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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
14/45

第14話 家長イカル

臆面もなく厨二病なストーリーが、展開されてゆきます~(笑)

 なんでこんなことになるんだろう。

 

 異界に飛ばされて、伝染病に冒され、そしてこの世の産みの親にも捨てられた。最初は、神様あつかいされ、その次は疫病神あつかい。

 俺は、あと幾度、煉獄の炎に焼かれたら、元の世界にもどることを許されるんだろうか。

ひょっとすると、もうそんな日なんて二度と来ないのかもしれないな・・・。

 

 二ヶ月前が、はるか昔のことのように思えた。

 

 俺は、久々に柔らかい寝床に身を沈めていた。ともかくは助かった、らしい。

 あれは昨夜のことだった。数人の男があのいまわしい小屋にやってきて、俺を板に乗せて中洲から運び出した。それから、俺は、川原で身体を乱暴に洗い流された。

 初秋とはいえ、夜の川は黒々として冷え切っていたが、俺は、男たちに不安も不満も抱けなかった。捨てられた疫病神に手を差し伸べる人間が、まだいたとは。

 男たちは、寒さで歯をガチガチ鳴らす俺を、布にくるんで荷馬車に乗せた。そして、到着したのがここだった。

 この部屋へ俺を背負うようにして運んでくれ、かいがいしく世話をしてくれた女たちが、ここは〈イカル様の屋敷〉だと言っていた。


 俺は、昨日よりさらにハッキリしてきた頭をめぐらして、部屋をながめた。

 広くて天井が高い。衝立ついたての向こうの明かり採り窓からは、うっすらと昼間の光が差し込んでいた。

 黒褐色の太い梁や柱に、黄土色の塗り壁がよく映えて美しい。きらびやかな調度品こそなかったが、古風で落ち着いた雰囲気の空間だった。

 釘隠くぎかくしには、丸に十字模様のレリーフが刻まれている。家紋だろうか。

 それにしても、イカルって いったい誰なんだ?

 

 ちょうどその時だった。部屋の扉が音もなく開いて、赤い髪の女が室内をのぞき込んだのは。

俺と視線が合うとニマッと笑った。

 俺は、披露目の儀の日を思い出した。たしかカンナと名乗っていた〈火〉の姫だ。


「ざーんねん、起きてたのか。」

 そう言って、カンナは部屋の内に立つと、ズボンをはいた長い脚で扉をけって閉めた。片手には果物盆を持っていた。

 だとしても、もう片方の手はブラブラさせているが。


「寝込みを襲おうと思っていたのに・・・。あぁ、私の事は覚えている、みたいだな。」

 男のような物言いで、そんなことを言いながら、カンナは、桃が盛られた盆を枕元の小卓に置くと、ベッドの端にボンとすわった。


 俺は、とっさに掛け布団を胸の上まで引っ張り上げた。

 そう言えば、姉貴の友人にもいたな。年下の男をいじって面白がるタイプのひと

「痩せたな。」

 カンナは顔を寄せて、家族を見るように俺をじっと見た。

「それに目つきが悪くなってる。こーんな目だぞ!」

 そう言うと、カンナは、自分のまぶたを指で吊り上げて、変な顔を作った。

 そして今度は、ベッドから跳ね起きて、桃に手を伸ばした。

「あっ、そうそう。これ美味しいんだぞ。季節はずれの桃。都から馬で三日掛かる高原で採れたんだ。ずっと氷室に入れてあったからヒンヤリしてる。待ってろ、今、いであげる。」


 カンナは、右手で果物ナイフをつかむと、それをクルクルと小気味よく回転させた。

 要するにペン回しというやつだ。やがてナイフは、カンナの掌に吸いつくようにピタリと収まって止まった。

 カンナは、満足げに桃の皮剥ぎに取りかかった。大道芸としてはなかなかのレベルだと認めよう。だとにしても、いったいこのひとは、どんな育ち方をしたんだ?

