第16話 冬コミで大暴走?!年越しそばを食べて初詣に行ったら、なんで恋愛フラグが立ってるんだ?!(前編)
クリスマスパーティーが終わってから、数日が経った。
今年のクリスマスは、去年とは少し違っていた。
生徒会の仲間たちだけでなく、三紀子と詩織も加わったことで、いつも以上に賑やかで、笑いの絶えない時間になった。
プレゼント交換も初めての試みだったが、予想以上に盛り上がった。誰が何を受け取るのか、開ける瞬間まで分からないというのは、なかなか面白いものだ。
そして、クリスマスが終われば、いよいよ冬休み。
俺たちには、まだまだ大きなイベントが待っている。
そう――冬コミだ。
もっとも、その前に片付けなければならない仕事もあるのだが。
翌朝。
俺は制服の上にコートを羽織り、首元に巻いたマフラーを整えていた。
「お兄ちゃん、そのマフラー似合ってるね」
玄関で靴を履いていると、美咲が俺の首元を見て微笑んだ。
「そうか? まあ、暖かいから助かってるよ」
「ふふっ。大切にしなきゃね」
「そりゃ、もらったものだからな」
何気なく答えた俺に、美咲は意味ありげな笑みを浮かべた。
「……な、なんだよ?」
「ううん。何でもないよ。じゃあ、行こっか。お兄ちゃん」
美咲は先に玄関を出ていった。
俺もその後を追いながら、首元のマフラーをもう一度整える。
冬の朝は寒い。
けれど、こうして誰かから贈られたものを身につけていると、不思議と少しだけ心が温かくなる気がした。
学校へ向かう途中、いつもの待ち合わせ場所に到着すると、杏子たちが先に来ていた。
「おはよう、隆司」
「おはよう、杏子。蓮司も」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、杏子先輩。蓮司先輩」
美咲が二人に挨拶する。
その直後、杏子の視線が俺の首元に向いた。
「あ……」
「ん? どうした?」
「……ちゃんと使ってくれてるんだ」
杏子は少しだけ頬を緩めた。
「せっかくのものだからな。暖かいし、気に入ってるよ」
「そ、そう。それならよかった」
そう言いながら、杏子は嬉しそうに目を細めた。
その表情を見ていると、こちらまで少し気恥ずかしくなる。
……何だろうな、この感じ。
「おやおや~? 朝から何やらいい雰囲気ですねぇ」
「そうだねぇ。冬の寒さも吹き飛ぶような、甘酸っぱい空気が漂っているよ」
いつの間にか三紀子と詩織が背後に立っていた。
「お前ら、いつからいたんだ?」
「今来たところだよ、隆司くん」
「そして、今まさに歴史的瞬間を目撃したところ!」
「何の歴史だよ!」
「ふふっ。二人とも、朝から元気ね」
杏子は苦笑しながら二人を見る。
「それより、隆司くん。見てほしいものがあるんだ!」
三紀子が大きなバッグを下ろし、中から一冊の本を取り出した。
「これは……」
「冬コミの新刊だよ!」
詩織も待ってましたと言わんばかりに、別のバッグから本を取り出す。
「さらにこちらが、今回の新作CG集! 我らがサークルの魂を込めた結晶だよ!」
「おお、完成したのか」
「もちろん! 締め切りとの死闘を乗り越えた、血と涙と睡眠不足の結晶だからね!」
「最後のは聞かなかったことにしておく」
俺は二人から本を受け取り、ページをめくっていく。
表紙の完成度も高いが、本文のイラストもかなり丁寧に仕上がっている。構図や表情の描き方も前より自然になっていた。
「……いいじゃないか。かなり完成度が高いぞ」
「本当?」
「ああ。特にここの背景とキャラクターの表情。細かいところまで描き込んであるな」
「やったぁ!」
詩織が両手を握りしめて喜ぶ。
「それに、詩織の絵も上達したな。前より線が安定してるし、人物の動きも自然になってる」
「えへへ……隆司くんに褒められちゃった」
「私も頑張ったんだからね!」
「三紀子のシナリオもよかったぞ。キャラクターの設定もちゃんと整理されてるし、読みやすくなってる」
「ふふん。そこは私の得意分野だからね!」
二人は顔を見合わせ、満足そうに頷いた。
だが、詩織は次の瞬間、何かを思いついたように目を輝かせた。
「……そうだ!」
「嫌な予感がする」
「次回作は、隆司くんと蓮司くんをモデルにした作品にしよう!」
「は?」
「幼い頃から共に過ごした二人が、ある日突然、互いの運命に気づいてしまう……。禁断の絆が覚醒する物語!」
