第17話(最終話) 冬コミで大暴走?!年越しそばを食べて初詣に行ったら、なんで恋愛フラグが立ってるんだ?!(後編)
新しい年の朝がやって来た。
窓の向こうから差し込む冬の陽射しは、昨日までと何も変わらないはずなのに、どこか違って見えた。
大晦日の夜に降った冷たい空気が、まだ街の隅々に残っている。吐く息は白く、屋根の上には薄く霜が降りていた。
俺は玄関先でマフラーを巻き直す。
首元を包む、柔らかな感触。
クリスマスパーティーの日から、ずっと身につけているマフラー。
それは、プレゼント交換で手に入れたものだ。
……いや、正確には、誰から贈られたものなのかを、俺はまだ知らない。
もっとも、贈り主が誰であっても、今の俺にとっては大切なものになっている。
「お兄ちゃん、準備できた?」
「ああ。今行く」
玄関から美咲の声が聞こえた。
振り返ると、晴れやかな表情の美咲が立っていた。新年らしく、いつもより少し華やかな装いだ。
「今日は昨日より寒いね」
「元日だからって、急に暖かくなるわけじゃないからな」
「もう、お兄ちゃんったら。そういうことを言ってるんじゃないの」
美咲は小さく笑うと、俺のマフラーに目を向けた。
「あ、そのマフラー。昨日もしてたよね」
「ああ。気に入ってるんだ」
「ふふっ。よかったね。大切にしなきゃ」
その言葉に、俺は少しだけ返事に詰まった。
大切にしなきゃ、か。
物だけじゃない。人との関係だって、そうなのかもしれない。
けれど、俺はまだ、自分の気持ちをどう扱えばいいのか分かっていなかった。
美咲と並んで歩き出す。
いつもと変わらない兄妹の距離。いつもと変わらない会話。
それなのに、昨夜からずっと胸の奥に引っかかっているものがあった。
――俺は、この先どうしたいんだ?
答えは出ないまま、俺たちは杏子の家へ向かった。
美咲と並んで歩いていると、ふと、昨日までとは違う新しい年を迎えたのだという実感が湧いてくる。
「お兄ちゃん、どうしたの? さっきから黙っちゃって」
「いや、ちょっと考え事をな」
「ふふっ。お兄ちゃんらしいね」
美咲はそう言って、楽しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、胸の奥にあった重たいものが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
やがて、俺たちは杏子の家に到着した。
「明けましておめでとう、隆司くん、美咲ちゃん!」
玄関の前で待っていた杏子が、明るい笑顔で出迎えてくれた。
「明けましておめでとう、杏子」
「明けましておめでとうございます、杏子先輩!」
俺と美咲も新年の挨拶を返す。
「二人とも、寒かったでしょう? さあ、中に入って」
杏子に招かれて家の中へ入ると、リビングには三紀子と詩織がいた。二人とも初詣に出かける準備を済ませている。
「あっ、おはよう! 隆司くん、美咲さん!」
「おはようございます。二人とも、準備はできているのね」
「もちろん! 新年最初のイベントだからね!」
詩織は得意げに胸を張った。
「ふふっ、詩織ちゃんったら、朝から元気ね」
杏子が微笑んだ、そのときだった。
玄関のチャイムが鳴った。
「あら? もしかして蓮司くんかしら」
「俺が出てくるよ」
玄関へ向かい、扉を開けると、そこには蓮司が立っていた。
「明けましておめでとう。待たせたか?」
「いや、今ちょうどみんなが集まったところだ」
「そうか。それならよかった」
蓮司はいつもどおり落ち着いた様子で、俺たちに新年の挨拶をした。
こうして、俺たちは新年最初の初詣へ出かける準備を整えた。
美咲の笑顔を守りたい。その気持ちに嘘はない。
けれど、杏子のことも大切にしたい。
どちらかを選んで、どちらかを諦めるなんて、俺にはできなかった。
蓮司はいつもどおり落ち着いた様子で、俺たちに新年の挨拶をした。
杏子は俺たちの様子を見渡すと、神社へ向かうよう促した。
そのとき、彼女の視線が一瞬だけ俺の首元に止まった。
マフラーを見たのだろうか。
俺は思わず、首元に手をやった。
なぜか、少しだけ落ち着かない気分になった。
だが、杏子は何も言わなかった。
俺も何も聞かなかった。
お互いに気づいているのに、まだ口にできないことがある。
そんな空気が、ほんの一瞬だけ流れた。
俺たちはそのまま、神社へ向かって歩き始めた。
神社は、昨日の夜とはまた違った賑わいを見せていた。
境内には家族連れや友人同士の参拝客が集まり、参道には屋台が並んでいる。昨日の深夜に聞いた除夜の鐘が嘘のように、あちこちから明るい声が響いていた。
「うわあ! 昨日の夜とは全然違うね!」
詩織が境内を見回しながら声を上げた。
「本当だね、詩織ちゃん。昼間の神社って、こんなに人が多いんだ」
三紀子も興味深そうに周囲を見ている。
「二人とも、昨日も来たでしょう?」
杏子が苦笑すると、詩織は勢いよく振り返った。
「昨日は夜の神秘的な神社! 今日は新年の祝福を受ける神社! 同じ場所でも、時間が変われば世界の表情も変わるのよ!」
「詩織ちゃん、朝から絶好調だね」
「当然よ、三紀子ちゃん! 新年最初のイベントなんだから!」
「その熱意を、もう少し別の方向にも使ってほしいんだけどな……」
俺が呆れていると、蓮司が小さく笑った。
「いつも通りで安心したよ」
「蓮司、お前までそんなことを言うのか」
まずは全員で参拝することにした。
順番を待ち、賽銭を入れて、鈴を鳴らす。
目を閉じると、自然と昨年の出来事が頭に浮かんできた。
生徒会での騒動。
夏コミ。
ゲーム同好会の立ち上げ。
クリスマスパーティー。
振り返ってみれば、随分と慌ただしい一年だった。
そして、その中心にはいつも誰かがいた。
美咲。杏子。蓮司。三紀子。詩織。
俺は何を願えばいいのだろう。
成績のことでも、ゲーム制作のことでもない。
願い事をするなら、もっと大切なことがあるはずなのに。
結局、俺は答えを決められないまま、静かに手を合わせた。
「次はお守りを見に行こうよ!」
参拝を終えるなり、詩織が授与所へ向かっていく。
「詩織ちゃん、走らないで!」
「大丈夫! お守りは逃げないわ!」
「詩織、そういう問題じゃないだろ……」
俺たちも後を追った。
詩織は学業成就や交通安全のお守りを眺めたあと、少し離れた場所に置かれていた破魔矢を見つけた。
「これ、何?」
「破魔矢だよ。新しい一年の無事を願って授かるものなんだ」
俺が説明すると、詩織は目を輝かせた。
「破魔矢……! 名前からして強そう!」
「お前は中二病か!……そして武器じゃないからな」
「でも、魔を破る矢よ? つまり、あらゆる悪しき運命を打ち砕く神聖なアイテム!」
「詩織ちゃん、ゲームの装備品じゃないんだから」
「三紀子ちゃん、これは装備品ではなく、今年一年を守るための大切な相棒なのよ!」
結局、詩織は破魔矢を授かることにした。