 俺は、あきれてカンナの横顔をながめた。尖った小さな顎と、癖のある赤毛。すらりとしたナイスバディだったが、残念ながら何も感じない。

 鮮やかな赤毛に再び目が行く。此処が異世界の日本だとしても、俺のいた日本と比べて、人々の国境を越えた往来は遙かにさかんだと思われる。


 カンナは、意外に手際よく皮を剥ぎ終わると、俺の方を振り返つていきなりクツクツ笑いだした。その刹那せつな、カンナは丸ごとの桃を俺の口に押し込もうとした! カンナの指から、ボタボタと果汁が飛び散る。


 自慢じゃないが、カンナが悪ふざけを仕掛けて来る予感があった。俺は、とっさに頭から布団をかぶった。当然のごとく、桃は洗い立ての布団に激突してつぶれた。

 カンナは、腹を抱えて笑っている。

 修学旅行の枕投げ以来かもしれない、こんな悪ふざけは。

 俺もつられて苦笑いをした。


 カンナは、満足そうに、俺の頭をポンポンとなでた。結局、桃の果汁はつけられてしまった。

「今度は、ちゃんと食べさせてあげる。」

「いえ、自分で食べれますから。」

 俺は布団の上の桃を摘み上げて、かぶりついた。爆発物は、迅速に処理してしまうに限る。

 さすがに、果汁で手がベタベタするのが気になるが、カンナは、皿を用意する素ぶりも、手をふく物を持ってきてくれる気もなさそうだ。椅子に背面座りして、俺が食べているのを真剣に見入っている。

 アトリが『変な姫だ』と評していたのを思い出した。たしかに変なひとだ。しかしそのお陰で、俺は、正直なところ気が休まった。いや、気が紛れていると言うべきか。

「ここは、〈火〉の屋敷なのかな。」

「え? あぁ、そうそう。それを説明してあげないとね。・・・知らせてくれたんだ、アトリが。」

アトリが。


 ウルボンナの後、〈精霊〉の屋敷ではどれほどの騒動になったんだろう。あるいは、何もなかったことになっているのか?

「アトリも、なかなか骨があるんだな。親にはさからえない子かと思っていたけど・・・。使いに若い娘を寄こしたのには、あきれたけど。」

 アヤメを〈火〉の屋敷へ寄こしたのか。他に頼める相手がいないのだろう。

 アヤメは、コハギの件でアトリには恩があるし。ヨヒョウがいなくなった今、アトリには、アヤメしかいないんだと思う。

 いずれにしても、アトリがやはり動いてくれたんだ。


「アトリからの知らせって、どんなだったんだ?」

「あぁ? んっと・・・お前が、ヨシュ川の漁師小屋にいるからと・・・。〈精霊〉は、いろいろ厄介なことになってるようだな。」

 カンナは、少し口ごもる感じで、そう言った。


 それから、急に、ニッと笑って顔を近づけてきた。

「お前の名前、まだ聞いてない。」

「・・・(カガヤ)。光る軍て書く。」

「カガヤ。そうか、光の軍属なんだな!」

「何でだよ。そんな立派なもんじゃないよ。」

 とは言いつつ、自分の名前をほめられて嫌な気はしない。それに、久々に本名で呼ばれたこの嬉しさは、一体何なんだろう。お姉さん、もっとカガヤと呼んでくれ!

 俺は思わず締まりなくなった口元を、あわてて引き締めた。


「と、ところでさ、アトリに会えるかな。」

 このままでは、いろいろ納得がいかない。およその見当はつくが、俺が捨てられるにいたった顛末てんまつを奴の口から聞きたい。

「へえ、やっぱ、仲良いんだ! 守護霊だからか?」

 カンナが、変なからかいをする。

「そんなんじゃないさ! 俺は守護霊なんかじゃない。ただの人間だって。ちゃんと過去の記憶もあるし、家族もいるし、いろんな感情もある、ただの人間なんだって。」

 俺は思わず、声をあらげてしまった。

 今、気づかされたんだが、守護霊という言葉には、耐え難い記憶しかない。が、彼女には、ついぞ関係のない話だというのに。


 カンナが、ちょっととまどった顔をした。

「・・お前は、人間だと思うよ。気を悪くさせたんなら謝る。」

 それから、カンナは真顔まがおになってこう続けた。

「アトリに連絡を取るのは、今は難しいかもしれないな。向こうから連絡してくれればいいんだけど。だから、当面はここで静かにしているほうがいいと思うんだ。・・・そうしてくれ。ともかくイカルには言っておくよ。」

「イカル?」

「あぁ、わが愛しの兄様だよ。四年前に、私たちの親父殿が亡くなってな。兄様は、我ら{火〉の一族の長なんだ。今は留守だが、二~三日もすれば帰るから。」



 その日の夕方、下女の一人が迎えに来て、俺は食堂へ通された。この屋敷のあるじ一家の食堂だそうだ。ずいぶんと奥行きのある部屋で、ひときわ長大なテーブルが目を引く。卓球台を縦に三つ四つ並べたくらいのサイズだ。