「ちょっと待て! 何を勝手に決めてるんだ!」
「タイトルは『剣と絆と放課後の秘密』なんてどうかな?」
「いや、どうかなじゃない!」
「詩織ちゃん、それは素晴らしい案ね……!」
「三紀子まで乗るな!」
「隆司くん、安心して。本人の許可がなくても、創作の自由は守られるべきだから!」
「その自由を俺に向けるな!」
俺は手に持っていた本を丸め、詩織の頭に軽く落とした。
「痛っ! 何するのさ!」
「余計なことを考えるな!」
そんな俺たちを見て、杏子は呆れたようにため息をついた。
「……冬休み前から騒がしいわね」
「いつものことだろ」
「それはそうだけど」
蓮司は静かに笑っていた。
どうやら、冬コミ前から俺たちの周囲は平常運転らしい。
その日の放課後。
冬休みに入る前の生徒会最後の打ち合わせが、生徒会室で行われていた。
「それじゃあ、冬休み中の連絡事項を確認するわね」
杏子が資料を手に、いつものように進行を始める。
「まず、休み明けの予定について。新学期最初の生徒会活動では、各委員会からの報告をまとめる必要があるから、担当者は忘れないように」
「了解」
「それから、ゲーム同好会の活動についてだけど、冬休み中は無理に学校へ集まらず、各自で作業を進める形にしましょう」
「そうだな。俺もCGの作業を進めておくよ」
「私もプログラムの続きを組んでおくわ」
「私はシナリオの修正とキャラクター設定の整理ね!」
「私は演出と広報の準備! 次の活動日にみんなを驚かせるような企画を用意しておくよ!」
三紀子と詩織は、すでに次の作品のことで頭がいっぱいらしい。
「ただし、冬休みだからといって無理はしないこと。体調管理も活動のうちよ」
「杏子は本当に真面目だな」
「当たり前でしょ。せっかくの休みなんだから、楽しむことも大切だけどね」
杏子はそう言って、少し笑った。
打ち合わせが終わり、帰り支度を始めたところで、杏子が三紀子と詩織に声をかけた。
「そういえば、二人とも。大晦日の予定は決まってる?」
「大晦日?」
「うん。もし予定がなければ、うちに泊まりに来ない?」
「えっ、いいの?」
「もちろん。年越しそばも一緒に食べる予定だし、初詣にも行くつもりよ」
「わあ! 楽しそう!」
詩織が身を乗り出す。
「私、大晦日に友達の家で年越しするのは初めて!」
「私も。ぜひお邪魔させてもらいたいな」
「じゃあ決まりね。二人とも、着替えや必要なものを忘れずに持ってきて」
「やったー!」
三紀子と詩織は、手を取り合って喜んだ。
「……お前ら、あんまり杏子に迷惑をかけるなよ」
「大丈夫だよ、隆司くん!」
「そうそう。私たちは礼儀正しい乙女だからね!」
「その言葉を信用できる実績がないんだが……」
「失礼な!」
こうして、俺たちの大晦日の予定も決まった。
そして、冬休み最大のイベントがやってくる。
十二月二十九日。
午前五時。
――ブーブーブー!
「……ん?」
枕元のスマホが激しく振動した。
まだ外は真っ暗だ。布団から手を伸ばし、画面を確認する。
そこに表示されていた名前は――三紀子。
「……こんな時間に何だよ」
眠い目をこすりながら通話ボタンを押す。
「もしもし……」
『隆司くん! 起きてる?!』
「起きてるわけないだろ……。今、何時だと思ってるんだ」
『午前五時だよ!』
「分かってるよ!」
『今日は冬コミ当日! 遅刻は許されないよ!』
「分かってるって。集合時間には間に合うように行くから、もう少し静かに話してくれ……」
『了解! それじゃあ駅で待ってるね!』
「おい、ちょっと待――」
プツッ。
……切られた。
「朝から元気すぎるだろ……」
俺は大きく息を吐き、布団から起き上がった。
今日は冬コミ当日。
俺にとっても、三紀子と詩織にとっても、待ちに待った一日だ。
眠気を振り払い、身支度を整える。
必要な荷物を確認し、家を出た。
駅に到着すると、待ち合わせ場所には三紀子と詩織がいた。
「隆司くーん! こっちこっち!」
「おはよう。早いな」
「当たり前だよ! 今日は一年の締めくくりとも言える大イベントだからね!」
「私たちの創作活動の集大成を披露する日でもあるからね!」
二人はいつも以上に気合いが入っている。
……いや、気合いが入っているのは分かるんだが。
「お前ら、その格好……」
二人の服装を見て、俺は思わず言葉を失った。