その後、近所の人たちが準備してくれたお雑煮をいただく。
「お正月に神社でお雑煮を食べるなんて、なんだかいいね!」
美咲が嬉しそうに言った。
「毎年、この地域の人たちが準備してくれているんだ。昨日の年越しそばと同じで、昔から続いている習慣らしい」
「へえ。こういうのって、地域によって違うんだね」
「そうだな。俺も小さい頃から当たり前だと思っていたけど、改めて考えるとありがたいことだよ」
「ふふっ。お兄ちゃん、今日は少し大人っぽいね」
「普段はどう見えてるんだよ」
「それは秘密!」
美咲は笑いながらお雑煮を口に運んだ。
その様子を見て、杏子も穏やかに微笑んでいる。
けれど、俺が彼女の方を向くと、杏子はすぐに視線をそらした。
……やっぱり、何かある。
昨日の夜から、杏子の様子が少し違う。
俺の気のせいだろうか。
「ねえねえ! せっかくだから、おみくじを引こうよ!」
食べ終わった詩織が、今度はおみくじを見つけて声を上げた。
「詩織ちゃん、本当に元気だね」
「新年最初の運試しよ! ここで引かずに、何を引くというの!」
「おみくじは、そんなに気合いを入れて引くものなのか?」
「隆司くん、こういうのは気持ちが大事なのよ!」
杏子まで乗り気になっている。
俺たちは全員でおみくじを引くことにした。
「せーの!」
詩織の掛け声で、それぞれが紙を開く。
「おおっ! 中吉!」
「私は吉だったよ、詩織ちゃん」
「私は……中吉ね」
「俺は吉か」
「俺は……大凶か」
蓮司はおみくじを見つめたまま、いつもと変わらない落ち着いた声で呟いた。
「ええええっ?! 大凶?!」
詩織が驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 新年早々、大凶って……! 蓮司くん、いったい何をしたの?!」
「いや、何もしていないが……」
「ふふっ。蓮司くん、今年は波乱万丈の一年になるのかもしれないわね」
三紀子まで面白がるように笑った。
「お前たち、好き勝手に言うな……」
蓮司は小さくため息をつきながら、おみくじを畳んだ。
「私も吉です!」
美咲も嬉しそうに紙を見せてくる。
それぞれのおみくじの結果に、みんなが盛り上がっていた。
もっとも、その中で一人だけ、大凶を引いてしまった蓮司は、詩織と三紀子に散々からかわれていたが。
ところが、そこで杏子が自分のおみくじをじっと見つめていることに気づいた。
「杏子、どうした?」
「え? ううん。何でもないわ」
「何か書いてあったのか?」
「……ちょっとね」
杏子は一度、俺のおみくじに目を向けた。
それから、少し困ったように笑った。
「隆司。あとで、二人で話したいことがあるの」
「俺と?」
「うん。今日じゃないと、言えなくなりそうだから」
その声は、いつもの杏子とは違っていた。
冗談めかすことも、話をそらすこともない。
俺は彼女の表情を見つめた。
「分かった。後で話そう」
「ありがとう」
杏子は小さく頷いた。
俺は自分のおみくじをもう一度開いた。
そこには、恋愛についての一文があった。
――想い人は身近にいる。
何気ない言葉のはずなのに、妙に胸に残る。
ふと隣を見ると、美咲も同じ箇所を読んでいた。
「お兄ちゃん、これって面白いね」
「そうだな」
「身近にいる人、か……」
美咲は何かを考えるように視線を落とした。
そして、ほんの少しだけ俺を見た。
その表情の意味を、俺は読み取れなかった。
いや、本当は読み取りたくなかったのかもしれない。
「いやあ、今年もいい一年になりそうね!」
帰り道、詩織は破魔矢を大事そうに抱えながら歩いていた。
「詩織ちゃん、もう一年の目標は決めたの?」
「もちろん! 今年こそ、三紀子ちゃんと一緒に究極の作品を完成させる!」
「究極って……ゲームのこと?」
「それ以外に何があるのよ! 禁断の絆、運命の再会、そして誰も予想できない結末……!」
「またそういう方向に行くのね……」
三紀子は呆れながらも楽しそうだった。
「でも、ゲーム同好会も本格的に活動できそうだし、楽しみだね」
杏子がそう言うと、詩織が大きく頷いた。
「そうそう! 今年もこのメンバーで活動したいな!」
「うん。できれば来年も、今の生徒会のメンバーが揃っていたらいいね」
三紀子の言葉に、杏子も微笑んだ。
「そうね。みんなと一緒なら、きっと楽しいと思う」
「俺たちが卒業するまで、まだ時間はあるけどな」
「隆司くん、そういうことを言っていると、あっという間に時間が過ぎちゃうよ?」
美咲が笑う。
確かに、そうかもしれない。
今の関係がずっと続く保証なんて、どこにもない。
いつかは卒業して、それぞれの道を歩いていく。
だからこそ、今を大切にしなければならないのだろう。
……それは、恋愛についても同じなのかもしれない。
杏子の家に戻ると、三紀子と詩織は一度、昨夜泊まったときの荷物を取りに行くと言い出した。
「じゃあ、私たちもそろそろ帰ろうか」
美咲が俺の方を向く。
「お兄ちゃん、私は先に帰るね。お父さんとお母さんにも、新年の挨拶をしないといけないし」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「うん。杏子先輩、今日はありがとうございました!」
「こちらこそ。またいつでも遊びに来てね、美咲さん」
美咲は笑顔で手を振り、家へと帰っていった。
「俺もそろそろ帰るとするか」
蓮司が立ち上がり、帰り支度を始めた。
「蓮司、今日は付き合ってくれてありがとうな」
「気にするな。俺も楽しめた。それじゃあ、また学校でな」
「うん。またね、蓮司くん」
杏子に見送られ、蓮司も杏子の家を後にした。
その後、三紀子と詩織も荷物を持って帰ることになった。
「じゃあ、隆司くん。杏子ちゃんのこと、よろしくね!」
「は?」
「詩織ちゃん、余計なことを言わないの」
「余計なことじゃないわ。これは歴史的瞬間の目撃者としての責任よ!」
「何の責任だよ……」
俺が呆れていると、詩織は杏子に向かって小さく親指を立てた。
「杏子ちゃん。今度こそ、自分の言葉でね」
「……うん」
その返事を聞いて、三紀子も優しく微笑んだ。
「杏子ちゃん、頑張ってね」
「二人とも……ありがとう」
「それじゃあ、またね!」
三紀子と詩織も手を振り、玄関から出ていった。
玄関の扉が閉まる。
賑やかだった家の中が、急に静かになった。
残されたのは、俺と杏子の二人だけだった。
「……隆司」
「何?」
「少し、部屋で話さない?」
「ああ」
俺は頷いた。
杏子の部屋に入ると、窓際に置かれた花瓶が目に入った。
そこには、鮮やかなオレンジ色のチューリップが飾られていた。
「綺麗だな」
「ありがとう。昨日、少し手入れをしたの」
「正月から花の世話か。杏子らしいな」
「だって、生きているもの。少し手をかけるだけで、ちゃんと応えてくれるでしょう?」
杏子はそう言って、花瓶の水を確かめた。
「……隆司も、そう思う?」
「何が?」
