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第15話 聖夜に恋の大事件?!クリスマスパーティーがとんでもないことになったんだが?!

文化祭は、大成功のうちに幕を閉じた。

クラス企画の『運命の赤い糸・縁結びの館』には、予想を大きく上回る数の生徒や来場者が押し寄せ、黒瀬玲奈の恋占いは大評判。さらに、三紀子と詩織が中心となって進めた準備や装飾、当日の運営も見事なものだった。

もっとも、占いの結果を聞いた直後に顔を真っ赤にして逃げ出す生徒や、なぜか占いの順番を三回も並び直す生徒まで現れ、教室の外は最後まで大騒ぎだったのだが。


後日、クラスで撮影した集合写真を見返したとき、隆司は思わず苦笑した。

あのときは、まさか自分まで恋占いに振り回されることになるとは思っていなかった。

そして、文化祭の余韻が残る竜ヶ崎第一付属高校にも、少しずつ秋の気配が深まっていた。

いつもの通学路には、きんもくせいの甘い香りが漂っている。

夏の熱気が嘘のように涼しくなった朝。隆司は美咲たちと並んで歩きながら、今年の夏を思い返していた。


「いやぁ、今年の夏は本当にあっという間だったな。読モの撮影に夏コミ、夏祭りにペンションでの泊まり……。思い返してみると、イベントを詰め込みすぎた気がする」


「詰め込みすぎたって言いながら、隆司くんが一番楽しんでた気がするけど?」


三紀子が、呆れ半分の笑みを浮かべた。


「夏コミの前なんて、原稿がどうとか、印刷所の締め切りがどうとか、ずっと言ってたじゃない」


「それはそれ、これはこれだ。締め切りを守ったうえで楽しむ。それが創作者のあるべき姿だろ?」


「うわぁ……。言い切ったよ、この人」


詩織は感心しているのか呆れているのか分からない顔で、隆司を見つめた。


「でも、私にとっては最高の夏だったよ! だって、あの夏コミに参加できたんだもん! 会場にいるだけでもテンションが上がるのに、自分たちの作品を並べて、お客さんが足を止めてくれるんだよ? あれはもう、別世界だった!」


詩織は両手を広げ、まるであの会場の熱気を再現するかのように語り始めた。


「本を手に取ってくれた人がいて、感想を言ってくれた人もいて……。あの瞬間、私の中で何かが目覚めたんだよ!」


「おい、変な能力に目覚めたとか言うなよ?」


「違うよ! 創作者としての魂が!」


「余計に不安になる説明をありがとう」


隆司が即座にツッコむと、隣で美咲がくすくすと笑った。


「でも、詩織先輩、本当に楽しそうだったよね。三紀子先輩も、ずっと生き生きしてたし」


「もちろんよ、美咲ちゃん! 自分たちの作品を誰かに届けるって、すごく特別なことなの。あの経験は、これからの創作にも絶対に生きてくるわ」


三紀子も、いつになく真剣な表情で頷いた。

普段は妄想を語り始めると周囲が見えなくなる二人だが、創作に対する熱意だけは本物だ。

夏コミで得た経験は、二人にとって単なる楽しい思い出ではない。自分たちの作品を形にし、人に届けるという、新たな目標を見つけた夏でもあった。


「そういえば、詩織。次は自分のサークルで出展してみたいって言ってなかったか?」


「言った! 言いましたとも! 次は私も自分の作品を出したい!」


詩織は勢いよく隆司の前に回り込んだ。


「隆司くん! 私、絵ももっと上手くなりたいし、ストーリーだって考えたい! いつか自分の本を作って、会場に並べて、完売して、拍手喝采を浴びて……!」


「最後の二つは実力と運次第だぞ」


「そこは夢を見させてよ!」


詩織が頬を膨らませる。

しかし、隆司は冗談を言っているだけではなかった。

このところ、詩織の画力は目に見えて上がっている。独学でありながら、見たものの形や表情を捉え、驚くほど忠実に描き写すことができるのだ。

もちろん、構図や遠近法、人体のバランスといった基礎はまだまだ勉強する必要がある。それでも、興味を持ったものを吸収する速さは侮れない。

何より、詩織には物語を考える力がある。

普段の妄想がそのまま作品になるかどうかは別として、頭の中で場面を組み立て、登場人物に役割を与え、展開を膨らませることには慣れているのだ。


「詩織の画力なら、ちゃんと基礎を勉強すれば十分に出展を目指せると思うぞ。構図や人体の描き方なんかは、三紀子に教わるといい。お前は興味があることなら上達も早いし、ストーリーを考えるのも向いてると思う」


「隆司くん……!」


詩織の瞳が、きらりと輝いた。


「つまり、私は未来の大作家になれる可能性があると!」


「可能性の話だ。今すぐ大作家になれるとは言ってない」


「よーし! 私、頑張る!」


「話を聞けって!」


詩織はすでに自分の世界の中へと。隆司の話は耳には届いていなかった。

その場で小さく跳びはねながら、次に描く作品の構想を口にし始めている。

すると、三紀子が微笑んだ。


「詩織ちゃん、私でよかったら教えるわよ。生徒会とゲーム同好会の活動が終わったあとなら、時間も作れるし」


「本当に!? ありがとう、三紀子ちゃん!」


「ただし、教えるからには厳しいわよ。まずは基本の線から。人物の骨格、手の描き方、背景、それから――」


「待って。手の描き方って、指を五本描けばいいんじゃないの?」


「詩織ちゃん?」


「はい、すみません。今の発言は忘れてください」


詩織は背筋を伸ばした。

あまりにも素直な返事に、隆司は思わず吹き出した。


「お前、よくそれで絵が上達してきたな……」


「愛と情熱で乗り切ってきました!」


「基礎も大事にしろ!」


いつもの調子でツッコミを入れながら、隆司はふと思いついた。


「だったら、同好会が終わってから三紀子の家に寄って、教えてもらえばいいんじゃないか? 資料もあるんだろ?」


「そうね。うちなら参考書も画集もあるし、落ち着いて勉強できると思うわ」


「やったああああっ! 三紀子ちゃんの部屋で個人レッスン!」


詩織は両手を握りしめ、歓喜の声を上げた。


「……その言い方だと、何か別のレッスンみたいに聞こえるんだが?」


「え? 絵のレッスンだよ?」


「分かってる。分かってるけど、お前の言い方が不安なんだよ!」


隆司が警戒するように目を細めると、三紀子はなぜか、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫よ、隆司くん。資料はたくさんあるから」


「……その資料の中に、俺を題材にした何かはないだろうな?」


「…………」


「おい。なぜ黙る」


「う~ん、秘密!」


「やっぱりあるんじゃねえか!」


隆司は思わず頭を抱えた。

いつか三紀子の部屋を調査しなければならない。そんな妙な使命感が芽生えた瞬間だった。

もっとも、何を調査するつもりなのか、自分でもよく分かっていなかったのだが。

そんな騒がしいやり取りを見ながら、杏子は小さく笑っていた。

文化祭が終わり、季節が移り変わっても、こうしてみんなで過ごす時間は変わらない。

それが、なんだか嬉しかった。

――ただし、本人がその気持ちを誰かに素直に伝えられるかどうかは、また別の話だった。

生徒会長の仕事は、文化祭が終わっても終わらない


「そういえば、隆司。文化祭が終わったからって、全部終わりだと思ってないでしょうね?」


杏子が、思い出したように隆司へ声をかけた。


「……何だ、その疑いの目は」


「生徒会の仕事よ。片づけが終わっても、まだやることが残ってるでしょう?」


「ああ、そのことか。もちろん把握してるよ。会計処理、決算報告書の作成、領収書の回収と精算。それから文化祭の反省会に、先生への報告書と次年度への引き継ぎ資料。全校アンケートも実施しないとな」