 テーブルの左右それぞれに十脚ほどの椅子が並んでいた。


 立派な彫り物のほどこされた重厚なテーブルを前にして、俺が所在なくつっ立っていると、側面の扉が開いて、カンナが両手に皿を抱えて入ってきた。カンナの後ろから入ってきた下女は、片手に水差し、もう片手に皿を抱えていた。

 扉の向こうに厨房がチラリと見えた。カンナは働き者のお姫様らしい。


 カンナは、テーブルの一隅をあごでさしながら言った。

「奧から二つ目に座って。一つ目は私の席だから。」

 言われた席に座ろうとした時、さっき俺が入ってきた廊下に面した扉が開き、二人の男が入ってきた。

 男たちは、扉近くの席に座りながら、こちらを見た。男たちの一人には見覚えがあった。漁師小屋で、最初にのぞき込んできた髭面ひげづらの男だ。

 俺は、ぎこちなく会釈をした。男は、ニッと笑って、男にしては甲高い声で言った。

「オレはビンズイだ。こちらは、オルハン。身体の具合はどうだい?」

「もう、どこも悪くない感じです。」

「そりゃ良かった! もっとも、カンナ様に看護されたら、誰だって、二日目には、もう大丈夫って言うに違いない。」

 そう言って、一人で受けて高笑いをした。

 オルハンと呼ばれた灰色の髪の男は、ビンズイの軽口を無視して、下女がドンッと置いていった皿の料理を、さっさと食べ始めた。


「何か言ったか~? ビンズイ。」

 カンナが、俺の前の杯に飲み物を注ぎながら、とぼけた返事をした。杯からは、アルコールの香りがした。また酒だ。

 俺は夏の間に十九になっていた。しかし、まだ未成年だ。というより酒が美味しいと思えない。

「あのー、水があったらいいんだけど・・・。」

俺は、隣のカンナにそう言った。

 カンナは、俺の頭をポンポンとなでてから厨房へ消えた。ビンズイがケタケタと大笑いしている。


 ビンズイは、ひげがなかったら、サッカー選手のアンドレス・イニエスタにそっくりだった。頭頂部が薄くなり始めていたが、四十前後だと思う。

 隣の男は六十くらいだろうか。外国人だ。長身で、白髪まじりの髪に灰青の瞳をしていた。箸の使い方が微妙にぎこちない。


カンナに水をもらって、俺は食事を始めた。

〈火〉の屋敷の食事は、ワンプレートディッシュだった。東南アジアっぽい味付けの魚や茹で野菜が山のように盛られていた。後で聞いた話だが、女中頭は南方の島の出身だった。

 それにしても量が多すぎだろ。いろんな意味で〈精霊〉での食事風景とは真逆なことに驚く。


 食事がかなり進んた頃、テーブルの下手しもての扉が開いて、小柄な中年女性が入ってきた。茶色い質素な作務衣を着ている。

誰にでも気さくなたちらしいビンズイが、声をかけた。

「これは、これは。」

 オルハンは、食事の手を止めて立ち上がり、黙って女性に会釈をした。

「皆さん、こんばんは。」

 そう言いながら、女性はテーブルの奧の方へせかせかと進んでくる。

「お継母かあさん。」

カンナは、そう言って立ち上がり、真向かいの席に座った女性に寄って行った。

 テーブルの上の水差しを取って継母の杯を満たしながら、カンナは、俺の方に顔を向けた。

「カガヤ。こちらはお継母かあさん。チガヤさん。昨日の夜、会ってると思うけど。」

 俺は立ち上がって、頭を下げた。


 カンナの継母は、口をすぼめてニマッと笑った。お世辞笑いは苦手みたいだ。

 快活な鋭い視線が俺を凝視した。

「うんうん、顔色は良いわね。・・・怪我ならともかく、病気を見立てるのは、ちょっと不得意なんだけど。それにしても間違いないわよ、この人は治ってる。うん。」

 話の大半は、カンナに対して言ってるふうなので、俺は食事を続けた。


 そう言えば、昨夜この屋敷に運び込まれた時に、出会ったかもしれない。屋敷の下女たちに、風呂場で身体中を消毒されているところにやって来て、テキパキと指図してた人だ。

 皆、口元を布でおおっていたし、暗かったので、顔はわからなかったが。

 症状をいたり、舌を見せろと言ったりするので、てっきり医者だと思っていた。


 カンナは席にもどって来たが、相変わらず、継母とテーブル越しに話を続けた。誰それの怪我の治りが悪いとか、どこかの里で腹痛が流行っているとか、あまり食事中にふさわしい話題ではなかったが、この二人が言うと業務連絡を聞いている雰囲気にさせられる。