「人との関係も、同じなのかなって」
俺はすぐには答えられなかった。
杏子は俺に背を向けたまま、静かに続けた。
「大切にしたいと思っていても、相手の気持ちが分からないことがある。近くにいるのに、遠く感じることもある。何かを伝えたいのに、伝えたら今の関係が壊れてしまいそうで、言えなくなることもある」
「杏子……」
「私ね、ずっと考えていたの」
杏子は花瓶から手を離した。
「隆司のことを、どれくらい好きなのか。いつから好きだったのか。どうして好きになったのか」
「……」
「最初は、ただ悔しかったのよ。勉強では負けたくないし、生徒会の仕事でも頼りにされるのが悔しい。何でも一人で抱え込んで、平気な顔をしている隆司を見ていると、放っておけなくて」
「それは……悪かったな」
「謝ってほしいわけじゃないの」
杏子は振り返った。
「気がついたら、隆司が何を考えているのか知りたくなっていた。何を見て笑うのか、何に悩んでいるのか。誰に一番に話したいと思うのか。そんなことばかり考えるようになっていた」
杏子は一度、息を吸った。
「でも、隆司の隣にはいつも美咲さんがいた」
その名前が出た瞬間、胸の奥が強く揺れた。
「美咲ちゃんは、何も言わなくても隆司のそばにいられるでしょう? 遠慮しなくても甘えられるし、隆司もそれを自然に受け止めてくれる。私には踏み込めない、兄妹だからこその距離があるの」
「杏子……」
杏子は小さく笑おうとした。
けれど、その表情には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。
「そんな自分が嫌だった。美咲ちゃんに嫉妬するなんて、嫌だった。だから、何度も自分に言い聞かせたの。私は副会長なんだから、余計なことを考えずに仕事をすればいいって」
「……」
「でも、クリスマスの日も、大晦日の夜も、今日も。結局、私は隆司のことばかり考えていた」
杏子は机の上に置いてあった小さな箱を手に取った。
「これ、覚えてる?」
それは、クリスマスプレゼントだった。
「プレゼント交換で、私がもらったもの」
「ああ」
「実はね、これを選んだ人が誰なのか、ずっと気になっていたの」
杏子は箱を開けた。
中に入っていた品を、そっと手のひらに載せる。
「私がこれを受け取ったとき、嬉しかった。誰が選んでくれたのか分からないのに、どうしてこんなに嬉しいんだろうって思った」
「……俺が、選んだんだ」
「え?」
「杏子に似合うと思った。普段の杏子を見ていて、これなら使ってくれるんじゃないかって。選んでいるときも、渡すときも、杏子の顔が浮かんでいた」
杏子の目が見開かれる。
「そう……だったんだ」
「でも、俺が選んだって分かっていたら、素直に喜べなかったかもしれないな」
「どうして?」
「俺自身が、自分の気持ちを分かっていなかったから」
杏子は箱を胸元に抱いてからプレゼントをそっと箱に戻した。
それから、何気ない様子で俺の首元に目を向ける。
「……そのマフラー、気に入ってくれた?」
「え?」
「クリスマスからずっと使っているでしょう? 今日も巻いてきてくれたし」
「ああ。肌触りもいいし、色も落ち着いていて使いやすいんだ。正直、かなり気に入ってる」
「そう。よかった……」
杏子は小さく息を吐き、安心したように微笑んだ。
「実はね、プレゼントを選ぶとき、ずいぶん悩んだのよ」
「へえ。何を選ぶか迷ったのか?」
「うん。せっかく贈るなら、使ってもらえるものがいいと思ったし。でも、好みに合わなかったらどうしようって……。お店で何度も手に取っては戻していたの」
「杏子がそこまで悩んで選んでくれたものなら、俺は嬉しいけどな」
「……本当に?」
「ああ。少なくとも、今こうして毎日使っているくらいにはな」
俺がマフラーに触れると、杏子は少しだけ頬を赤くした。
「それなら、選んだ甲斐があったわ」
「選んだ……?」
その言葉に、俺はふと気づいた。
まさかと思いながら杏子を見ると、彼女は何も言わず、ただ優しく微笑んでいた。
「……そういうことか」
「ふふっ。気づいちゃった?」
「ああ。まさか、杏子だったとはな」
「驚いた?」
「そりゃあな。でも、納得したよ。どうりで俺の好みのデザインなわけだ」
「どうして?」
「俺のことを考えて選んでくれたんだろう? だから、こんなにしっくりくるのかもしれない」
杏子は一瞬目を丸くしたあと、照れたように視線を落とした。
「もう……そういうことを、さらっと言わないでよ」
「何か変なことを言ったか?」
「変じゃないから困るの」
杏子はマフラーにそっと触れた。
「大切にしてね。私が選んだものだから、というだけじゃなくて……私の気持ちも、少しだけ込めてあるから」
「ああ。大切にするよ」
俺は首元のマフラーを、もう一度そっと握った。
冬の寒さを防ぐためのものだと思っていた。
けれど今は、それだけではない。
杏子が俺のことを考えながら、どんなものが似合うのか悩んで選んでくれた。その時間まで、このマフラーに込められているような気がした。
その事実が、今になって胸に重く響いていた。
「杏子。俺は……」
「待って」
杏子が俺の言葉を遮った。
「ここから先は、私に言わせて」
杏子は何かを言いかけて、すぐに口を閉じた。
何度も言葉を探すように視線を揺らし、胸元で両手をぎゅっと握りしめる。
本当に伝えてしまっていいのだろうか。
もし、この気持ちを伝えたことで、今までの関係が変わってしまったら……。
そんな不安が頭をよぎっているのかもしれない。
それでも、杏子はゆっくりと顔を上げた。
頬は赤く染まり、瞳も少し潤んでいる。
それでも、俺の目を見つめようとしていた。
一度、小さく息を吸う。
「私……隆司が好き」
ようやく口にしたその言葉に、杏子は一度唇を結んだ。
俺の反応をうかがうように、視線がほんの少し揺れる。
「……ごめんなさい。急にこんなことを言われても、困るわよね」
杏子は小さく首を横に振った。
「でも、ちゃんと伝えたかったの。ずっと言えなかったから……」
一度言葉を切り、胸の前で握っていた手に、ぎゅっと力を込める。
「一緒にいると腹が立つこともあるし、無理をしている姿を見ると叱りたくなる。時々、何を考えているのか分からなくて、悔しくなることもある」
そこで杏子は、少しだけ困ったように笑った。
「それでも、隆司と一緒にいたい。これからも、隣で笑っていたい」
「……」
杏子は一度視線を落とし、何かを考えるように黙り込んだ。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「だけど、ひとつだけ聞かせて」
杏子の瞳が、真っ直ぐ俺を見つめる。
「隆司は、美咲ちゃんのことをどう思っているの?」
その問いに、俺は言葉を失った。
「美咲ちゃんを大切に思っていることは分かっているわ。大切な妹なんでしょう? その気持ちまで、私のために変えてほしいとは思っていないの」
「杏子……」