隆司は指を折りながら、淀みなく答えた。


「今日は朝のうちに、できるところまで進めるつもりだ。会計処理は美咲に頼めるか?」


「うん、おにいちゃん。任せて!」


美咲は元気よく頷いた。


「三紀子には会計の確認を手伝ってもらって、詩織にはアンケートの作成を頼みたい。杏子と俺は全体の確認とサポートだな」


「分かったわ。アンケートは広報の仕事とも関係するし、私が担当するね!」


詩織も胸を張る。


「ただし、アンケートの質問は真面目に考えろよ?」


「えー? もちろんだよ!」


「その返事、ものすごく不安なんだが……」


「隆司、心配しすぎよ。詩織ちゃんだって、生徒会の仕事くらいちゃんとできるわ」


杏子がたしなめる。


「そうだな。そこは信じてる」


隆司が頷くと、詩織は嬉しそうに笑った。

だが、隆司は知らなかった。

このあと、アンケート用紙そのものは見事な完成度を誇りながら、回収箱のデザインによって生徒会長の頭痛の種が一つ増えることを。

そして、文化祭が終わったということは、学校に持ち込まれた荷物を改めて確認する必要があるということでもあった。

校門の近くまで来たとき、隆司は生活指導の教師が立っているのに気づいた。


「……あれ? 先生が校門にいるぞ。まさか、抜き打ちの持ち物検査か?」


その瞬間。

三紀子と詩織の肩が、同時にびくりと跳ねた。

隆司は見逃さなかった。

ゆっくりと二人に視線を向ける。


「……お前ら」


「な、何かな、隆司くん?」


「どうして二人そろって、そんなに爽やかな笑顔なんだ?」


「秋の朝って気持ちいいね!」


「空気がおいしいわね!」


「話をそらすな。カバン、パンパンじゃねえか」


二人は顔を見合わせた。

その表情が、すべてを物語っていた。


「うっ……。よくご存じで……」


「助けて、隆司くん!」


「何を持ってきたんだ、お前らは!」


隆司はため息をついた。

本来なら、ここで教師に正直に申告させるべきだろう。だが、二人が持ち込んだものが何であれ、校門で騒ぎになれば面倒なことになる。

そもそも、今日は生徒会の仕事を朝のうちに進める予定なのだ。


「……仕方ない。俺が話してくる。蓮司、悪いけど一緒に来てくれ」


「分かったが……なんか毎度のパターンになってないか?」


蓮司は短く答えた。


隆司は二人を背後にかばうように前へ出た。


「おはようございます、先生。今日は持ち物検査ですか?」


「おはよう、秋月くん。その通りだ。文化祭が終わったばかりだからな。学校に不要なものを持ち込んでいる生徒がいないか、確認している」


教師の視線が、隆司の肩越しに三紀子のカバンへ向いた。

隆司はさりげなく立ち位置を変えた。


「実は、生徒会でも文化祭の精算や報告書の作成が残っていまして。一ノ瀬さんには会計関係の書類を手伝ってもらう予定なんです。今朝のうちに生徒会室へ資料を置いておきたくて」