 継母は、テーブルの一番上座の椅子をちらりと見て、カンナに言った。その椅子は他の物に比べて、ひときわ背もたれが高くて威厳があった。

「イカルは、三日後まで帰らないの? でも、それまで待っていられないわね。早く診療所に帰らなきゃ。今も言ったけど、川下の里で腹痛が流行ってるのよ。ウルバンナの少し前に洪水があったじゃない? あの時、一帯の肥溜めが、あふれちゃったでしょ。それとは関係ないという薬師が多いけど、病気は人糞を介して移ると、私は考えているから。それと、唾液や血ね。」

さすがに食欲が落ちたのか、たまたまなのか、テーブルがシーンとなった。

 それまで、オルハンを相手にしゃべり続けていたビンズイが、黙ってしまったからだ。

 

 ビンズイの話を、黙って聞いていたオルハンが、ふっと継母の方に身を乗り出した。

「ワタシも、そんな説を聞いたことがある。ガグラにいた時に。」

 ちょっと、たどたどしい日本語だが、初めて聞いた彼の声音は穏やかで深みがあった。

「ガグラには、たくさんのヴェネチア商人たちが来ていた。彼らは若い時から世界中を旅しているので博学なんだ。病気は、呪われたわけでも悪魔の仕業しわざでもないと、私の知り合いのヴェネティア商人も言っていた。便や血で病気は移る。男女の交わりで移る病気もある。」

ビンズイが酒にむせた。あんがいシャイな人なのか。

 継母とオルハンは、ガグラの話の続きに夢中になっていた。

 ガグラ。たしか黒海あたりの町じゃないか?

 ガグラは、古い時代から、アジアと地中海を結ぶ中継貿易で栄えた風光明媚な町だった。しかし、十六世紀、オスマン帝国に征服され、居住していたヴェネティアやジェノバの貿易商たちは帝国外に追放された。その後、町は衰退し、やがて廃墟と化してしまった。再びガグラが町として復興するのは近代になってからだ。

 オルハンがいたというガグラは、いつの時代なんだろう。或いは俺のいた世界の時間軸でとらえる事は出来ないのかもしれないが。

 

 俺は、カンナに話しかけた。

「この部屋は、あるじ一家の食堂だって聞いたけど、家族ってこんなに大勢いるの?」

 そう言って、俺は長大なテーブルを指さした。

 カンナは、笑いながら首を横にふった。

「まさか。イカルがいる時は、よく、食事をしながら郎党たちが内寄合よりあいをするのよ。ムサい侍たちで、ここが一杯になるんだから。今いるのは留守番役の人たちだけ。」

 カンナが言うところの、ムサい侍たちがひしめき合う光景には、じきに出会う事になった。



 俺が〈火〉の屋敷にやって来て、三日目の昼過ぎに、イカルと家臣の一団が帰ってきた。といっても、まだ彼らに出会ってはいない。しかし、屋敷全体が急に活気づいたというか、ピリッとした空気に包まれたのを俺は感じた。

その日の夕食の前に、俺はイカルと対面した。

 カンナに連れられて食堂へ入っていくと、長テーブルの一番上座にイカルはすわっていた。

 二十代後半といったところか。逆三角形のマッチョな胸板の持ち主で、赤茶色い長髪をオールバックにしている。縮れ毛なところがカンナと似ていた。

俺のお披露目式の会場で、鳥の声をリクエストした男だった。

 

 イカルは、俺の方をじっと見すえている。何を考えているのか読み取れない三白眼だ。あまり、友好的な雰囲気でもない気がする。

 気づまりな沈黙が続いた。

「・・・あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます。」

 俺はようやく言葉をしぼり出し、カンナの肩越しに頭を下げた。

「ああ。」

 イカルは言葉少なに返事をして、俺から視線をそらした。これで会話は終わりかと思った時、ぼくとつにこう言った。

「もう、〈精霊〉には帰れんぞ。・・・ここで暮らす気はあるのか?」

 状況から見て、俺は〈精霊〉の人たちに捨てられたんだ。

 帰りたいという気など微塵みじんもなかったし、選択肢のある話とも思えなかった。

「置いていただけるんでしたら。」

 俺はそう返事をしながら、今更ながら、自分の身の上に思いいたり、思わず目を伏せた。


 石門をくぐって以来、俺は大いに悟ったんだ。当然のように存在した家族やずっと続くと思っていた暮らし、いや世界そのものさえ、あきれるほど簡単に失うものなんだと。

 