三紀子と詩織は、ゴスロリの衣装に身を包んでいた。
黒を基調にしたフリルやレース、リボンをあしらった華やかな装い。二人ともよく似合っている。
ただし、問題はそこではない。
「……スカート、短くないか?」
「えー? そうかな?」
「夏コミのときより、ちょっとだけ短くしてみたんだけど」
「ちょっとだけってレベルじゃないだろ!」
夏コミのときも十分目立っていたが、今回はさらに大胆になっている。
「せっかくのイベントなんだから、見た目にも気合いを入れないとね!」
「そうそう。衣装も作品の一部だよ!」
「いや、作品の一部って何だよ……」
俺が呆れていると、二人は顔を見合わせた。
そして、なぜか同時にスカートの裾を軽く持ち上げる。
「ちなみに、ちゃんと下にはショートパンツを穿いてるからね!」
「だから安心して!」
「そういう問題じゃない!」
「えー? もしかして、隆司くん……」
三紀子が意味ありげに目を細める。
「欲情しちゃった?」
「……は?」
詩織もにやにやと笑う。
「ふふふ。視線が泳いでいるよ、隆司くん!」
「泳いでない! 呆れてるだけだ!」
「照れちゃって~」
「お前らにそんな魅力があるわけないだろ!」
「ひどっ!」
「今のは乙女に対する重大な侮辱だよ!」
「だったら、もう少し普通の格好をしてこい!」
二人は不満そうに頬を膨らませたが、すぐに笑い出した。
……朝からこれか。
今日は一日、こんな調子になりそうだ。
電車に乗り込むと、車内の視線が二人に集まった。
ゴスロリの衣装は、やはり目立つ。
周囲の乗客がちらちらと見ているのが分かる。
「ねえ、詩織ちゃん。やっぱりこの衣装にして正解だったね」
「うん。会場に着く前から注目を集めているよ!」
「頼むから、車内では静かにしてくれ……」
「隆司くんは恥ずかしがり屋だねぇ」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
俺たちは、冬コミ会場へ向かう。
会場に到着したのは、予定よりもかなり早い時間だった。
「よし。まだ余裕があるな」
「それじゃあ、まずはブースの準備を――」
「すみません! ちょっといいですか?」
突然、俺たちの前に数人のカメラを持った人たちが現れた。
「お二人とも、とても素敵な衣装ですね。よろしければ写真を撮らせてもらえませんか?」
「えっ、写真ですか?」
「もちろんです!」
三紀子と詩織は、顔を見合わせた。
そして、次の瞬間には満面の笑みを浮かべていた。
「いいですよ!」
「せっかくですから、ぜひ撮ってください!」
「おい、ちょっと待て。ブースの準備が先だろ?」
「大丈夫だよ、隆司くん。まだ時間はあるから!」
「そうそう。少しくらいなら問題ないよ!」
……その「少しくらい」が信用できないんだよ。
結局、二人は撮影に応じることになった。
最初は数枚だけの予定だったらしい。
しかし、撮影をしているうちに、別のカメラを持った人たちも集まり始めた。
「こちらを向いてもらえますか?」
「もう少しだけ笑顔でお願いします!」
「今度は二人でポーズを!」
「はーい!」
「詩織ちゃん、こっち向いて!」
「了解!」
二人はすっかり撮影に夢中になっている。
「……おい。そろそろ準備に行くぞ」
「もうちょっとだけ!」
「あと一枚!」
「さっきも同じことを言ってただろ!」
時計を確認すると、思った以上に時間が経っていた。
「まずい! もうこんな時間じゃないか!」
「えっ?! うそっ!」
「急がないと!」
撮影を終えた二人は、慌てて荷物を持ち直す。
「隆司くん、先に行って!」
「分かった!」
俺たちは人混みを縫うようにして、自分たちのブースへと急いだ。
会場内は、すでに大勢の参加者で賑わっていた。
それぞれのブースが準備を進め、あちこちから声が聞こえてくる。
「こっちは新刊を並べて!」
「CG集の見本も忘れないで!」
「ポスターはここでいいかな?」
「もう少し右だ!」
俺たちは慌ただしく準備を整えていく。
何とか開始時刻には間に合った。
そして――。
『まもなく、開場いたします』
会場内にアナウンスが響く。
周囲の空気が一変した。
参加者たちの期待と緊張が高まり、会場全体が静かにその瞬間を待つ。
やがて。
『それでは、冬のコミックマーケットを開場いたします!』
――わあああああっ!