「なるほど。生徒会の仕事か」


「はい。もちろん、検査が必要なら協力します。ただ、書類の準備だけ先に済ませられると助かります」


嘘はついていない。

生徒会の仕事があるのも、朝のうちに作業を進めたいのも事実だった。

教師が考え込んでいると、蓮司が一歩前に出た。


「先生、僕からも相談したいことがあります。少し込み入った話なので、ほかの生徒がいるところでは話しにくくて」


蓮司の表情はいつもどおり落ち着いていたが、その声には真剣さがあった。

教師もそれを感じ取ったらしい。


「分かった。君たちは先に生徒会室へ行きなさい。森崎くん、君は職員室まで来てくれ」


「ありがとうございます」


隆司は頭を下げ、みんなを促して校門を抜けた。

数歩進んだところで、三紀子と詩織がほっと息を吐く。


「助かったよぉ、隆司くん!」


「本当にありがとう、隆司くん!」


「……なぜ二人して、そんなに感謝する?」


「いやぁ、それはね……」


「カバンの中身を見られたら、いろいろと説明が必要になるからよ……」


「だから何を持ってきたんだよ!」


二人は目を合わせると、そろって視線をそらした。


「……秘密!」


「お前らなあああっ!」


隆司の声が、朝の通学路に響き渡った。

その背後では、蓮司が教師と一緒に歩きながら、いじめ問題について相談を始めていた。

以前から気にかけていた下級生の件だ。表面上は落ち着いているものの、再発を防ぐためには継続的な見守りが必要だった。

隆司たちも、文化祭の成功だけに浮かれてはいられない。

生徒会長として、守るべきものがある。

そして同時に、仲間たちと楽しむ時間も大切にしたい。

そんなことを考えながら、隆司は生徒会室へ向かった。

生徒会室に到着すると、まずは書類の準備から取りかかった。

美咲は会計関係の資料を机に広げ、領収書を日付ごとに整理していく。三紀子も数字の確認に加わり、普段の妄想癖が嘘のように、驚くほど手際よく作業を進めていた。

詩織はアンケートの質問項目を考えている。


「えっと……文化祭で一番楽しかった企画は何ですか、っと。次に、改善してほしい点はありますか……」


カタカタとキーボードを叩く音が響く。


「おっ、意外と真面目にやってるな」


「意外とって何さ! 私だってやるときはやるんだから!」


「その調子で最後まで頼むぞ」


隆司が笑って応じると、杏子が隣から書類を差し出した。


「隆司、こっちの支出記録も確認して。あと、決算報告書の様式を先生に提出する前にそろえておきたいから」


「了解。……おっと、これは備品購入の分か」


文化祭は楽しい思い出だけでできているわけではない。

使った予算を確認し、必要な報告をまとめ、次の行事へつなげる。こうした地道な仕事があってこそ、学校行事は成り立つのだ。

全員がそれぞれの役割をこなし、気づけば午前中の作業は予定以上に進んでいた。

予鈴が鳴る少し前、隆司は書類の束をそろえた。


「よし。午前中の分はこれで一区切りだな。残りは放課後に反省会をして、先生に提出すればいい」


「さすがね。こういう段取りだけは本当に抜かりないんだから」


「杏子、その『だけは』って何だ?」


「べーつにー?」


杏子は涼しい顔で答えた。


「お前、絶対に何か含みがあるだろ……」


隆司が疑いの目を向けると、杏子は小さく笑って席を立った。


「それより、お昼にしましょう。今日はみんなに食べてもらいたいものがあるの」


「食べてもらいたいもの?」


隆司が首をかしげた、そのときだった。

杏子が自分のバッグから、包みを取り出した。

丁寧に結ばれた布をほどくと、中から現れたのは、きれいな弁当箱だった。


「……え?」


思わず声を漏らしたのは、美咲だった。

杏子は一瞬だけためらい、それから隆司のほうを向いた。


「その……隆司。これ、あなたのお弁当」


「俺の?」


「うん。いつもパンばかり買っているでしょう? たまには、ちゃんとしたものを食べたほうがいいと思って」


言い終えた杏子の頬が、ほんのりと赤くなった。


「一人分も二人分も、作る手間はそんなに変わらないし……。だから、その……迷惑じゃなければ、食べてほしいなって」


普段の杏子なら、もっと堂々と言えたはずだった。

料理を作ることは好きだし、人に食べてもらうことも嬉しい。これまでも、みんなに手作りのお菓子を振る舞ってきた。

なのに、今だけは違った。

弁当箱を差し出す手に、ほんの少し力が入る。

受け取る隆司の顔を、まともに見られなかった。


「……ありがとう、杏子。これは嬉しいな」


隆司は何の気負いもなく、弁当箱を受け取った。

その何気ない一言が、杏子の胸を不意に揺らした。

嬉しい。

ただそれだけの言葉なのに、まるで自分の気持ちを見透かされたような気がした。


「べ、別に大したものじゃないわよ。いつものおかずだし……」


「いやいや、手作りってだけでありがたいよ。じゃあ、さっそくいただきます!」


隆司が弁当箱を開ける。

そこには、ほんのり甘い卵焼き、アスパラとニンジンのベーコン巻き、ミニハンバーグ、肉じゃが、彩りのよいサラダ。それに、かやくご飯まで詰められていた。

別の小さな容器には、レモンの香りがするドレッシングが添えられている。


「おお……。すごいな、これ」


「そ、そう?」


杏子がちらりと顔を上げた。

隆司はまず、卵焼きを口に運んだ。

ふわりとした食感に、ほどよい甘さが広がる。


「……うん。めちゃくちゃ美味い!」


その瞬間、杏子の心臓が跳ねた。


「えっ……?」


「この卵焼き、甘さがちょうどいいな。肉じゃがも味がしっかり染みてるし、ベーコン巻きも美味い。これ、作るのに時間かかったんじゃないか?」


「そ、そんなことないわよ! 朝は早起きだし、お花に水をあげてから作っただけだから!」


「それでも、こんなに種類を用意するのは大変だろ。ありがとう。すごく美味しいよ」


隆司は本当に感心していた。

杏子の料理が美味しいことは知っている。普段のお菓子も、コーヒーも、いつも手が込んでいる。

だが、こうして自分のために作ってくれた弁当を食べると、また違ったありがたさがあった。

その言葉を聞いた杏子は、俯いたまま小さく笑った。


「……どういたしまして」


耳まで赤くなっている。

美咲はそれを見逃さなかった。

兄が誰かの手料理を嬉しそうに食べている。それ自体は微笑ましい光景だ。

けれど、杏子が隆司を見つめる目には、普段の優しさとは違う何かがある。

美咲は、それを知っていた。

杏子が隆司を好きなのだということを。

そして、自分がその二人を見ていると、胸の奥に小さな引っかかりを覚えることも。


「……おにいちゃん、よかったね」


言葉は少し詰まったが、美咲は笑顔で言った。


「ああ。美咲も食べるか? 杏子の料理、本当に美味いぞ」


「うん。でも、私は自分のお弁当があるから大丈夫」


そう答えながら、美咲は自分の弁当箱を開いた。

今日は自分も、兄のために何か作ってくればよかっただろうか。

そんな考えが頭をよぎり、すぐに首を横に振る。

別に、競争することではない。

杏子が兄を大切に思っているのなら、それは素敵なことだ。

それなのに、なぜか胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。

向かい側では、三紀子と詩織が顔を寄せ合っていた。


「詩織ちゃん、見た?」


「見た。今の『すごく美味しいよ』は破壊力が高すぎる……!」


「しかも、杏子ちゃんのために用意された弁当じゃなくて、杏子ちゃんが隆司くんのために作ったお弁当……。この一方通行に見えて実は両想いかもしれない距離感……!」


「待って、三紀子ちゃん。今の杏子ちゃんの頬の赤み、絶対に描写するべきだよ。これは資料として――」


「お前ら、聞こえてるぞ」


隆司が箸を止めた。

二人の肩が跳ねる。


「な、何のことかな?」


「私たちはただ、料理の素晴らしさについて語っていただけよ!」


「だったら、なんでパソコンに何か入力してるんだ?」


「記録!」


「何の記録だ!」


隆司は二人をじっと見つめた。


「……まさか、俺と杏子の昼食風景を勝手に何かの題材にしてないだろうな?」


「「…………」」


「沈黙するな!」


とうとう隆司は二人を正座させ、パソコンの画面を確認することになった。

画面には、なぜか『昼休みの甘い時間・第一稿』というファイル名が表示されていた。


「おい。これ、何だ?」


「ち、違うの! これは創作の練習であって!」


「現実を参考にしただけだよ!」


「その『だけ』が一番怖いんだよ!」


隆司が頭を抱える。

杏子は顔を赤くして目をそらし、美咲は口元を押さえて笑っていた。

蓮司はいつもどおり、少し離れた席で弁当を食べながら一言。


「……平和だな」


「どこがだよ!」


隆司のツッコミが、生徒会室に響き渡った。

こうして、文化祭後の最初の昼休みは、いつもの騒がしさとともに過ぎていった。


放課後。

文化祭の反省会と報告書の提出を済ませた隆司たちは、旧資料整理室へ向かった。

扉を開けると、文化祭前にみんなで整えた部屋が、きちんと保たれている。

中古パソコンが並ぶ机。壁際の棚。ホワイトボード。作業用の電源タップ。

以前は使われていなかった部屋が、今では四人の創作拠点になっていた。


「さて、と。文化祭も終わったことだし、そろそろ次に何を作るか決めようぜ」


隆司がホワイトボードの前に立った。


「前に作った弾幕系シューティングは、文化祭でも評判がよかった。だから、次はもう少し違うジャンルに挑戦してみたい」


「それなら、パズルゲームはどうかしら?」


杏子が提案した。


「ルールを分かりやすくすれば、プログラムも比較的まとめやすいと思う。ゲームとしての完成度も上げやすいし」


「いいな。俺も賛成だ」


隆司はホワイトボードに『パズルゲーム』と書いた。

すると、詩織が勢いよく手を挙げた。


「はい! ここで新企画を提案します!」


「……嫌な予感しかしないんだが」


「題して! 『運命の赤い糸をつなげ! 推しカップル成立パズル!』」


「却下」


「まだ説明してない!」


「そのラノベみたいに長いタイトルだけで十分伝わったわ!」


詩織は悔しそうに頬を膨らませた。


「じゃあ、恋愛要素を抜けばいいんでしょ? 同じ色のピースをつなげて消すんだけど、消したピースの組み合わせによってキャラクターの関係性が変化するの!」


「それ、恋愛要素を抜いてないだろ」


「ゲームシステムの話だよ!」


「説明の仕方を変えても中身が同じなんだよ!」


今度は三紀子が、机の上に一枚の紙を広げた。


「なら、こちらはどうかしら。プレイヤーが選んだ選択肢によって世界線が分岐し、特定の条件を満たすことで隠された真のエンディングに到達する……」


「三紀子、それはパズルゲームの企画か?」


「もちろんよ」


「紙に書いてあるの、『攻略対象』『好感度』『個別ルート』って文字ばかりなんだが?」


「ゲーム性を深めるための要素よ」


「ジャンルが変わってるだろ!」


隆司は紙を机に置き、深々とため息をついた。

しかし、二人の案をただ否定したいわけではなかった。

詩織には企画を膨らませる発想力がある。三紀子には設定を組み立て、複雑な条件を整理する力がある。

その能力を、今作ろうとしているゲームにどう生かすかが重要なのだ。


「二人とも、アイデアを出してくれるのはありがたい。けど、今回はちゃんと完成させることを優先しよう。文化祭で作ったシューティングゲームも、最初から大作を目指したわけじゃないだろ?」


隆司はホワイトボードに、必要な作業を一つずつ書き出した。

ゲームのルール。画面の設計。操作方法。得点計算。テストプレイ。


「まずは小さく作って、完成させる。それができたら、次の作品で新しいことに挑戦すればいい」


杏子も頷いた。


「私もその方針がいいと思うわ。プログラムの難易度を抑えられれば、動作確認に時間を使えるし、みんなの負担も減るもの」


「……なるほど。つまり、私たちの壮大な構想は、未来の作品に取っておけばいいのね」


三紀子が真剣に頷いた。


「そういうことだ」


「じゃあ、今の企画書は保存しておくわ。タイトルは『未実装の可能性を秘めた世界線構想・第一版』で」


「普通に『没案』って書いとけ!」


「没案だなんて! まだ実装されていないだけなのに!」


「その言い回しをやめろ!」


詩織が笑いながら、三紀子の企画書に小さく『いつか実現』と書き加えた。


「詩織、お前も余計なことをするな!」


そんな騒ぎを挟みながらも、話し合いは少しずつまとまっていった。

次回作は、ルールが分かりやすく、短い時間でも遊べるパズルゲーム。

三紀子は画面に表示するイラストや演出案を考え、詩織は企画の整理と広報用の紹介文を担当する。杏子はプログラムの設計、隆司は全体の制作進行とグラフィックを受け持つ。

四人が無理なく作業できる範囲から始める。

生徒会の仕事を最優先にしつつ、ゲーム同好会は週に一度を目安に集まることになった。


「来年度、新入生が入ってきたときに、作品を見せられたらいいな」


隆司がそう言うと、杏子も柔らかく微笑んだ。


「そうね。今から無理をしても仕方ないし。少しずつ作っていきましょう」


「よし、決まりだな!」


隆司が手を叩いた。

ところが、詩織がホワイトボードの隅に、何やら小さな文字を書き始めた。


『ゲーム同好会・創作活動における精神的充足度向上計画』


「……詩織。今、何を書いた?」


「活動理念!」


「普通に『ゲームを完成させる』でいいだろ!」


「それじゃあ、夢がないじゃん!」


「夢はゲームの中で見ろ!」


三紀子が吹き出し、杏子もとうとう笑いをこらえきれなくなった。

旧資料整理室には、またしても四人の笑い声が響いた。

こうしてゲーム同好会は、壮大な構想をいくつも生み出しながらも、ひとまず現実的な一歩を踏み出すことになったのだった。


十二月、そしてクリスマスの計画

季節は、思っていた以上の速さで進んでいった。

きんもくせいの香りが消え、朝の空気は日に日に冷たくなっていく。制服の上にコートを羽織る生徒も増え、校庭の木々はすっかり冬支度を終えていた。

美咲と杏子の読者モデルの仕事も順調だった。

秋の撮影が終わった頃には、冬物の新作撮影の依頼も届いたらしい。以前なら隆司が何かと心配して付き添おうとしていたが、今では二人とも自分たちで現場へ行き、仕事をこなせるようになっている。