イカルは、手に持っていた酒杯を卓上に置き、かわりに呼び鈴をつまんで鳴らした。

 合図を待ちかねていたように、台所の扉が開いて、大皿に盛られた料理が運び込まれた。しもての廊下に面した扉からは、腰に刀をぶら下げた男たちがゾロゾロと入ってきた。

 男たちは、なれた様子でそれぞれの席にすわり終えると、いっせいに、イカルとカンナと俺の方を見た。


 イカルは、男たちの視線にうながされるように口を開いた。

「〈精霊〉の客人カガヤだ。わけあって、カンナが助けた。ここで暮らすことになったので、皆も良くしてやって欲しい。」

 俺は、顔が赤くなるのを感じた。男たちの物めずらしげな視線が痛い。

 立って何か言わなきゃいけないところだろうが、とても無理だった。俺はすわったまま軽く頭を下げた。


イカルが箸を使ったのが合図であったのか、皆ガヤガヤと食事をとり始めた。

 俺は、そんなにぎわいの中に消え入ってしまいたい気分だった。

 ノリがいいと思っていたカンナも、今日は大人しく食事を口に運ぶばかりだ。俺はしかたなく、食べるのに忙しいふりをした。


 今夜の食卓は、さすがにワンプレートディッシュではなかった。皿鉢さはち料理というのだろうか。大皿にいろんな料理が盛り合わせになっていて、各自が小皿に取りわけて食べる。

 途中で、汁物として美味しそうなフォーが出てきた。が、すでに腹一杯だった。


 このまま、宴席が終わるまで食べ続けることは無理だと悟り、俺はぎこちなくカンナに話しかけた。

「カンナが、助けてくれたと、さっきお兄さんが言ってたけど。」

 カンナは、肩をすくめた。

「アトリからの書状が私宛だった。・・・それだけ。」

「なんだか、迷惑かけてすみません。」

 カンナは、プルプルと首をふった。

「なんで? 迷惑なんで全然思ってないよ。むしろ・・・うれしかった。」

 カンナは照れて笑った。

「お継母かあさん、いい人だろ?」

カンナは、話題を変えたかったのか、そんな話を始めた。


 継母チガヤは、昨日、川下の郷とやらへ立った。あの後、二~三度食堂で出会ったが、確かに感じのいい人だ。

「本当の母さんは、私が赤ん坊の頃に病気で亡くなったんだ。お継母かあさんは、その頃に世話になってた薬師の娘さんなんだ。私は、小さい時よく熱を出したらしくて、親父殿が、私の世話をさせるために娘さんを屋敷に上げたんだ。」


 カンナの話によると、実母の喪が明けた後、カンナの父親は継母を後添のちぞいにしたそうだ。自分が継母と離れたくないと言ったので、とカンナは語った。

 父親は留守がちだったので、チガヤは、家内のことを一手に引き受けで、切り盛りしてきたらしい。今年十八になる妹と十四になる弟も生まれた。

 が、父親が亡くなってイカルが家督を継ぐと、チガヤは、妹と弟を連れて市中の別邸へ移ると言い出した。継母がいると、イカルや、やがて嫁ぐであろうイカルの嫁が気苦労だろうというのが理由だったそうだ。

 そんなわけで、今は市中の別邸で町医のようなことをしているらしい。

 今回は、俺の体調を診てもらうためにカンナが呼んだのだそうだ。


 カンナは、継母を慕っているふうだ。

 見ていると継母といる時のカンナは、恭順でしとやかな娘に変貌する。こちらが本当のカンナなのか、それとも俺といる時の男言葉の方なのか?

 いずれにせよ、彼女らは、こうして理想的にすぎる家族関係を保ってきたのだろう。血を分けた肉親だとこうはいかない。甘えが出てしまうから。頼りにしてしまうから。

 俺は、カンナ姫の意外に苦労性な一面を垣間見た気がした。



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