大きな拍手と歓声が会場を包み込んだ。
「始まった……!」
三紀子が目を輝かせる。
「ついに、この日が来たね!」
詩織も両手を握りしめた。
「ああ。せっかく作ったんだ。今日は思い切り楽しもう」
「もちろん!」
俺たちの冬コミが始まった。
開場直後から、会場には多くの人が流れ込んできた。
俺のブースにも、少しずつ人が立ち寄ってくれる。
「こちら、新刊ですか?」
「はい。今回の新刊になります」
「中を見てもいいですか?」
「もちろんです」
見本誌を手に取った人が、ページをめくっていく。
そして、しばらくすると。
「これ、絵がすごく綺麗ですね」
「ありがとうございます」
「背景も細かいし、キャラクターの表情もいいですね。CG集もありますか?」
「はい。こちらです」
CG集を見た人が、さらに興味を持ってくれる。
作品を手に取ってくれる人が一人、また一人と増えていった。
その隣では、三紀子と詩織のブースも賑わい始めていた。
「いらっしゃいませー! こちらが今回の新刊です!」
三紀子が明るく声をかける。
「シナリオは三紀子ちゃん、イラストは私、詩織が担当しました!」
「おお、表紙が綺麗ですね」
「ありがとうございます! ぜひ中もご覧ください!」
詩織は見本誌を手に取り、ページを開いて見せる。
「今回の見どころは、キャラクター同士の関係性です! 何気ない会話の中に隠された伏線、そして終盤に訪れる衝撃の展開……!」
「詩織ちゃん、ちょっと落ち着いて!」
「この物語には、友情、葛藤、そして魂の共鳴があるのです!」
「魂の共鳴?」
「そう! ページをめくるたびに、あなたの心に新たな扉が開かれるでしょう!」
「いや、そこまで言うと逆に怪しいだろ!」
思わず俺が突っ込む。
「隆司くん! 今は推しを語っているのよ!」
「だったら、もう少し普通に売ってくれ!」
「普通では、この作品の魅力は伝わらない!」
「そうだよ、隆司くん。私たちは作品に込めた情熱を伝えているんだから!」
「三紀子まで……」
しかし、意外にも詩織の熱烈な宣伝は効果があった。
「面白そうですね。じゃあ、一冊ください」
「ありがとうございます!」
「私もお願いします」
「こちらもどうぞ!」
次々と本が売れていく。
最初は数人だった人だかりが、いつの間にか列になっていた。
「詩織ちゃん、見て! もう残り少ないよ!」
「本当だ! この調子なら完売も夢じゃない!」
「追加分は下の箱にあるよ!」
「了解!」
二人は息の合った連携で、次々と本を手渡していく。
俺のブースも負けてはいなかった。
新刊を見てくれた人がCG集も購入してくれたり、以前の作品を覚えていて声をかけてくれたりと、嬉しい出来事が続く。
「前回の作品も買いました。今回も楽しみにしていました!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、本当に励みになります」
作品を作っていてよかった。
そう思える瞬間だった。
昼が近づく頃には、俺のブースも三紀子たちのブースも、在庫がかなり少なくなっていた。
「隆司くん! こっち、あと少し!」
「分かった。こっちも残りわずかだ」
「これは……完売が見えてきたね!」
三紀子が嬉しそうに声を上げる。
「最後まで気を抜かないよ! 運命の完売まで、あと一歩!」
「詩織ちゃん、言い方!」
そして、ついに。
「すみません! こちら、最後の一冊ですか?」
「はい! こちらが最後になります!」
「じゃあ、それをください!」
「ありがとうございます!」
三紀子が最後の一冊を手渡した。
「詩織ちゃん……!」
「三紀子ちゃん……!」
二人は互いの手を握りしめる。
「完売……!」
「完売だよ……!」
「やったああああ!」
その声は、周囲の賑わいに負けないほど大きかった。
「隆司くんのところは?」
「こっちも、さっき最後の一冊が売れたところだ」
「本当?! やったね!」
「ああ。お互い、頑張ったな」
三紀子と詩織は、満面の笑みで頷いた。
「これで、今回の冬コミは大成功だね!」
「うん! 創作の神様に感謝!」
「いや、神様よりも買ってくれた人たちに感謝しろよ」
「もちろん、それも忘れていないよ!」
俺たちは、互いの健闘を称え合った。
作品を手に取ってくれた人たちの笑顔。
感想を伝えてくれた人たちの言葉。
そして、完売したときの達成感。
疲れはあったが、それ以上に充実感が大きかった。
冬コミを終えた俺たちは、帰りにカラオケへ立ち寄ることにした。
「それじゃあ、冬コミ大成功を祝って!」
「かんぱーい!」
飲み物を手に、俺たちは乾杯した。
「いやあ、本当に楽しかったね!」
三紀子が満足そうに息を吐く。
「完売した瞬間のあの感動……。まさに創作者にとっての至福!」
「詩織ちゃん、今日はいつにも増してテンションが高いね」
「当然だよ! 私たちの作品が、たくさんの人に届いたんだから!」
詩織はマイクを握りしめた。
「よーし! 次は私の番!」