「でもね……時々、隆司が美咲ちゃんを見る目や、接し方が気になることがあったの」
杏子は少しだけ視線を揺らした。
「兄妹だから、それだけだと思いたかった。でも、あなた自身も、自分の気持ちに迷っているように見えることがあったから……」
小さく息を吸い、杏子は再び俺を見つめた。
「だから知りたいの。私を選んでくれるのなら、誰かへの気持ちから逃げるためじゃなくて、私自身を好きだと思ってくれているからなのか。それを、ちゃんと聞かせてほしい」
逃げ道のない問いだった。
俺は、すぐに答えられなかった。
美咲は大切な妹だ。
その存在は、俺の人生の中であまりにも大きい。
兄として守りたい。笑っていてほしい。困っていたら助けたい。
それだけでは説明できない感情が、胸の奥にあったことも否定できない。
けれど、それを理由に杏子の気持ちから逃げていいはずがない。
「俺は……美咲のことを、簡単に言葉にできない」
「うん」
「ずっと一緒にいたからな。あいつが笑っていると安心するし、悲しんでいたら放っておけない。俺にとって、かけがえのない存在だ」
「うん」
「だけど、それを理由にして、俺は自分の気持ちから逃げていたのかもしれない」
俺は自分の手を見つめた。
「兄が妹に恋するなんておかしいだろ……」
口にした瞬間、胸の奥が痛んだ。
「そう思っていた。そんなことを考える自分が間違っているんじゃないかって。だから、何も考えないようにしていた。美咲のことも、杏子のことも、全部曖昧にしたまま」
「……隆司」
「でも、曖昧にしている間に、誰かを傷つけていたんだと思う。杏子がどんな気持ちで俺を見ていたのか、考えようともしなかった」
杏子は黙って聞いていた。
「美咲への気持ちを、なかったことにするつもりはない。あいつは俺の妹だ。これからも守っていきたいし、笑顔でいてほしい。その気持ちは変わらない」
俺はゆっくりと顔を上げ、杏子を見つめた。
「でも、今の俺が一緒にいたいと思うのは、杏子なんだ」
言葉にした途端、胸の奥にあった迷いが、少しだけ晴れた気がした。
「杏子と一緒に笑いたい。これから先も、隣にいてほしい。誰かの代わりなんかじゃない。俺自身が、杏子を好きなんだ」
杏子は一瞬驚いたように目を見開いた。
それから、張り詰めていた表情が少しずつ和らいでいく。
「……ありがとう、隆司」
杏子は小さく微笑んだ。
「私ね、美咲ちゃんとの関係を壊したいわけじゃないの。美咲ちゃんを傷つけたり、悲しませたりするようなことはしたくない。これからも、あなたの大切な妹として、仲良くしていきたいと思っているわ」
「杏子……」
「もちろん、私だって隆司の恋人になれたら、少しくらいわがままを言いたいけどね」
杏子は頬を赤らめ、照れくさそうに笑った。
「例えば……恋人の特権として、毎日お弁当を作ってあげたいな。隆司がちゃんと食べているか、私がそばで見ていたいもの」
「毎日って……大変じゃないか?」
「ふふっ。隆司のためなら頑張れるわ。それに、好きな人に自分の作ったお弁当を食べてもらえるなんて、素敵だと思わない?」
杏子は少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「それは……」
「杏子と一緒にいると、もっと話したいと思う。杏子が笑っていると嬉しい。仕事で無理をしていたら心配になるし、他の誰かと楽しそうに話していると、少し落ち着かなくなる」
「……」
「それに、今日みたいに二人きりになると、何を話せばいいのか分からなくなるくらい緊張する」
「ふふっ。いつもの隆司らしくないわね」
「自分でもそう思う」
俺は苦笑した。
それから、もう一度杏子を見た。
「でも、これは全部、杏子だからだ」
杏子の表情が変わった。
「俺は、杏子と一緒にいたい。これから先、楽しいことだけじゃないと思う。意見がぶつかることもあるだろうし、俺がまた無理をして、杏子に怒られることだってあると思う」
「それは間違いないわね」
「だろうな」
「本当に、手のかかる人なんだから」
「それでも……」
俺は一歩、杏子に近づいた。
「こんな俺で良ければ、杏子と付き合いたい」
言葉にした瞬間、部屋の空気が止まったように感じた。
杏子は、すぐには答えなかった。
ただ、俺の顔を見つめている。
その目に、少しずつ涙が浮かんでいく。
「……もう一度、言って」
「え?」
「今の言葉。もう一度、聞かせて。聞きたいの」
杏子の声は、かすかに震えていた。
俺は彼女の手を取った。
「杏子が好きだ。俺と付き合ってほしい」
次の瞬間、杏子の目から涙がこぼれた。
杏子は慌てて涙を拭おうとしたけれど、次々と溢れてくる涙を止めることができなかった。
「ごめんなさい……嬉しくて……」
「謝ることなんてないよ」
俺は杏子の手をそっと握り直した。
杏子は涙で潤んだ瞳を俺に向ける。
「……本当に、私でいいの?」
「杏子じゃなきゃ駄目なんだ」
俺は迷わず答えた。
その言葉に、杏子は小さく頷いた。
俺は彼女の頬にそっと手を添えた。
杏子も目を閉じ、ほんの少しだけ顔を近づけてくる。
互いの気持ちを確かめるように、俺たちの唇が静かに重なった。
ほんの一瞬の、初めてのキス。
唇が離れると、杏子は頬を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯いた。
「……これからも、よろしくね。隆司」
「ああ。こちらこそ、よろしくな。杏子」
「……ずるい」
「え?」
「そんなことを言われたら、もう何も言えなくなるじゃない」
杏子は笑おうとした。
けれど、涙が止まらなかった。
「ずっと、言いたかったの。隆司に好きだって伝えたかった。でも、伝えたら今までみたいに話せなくなるんじゃないかって怖かった。断られたら、もう隣にいられないんじゃないかって……」
「杏子」
「それでも、言わなかったら絶対に後悔すると思った。だから今日、全部言おうって決めていたの」
杏子は俺の手を握り返した。
「なのに……本当に、返事をもらえるなんて思っていなかった」
「そんなに信用されていなかったのか、俺は」
「そうじゃないわ。隆司は優しいから。私の気持ちを知ったら、傷つけないように答えてくれるんじゃないかって、そんなことまで考えていたの」
「それは違う」
「うん。今は分かってる」
杏子は俺の手を握ったまま、少しだけ俯いた。
「嬉しい。嬉しいのに、どうしてこんなに涙が出るんだろう」
「……それだけ、今まで一人で抱え込んできたんだろ。もう無理に我慢しなくていい。嬉しいときは嬉しいって、泣きたいときは泣いていいんだから」
「……そうかもしれないわね」
彼女は、ようやく心から笑った。
いつもの、しっかり者の副会長の笑顔とは違う。
少し不器用で、涙に濡れていて、それでも誰より幸せそうな笑顔だった。
「……ありがとう、隆司。私の気持ちを受け止めてくれて……本当にありがとう。ずっと伝えたかったのに、怖くて言えなかった。でも、今日こうしてあなたに想いを届けられて……私、今まで頑張ってきてよかった」
