下って、あっという間に森の方へ去ってゆくのを、俺はハッとして目で追った。

 

 それを見ていたカンナが言った。

「ヨシ婆さんじゃないか? 風の導師ヨシ、何をしに来てたんだろ。」

 カンナの目が、面白い遊びを見つけた子供のように光った。

 風の導師。やはりあの人だ。

俺がこの世に呼び出された日、〈精霊〉たちに苦言をていしにやって来た老婆。

「どんな人なんだ?」

「ん、面白い人。それに自分の信じた事をやり通せる人だよ。それって誰でも出来る事じゃないだろ? 勇気があるだけじゃダメ。力を持ってないと。でもほら、良薬口に苦しって言うだろ。ヨシを消したがってる奴らも多いと思うよ。」

「力? へぇ、どんな力を持っているのさ。」

「魔力。」

「まじ!〈精霊〉みたいな?」

 カンナは、首を横に振った。

「ちょっと違うな。魔力のような知力。もしくは、知力が高じた魔力かな。」

「なんだそれ。よくわからんなぁ。」

「私もよくわからないけど、とにかく〈精霊〉とは違うやり方で、〈風〉は、力を生み出すと言われてる。」


その時、カンナが急に後ろを振り返った。

 何やら騒がしいダミ声がベランダの方から聞こえてきた。見ると、酒に酔ってふらついている様子の男を、数人の男がなだめている。

 カンナはあわてて、舞台の手すりにもたれて月を見上げる振りをした。俺もつられて男たちに背を向けた。


 やがて、俺たちの後ろを男たちがドヤドヤと通り過ぎていく。

 聞き耳を立てるまでもなく、呂律ろれつのまわらない大声があたりに響く。

「・・・〈風〉の連中は、逃げたくせに。逃げた連中に指図さしずされる筋合いはない! そうだろ。それなのにあのばばあ・・・ワシに恥をかかせるようなことを・・・。」


男たちが充分に遠くへ去ると、カンナは俺の腕をとらえて階段を下り、暗い草地の方へと足早に引っ張っていった。

 舞台の下方に広がる草地には、松明はしつらえてなかった。

 暗がりをよく見渡すと、月明かりのもと、何組ものカップルが、座ったり寝ころんだりして語らい合っている。

 さすがに、ちょっと気恥ずかしくなって突っ立っていると、カンナはさっさと草の上にあぐらをかいた。そして、興奮した様子でしゃべり始めた。

「あの愚痴ってた人、〈土〉の元老だった。ヨシ婆さんと何かあったんだよ。いつ来たんだろうヨシ婆さん。さっき私たちが神殿に入った時は、いなかったのに。」

 俺は、ちょっと距離を置いてカンナのそばにあぐらをかいた。秋の虫が、草葉のどこかでコロコロと鳴いている。


 俺は、ヨシと出会った日のことをカンナに話した。

 ユリという〈 精霊 〉の導師が俺をび出したこと。ヨシがそれをとがめにやって来たこと。

 ヨシの話をするためには、ユリのことも言わなければいけないはめになってしまった。

 ユリの名を口にすると、不覚にも鼓動が高鳴る。実は今夜だって、ここに来てたりしてーと密かに期待を寄せる自分がいた。

 しかし考えてみたら、もしユリが来ていたとして、俺はユリを前にしてどんな顔をしたんだろうか。カンナと仲良さそうに腕を組んで歩いているというのに。

 ・・・・・・。

 俺は心の中で首を振った。そして気づいた。ユリが来てなくてよかったんだと。


「・・・鉱山の密貿易がらみの話だと思うな。やっぱうわさは本当だったのか、って、カガヤ。聞いてる?」

 カンナが俺の顔をのぞき込んでいた。

 俺は、とっさに空咳をした。

 カンナが腕組みをして、ジッと俺を見た。それから、いきなり人指し指を俺の鼻先に突き出した。

「ユリ。」

 俺の頬が、自分の意志に反して、ピクンと引きつる。

「図星なんだ!」

 カンナは、キャッキャッと笑って、俺の髪をクチャクチャにした。

「そうか、そうか。」

カンナは、俺の肩をバンバン叩いて、笑い転げている。


 カンナは、せいぜい笑い終わると、それっきりユリの事には触れなかった。

 そして、〈土〉の元老にまつわるうわさについて、俺に話し初めた。

 近頃どうも、フルキの貴重な鉱物資源が、秘密裏に大陸へ売りさばかれている節がある等々。

 

「〈土〉の一族は、フルキの鉱山開発を一手に引き受けている。金や銀をちょろまかして小遣い稼ぎするぐらいならともかく、もし、ご禁制の鉱物を他国に売りさばいたとなると、とんでもない話なんだ・・・その鉱物は〈悪魔の目〉って呼ばれててな。特別な剣を作るために必要なんだ。剣を作る技は、〈火〉の刀匠たちによって門外不出の・・・。」

 カンナは、そこまで言って言葉を飲み込んだ。そして、今さらながらあたりを見渡す。

 そう、国のトップシークレットを話すような場所じゃない。


 空では、月がすっかり雲間に隠れてしまっていた。

 あまつさえ、月見の宴がお開きとなる頃には、バラバラと雨粒が大地をたたき始めた。


 着飾った賓客たちは皆、あわただしく待たせてあった豪華な馬車へと駆け込んだ。そして、夜の市中へと散っていく。

 こうして、雨にたたられた月見のうたげは、盛り上がることなく終わった。



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