「お、歌うのか?」
「もちろん当然でしょ! 創作の魂を歌声に乗せるよ!」
詩織が選曲を始める。
そして、曲が流れ出すと、予想以上に堂々と歌い始めた。
「おお……って、やっぱりアニソンなのな」
「詩織ちゃん、クリスマスの時もだったけど歌も上手!」
「ふふん。表現者たるもの、あらゆる表現方法を身につけなければならないのだよ!」
「その理屈はよく分からないけどな」
その後も、三紀子が歌い、俺も歌い、詩織が再びマイクを奪い取る。
気づけば、予定していた時間を大幅に過ぎていた。
「次回作は、もっと大きな作品にしたいね!」
三紀子が言う。
「うん! そして、次こそはさらに多くの人に読んでもらう!」
詩織は拳を握りしめた。
「……その前に、ちゃんと休めよ。冬コミの準備で徹夜続きだったんだろ?」
「大丈夫! 創作意欲があれば、睡眠不足なんて乗り越えられる!」
「乗り越えられないから、ちゃんと寝ろ」
「隆司くんは心配性だねぇ」
「心配してるんじゃなくて、倒れられたら困るんだよ」
「ふふっ。そういうことにしておこうかな」
二人は楽しそうに笑った。
こうして、冬コミは大成功のうちに幕を閉じた。
十二月三十一日。
大晦日。
俺は朝から少し落ち着かなかった。
今日は杏子の家に三紀子と詩織が泊まりに行く日だ。
そして、夜にはみんなで年越しそばを食べ、初詣へ向かう予定になっている。
夕方、必要なものを準備して家を出た。
杏子の家に到着すると、玄関先で三紀子と詩織が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、隆司くん!」
「お邪魔してるよ!」
「おう。二人とも、もう来てたのか」
「もちろん! 今日は楽しみにしていたからね!」
「杏子ちゃんの家に泊まるなんて、なかなか貴重な機会だから!」
「大げさね。そんなに特別なことじゃないわよ」
奥から杏子が顔を出した。
「隆司、来たのね。荷物はそこに置いておいて」
「ああ。お邪魔するよ」
「それにしても、いい匂いがするな」
「今、夕食の準備をしているところよ。もう少し待っていて」
杏子の家の中には、料理のいい香りが広がっていた。
「杏子ちゃん、料理してるんだね!」
「うん。せっかくみんなが来てくれたんだから、少し頑張ろうと思って」
「さすが杏子ちゃん! 家庭的で素敵!」
「そんなことないわよ」
三紀子と詩織は、キッチンの様子を覗き込む。
「ねえ、杏子ちゃん」
「何?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
三紀子と詩織が、顔を見合わせた。
「杏子ちゃんって、今まで何通くらいラブレターをもらったことがあるの?」
「……え?」
杏子の手が止まった。
「ちょっと、突然何を聞くのよ」
「だって気になるじゃない。杏子ちゃんって成績もいいし、綺麗だし、料理もできるし、生徒会副会長だし」
「そうそう。学校でも人気があるよね。告白されたことも多いんじゃない?」
「そんなことないわよ」
「本当に?」
「本当よ」
「じゃあ、ラブレターは?」
「……何通かは、もらったことがあるけど」
「何通か!」
詩織が目を輝かせる。
「なるほど……。これは興味深い情報だね」
「何がよ」
「杏子ちゃんに想いを寄せる者たち……。その中には、きっと長年密かに想いを募らせてきた者もいるはず!」
「勝手に物語を作らないで!」
「例えば、毎朝校門の前で杏子ちゃんを見つめる謎の男子生徒……」
「そんな人いないわよ!」
「あるいは、花壇のオレンジ色のチューリップに毎日メッセージを残す人物……!」
「いないってば!」
「そして、その正体は意外な人物だった……!」
「だから、いないって言ってるでしょ!」
三紀子が顎に手を当て、真剣な顔で考え込む。
「でも、杏子ちゃんにラブレターを渡すくらいだから、相当勇気のある人だよね」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
「もしかしたら、同じクラスの人かも?」
「違うわ」
「先輩?」
「違うってば」
「じゃあ後輩?」
「もう、二人とも!」
杏子は顔を赤くして、二人を追い払うように手を振った。
「そんな話をしていないで、夕食の準備を手伝って!」
「はーい!」
「了解!」
二人は笑いながら、食器を並べ始めた。
その様子を見ていた俺は、思わず苦笑した。
「杏子も大変だな」
「隆司! あなたも笑ってないで手伝いなさい!」
「はいはい」
どうやら、今夜は賑やかな年越しになりそうだ。
夕食を済ませ、出かける準備を始めた頃。
杏子が部屋から出てきた。
「お待たせ」
その姿を見た瞬間、俺は思わず目を奪われた。
杏子は、落ち着いた色合いの着物を着ていた。華やかすぎず、それでいて上品な柄がよく似合っている。髪もいつもとは違う雰囲気にまとめられていて、普段の制服姿とは印象がまるで違った。
「……どう?」
杏子が少し恥ずかしそうに尋ねる。