「杏子……。俺の方こそ、ありがとう。こんなにも真剣に俺のことを想ってくれて。自分の気持ちに向き合うのが怖くて、ずっと答えを出せずにいた俺を、それでも好きでいてくれて……。杏子が俺を好きになってくれたこと、絶対に当たり前だなんて思わない。これからは、その気持ちにちゃんと応えていきたい」
「……ねえ、隆司。これからは、今までみたいに自分の気持ちを隠したりしないから。嬉しいときは一緒に喜びたいし、寂しいときはそばにいてほしいって言う。時には、あなたを困らせるくらい甘えてしまうかもしれないけど……それでもいい?」
「それは……覚悟しておかないとな」
「もう、そこは素直に受け入れてくれてもいいでしょう?」
「ははっ。分かったよ。杏子のわがままなら、できる限り聞いてあげる」
「ふふっ。言ったわね? その言葉、忘れないでよ」
「忘れるわけないだろ。これからは、俺にも遠慮せず頼ってくれ」
「うん……。じゃあ、これからは二人で、たくさんの思い出を作っていきましょうね」
杏子は涙を拭いながら、穏やかな笑顔を浮かべた。
「それからね、ひとつ約束してほしいことがあるの」
「約束?」
「美咲ちゃんのこと。私たちが恋人になったからって、美咲ちゃんを悲しませるようなことはしたくないの。あなたにとって大切な妹なんだもの。これからも、今までどおり仲良くしていきたいわ」
「ああ。俺もそう思っている。美咲は大切な妹だからな」
「よかった……。私も美咲ちゃんとは、これからも仲良くしたいもの」
杏子はほっとしたように微笑んだ。
「それと、もうひとつ。これは恋人になった私の特権ということで……」
「特権?」
杏子は少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「毎日、隆司のお弁当を作ってあげたいな」
「毎日って……大変じゃないか?」
「ふふっ。好きな人に自分の作ったお弁当を食べてもらえるのよ? 私にとっては、それも楽しみのひとつになると思うわ」
「それじゃあ、毎日楽しみにしているよ」
「もう。そんなに簡単に言わないで。作る方にも準備があるんだから」
「ははっ。無理のない範囲でいいからな」
「分かってるわ。でも、隆司のためなら頑張りたいの」
杏子は少し照れくさそうに笑った。
その笑顔を見ていると、これから始まる二人の日常が、なんだか楽しみになってきた。
やがて、杏子の視線が俺の首元に落ちた。
そして、ためらうように手を伸ばすと、マフラーの端をそっと指先で整えた。
「……やっぱり、似合ってる」
「そうか?」
「うん。お店で選んでいたときも、これを巻いた隆司の姿を想像していたの。寒い日に、ちゃんと暖かくしてくれているかなって。私が贈ったものを、少しでも気に入ってくれたらいいなって……そんなことばかり考えていた」
杏子はマフラーに触れたまま、少しだけ俯いた。
「本当はね、これを渡したときに、もっと嬉しそうな顔を見せてほしかったの。でも、今こうして大切に使ってくれている姿を見られたから……それだけで、十分すぎるくらい嬉しい」
「杏子……」
「だから、これからも使ってくれる?」
「ああ。冬になったら必ず使うよ。来年も、その次の年も。杏子が選んでくれたこのマフラーを、ずっと大切にする」
「……ずっと?」
「ああ。できることなら、この先も毎年、杏子の隣で冬を迎えたいからな」
自分で口にしておきながら、少し気恥ずかしくなった。
けれど、杏子は笑わなかった。
驚いたように目を見開き、それから、今にも泣き出しそうなほど柔らかな表情を浮かべた。
「そんなことを言われたら……来年の冬も、その次の冬も、あなたと一緒にいたくなっちゃうじゃない」
「一緒にいればいいだろ。来年も、その先も……俺は杏子と一緒にいたい」
「……そんなこと、簡単に言わないでよ」
「簡単になんか言ってない。俺だって、これから先のことをちゃんと考えてる。杏子と一緒に過ごす時間を、これからも大切にしていきたいんだ」
「隆司……」
杏子は俺の手をもう一度、ぎゅっと握りしめた。
その手から伝わる温もりが、今までの迷いや不安が少しずつ解けていくように感じられた。
「これから先、楽しいことばかりじゃないかもしれない。それでも、嬉しいことも悩むことも、一緒に分かち合っていきたい。だから……俺の隣にいてほしい」
杏子は唇をきゅっと結び、こぼれそうになる涙をこらえようとしていた。
けれど、やがて小さく笑うと、俺の胸元にそっと手を添えた。
「……そんなことを言われたら、もう離れたくなくなっちゃうじゃない」
「じゃあ、約束して。来年も、その先も……私の隣にいてくれるって」
そう言うと、杏子は少し照れたように微笑みながら、小指を差し出した。
その小さな指先には、これから先も俺と一緒に歩いていきたいという、彼女の願いが込められているように見えた。
俺は少し驚いたあと、その指に自分の小指を絡めた。
子どもの頃のような、他愛のない約束。
だけど、今の俺たちにとっては、これから先の時間を一緒に歩いていくための、小さな約束だった。
その日の夕方。
俺は杏子の家を出る前に、玄関で靴を履いていた。
「隆司」
「何?」
「明日も会える?」
「明日?」
「うん。せっかく付き合うことになったんだから、少しくらい一緒に出かけてもいいでしょう?」
「もちろん。どこか行きたい場所でもあるのか?」
「まだ決めてない。隆司と相談して決めたいの」
「分かった。じゃあ、明日考えよう」
「ふふっ。楽しみにしてる」
その笑顔を見て、俺は改めて実感した。
俺たちは、今日から恋人になったのだ。
けれど、何もかもが急に変わるわけじゃない。
明日も学校のことを考えるだろうし、生徒会の仕事もある。ゲーム同好会の活動だって待っている。
杏子はきっと、これまでと同じように俺の無理を叱るだろう。
俺だって、これまでと同じように杏子に意見を言うはずだ。
それでも、ひとつだけ違う。
これからは、その言葉の向こうに、互いを好きだという気持ちがある。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日、隆司」
玄関の扉が閉まる。
俺はマフラーを巻き直し、冬の空を見上げた。
新しい一年が始まった。
そして、俺の人生にも、新しい関係が始まった。
……もっとも、これから先が順風満帆だとは思っていない。
むしろ、面倒なことの方が増える気がする。
それでも、今はそれでいいと思えた。
――翌日。
元旦に交わした約束どおり、俺と杏子は二人で出かけることになった。
待ち合わせ場所に現れた杏子は、いつもより少しだけおしゃれをしているように見えた。冬らしい落ち着いた色合いのコートに、丁寧に整えられた髪。普段、生徒会室で見慣れている姿とはまた違っていて、思わず見とれてしまう。
「お待たせ、隆司」