妹の成長は嬉しい。

それなのに、以前より自分の知らない時間が増えたことに、隆司はほんの少しだけ寂しさを感じていた。

もちろん、そんなことを口にするつもりはなかった。

美咲は美咲の世界を広げている。兄だからといって、その歩みを止めるわけにはいかない。

そう自分に言い聞かせながら、隆司はいつもの通学路を歩いていた。


「おはよう、みんな。今日も寒いな。そろそろ本格的に冬って感じだ」


「おはよう、隆司くん!」


三紀子、詩織がそれぞれ挨拶を返す。

少し遅れて杏子と蓮司も合流した。


「そういえば、今年のクリスマスパーティーはどうする?」


杏子の一言で、みんなの視線が集まった。


「そうだった。今年は三紀子と詩織も参加するんだよな」


「当然! 今年は去年以上に盛り上がること間違いなし!」


詩織が胸を張る。


「去年は隆司くんの部屋でやったんだっけ?」


「ああ。でも、さすがに六人で集まるには狭すぎるだろ」


去年は隆司の部屋で、ささやかなクリスマスパーティーを開いた。

それはそれで楽しかったのだが、三紀子と詩織が加わった今年は事情が違う。二人の声量と行動力を考えると、狭い部屋では何かが起きる前に家具が犠牲になりそうだった。


「カラオケボックスなんてどうかな?」


杏子が提案した。


「広いし、飲み物も頼める。食べ物を持ち込めるところなら、ケーキも食べられるでしょう?」


「いいな。俺もそれは考えてた。三紀子と詩織なら、どうせアニソンを歌いまくるだろうし」


「どうせって何よ!」


「歌うけどね!」


詩織は即答した。


「アニソンを歌わずして、クリスマスを祝う意味があるとでも?」


「いや、クリスマスとアニソンは別問題だろ!」


「甘いわね、隆司くん。作品への愛に季節は関係ないのよ!それにアニソンのクリスマスソングと言えば「と〇ドラ」に体育館で歌ったアレがあるでしょ!名曲よ名曲」


三紀子まで妙に力強く頷く。

その熱意だけは認めるが、隆司としては少し不安だった。

何しろ、二人が好きな作品の主題歌は、曲によっては驚くほど高音が続く。以前、詩織が自宅で練習していたときなど、隣の部屋にいた家族が何事かと飛び出してきたという話まで聞いた。


「……まあ、周りの客に迷惑をかけない範囲で頼むぞ」


「任せて!」


「その返事は信用できないんだよなあ……」


隆司は頭をかいた。

すると、美咲が楽しそうに手を挙げた。


「私もカラオケ楽しみ! みんなで歌うの、久しぶりだもんね」


「そうだな。美咲も歌うのか?」


「もちろん! おにいちゃんも歌ってよ?」


「俺はいいよ。聞く側で」


「えーっ! 去年もそう言って、結局一曲しか歌わなかったじゃん!」


「一曲歌っただけでも十分だろ!」


「今年は逃がさないからね!」


美咲が笑顔で宣言する。

隆司は、なぜか逃げ場のない戦いが始まったような気がした。

そんな中、杏子が少し考えてから口を開いた。


「それなら、ケーキは私が作っていくわ。去年より人数も増えるし、大きめのものを用意するね」


「えっ、杏子ちゃんの手作りケーキ!?」


詩織の目が輝いた。


「チョコレート? ショートケーキ? それともブッシュ・ド・ノエル?」


「希望があれば聞くわよ。みんなで食べるなら、ブッシュ・ド・ノエルもいいかなって思ってたけど」


「私はチョコレートがいいな!」


「私はブッシュ・ド・ノエルに一票!」


「待って、ショートケーキも捨てがたいわ……」


三紀子まで真剣に悩み始めた。

いつの間にか、クリスマスケーキ選考会が始まっている。


「……お前ら、ケーキ一つでそこまで本気になるなよ」


「隆司くん、甘いものを甘く見てはいけないわ!」


「詩織、お前は今、甘いものと甘くを上手く掛け合わせたつもりか?」


「うん!」


「満足そうに頷くな!」


結局、全員の意見を聞いた結果、ブッシュ・ド・ノエルに決まった。

杏子は、人数に合わせて大きめのものを作ると約束してくれた。

そして、もう一つ。


「せっかくだから、プレゼント交換もしない?」


杏子の提案に、美咲がぱっと顔を輝かせた。


「いいね! 誰のプレゼントが誰に当たるか分からないやつだよね!」


「そうそう。予算を決めて、それぞれ用意してくるの」


「面白そうだな。じゃあ、千円から二千円くらいでどうだ?」


隆司が提案すると、みんなも賛成した。

ただし、隆司は三紀子と詩織を指さし、念を押すことを忘れなかった。


「そこの二人! 絶対に変なものを買ってくるなよ! 誰の手に渡るか分からないんだからな!」


「失礼ね! 私たちだって、まともなプレゼントくらい選べるわよ!」


「そうそう! 人の心を温める、感動的な贈り物を用意するから!」


「……なぜだろう。今の発言で、ますます不安になった」


蓮司が静かに呟いた。


「蓮司、お前もそう思うか……」


隆司は親友の肩に手を置いた。

蓮司は無言で頷いた。

その日のうちに、隆司はカラオケボックスの予約を済ませた。

クリスマス当日は、六人で集合することになった。

冬コミの準備も進めなければならないし、学校では実力テストも控えている。やることは山ほどある。

それでも、今年のクリスマスが特別な一日になることを、隆司は楽しみにしていた。


――このときは、まだ。

その一日が、笑いと照れと、予想外の感情でいっぱいになるとは思ってもいなかった。

期末の試練と、冬コミへの道

クリスマスまでの数週間は、慌ただしく過ぎていった。

生徒会の仕事は文化祭の後処理を終え、ようやく通常の活動へ戻った。ゲーム同好会も週に一度、短い時間ながら活動を続けている。

一方で、冬コミに向けた原稿作業も本格化していた。

隆司は授業の合間に構想を練り、帰宅後は自宅のパソコンで作業を進める。三紀子は新刊の仕上げに加え、CG制作にも取り組んでいた。

そして詩織は、三紀子から絵の基礎を教わりながら、初めての自分の作品を形にしようとしていた。

ただし、三紀子の家での指導は、決して静かなものではなかった。


「詩織ちゃん、人物を描くときは、まず全体のバランスを考えるの。頭だけ大きく描いても、身体とつながらなければ不自然になるでしょう?」


「なるほど……! つまり、頭部と胴体の比率を制御することで、キャラクターの存在感を最大化するわけね!」


「うん、まあ、そういうことね」


「分かった! じゃあ、私の推しを十頭身にして、圧倒的な存在感を――」


「ちょっと待って。……どうして急に十頭身になるの?」


詩織は真剣な顔で鉛筆を走らせていた。

机の上には、スケッチブック、参考書、画集、そしてなぜか大量の付箋が並んでいる。


「この付箋は何?」


「キャラクターの特徴を整理したものだよ。髪型、目の形、表情の癖、服装、それから……」


詩織は一枚の付箋を見せた。


『雨の日に傘を差し出すとき、目を合わせないタイプ』


「……何の分類だ、これは」


「キャラクターの魅力!」


「そういう魅力もあるけど、まずは肩の位置を直そうか」


三紀子は笑いをこらえながら、詩織のスケッチブックに線を引いた。


「ここを少し下げて、腕の角度を調整するの。ほら、これだけでも自然に見えるでしょう?」


「うわっ、本当だ! なんで!? たった一本の線で、こんなに変わるの!?」


詩織は目を丸くした。


「絵ってすごい……! 私、今、世界の真理に触れた気がするわ!」


「大げさねぇ」


「いや、これは大げさじゃないよ! この技術を習得すれば、今まで描けなかった場面も描けるようになるんだよね!?」


「そうね。だから、基礎は大事なの」


詩織は勢いよく立ち上がった。


「三紀子ちゃん! 私、決めた!」


「何を?」


「この冬、私は絵の基礎を極める! そして次のコミケで、私の作品を世に送り出す!」


「いい目標ね。じゃあ、まずは手の練習をしましょうか」


「……手?」


「そう。結構重要なパーツなのよ。今日は手を百個描いてもらうわ」


「ひゃ、百個!?」


「左右で二百個でもいいけど?」


「すみませんでした! 百個でお願いします!」


その後、三紀子の部屋からは、詩織の悲鳴と笑い声が交互に聞こえてきた。

夕方、帰宅した隆司がメッセージで進捗を尋ねると、詩織から一枚の写真が送られてきた。

そこには、手のスケッチが大量に並んでいた。

ただし、最後の数枚には、なぜか指の間に小さなハートマークが描かれている。


『隆司くん! 手の練習をしていたら、手をつなぐ構図の尊さに気づいたよ!』


隆司はスマホを見つめ、静かに画面を閉じた。


「……成長してるのは間違いないんだが、方向性が独特すぎる」


その呟きは、誰にも聞かれることなく部屋に消えた。

そして、学校では実力テストの日が近づいていた。

六人の中で、もっとも危機感を抱いていたのは詩織である。

授業中はノートを取るよりも、創作のアイデアを書き留めることに夢中になりがち。興味のあることなら驚くほど集中できるが、苦手な科目となると、途端に集中力が行方不明になる。