「似合ってるよ。すごく綺麗だ」
「……っ!」
杏子の頬が一気に赤くなる。
「そ、そう。ありがとう」
「杏子ちゃん、すっごく綺麗!」
「本当に! いつもの杏子ちゃんも素敵だけど、着物姿はまた違った魅力があるね!」
「もう、二人とも大げさよ」
「大げさじゃないよ!」
詩織が杏子の周りをくるりと回る。
「これは……新年を迎えるにふさわしい、まさに和の女神!」
「女神って何よ……」
「隆司くんもそう思うよね?」
「まあ、似合ってるのは間違いないな」
「……もう!」
杏子は照れ隠しのように顔を背けた。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「来たみたいね」
杏子が玄関へ向かう。
そこには、蓮司と美咲が立っていた。
「悪い、遅くなったかな?」
「こんばんは、杏子先輩!」
「いらっしゃい。二人とも、待ってたわ」
「お兄ちゃん!」
美咲が俺を見つけると、嬉しそうに近づいてきた。
「おう。準備できたか?」
「うん! 今日はみんなで年越しだね!」
「ああ」
美咲は俺の腕に自然に手を添えた。
「お兄ちゃん、寒くない?」
「大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ、行こっか」
その様子を見ていた杏子は、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
けれど、すぐにいつもの表情に戻る。
「それじゃあ、みんな揃ったし、神社へ行きましょう」
「おう」
俺たちは杏子の家を出て、神社へ向かった。
神社へ続く道には、すでに多くの人が集まり始めていた。
境内からは、参拝客の話し声や、屋台の準備をする音が聞こえてくる。
「わあ……! すごい人だね!」
三紀子が周囲を見回す。
「大晦日の夜って、こんなに賑やかなんだ!」
「私、年越しの時間に神社へ来るのは初めてだよ!」
詩織も目を輝かせている。
「二人とも、こういう年越しは初めてなのか?」
「うん。家族と家で過ごすことが多かったから」
「私も! だから、今日はすごく楽しみだったんだ!」
「そっか。それなら、今日は思い切り楽しんでいってくれ」
「もちろん!」
境内に入ると、蓮司が周囲を見渡した。
「今年も地域の人たちが準備してくれているな」
「ああ。毎年、この辺りの自治会が協力してくれてるんだ」
俺が説明していると、少し離れたところから声がした。
「おーい! そろそろ甘酒を配るぞ!」
「甘酒?」
詩織が反応する。
「そう。寒いから、飲んで温まるといい」
「やった! 甘酒!」
詩織は、まるで宝物を見つけた子供のように目を輝かせた。
「そんなに好きなのか?」
「もちろん! 冬の夜に飲む甘酒は格別だよ!」
「まだ飲んでもいないだろ」
「雰囲気が大事なんだよ、隆司くん!」
「はいはい」
俺と蓮司は、みんなの分を受け取りに行くことにした。
「俺たちが取ってくるから、ここで待っていてくれ」
「分かった!」
三紀子と詩織は、杏子や美咲と一緒に待つことになった。
「はい、どうぞ」
甘酒を受け取って戻ると、詩織は待ちきれない様子で両手を差し出した。
「ありがとう、隆司くん!」
カップを受け取った詩織は、さっそく口をつける。
「……ふうぅぅ」
そして、なぜか満足げに息を吐いた。
「くぅ~! これだよ、これ!」
「お前、本当に好きなんだな」
「この温かさ……。身体の芯まで染み渡る……。まるで、長年戦い続けた老剣士が、戦場を離れて一息つくような……」
「甘酒を飲んでるだけだろ」
「隆司くん、分かってないなぁ!」
詩織は、もう一口飲む。
「この一杯には、冬の風情が詰まっているんだよ!」
「その飲み方、どう見ても年配の人だぞ」
「えっ?」
「縁側で湯飲みを持って、『今年も一年、いろいろあったのう』って言いそうだ」
「ちょっと! 私はまだ若い乙女だよ!」
「その割には、飲み方が渋すぎるんだよ」
「ふふっ。詩織ちゃん、すっかり気に入ったみたいね」
三紀子も笑いながら甘酒を飲む。
「おいしいね。身体が温まるよ」
「でしょう? これぞ冬の醍醐味!」
詩織は、すっかり甘酒を気に入ったようだった。
その後も、俺たちは境内を見て回りながら、年越しの時間を待った。
やがて、年越しの時刻が近づいてきた。
神社の境内には、さらに多くの人が集まっている。
「そろそろ年越しそばの時間だな」
蓮司が言った。
「年越しそば?」
三紀子が首を傾げる。
「ああ。この地域では、毎年、自治会の人たちが参拝客に年越しそばを振る舞ってくれるんだ」
「えっ、そうなの?!」
「うん。昔から続いている習慣らしい」
「すごい! 神社で年越しそばを食べるんだね!」
詩織も興味津々だ。
「家で食べるものだと思ってたよ」
「家で食べる人も多いけど、ここではこうしてみんなで食べるんだ」