「いや、俺も今来たところだ」
「ふふっ。そう? ならよかった」
杏子は嬉しそうに微笑んだ。
昨日、杏子の家で互いの気持ちを確かめ合い、俺たちは恋人同士になった。
それなのに、こうして二人で待ち合わせをしているだけで、妙に落ち着かない。今までだって杏子と二人で出かけたことは何度もあったはずなのに、今日は何もかもが違って感じられた。
「それで、今日はどこに行こうか?」
「そうね……せっかく二人で出かけるんだから、まずはゆっくりお店を見て回りたいわ」
「買い物か?」
「うん。それから、どこかでお茶もしたいな。昨日はみんな一緒だったでしょう? 今日は隆司と二人で、ゆっくり話したいの」
「なるほど。それなら、俺も異論はないな」
「もう。そこは『俺も楽しみだ』って言ってくれてもいいのに」
「……楽しみだよ。杏子と二人で出かけるのは」
そう答えると、杏子は少し驚いたように目を丸くし、それから頬を赤くして笑った。
「私もよ、隆司」
その言葉が妙に嬉しくて、俺は思わず視線をそらしてしまった。
まさか、杏子とこんな会話をする日が来るなんてな。
昨日までと同じように隣を歩いているはずなのに、今はその距離が少しだけ近く感じられる。手をつなごうかとも思ったが、いざとなると何となく照れくさい。
そんな俺の様子に気づいたのか、杏子がそっとこちらを見上げた。
「隆司?」
「ん?」
「手……つないでもいい?」
「……ああ」
俺が手を差し出すと、杏子は少し恥ずかしそうに笑いながら、その手を握った。
指先から伝わる温もりに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
ふふっ。こうしていると、本当に恋人同士になったんだなって実感するわね」
「俺もだよ。まだ少し照れくさいけどな」
「私だって同じよ。でも、これからはこういう時間も増やしていきたいわ」
「ああ。今日はまだ始まったばかりだからな。ゆっくり楽しもう」
「うん!」
杏子は嬉しそうにうなずき、俺の手を握る指に少しだけ力を込めた。
俺たちはそのまま、次に立ち寄る店を探しながら街を歩いていた。
――せっかくの初デートだ。今日は二人で思いきり楽しもう。
そう思った矢先だった。
そのとき、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「――見つけたわよ!」
「……この声は」
振り返ると、そこには三紀子と詩織が立っていた。
「やっぱり! 二人で出かけるって聞いたから、絶対に何かあると思ったのよ!」
「詩織ちゃん、声が大きいって!」
「三紀子ちゃん、これは歴史的瞬間なのよ! 見逃すわけにはいかないでしょう!」
「お前たち、何でここにいるんだ?」
俺が尋ねると、詩織は悪びれる様子もなく胸を張った。
「偶然よ!」
「その顔で言われても説得力がないんだけど……」
「それより、杏子ちゃん!」
三紀子が杏子に近づく。
「どうだった?」
「どうって……」
「昨日の話。ちゃんと伝えられた?」
杏子は一瞬だけ俺を見た。
そして、頬を赤くしながら頷いた。
「……うん」
「えっ! ということは!」
詩織の目が輝く。
「まさか、まさか、まさか!」
「詩織ちゃん、落ち着いて!」
「杏子ちゃん、隆司くんと……?」
「……付き合うことになったわ」
その瞬間。
「きゃああああああっ!」
詩織の叫び声が駅前に響き渡った。
「ついに来た! ついにこの日が来たわ! 長きにわたる片想いの物語が、ついに両想いという新章へ突入したのよ!」
「詩織ちゃん、お願いだから周りを見て!」
「三紀子ちゃん! これは祝福すべき大事件よ! 新年早々、恋愛フラグが回収されたのよ!」
「お前たち、何でそんなに詳しいんだ……」
俺が呆れていると、三紀子がにっこりと笑った。
「だって、杏子ちゃんのことはずっと見てきたから」
「それに、昨日の杏子ちゃんの表情を見れば、何かあったのは分かるわよ!」
「詩織ちゃん……」
「杏子ちゃん、本当におめでとう!」
三紀子も詩織も、今度はからかうことなく、心から祝福してくれた。
杏子は少し照れながら、二人に笑顔を向けた。
「ありがとう。二人がいてくれたから、昨日、ちゃんと伝えられたんだと思う」
「そんなことないよ。最後に決めたのは杏子ちゃん自身だもん」
「そうよ! 運命は待つものじゃない、自分で切り開くものなの!」
「詩織ちゃん、それは珍しくいいことを言ったね」
「珍しくって何よ!」
いつもの賑やかなやり取りに、俺も思わず笑ってしまった。
そのとき、杏子が俺の袖をそっとつまんだ。
「隆司」
「何?」
「今日は、私のことを杏子って呼んでくれる?」
「……いつもそう呼んでいるだろ」
「そうだけど。今は、少し違う意味で聞きたいの」
俺は彼女を見た。
「杏子」
「うん」
「行こうか」
「うん!」
杏子は嬉しそうに頷いた。
その後ろでは、詩織と三紀子が何やら小声で盛り上がっている。
「三紀子ちゃん、これは新たな観察対象が誕生したわね……!」
「詩織ちゃん、二人の邪魔をしちゃ駄目だよ」
「分かってるわ! 今はそっと見守るべき時……!」
「本当に分かってるのかな……」
そんな声を背中に聞きながら、俺たちは歩いていった。
「おぃ……いつまでも後をついてくるなー!」
隆司は二人の頭を叩くと逃げるように去っていった。
「まったく、騒がしい二人だな」
二人は去っていき、一旦落ち着いて真剣に考えた。
俺はまだ、すべての答えを見つけたわけじゃない。
美咲との関係も、これからの自分の気持ちも、簡単に整理できるものではないだろう。
それでも、誰かを大切に思うことから逃げないと決めた。
杏子の手が、俺の手にそっと触れる。
俺はその手を握り返した。
新しい年の始まり。
新しい恋の始まり。
そして、きっとこれからも続いていく、騒がしくて、面倒で、かけがえのない日々。
――さて。
今年は一体、どんな事件が待ち受けているのだろうか。
少なくとも、俺の隣にいる彼女が、平穏な一年を過ごさせてくれるとは思えない。
「隆司、何か言った?」
「いや。何でもない」
「そう?」
「ああ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
こうして、俺たちの新しい一年は始まった。
……もっとも、この恋愛フラグの回収によって、俺の日常がさらに騒がしくなることを、俺はまだ知らなかった。
けれど、それでいい。
思い返せば、去年の春。
俺は、こんなにも大勢の人たちと笑い合う毎日が待っているなんて、想像もしていなかった。
美咲と過ごす、当たり前だった日々。
蓮司と交わした、昔から変わらない言葉。
杏子とぶつかり合いながら、一緒に乗り越えてきた時間。
三紀子と詩織が巻き起こす、理解不能で、時には頭を抱えたくなるような騒動。
どれか一つでも欠けていたら、今の俺はいなかったと思う。
そして、そんな日々の中で、俺はようやく気づいた。