テストの日程が発表された瞬間、詩織は固まった。


「……え?」


手元のプリントを、もう一度見る。


「……ええっ!?」


「詩織、どうした?」


隆司が尋ねると、詩織はゆっくりと顔を上げた。


「テスト……」


「ああ。実力テストだな」


「……私、何も分からないかもしれない」


「今さら!?」


詩織は杏子に駆け寄った。


「杏子ちゃん、助けてぇぇぇっ!」


「ちょ、ちょっと、詩織ちゃん! 廊下で抱きつかないで!」


「お願い! 私、このままだとクリスマスを迎える前に人生が終わる!」


「テストで人生は終わらないわよ!」


「でも、成績は終わるかもしれない!」


「それは……否定できないわね」


「杏子ちゃん!?」


結局、杏子が勉強を教えることになった。

放課後の生徒会室で、杏子は詩織のノートを開き、苦手な部分を一つずつ確認していく。


「まず、ここを理解しましょう。公式を丸暗記するだけじゃなくて、どうしてこの式になるのかを考えるの」


「うう……。数字が私に牙をむいている……」


「詩織ちゃん、数字は牙をむかないわ」


「でも、問題文が怖い!」


「問題文は逃げないから、落ち着いて読んで!」


その隣では、三紀子が真剣な顔で計算問題を解いていた。


「詩織ちゃん、ここは私も説明できるわ。分からないところがあったら聞いてね」


「ありがとう、三紀子ちゃん……! 二人とも、私の命の恩人だよ!」


「大げさよ」


杏子は苦笑した。

それでも、詩織は少しずつ問題を解けるようになっていった。

テスト当日。

詩織は答案用紙を前に、深呼吸した。

今まで教わった内容を思い出す。

問題文を読む。条件を整理する。分かるところから解く。

いつもの創作と同じだ。最初から完璧な作品ができるわけではない。できるところから積み重ねていくしかない。

詩織は鉛筆を握り直した。

その姿を見て、隆司は少しだけ笑った。

苦手なことから逃げずに向き合う。

それもまた、成長なのだろう。

テストが終わった日、詩織は答案を提出し、机に突っ伏した。


「終わった……。私の戦いは終わった……」


「まだ結果が出てないぞ」


「隆司くん、今は余韻に浸らせて!」


「はいはい」


杏子がそっと笑う。


「よく頑張ったわね、詩織ちゃん。結果がどうであれ、前より勉強したのは間違いないんだから」


「杏子ちゃん……!」


詩織は感動したように杏子の手を握った。


「ありがとう! 私、これからも頑張る!」


「うん。だから、次のテスト前に慌てないように、普段から少しずつ勉強しましょうね」


「……はい」


その返事だけは、少し小さかった。

こうして、クリスマスを迎えるための準備は、着々と進んでいった。

そして、聖夜のクリスマスパーティーが始まった!

十二月二十五日。

朝から空気は冷え込み、吐く息が白くなるほどだった。

街にはクリスマスソングが流れ、商店街の店先には赤や緑の飾りが並んでいる。駅前のイルミネーションも夜を待ちきれないように輝いていた。

そんなクリスマス当日。

隆司は予約していたカラオケボックスの前で、腕時計を確認した。


「……よし、予約時間までは余裕があるな」


プレゼントの入った紙袋を持ち直す。

今回、隆司が選んだのは、小さなガラスのペーパーウェイトだった。透明なガラスの中には、オレンジ色のチューリップを模した繊細な細工が閉じ込められている。

派手ではないが、光にかざすと花びらがきれいに輝く。

杏子が花を好きなことを思い出して選んだ品だった。

予算の範囲内で、実用性もあり、飾ってもきれいなものを探した結果である。


「……まあ、誰に当たっても困らないものを選んだつもりだけどな」


そう呟きながら、隆司は紙袋を見下ろした。

なぜか、杏子の手に渡ったらどうなるだろう、という想像が頭をよぎる。

すぐに首を振った。


「いやいや、プレゼント交換なんだから、誰に当たるかなんて分からないだろ」


そう。分からないのだ。

だからこそ、プレゼント交換なのである。

……と、自分に言い聞かせている時点で、少しばかり意識しているのかもしれなかった。


「おーい、隆司くーん!」


遠くから声がした。

振り向くと、三紀子と詩織が並んで歩いてくる。

二人とも冬らしい服装で、手にはそれぞれプレゼントの袋を持っていた。


「おはよう! いや、もうこんにちはかな? とにかく、メリークリスマス!」


「まだパーティー始まってないだろ」


「気持ちが先走ってるんだよ!」


詩織は胸を張った。

三紀子も、いつになく上機嫌だった。


「隆司くん、今日は覚悟しておいてね。私たち、歌いたい曲をたくさん用意してきたから」


「……何曲?」


「数えてない!」


「数えてから来い!」


隆司は早くも頭が痛くなった。


「安心して。ちゃんと曲の順番も考えてあるから」


「それは安心材料なのか?」


「もちろん。最初は明るい曲で場を温めて、次に懐かしの名曲、そして最後は――」


「最後は?」


三紀子は、意味深な笑みを浮かべた。


「参加者全員で歌える、伝説の合唱曲よ」


「……お前ら、何を企んでる?」


「何も?」


「その顔で言うな!」


やがて美咲と蓮司も到着した。


「お待たせ、おにいちゃん!」


「待たせたな、隆司」


「いや、まだ時間には余裕があるから大丈夫だ。美咲、寒くなかったか?」


「平気だよ。駅からここまで、みんなのことを考えてたらあっという間だったもん」


「みんなのこと?」


「うん! 今日、何が起きるのかなって」


美咲は楽しそうに笑った。

その笑顔を見て、隆司も自然と頬を緩めた。


「そうだな。せっかくのクリスマスだし、思いっきり楽しもうぜ」


「うん!」


これで五人。

残る一人は――。


「……あれ? 杏子は?」


いつもなら誰よりも早く来て、準備を始めていそうな杏子の姿がない。

隆司が時計を確認した、そのとき。


「ごめんなさい! 待たせちゃったわね!」


少し急いだ様子で、杏子が駆け寄ってきた。

冬らしいコートに、落ち着いた色合いのマフラー。手には大きなバッグを持っている。


「お、杏子。珍しいな。最後に来るなんて」


「ちょっと、準備に手間取っちゃって……」


杏子は息を整えながら、持っていたバッグを抱え直した。


「ケーキを崩さないように運ぶの、意外と大変なのよ?」


「なるほど。そういうことか」


隆司は納得した。

だが、杏子はもう一つ、少しだけ気にしていることがあった。

ケーキはもちろん、プレゼント交換の品も選んでいたのだ。

何を選べばいいのか、何日も悩んだ。

相手が誰になるか分からないから、誰に当たっても困らないものを選ぶべきだ。それは分かっている。

それでも、もし隆司に渡ったら。

そんな考えが浮かぶたび、杏子は自分の頬が熱くなるのを感じていた。


「……よし。全員そろったな。じゃあ、入ろうぜ!」


隆司の声を合図に、六人はカラオケボックスへ入った。

予約していた部屋は、クリスマスらしい装飾で彩られていた。

壁には赤と緑の飾りがあり、テーブルの端には小さなクリスマスツリー。窓際には、星形のライトが柔らかく光っている。


「わあ! いい感じ!」


美咲が目を輝かせた。


「思ったよりクリスマスらしいな。予約して正解だった」


隆司が満足そうに頷く。

みんなで荷物を置き、持ち寄った食べ物をテーブルに並べていく。

そして、杏子が慎重にバッグから取り出したのは――。


「お待たせ。これが今日のケーキよ」


大きなブッシュ・ド・ノエルだった。

チョコレートクリームで木の幹を表現し、表面にはフォークで細かな筋がつけられている。側面には小さなキノコを模した飾りと、粉砂糖で表現した雪。苺やチョコレートの飾りも添えられ、まるで小さな森のようだった。


