第15話 長卓の兵《つわもの》ども
この国の名は、フルキ国(古き国)というらしい。
アトリは、国とか政治というものに何の関心も無かった。だから、考えてみれば、この国の名をアトリの口から聞くことは一度もなかった。
ところが、イカルの屋敷の男たちは〈わがフルキ〉という言葉を、まるで呼吸をするように日々連発した。
どうやら〈火〉の一族とは武士集団であり、イカルは、侍大将といったところのようだ。だから、彼らが愛国心に燃えたぎるのは当然と言えば当然なんだが。
それにしても近頃は、元来、熱血漢の彼らの心に、さらに火をつける出来事が頻発しているようだ。
それはアトリの話とも符合する。三百五十年振りの天変地異と戦争の予感。
もっとも、ここの連中にとっては、昔の戦争のことなどよくは知らないが、攻めてくる奴は斬る、という理解のようだ。
フルキは島国だという。
瓢箪型の島は、中央に険しい山脈が座しているので、平野は極めて少ない。島の南側は大海に面しているが、北および北西側には、狭い海峡をへだてて大小百ほどの島がある。
その中には、フルキより悠に広大な島々があって、それらは統合されて、今は一人の王が統治している。ウマシ国と言うそうだ。
ウマシの王は、ここ数年、近隣の島を次々に平定し領土の拡大に拍車をかけている。[全島統一]を企むウマシ王にとって、フルキ国の平定は、画竜点睛というか、ウマシの征服の歴史の総仕上げにふさわしい標的なのだという。
激しい台風が通り過ぎた翌日の夕食時だった。
〈火〉の屋敷の食卓の話題は、いつにも増して、ウマシ国の動向で白熱していた。長テーブルのまわりには予備の椅子が持ち込まれ、肩をぶつけあうようにして武将たちがひしめき合っていた。
その日は、北の海域の守護を任されている男が帰都していた。
北の海といえば、ウマシとの国境でもある。
「やはり、ウマシの[全島統一]の野望は変えようがないかのう、ハサン殿。」
誰かが、帰都したばかりのその男に向って言った。
ハサンと呼ばれた男は、長身でスキンヘッドだった。のみならず黒褐色の肌をしていた。
異色な人間ぞろいの〈火〉の郎党の中でも目を引いた。
「・・・だろうな。近頃は、国境の小島に、漁師に化けたウマシ兵の小舟が頻繁に来るようになった。追っても追ってもじきに舞いもどって来やがる。我らフルキの水軍は勇猛だが、長い海岸線を守りきるには、何しろ数が足りん。だから、いくさとなれば・・・前も言った通り、海賊を仲間につけておくことが肝要だと思っている。オレの故郷のオスマン国も海賊バルバロッサと手を組んで、白海(地中海か?)を掌握した。海賊も使いようだ。」
黒褐色の肌の男は、腹にひびく低い声でそう答えた。
その場にいた男たちは次々に呼応した。
「うーん、海戦となれば、たしかにそういう手も打っておかねばならんな。」
「それに陸戦では、やはり銃器が雌雄を決するぞ。」
「・・・カプクルのイェニチェリ部隊だな。」
と、言ったのは、オルハンだった。
「そうだ、小銃歩兵部隊イェニチェリだ。」
ハサンが繰り返した。二人の外人将校は、彼らだけに通じる追憶を確認し合うかのように互いを見やった。束の間、会話が途切れた。
イェニチェリ。十六~十七世紀頃のオスマン帝国の精鋭部隊だ。
オスマンがこの時代の世界の覇者となれたのは、小銃歩兵部隊イェニチェリの力によるといっても過言ではないだろう。イェニチェリ兵の勇猛さもさることながら、何よりも、当時の最先端の武器である、銃を装備した部隊だったからだ。
銃は、その後ヨーロッパに伝わり、戦争は火器戦へと突入していく。
「刀や槍の時代は、終わってしまうのかのう。近頃は、鉄砲だ大砲だと武器に頼る話ばかりで、寂しいかぎりだ。」
そう言ったのは、俺の隣席のアオジだった。
「爺様、あんたの長刀を皆あてにしてるよ。うれしいことにオレたちの出番は、間もなくだ。」
ビンズイがそう言って、ケタケタと高笑いした。
めったに口をはさまないイカルが、話し始めた。
「その通りだ。我らの主力は今でも刀や槍だ。しかし、ウマシの兵力は十万とも言われているのだ。数の非力は、知恵で補わねばな。」
イカルが、自分の頭をちょんちょんと指さした。同意の笑いが広がった。
「どんな考えでもいいぞ。語ってくれ。」
男たちは、我先にとしゃべり始めた。
自分が日頃練っていた案、他人から聞いたという逸話、はたまた自分の嫁が発案したという戦法まで飛び出した。話は、刀の研ぎ方や負傷兵の救護方法、兵站にまで及んだ。
男たちは、相づちを打ったり辛口な批評を飛ばしたり。そんな、脈絡はないが闊達なブレーンストーミングは、深夜まで続いた。
イカルは、話に優劣をつける事も結論を出す事もなく、ただ大笑いしながら聞いていた。こうして見ていると、イカルは良い上司なんだと思う。ただ俺のことは、あまり気に入っていないんじゃないかな。そんな気がする。ただそんな気がするだけだが。
この日の酒盛りがお開きになったのは、スオウが小言を言いに来た時だった。スオウは、相撲取りのように身体の大きな女料理長だ。
彼女は、もりもりした褐色の肩をいからせて、蝋燭がもったいないのでいいかげんにしろと男たちをドヤしたのだった。
オルハンとハサンの視線が絡むシーン、読み返して吹いた。けして意味深な関係を示唆したかったわけではありません。同郷である、と言いたかっただけでw
私の中では、ハサンはオスマン帝国北アフリカ領の出身ということになってます。オルハンの過去についてはのちにちらっと出てきます。