幸せというものは、何か特別な出来事が起きた瞬間だけにあるわけじゃない。
誰かが隣で笑ってくれること。
くだらない話で盛り上がれること。
明日もまた会えると、何の疑いもなく思えること。
そんな何気ない一瞬の積み重ねこそが、俺たちにとっての宝物だったのだ。
「隆司、寒くない?」
隣を歩く杏子が、俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ。このマフラーがあるからな」
「ふふっ。ならよかった」
杏子は嬉しそうに笑った。
俺は、その笑顔を見つめる。
これから先、俺たちの間にどんなことが起こるのかは分からない。
迷うこともあるだろう。すれ違うことも、きっとある。
それでも、今度は逃げずに向き合っていきたい。
誰かを大切に思う気持ちに、正解なんてないのかもしれない。
だからこそ、自分で選んだ答えを、これからの時間で本物にしていこう。
ふと、冷たい冬の風が吹き抜けた。
俺のマフラーが少しだけ揺れ、杏子の髪が風になびく。
新しい年の澄んだ空気の中、俺たちは再びみんなのところへ戻っていった。
「あーっ! やっぱり二人だった!」
詩織がこちらに気づくと、まるで何かを発見したかのように目を輝かせた。
「おおっ! ついに二人が戻ってきたわね!」
「詩織ちゃん、そんなに大げさにしなくてもいいでしょう?」
「何を言っているの、三紀子ちゃん! これは一大事なのよ! 新年早々、恋愛フラグが回収された歴史的瞬間なんだから!」
「だから、何の歴史だよ……」
俺が呆れていると、隣にいた杏子がくすっと笑った。
「ふふっ。詩織ちゃんらしいわね」
「杏子ちゃん! その余裕の笑顔! これはもう、恋する乙女の勝利宣言と受け取っていいのかしら?!」
「もう、詩織ちゃんったら!」
「おっと、これは照れている! 間違いないわ!」
「詩織、いい加減にしろって……」
「隆司くん、そんなに慌てなくてもいいじゃない。杏子ちゃんが幸せそうで、私も嬉しいわ」
三紀子が微笑みながらそう言うと、杏子は少し照れくさそうに頷いた。
「ありがとう、三紀子ちゃん」
「ふふっ。これからも二人のこと、応援しているからね」
そのときだった。
「……お兄ちゃん」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには美咲が立っていた。
「あれ、美咲? もう家に帰ったんじゃなかったのか?」
「うん。ちょっと忘れ物を取りに戻ったんだけど……みんながまだいるかなと思って」
美咲はそう言いながら、俺の隣にいる杏子へ視線を向けた。
「杏子先輩」
「美咲ちゃん。どうしたの?」
「えっと……」
美咲は一瞬だけ言葉を探すように視線を落とした。
そして、俺と杏子の顔を交互に見つめる。
「お兄ちゃんと、何かお話ししていたんですよね?」
「うん。少しね」
杏子は穏やかに答えた。
俺は一度、杏子の顔を見てから、美咲へと向き直った。
「美咲、実は話しておきたいことがあるんだ」
「何? お兄ちゃん」
「俺と杏子は……付き合うことになった」
その言葉を聞いた美咲は、一瞬だけ目を見開いた。
「そっか……」
短い返事のあと、美咲は杏子へと視線を向けた。
「杏子先輩と、お兄ちゃんが……」
「ああ。俺から告白したんだ」
「そうなんですね」
美咲は小さくうなずいた。
その笑顔は、いつもと変わらないように見えた。けれど、ほんの一瞬だけ、何かをこらえるように視線を伏せたことに、俺は気づかなかった。
「お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「美咲ちゃん……」
「お兄ちゃんって、昔から自分のことは後回しにしちゃうところがあるんです。困っている人がいたら放っておけないし、何でも一人で抱え込もうとするし……だから、時々心配になるんです」
「そうね。私も、それはよく知っているわ」
杏子は優しく微笑んだ。
「でも、これからは私にも頼ってもらうつもりよ。隆司が一人で抱え込まないように、私もそばにいるから」
「……ありがとうございます」
美咲は笑顔で答えた。
けれど、その笑顔の奥には、簡単には言葉にできない想いが隠れているように見えた。
ずっと一緒に過ごしてきた兄。
何かあれば真っ先に頼り、嬉しいことがあれば一番に伝えたくなる人。
自分にとって、誰よりも特別な存在だった。
その兄が、これからは自分以外の誰かと、今までとは違う時間を重ねていく。
頭では分かっている。
兄が幸せになることは嬉しい。
杏子先輩なら、きっと大丈夫だとも思う。
それでも、胸の奥に小さな寂しさが残ってしまうのは、どうしようもなかった。
美咲は一度だけ、隆司の首元にあるマフラーを見つめた。
そのマフラーを選んだのが杏子だということも、今の二人の距離が以前とは違うことも、彼女には分かっていた。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「今年も、いっぱい楽しい思い出を作ろうね」
「ああ。そうだな」
「それから……」
美咲は少しだけ間を置いた。
「お兄ちゃんが幸せなら、私も嬉しいよ」
「美咲……」
「だから、杏子先輩と仲良くね。喧嘩したら駄目だよ?」
最後はいつもの妹らしい口調だった。
美咲は笑っていた。
その笑顔が、少しだけ無理をしているものだったとしても。
俺はそのことに気づかないまま、妹の頭にそっと手を置いた。
「ありがとうな、美咲」
「えへへ。どういたしまして!」
美咲は嬉しそうに笑った。
そして、杏子もまた、美咲の気持ちを受け止めるように優しく声をかけた。
「美咲ちゃん。これからも、みんなで楽しい思い出を作っていきましょうね」
「はい! 杏子先輩!」
その返事には、少しだけいつもの明るさが戻っていた。
けれど、美咲は最後にもう一度だけ、俺の顔を見つめた。
――お兄ちゃん、幸せになってね。
心の中でそう呟きながら、彼女は小さく微笑んだ。
その想いは、誰にも聞こえることはなかった。
「さて! せっかくだから、みんなで記念写真を撮らない?」
三紀子がスマホを取り出して提案した。
「いいわね! 新年最初の集合写真よ!」
詩織がすぐさま賛同する。
「もちろん、美咲ちゃんも一緒にね!」
「はい! 私も撮りたいです!」
「じゃあ、みんなもう少し寄ってくれる?」
三紀子の声に、俺たちは撮影場所へと集まった。
「隆司くんと杏子ちゃんは隣同士ね!」
「詩織、わざわざ指定しなくてもいいだろ……」
「何を言っているの! 今日の主役なんだから当然よ!」
「ふふっ。じゃあ、私はここでいいかしら?」
杏子が俺の隣に並ぶ。
その反対側には美咲が立った。
「お兄ちゃん、私も隣でいい?」
「ああ。もちろんだ」
「えへへ。じゃあ、今日はここが特等席だね」
美咲はそう言って、俺の腕にそっと寄り添った。
その様子を見た詩織が、またしても目を輝かせる。