「……すごい」


隆司は思わず感嘆の声を漏らした。


「これ、本当に杏子が一人で作ったのか?」


「そうよ。みんなで食べるんだから、少し頑張っちゃった」


「少しのレベルじゃないだろ、これ……」


詩織はケーキを見つめたまま、両手を合わせていた。


「杏子ちゃん……。これ、食べる前に写真を撮っていい?」


「もちろん。崩す前に、みんなで撮りましょう」


「いやあ、これは創作意欲が刺激されるね……!」


「詩織、ケーキを見てまで何かを描こうとするな」


「だって、こんなに完成度が高いんだよ! 構図も色彩も完璧!」


「食べ物を美術品みたいに語るな!」


三紀子もスマホを構え、さまざまな角度からケーキを撮影している。


「この断面を想像すると……」


「三紀子、何を想像してるんだ?」


「いえ、なんでもないわ」


「その間は何だ!」


またしても隆司のツッコミが飛ぶ。

全員が席に着くと、隆司はテーブルを見回した。

飲み物もそろい、ケーキも準備できた。プレゼントも、みんなの手元にある。


「それじゃあ、始めるか!」


隆司がグラスを持ち上げた。


「今年一年、いろいろあったけど、みんなでこうしてクリスマスを迎えられたことに感謝して――」


「長い!」


詩織が即座に叫んだ。


「早くケーキ食べたい!」


「お前なぁ! せっかく挨拶してるんだから、最後まで聞け!」


「だって、ケーキが私を呼んでるんだもん!」


「呼んでねえよ!」


美咲がくすくす笑い、杏子も肩を震わせた。

隆司は一度咳払いをして、仕切り直した。


「……とにかく! メリークリスマス!」


「「「メリークリスマス!」」」


六人の声が重なり、クラッカーが弾けた。

紙吹雪が舞い、クリスマスパーティーが始まった。

ケーキと歌と、止まらないオタク魂

まずは、杏子がケーキを切り分けた。

全員の皿に行き渡るよう、丁寧に大きさをそろえていく。


「はい、隆司。これでいい?」


「おう、ありがとう」


隆司はフォークを手に取り、ひと口食べた。

しっとりしたスポンジに、濃厚なチョコレートクリーム。甘さは控えめで、口の中にカカオの香りが広がる。


「……うまっ」


思わず声が漏れた。


「これ、本当に美味いな。甘すぎないし、クリームも軽い。飾りまで細かく作ってあるし……杏子、これ相当時間かかっただろ?」


「そ、そんなことないわよ」


杏子はフォークを持ったまま、目をそらした。


「少しずつ準備しただけだから……」


「いや、すごいよ。店で売っててもおかしくないくらいだ」


「……っ」


杏子の頬が、一気に赤くなった。

隆司はただ素直に感想を言っただけだった。

だが、杏子にとっては、その言葉が何より嬉しかった。

自分が時間をかけて作ったものを、隆司が喜んでくれる。

それだけで、今日の準備が報われたような気がした。


「……ありがとう、隆司」


小さな声で答えた杏子の顔を、隆司は不思議そうに見つめた。


「ん? どうした?」


「な、なんでもないわよ!」


杏子は慌ててケーキを口に運んだ。

その様子を、美咲は静かに見ていた。

杏子が嬉しそうなのは、自分も嬉しい。

でも、兄が誰かのために笑い、その相手が自分ではない瞬間を目にすると、胸の奥に小さな寂しさが生まれる。

美咲はフォークの先でケーキを少し切り分けた。

兄と一緒に過ごす時間は、これからも続いていく。

けれど、いつかは自分の知らない誰かと過ごす時間が増えていくのだろう。

そんな当たり前の未来が、今日は少しだけ近くに感じられた。


「美咲?」


隆司が声をかけた。


「どうした? ケーキ、口に合わなかったか?」


「ううん! すごく美味しいよ!」


美咲は慌てて笑顔を作った。


「杏子先輩、本当にすごいですね。こんなにきれいなケーキ、私には作れないです」


「そんなことないわよ、美咲ちゃん。慣れれば作れるようになるわ。今度、簡単なものから一緒に作ってみる?」


「本当ですか? ぜひお願いします!」


美咲の表情が明るくなる。

杏子も嬉しそうに頷いた。

そのやり取りを見ていた隆司は、ほっと胸をなで下ろした。

美咲が楽しそうなら、それでいい。

ただ、杏子と美咲が仲良くしている姿を見ていると、どこか不思議な気持ちにもなる。

自分にとって大切な二人が、こうして同じ場所で笑っている。

それは、何よりも幸せな光景のはずだった。


「……よし。じゃあ、次はカラオケだな!」


隆司がリモコンを手に取った。


「待ってました!」


詩織が勢いよく立ち上がる。


「まずは私から! クリスマスだからって、しっとりした曲ばかりじゃつまらないよね!」


「いや、まだケーキ食べ終わってないんだが……」


「食べながら聴けばいいじゃん!」


「喉に詰まらせるなよ!」


詩織は最初の曲を選択した。

流れ始めたのは、誰もが知る人気アニメのオープニング曲だった。

イントロが鳴った瞬間、詩織はマイクを握りしめた。


「いっくよーっ!」


見事な声量で歌い始める。

音程もリズムも、思った以上に安定していた。

普段は勉強が苦手で、何かと騒がしい詩織だが、好きな曲となると話は別らしい。

画面の歌詞を追いながら、全身でリズムを取っている。


「おお……。普通に上手いな」


隆司が感心した。


「でしょ? 詩織ちゃん、アニソンになると人が変わるんだから」


三紀子は当然のように頷いた。

そして曲が終わると、間髪入れずにマイクを受け取る。


「次は私! この曲は外せないわ!」


「おい、連続で入れるな!」


隆司の制止は間に合わなかった。

今度は三紀子が歌い始めた。

詩織とは違い、三紀子は歌詞の一節一節を大切に歌うタイプだった。高音も安定していて、サビでは自然と美咲まで口ずさみ始めた。

そして、曲が終わった瞬間。


「次! 次いくよ!」


詩織がリモコンを操作した。


「待て待て待て! お前ら、何曲歌うつもりだ!」


「今日はクリスマスだよ! 歌えるだけ歌わないと損でしょ!」


「損得の話じゃないだろ!」


結局、三紀子と詩織は交代でアニソンを入れ始めた。

懐かしい名曲から最新の主題歌まで、ジャンルも年代も関係ない。

さらに、二人は振り付けまで始めた。


「三紀子ちゃん、ここで回転!」


「分かったわ、詩織ちゃん!」


「待て! ここ、カラオケボックスだからな!? ライブ会場じゃないからな!?」


隆司の叫びは、盛り上がる二人の耳には届かなかった。

美咲は手拍子をし、杏子も笑いながらリズムを取っている。

蓮司は最初こそ静かに座っていたが、詩織にマイクを差し出されると、意外にも断らなかった。


「蓮司くんも歌ってよ!」


「……俺はいい」


「だめ! 全員参加がルール!」


「そんなルールはないだろ」


「今、制定した!」


「勝手に制定するな!」


詩織は強引にマイクを渡した。

蓮司はしばらく画面を見つめ、やがて一曲を選んだ。

流れ始めたのは、時代劇アニメの主題歌だった。

その瞬間、隆司は思わず吹き出した。


「お前、それを選ぶのかよ!」


「好きだからな」


蓮司は淡々と答え、歌い始めた。

予想に反して、声は落ち着いていて、妙に曲に合っている。

三紀子と詩織は、歌い終わった蓮司を見て顔を見合わせた。


「……詩織ちゃん」


「うん。これは新しい発見だね」


「何の発見だ?」


蓮司が尋ねる。

三紀子は真剣な顔で答えた。


「蓮司くん、普段は静かなのに、歌になると意外な一面があるのね」


「そうか?」


「ええ。これは記録しておく価値があるわ」


「……何に?」


「何でもないわ」


「三紀子、お前、絶対に何か企んでるだろ」


隆司が鋭く指摘した。

三紀子は、にっこり笑ってマイクを置いた。


「気のせいよ、隆司くん」


「その笑顔が一番信用できないんだよ!」


笑い声が部屋中に広がった。

その後も歌は続き、気づけば美咲もマイクを握っていた。


「次は私! おにいちゃん、一緒に歌おうよ!」


「えっ、俺も?」


「うん! 約束したでしょ?」


「そんな約束した覚えは……」


「去年も逃げたんだから、今年は逃がさないよ!」


美咲は笑顔でマイクを差し出した。

その笑顔に、隆司は抵抗できなかった。


「……分かったよ。一曲だけだからな」


「やった!」


兄妹で歌うことになったのは、誰もが知っている懐かしいアニメの曲だった。

美咲は楽しそうに歌い、隆司も最初は照れながら、次第に声を合わせていく。

兄妹で過ごしてきた時間を思わせるような、どこか懐かしい曲だった。

歌い終わると、美咲は満足そうに笑った。


「やっぱり、おにいちゃんと歌うのって楽しいね!」


「……そうか?」


「うん!」


隆司も、つられて笑った。

杏子はその様子を見つめていた。

兄妹だからこそ、自然に共有できる思い出がある。

自分には知らない時間があり、自分には入れない距離がある。

それを羨ましいと思う気持ちが、まったくないわけではない。

それでも、美咲が隆司を大切に思っていることは知っている。

そして隆司も、美咲を何より大切にしている。

だからこそ、自分はその二人を見ているだけではなく、自分自身の気持ちにも向き合わなければならない。

杏子はそっと息を吐き、グラスを手に取った。

そのとき、隆司と目が合った。


「杏子、次は歌わないのか?」


「えっ?」


「いや、いつもみんなのことを気にしてるからさ。杏子も楽しんでるのかなと思って」


何気ない言葉だった。

けれど、杏子には、その一言が嬉しかった。

自分のことも、ちゃんと見てくれている。


「……そうね。じゃあ、次は私も一曲歌おうかな」


「おう、楽しみにしてる」


隆司が笑った。

杏子は少しだけ頬を赤らめ、リモコンを受け取った。

その歌声は、普段の落ち着いた雰囲気に似合う、優しい曲だった。

派手さはない。

けれど、一つひとつの言葉が丁寧で、聴いていると不思議と心が落ち着く。

歌い終わったとき、隆司は自然と拍手していた。


「いい曲だな。杏子の声にも合ってる」


「……ありがとう」


杏子は小さく笑った。

今日だけで、何度頬を赤くしただろう。

自分でも分からなくなるほどだった。

それでも、今はそれでよかった。

好きな人と同じ場所で笑い、同じ時間を過ごせている。

その幸せを、今は大切にしたかった。


プレゼント交換――聖夜に届いた、思いがけない贈り物

歌って、笑って、食べて。

気づけば、予約した時間の半分以上が過ぎていた。

テーブルの上には空になった紙皿や飲み物のグラスが並び、部屋の中はすっかり賑やかな空気に包まれている。


「いやぁ、歌った歌った!」


詩織は満足そうにソファへ倒れ込んだ。


「今年のクリスマス、もう悔いはない!」


「まだプレゼント交換が残ってるでしょう?」


三紀子が笑いながら指摘する。


「そうだった! ここからが本番だった!」


「お前、さっきから本番が何回あるんだよ……」


隆司は呆れながらも、テーブルの中央にプレゼントを集めた。

六人がそれぞれ用意した贈り物。どれも包装されていて、中身は分からない。


「じゃあ、ルールを確認するぞ。プレゼントを円になるように回して、音楽が止まったときに手元にあるものが自分のプレゼント。自分で買ったものが戻ってきたら、もう一度やり直しだ」