俺たちは、自治会の人たちが用意してくれた年越しそばを受け取った。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね」
「ありがとうございます!」
三紀子と詩織は、丼を受け取ると嬉しそうに顔を見合わせた。
「わあ、おいしそう!」
「温かいおそばだね!」
「冷めないうちに食べよう」
俺たちは近くの場所に集まり、そばを食べ始めた。
「おいしい!」
三紀子が嬉しそうに声を上げる。
「うん。寒い夜に食べると、余計においしく感じるね!」
詩織も箸を進めている。
「年越しそばって、長寿を願ったり、一年の厄を断ち切ったりする意味があるんだよね?」
「ああ。いろいろな由来があるけど、そういう意味で食べられることが多いな」
「なるほど……。ただおいしいだけじゃなくて、ちゃんと意味があるんだね」
「そういう習慣を知るのも面白いだろ?」
「うん! 今日来てよかった!」
二人は、心から楽しそうだった。
俺たちもそばを食べながら、今年一年の出来事を振り返る。
「今年はいろいろあったな」
俺が言うと、蓮司が頷いた。
「ああ。生徒会も、ゲーム同好会も、ずいぶん変わった」
「そうだね。まさかゲーム同好会を作ることになるなんて、最初は思ってもいなかったよ」
杏子が笑う。
「でも、みんなで活動できる場所ができてよかったわ」
「私たちにとっても、すごく大切な場所になったよ!」
三紀子が言う。
「来年は、もっといい作品を作ろうね!」
「もちろん! そして、さらなる高みへ!」
「詩織ちゃん、また大げさなことを言ってる」
みんなの笑い声が、寒い夜に溶けていった。
食事を終えた頃、遠くから鐘の音が聞こえ始めた。
――ゴーン……。
「……あっ!」
詩織が音のした方を振り向く。
「これが除夜の鐘?」
「ああ。大晦日の夜に鐘を鳴らして、一年の煩悩を払うんだ」
「本当に鳴るんだね……!」
三紀子も、目を丸くしていた。
「テレビで見たことはあるけど、実際に聞くと全然違うね」
「うん。音が身体に響いてくるみたい」
――ゴーン……。
もう一度、鐘の音が響いた。
その音は、夜の空気を震わせるように、ゆっくりと境内に広がっていく。
「なんだか、不思議な気持ちになるね」
杏子が静かに言った。
「一年が終わるんだなって、実感するわ」
「そうだな」
俺たちは鐘の音に耳を傾けた。
三紀子と詩織は、初めて間近で聞く除夜の鐘に、すっかり心を奪われている。
「ねえ、詩織ちゃん」
「何?」
「来年も、こうしてみんなで来たいね」
「うん。来年も、その次も!」
「お前ら、気が早いな」
「いいじゃない、隆司くん。約束しておこうよ!」
「約束って……」
「来年も、みんなで年越しをする!」
「そうだね。私も賛成!」
美咲も笑顔で頷いた。
「私も! お兄ちゃんも一緒だよね?」
「ああ。予定が合えばな」
「もう、お兄ちゃんったら。そこは即答してよ!」
「分かった分かった」
そんなやり取りをしているうちに、境内の時計が新しい年を告げようとしていた。
そして――。
「……三、二、一!」
周囲の人たちの声が重なる。
「明けましておめでとう!」
「今年もよろしく!」
俺たちも互いに顔を見合わせた。
「あけましておめでとう! 今年もよろしく!」
新しい一年が始まった。
年が明けたあと、俺たちはしばらく神社で過ごしてから、杏子の家へ戻ることになった。
三紀子と詩織は、まだ興奮が冷めない様子だった。
「本当に楽しかったね!」
「うん! 年越しそばも甘酒も、除夜の鐘も!」
「二人とも、初めての年越しを満喫できたみたいね」
杏子が笑う。
「杏子ちゃんのおかげだよ。誘ってくれてありがとう!」
「そうそう! こんなに楽しい大晦日になるなんて思ってなかった!」
「ふふっ。それならよかった」
杏子は嬉しそうに微笑んだ。
その少し後ろを、俺と蓮司、美咲が歩いている。
「お兄ちゃん、寒くない?」
「大丈夫だって」
「本当に? 手、冷たくない?」
美咲が俺の手を取る。
「ほら、冷たいじゃん」
「外にいたんだから、多少は冷えるだろ」
「もう。風邪ひかないでよ?」
「分かってるよ」
美咲は俺の腕に寄り添うように歩き続けた。
その姿を、杏子は前を向いたまま見ていた。
胸の奥に、小さな痛みが走る。
けれど、それを表情に出すことはなかった。
「杏子ちゃん?」
三紀子が隣から声をかける。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないわ」
「そっか」
詩織も、杏子の横顔をちらりと見た。
何かに気づいたようだったが、今は何も言わなかった。
杏子の家に戻ると、三紀子と詩織はすっかりくつろいでいた。
「はぁ~。楽しかった!」
「本当にね。今日は思い出に残る一日になったよ」
「二人とも、まだ寝るには早いんじゃない?」
杏子が笑いながら尋ねる。
「もちろん! せっかくのお泊まりなんだから、夜更かししないと!」
「そうそう。ここからが本番!夜はこれからですぜ、旦那」
「……何の本番よ。しかも誰が旦那よ!」