「な、なんという展開! 兄の隣を巡る妹と恋人の攻防戦が始まったわ!」
「詩織ちゃん! 変なことを言わないの!」
「いや、詩織。そういう話じゃないからな?!」
「ふふっ。二人とも、そんなに慌てなくてもいいじゃない」
杏子は笑いながら、俺のもう片方の隣に並んだ。
「ほら、三紀子ちゃん。早く撮りましょう?」
「そうね。それじゃあ、みんな笑って!」
「待って! 掛け声は私に任せて!」
「詩織、普通に撮らせてくれ……」
「いいえ! 今日にふさわしい掛け声があるの!」
詩織は大きく息を吸い込んだ。
「せーの! 新年最初の恋愛フラグ、完全回収ーっ!!」
「おいっ!」
その瞬間、三紀子のスマホから撮影音が鳴った。
俺は思わず苦笑し、杏子は口元を押さえて笑っていた。
美咲もまた、少し驚いたあと、楽しそうに笑顔を見せた。
「もう、詩織ちゃんったら!」
「ふふっ。最高の一枚になったわね!」
三紀子が写真を確認すると、そこには笑顔の五人が写っていた。
少し照れくさそうな俺。
幸せそうに微笑む杏子。
いつも通り元気いっぱいの詩織と、楽しそうな三紀子。
そして、俺の隣で笑っている美咲。
それぞれ違う想いを抱えながらも、同じ時間を共有している。
そんな一枚だった。
「この写真、大切にしようね!」
美咲が嬉しそうに言った。
「ああ。俺も保存しておくよ」
「私も!」
「もちろん、私もよ!」
「私も忘れずに保存しておくわね」
杏子もスマホを取り出して、写真を受け取った。
「じゃあ、今年の終わりにも、またみんなで撮りましょう!」
三紀子がそう提案すると、詩織が勢いよく手を挙げた。
「賛成! その頃には、さらに大きな恋愛イベントが発生しているかもしれないわ!」
「詩織ちゃん、二人をあまり困らせちゃ駄目よ?」
「分かっているわ、三紀子ちゃん! でも、私たちの観察眼は常に研ぎ澄ませておかなければ!」
「だから、観察するなって……」
俺が呆れていると、杏子が隣で小さく笑った。
「相変わらずね、あの二人」
「ああ。今年も騒がしい一年になりそうだな」
「でも、私はこの騒がしさが好きよ。みんなと一緒にいると、何だか安心するもの」
「そうだな」
俺は改めて、みんなの顔を見渡した。
美咲も、杏子も、三紀子も、詩織も。
それぞれに違う個性があって、考え方も、抱えている想いも違う。
時にはぶつかることだってあるだろう。
それでも、こうして一緒に笑い合える時間がある。
それは決して当たり前のことじゃない。
俺には、守りたいものがある。
家族としての美咲との時間も。
恋人としての杏子との未来も。
そして、仲間たちと過ごす、かけがえのない日常も。
どれか一つを大切にするために、ほかの何かを忘れる必要なんてない。
これから先、簡単には答えの出ない問題にぶつかることもあるかもしれない。
それでも、自分の気持ちから逃げず、一人一人と向き合っていきたい。
「隆司?」
「ん?」
杏子が俺の顔を覗き込んだ。
「何だか、難しい顔をしているわよ?」
「いや、ちょっと今年のことを考えていただけだ」
「今年のこと?」
「ああ。色々ありそうだなって」
「ふふっ。そうね。きっと楽しいことも、驚くようなことも、たくさんあると思うわ」
「そうだな」
杏子はそっと俺の手に触れた。
俺もその手を優しく握り返す。
その様子を見ていた美咲は、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
けれど、すぐに顔を上げると、いつもの笑顔を見せた。
「お兄ちゃん! 今年もいっぱい遊びに行こうね!」
「ああ。もちろんだ」
「約束だよ!」
「分かったよ」
「えへへ。楽しみ!」
美咲は嬉しそうに笑った。
その笑顔の奥にある小さな寂しさを、俺はまだ知らない。
そして、それを抱えながらも俺たちの幸せを願ってくれていることも。
「ちょっとー! みんな、いつまでそこにいるのー!」
少し先から詩織の大きな声が飛んできた。
「詩織ちゃん、待ってよ! まだ写真を確認しているんだから!」
「三紀子ちゃん! 新年早々、時間は待ってくれないのよ!」
「そんなに急がなくてもいいでしょう?!」
「ほら、二人とも行っちゃうわよ」
杏子が笑いながら歩き出す。
「お兄ちゃん、行こう!」
「ああ」
俺たちは再び歩き始めた。
新しい年の始まり。
隣には、大切な人がいる。
少し前には、いつも騒がしい仲間たちがいる。
そして、すぐそばには、これからも大切にしていきたい家族がいる。
何気ない会話も、くだらない冗談も、時には胸が苦しくなるような出来事も。
きっと、これから先の俺たちを形作っていく大切な思い出になるのだろう。
恋愛フラグを回収したと思ったら、今度は新しいフラグが次々と立ち始める。
まったく、俺の日常は今年も平穏とは程遠いらしい。
それでも……。
こんな騒がしくて、少し面倒で、かけがえのない毎日を、俺はこれからも大切にしていこうと思う。
杏子と一緒に歩いていく未来。
美咲と兄妹として過ごしていく時間。
三紀子や詩織、そして蓮司と笑い合う日々。
どれも当たり前のように続いていくと思っていた。
けれど、振り返ってみれば、決して当たり前なんかじゃなかった。
何気ない会話も、くだらないことで笑い合った時間も、ときにはぶつかり合ったことさえも。
その一つひとつが、今の俺をつくってくれた大切な思い出だ。
そして、これから先も、そんな時間をみんなと重ねていきたい。
もちろん、何もかもが順調に進むとは限らない。
また悩むこともあるだろうし、思いもよらない騒動に巻き込まれることだってあるはずだ。
それでも、今はそう思える。
俺の隣には杏子がいる。
振り返れば、美咲たちが笑っている。
それだけで、これから先もきっと大丈夫だと思えた。
「隆司、どうしたの?」
杏子が不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「いや、何でもない。ただ……こうしてみんなと一緒にいられるのが、嬉しいんだ」
「ふふっ。私もよ」
杏子はそう言って、俺の手を優しく握り返した。
その温もりを感じながら、俺はみんなの後を追いかける。
恋も、友情も、家族の絆も。
どれか一つを大切にするために、ほかの何かを諦める必要なんてない。
俺は、これからもみんなと一緒に歩いていきたい。
そんな当たり前で、かけがえのない願いを胸に抱きながら。
新しい年の空は、どこまでも澄み渡っていた。
俺の隣には杏子がいる。
振り返れば、美咲や仲間たちが笑っている。
これまで過ごしてきた日々も、これから始まる新しい日々も、きっと俺にとってかけがえのないものになる。
恋も、友情も、家族の絆も。
そのすべてを大切にしながら、俺はこれからもみんなと一緒に歩いていこう。
……まったく。
最後まで騒がしい連中ばかりだ。
だけど、それも悪くない。
俺は杏子の手を握り、美咲たちの笑い声が聞こえる方へと歩き出した。
――おしまい。