「了解!」


美咲が元気よく返事をした。


「音楽係は誰にする?」


「俺がやるよ。途中で止めるタイミングを見ておく」


「隆司くん、ずるして自分のプレゼントを杏子ちゃんに渡したりしないでよ?」


詩織がにやりと笑った。


「するか! そもそも、誰が誰のプレゼントを持ってるか分からないだろ!」


「そうかなぁ?」


「詩織、余計なことを言うな!」


隆司はリモコンを握り直した。

全員が円になるように座り、プレゼントを受け取る準備をする。


「それじゃあ、始めるぞ!」


クリスマスソングが流れ始めた。

プレゼントが隣へ、さらに隣へと回っていく。

美咲は楽しそうに笑いながら受け取り、杏子は少し緊張した様子で手を伸ばした。

三紀子と詩織は、なぜか互いの手元をちらちらと確認している。


「……お前ら、普通に回せよ?」


「回してるわよ?」


「ちゃんと回してるよ!」


「だったら、なぜ二人で目配せしてるんだ……」


隆司が疑いの目を向けた、その瞬間。

詩織が急に立ち上がった。


「はいっ! ここで一つ、プレゼント交換を盛り上げるための演出を――」


「いらん!」


「まだ何も言ってない!」


「お前の場合、言う前に止めるのが正解なんだよ!」


笑いが起きる。

音楽はそのまま流れ続け、プレゼントが次々に回っていった。

やがて隆司が、タイミングを見計らって再生を止めた。

音楽が途切れる。


「はい、ストップ!」


全員の手が止まった。

隆司は自分の手元を確認する。

そこにあったのは、落ち着いた色の包装紙に、銀色のリボンを結んだ小さな箱だった。


「……お、これか」


美咲は明るい赤色の袋を持っている。

蓮司の手元には、深い青色の箱。

三紀子は白い袋、詩織は星柄の包装紙。

そして――。


「……あ」


杏子の手元には、透明な小窓から中身が少しだけ見える、小さな紙箱があった。

隆司はその箱を見た瞬間、目を見開いた。

見覚えがある。

自分が選んだ、オレンジ色のチューリップが入ったガラスのペーパーウェイト。

間違いない。

自分の買ったプレゼントだった。


「……俺が買ったやつか」


思わず、口から言葉が漏れた。

それは本当に何気ない一言だった。

だが、杏子はその言葉を聞いた途端、ぴたりと動きを止めた。


「え……?」


「いや、その箱。俺が選んだやつなんだよ。まさか杏子に当たるとはな」


隆司は少し驚いたように笑った。


「誰に当たってもいいように選んだつもりだったけど、杏子なら、ちょうどよかったかもしれないな」


その瞬間。

杏子の顔が、みるみる赤くなった。


「……っ!」


手元の箱を、そっと胸元に寄せる。


「そ、そうなんだ……。隆司が、選んだの……」


「ああ。花が好きだろ? だから、ちょっとそれっぽいものにしてみたんだ。気に入るといいけど」


隆司は、あくまで自然体だった。

特別な意味を込めたつもりはない。

少なくとも、口に出して説明できるほど、自分の気持ちを整理していたわけではなかった。

ただ、杏子のことを思い浮かべながら選んだのは事実だった。

花が好きで、毎朝、花壇の世話をしている。

コーヒーやお菓子を作るときも、相手が喜ぶ顔を想像して、細かなところまで気を配る。

そんな杏子なら、こういう小さな花の細工を気に入ってくれるかもしれない。

それだけのことだった。

けれど、杏子にとっては違った。

自分のために選んでくれた。

たくさんの品物の中から、自分の好きなものを思い出して、これが似合うかもしれないと考えてくれた。

そう思うと、胸の奥が熱くなった。


「……ありがとう、隆司」


杏子は小さく、けれどはっきりと言った。


「すごく嬉しい。大切にするね」


その笑顔を見た隆司は、なぜか少しだけ視線をそらした。


「……おう。気に入ってくれたならよかった」


自分でも理由は分からない。

ただ、杏子があまりにも嬉しそうだったから。

その顔を見ていると、妙に落ち着かなくなったのだ。

詩織は二人を見比べ、両手で口元を押さえていた。


「三紀子ちゃん……今の、聞いた?」


「聞いたわ……!」


「『花が好きだろ?』だよ……!」


「相手の好みを覚えていて、それを贈り物に反映する……!」


「しかも、杏子ちゃんの笑顔……!」


二人の目が、同時に輝いた。


「これは……!」


「待て。お前ら、何を言おうとしてる?」


隆司が先回りして睨みつける。

三紀子は咳払いを一つした。


「……素敵なプレゼント交換だったわね、という話よ?」


「その間は何だ!」


詩織は、とうとう我慢できなくなったらしい。


「いやあ、いいものを見せてもらった! 今日は来てよかった!」


「お前、最初から何を期待してたんだよ!」


「クリスマスの奇跡!」


「奇跡を勝手に期待するな!」


部屋中に笑い声が広がる。

杏子は恥ずかしそうに俯きながらも、手元の箱を何度も見つめていた。

その横顔を、美咲は静かに眺めていた。

兄が選んだ贈り物を、杏子が大切そうに抱えている。

杏子が嬉しいのは、きっと品物そのものだけではない。

兄が自分のことを考えて選んでくれた。

そのことが嬉しいのだ。

美咲には、それが分かった。

自分だって、同じように嬉しいから。

誕生日でも、何気ない日でも、兄が自分の好きなものを覚えていてくれたとき。

それだけで、心が温かくなる。

だからこそ、少しだけ胸が痛んだ。

これから先、兄が誰かのために贈り物を選ぶ機会は増えていくだろう。

その相手が杏子になる日も、いつか来るのかもしれない。

それは悪いことではない。

むしろ、兄が大切に思える人に出会えるなら、嬉しいはずだ。

なのに、自分の知らない兄の一面が、少しずつ増えていくような気がして。

美咲は、そっと自分のプレゼントを見つめた。


「美咲?」


隆司が声をかけた。


「どうした? 何か気になることでもあるのか?」


「ううん。何でもないよ、おにいちゃん」


美咲は顔を上げ、笑顔を作った。


「私も、早く開けてみたいなって思ってただけ!」


「そうか。じゃあ、みんなで開けてみようぜ」


隆司がそう言うと、全員が包装をほどき始めた。

美咲の袋には、かわいらしいデザインのハンドクリームと小さなハンドタオルが入っていた。冬らしい実用的な贈り物だ。


「わあ、かわいい! これ、使いやすそう!」


 美咲は嬉しそうに笑った。


蓮司の箱には、丈夫な水筒が入っていた。


「……実用的だな」


蓮司は短く呟き、満足そうに頷いた。


「蓮司くんらしいね!」


「そうか?」


「うん。これなら剣道の稽古にも使えるし!」


美咲が言うと、蓮司は少しだけ口元を緩めた。

一方、三紀子の袋からは、上品なデザインのブックカバーが出てきた。


「これはいいわね。読書にも使えるし、資料を持ち歩くときにも便利そう」


「三紀子ちゃん、よかったね!」


「ええ。大切に使うわ」


詩織の星柄の包みには、冬用のふわふわしたルームソックスが入っていた。


「うわあ! これ、すっごく温かそう!」


詩織はさっそく片方を手にはめようとした。


「……詩織。それ、靴下だぞ?」


「分かってるよ!」


「だったら、なぜ手にはめようとしてるんだ!」


「手も冷えるから!」


「その発想はなかった!」