「女子だけの秘密の作戦会議!」
「作戦会議?」
「ふふふ。杏子ちゃん、覚悟してね」
「何だか嫌な予感がするんだけど……」
俺たちは玄関で帰り支度をした。
「それじゃあ、俺たちは帰るよ。二人とも、杏子に迷惑をかけるなよ」
「はーい!」
「隆司くん、今日はありがとう!」
「俺は何もしてないだろ」
「そんなことないよ。冬コミも一緒だったし、今日も楽しかった!」
「そうか。それならよかった」
蓮司も杏子に声をかける。
「今日はありがとう。二人のことをよろしく頼む」
「ええ。任せて」
「杏子先輩、今日はありがとうございました!」
美咲も頭を下げた。
「美咲さんも、またいつでも遊びに来てね」
「はい!」
そして、俺たちは杏子の家を後にした。
玄関の扉が閉まる。
杏子は、しばらくその場に立っていた。
窓の外には、夜道を歩いていく隆司たちの姿が見える。
美咲が隆司の腕に寄り添い、何かを話している。
隆司がそれに答え、二人で笑っている。
その光景を見て、杏子はそっと目を伏せた。
……分かっている。
隆司にとって、美咲は大切な妹だ。
それでも、二人が並んで歩く姿を見ると、胸が締めつけられるような気持ちになる。
自分でも、どうしてこんなに苦しくなるのか分からない。
「杏子ちゃん」
背後から三紀子の声がした。
「……何?」
「寒いから、中に入ろう?」
「そうね。ごめん、ぼーっとしてたわ。待たせちゃったね」
杏子は小さく笑って、窓から離れた。
けれど、その心には、まだ隆司の後ろ姿が残っていた。
その夜。
杏子の部屋には、三紀子と詩織も集まっていた。
布団を並べ、寝る準備を済ませたはずなのだが――。
「それで、杏子ちゃん」
「……今度は何?」
「今年一年を振り返ってみようと思うんだ」
「普通の話ならいいけど」
「もちろん普通だよ!」
詩織が勢いよく手を挙げる。
「まずは夏コミ! あの熱気、あの興奮、あの創作の祭典!」
「冬コミも大成功だったね!」
「そう! そして、ゲーム同好会の設立!」
「最初はどうなることかと思ったけど、みんなで協力して形にできたわね」
「それに、クリスマスパーティーも!」
三紀子が楽しそうに笑う。
「プレゼント交換も初めてだったし、すごく盛り上がったよね」
「うんうん! それに、杏子ちゃんの反応が最高だった!」
「ちょっと、何の話?」
「プレゼントを開けたときの顔!」
「……もう、その話はいいでしょ」
杏子は布団に入って、顔を隠すように掛け布団を引き上げた。
「ふふっ。杏子ちゃん、照れてる」
「照れてない!」
「じゃあ、次の話題にしようか」
三紀子は少し考え込んでから、にやりと笑った。
「……杏子ちゃんのラブレターの話!」
「まだその話をするの?!」
「だって気になるんだもん!」
「もう忘れて!」
「でも、誰からの手紙だったのかは気になるよね」
詩織が真剣な顔で頷く。
「もしかしたら、まだ渡せていない想いを胸に秘めた人物がいるのかもしれない……」
「だから、勝手に物語を作らないで!」
「あるいは、毎日遠くから杏子ちゃんを見守る、影の守護者……!」
「そんな人いないわよ!」
「では、ここで問題です!」
三紀子が突然、指を一本立てた。
「杏子ちゃんが今、一番気になっている人は誰でしょう?」
「……っ!」
杏子の動きが止まる。
「な、何よ。急に」
「これは重要な質問だよ」
「恋愛に関する最重要情報だからね!」
「二人とも……」
杏子は困ったように笑った。
「そんな人、いないわよ」
「本当に?」
「……本当」
「じゃあ、好きな人もいない?」
「……」
ほんのわずかな沈黙。
その間を、詩織は見逃さなかった。
「今の沈黙……!」
「詩織ちゃん、落ち着いて」
「これは何かあるよ、三紀子ちゃん!」
「うん。間違いないね」
「だから、何もないってば!」
杏子は枕を抱え、二人に背を向けた。
「もう寝るわよ。明日もあるんだから」
「はーい」
「おやすみ、杏子ちゃん」
二人は素直に返事をした。
……ただし、素直に寝るとは言っていない。
杏子が目を閉じてからしばらくすると、三紀子と詩織は小声で話し始めた。
「ねえ、詩織ちゃん」
「何?」
「杏子ちゃん、やっぱり何か隠してるよね」
「うん。あの反応は間違いない」
「相手は誰なんだろう?」
「それは……」
詩織は少しだけ考えたあと、杏子の寝顔を見た。
「今は、そっとしておこうよ」
「え?」
「本人が話したくなったときに聞けばいい。無理に聞き出すのは、運命の扉をこじ開けるようなものだからね」
「……詩織ちゃん、たまにはまともなことを言うんだね」
「たまにはって何?!」
二人は小さく笑った。
その声を聞きながら、杏子は布団の中で目を閉じていた。
眠れる気がしない。
胸の中には、まだ言葉にできない想いが残っている。
今年も、もう終わった。
新しい一年が始まった。
この気持ちに、いつか答えを出せる日が来るのだろうか。
杏子は、そんなことを考えながら、静かに夜を過ごした。