詩織は笑いながら、きちんと靴下を履いた。

最後に、隆司が自分のプレゼントを開けた。

中から出てきたのは、落ち着いた色合いのマフラーだった。


「おっ、マフラーか。ちょうど欲しかったんだよな」


手触りもよく、普段の服装にも合わせやすそうだ。


「誰が選んだんだろうな。ありがたい」


隆司が感心していると、杏子がそっと視線を落とした。

それは、杏子が選んだものだった。

派手ではなく、普段使いできるもの。

隆司なら、こういう落ち着いた色合いを好むのではないか。

そう考えて選んだ品だった。

けれど、誰が買ったのかは言わなかった。

言えば、さっきのペーパーウェイトのことまで意識してしまいそうだったから。

隆司はマフラーを手に取り、首に当ててみた。


「どうだ? 似合うか?」


「……うん。似合ってると思う」


杏子は、ほんの少しだけ笑った。


「そうか。じゃあ、明日から使わせてもらおう」


その言葉に、杏子の胸がまた温かくなった。

プレゼント交換で、たまたま互いの気持ちが交差した。

それだけのことかもしれない。

それでも、今年のクリスマスが、杏子にとって忘れられない一日になったことは間違いなかった。


聖夜の帰り道、それぞれの胸に残ったもの

プレゼント交換が終わっても、パーティーはまだまだ続いた。

三紀子と詩織は、再びマイクを握り、最後の一曲を選び始めた。


「よし! 最後は二人で歌おう!」


「ええ。今日の締めくくりにふさわしい曲を選びましょう!」


「……頼むから、普通の曲にしてくれよ」


隆司の願いは、当然のように聞き入れられなかった。

流れ始めたのは、二人が大好きな作品の主題歌だった。

しかも、振り付けつきである。


「待て! なぜ二人で完璧に振り付けまで合わせられるんだ!?」


「愛よ!」


「練習の成果だよ!」


「どっちだよ!」


美咲は手拍子をし、杏子は笑いながらリズムを取った。

蓮司も、さすがにこの状況には苦笑している。

そして、歌い終わった二人は、満足げに頭を下げた。


「ありがとうございました!」


「本日の公演はこれにて終了です!」


「公演じゃねえよ! カラオケだよ!」


隆司のツッコミで、最後まで笑いが絶えなかった。

やがて予約時間が近づき、六人は部屋を片づけ始めた。

ゴミをまとめ、忘れ物がないか確認し、ケーキの箱や荷物を整理する。

杏子は、ペーパーウェイトの箱をバッグの中に丁寧にしまった。

何度も開けて見たくなる気持ちを、今はぐっとこらえる。

家に帰ったら、机の上に飾ろう。

窓辺に置けば、朝の光が差し込んで、きっときれいに輝くはずだ。

そう考えるだけで、頬が緩んでしまう。


「杏子、忘れ物ないか?」


隆司が声をかけた。


「えっ? あ、うん。大丈夫よ」


「ならよかった。今日はケーキまで作ってくれてありがとうな。本当に美味しかった」


「……どういたしまして」


杏子は笑顔で答えた。

たったそれだけの会話なのに、胸の奥が温かい。

隆司は何も気づいていないような顔で、みんなを促した。


「最後にみんなで「写真撮ろうぜ」


隆司が言うとみんなも大賛成でスマホをおいてタイマーをセットすると全員の記念写真が撮れた。


「プリントアウトして明日渡すよ」


みんなも凄く楽しんで満足そうだった。


「じゃあ、帰るか。今日は楽しかったな」


「うん! 最高だった!」


詩織が元気よく答えた。


「来年も絶対にやろうね!」


「その前に、今年の冬コミがあるだろ」


「もちろん! そっちも頑張るよ!」


三紀子も頷いた。


「冬コミが終わったら、またみんなで打ち上げをしましょう。今度はゲーム同好会の進捗報告も兼ねて」


「いいな。それまでにパズルゲームの基本部分を作っておくよ」


「私もプログラムを進めておくわ」


杏子も楽しそうに応じた。

六人は店を出て、駅へ向かって歩き始めた。

冬の夜は冷たい。

けれど、街のイルミネーションは温かく、通りには楽しそうな人々の声が響いている。

少し歩いたところで、それぞれの帰り道が分かれ始めた。


「じゃあ、みんな。また明日ね!」


美咲が手を振る。


「また明日!」


三紀子と詩織も手を振り返し、蓮司は短く頷いた。

杏子も笑顔で挨拶を交わすと、最後に隆司を見つめた。


「……隆司。今日はありがとう」


「ん? 何が?」


「パーティーの準備も、プレゼントも……。すごく楽しかったから」


杏子は少しだけ頬を赤らめた。


「……また、みんなでこういう時間を過ごせるといいね」


「ああ。来年もやろうぜ」


隆司は、いつもの笑顔で答えた。

その言葉に、杏子は嬉しそうに頷いた。


「うん。約束よ」


それぞれが帰路につく。

杏子は、バッグの中にしまった小さな箱を思い出していた。

隆司が選んでくれた、オレンジ色のチューリップ。

その贈り物が、どれほど嬉しかったか。

いつか、ちゃんと言葉にできる日が来るだろうか。

一方、隆司は美咲と並んで歩きながら、今日のことを思い返していた。

みんなで笑って、歌って、ケーキを食べて。

杏子も、三紀子も、詩織も、美咲も、蓮司も。

それぞれの笑顔が、心に残っている。

そして、首元に巻いたマフラーを、そっと指で確かめた。

誰が選んだのかは分からない。

それでも、自分のことを考えて選んでくれた人がいる。

そう思うと、不思議と心が温かくなった。


「おにいちゃん、今日楽しかったね!」


美咲が笑顔で言った。


「ああ。楽しかったな」


「来年も、みんなでできるといいね」


「そうだな。……でも、詩織と三紀子の歌は、もう少し曲数を減らしてほしいけどな」


「ふふっ。二人とも、本当に楽しそうだったもんね」


美咲は笑いながら、少しだけ歩調を緩めた。

そして、兄の横顔を見上げた。


「……おにいちゃん」


「ん?」


「これからも、ずっと一緒に楽しい思い出を作ろうね」


その言葉に、隆司は一瞬だけ足を止めた。

美咲の笑顔は、昔と変わらない。

けれど、少しずつ大人になっている。

自分の知らない世界を見つけ、新しい人たちと出会い、少しずつ自分の足で歩き始めている。

その成長が嬉しい。

同時に、いつか自分の手を離れていく未来を思うと、胸の奥がわずかに痛んだ。

それでも、兄としてできることは、ただ隣で見守ることだけではないだろうか。

美咲が自分の世界を広げていくことを、応援すること。

そして、自分自身もまた、誰かと新しい関係を築いていくこと。


「……ああ。これからも、みんなで思い出を作ろうな」


隆司は笑って答えた。

美咲は、ほっとしたように笑顔を返した。


「うん!」


二人の足音が、冬の夜道に重なる。

クリスマスのイルミネーションが、遠くで柔らかく輝いていた。

この夜、六人が持ち帰ったものは、プレゼントだけではなかった。

笑い合った時間。

誰かを思って選んだ贈り物。

そして、自分でもまだ言葉にできない、小さな気持ち。

それぞれの胸に残った温かな余韻は、やがて新しい年へとつながっていく。

――聖夜の大騒ぎは、こうして幕を閉じた。


けれど、彼らの物語は、まだ終わらない。

年の瀬には冬コミが待っている。

そして、その先には、新しい年が待っているのだから。

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