ご新規様ごあんなーい
結局その後、風の長と水の長は割と頻繁にうちに来ている。
ちなみに火の長は火山にいるらしく、迂闊に動くと火山の噴火だとか熱波だとかを引き起こす可能性が否定できないため、ライ直々にそういう対策をした上で呼び出すとかいうようなことでもないと動かないとのこと。それ動かないんじゃなくて動けないって言うんじゃない?
で、この2人。
あれほど敵意を向けてきたというのにどういうことかと言えば、やっぱりわたしの魔力が相当に美味しい……気持ちいい? のだそうで、ニーアだけがパワーアップを含めその恩恵に預かるのは狡い、という意味のわからない理由だった。
だけど、未だに彼らは頑ななまでにわたしに名乗らない。
力ある者はその名前で存在を縛られるということも聞いたし、わたしを人だというのであれば、それを嫌だと思うのもわからないではない。
だけど、ニーアは最初からわたしに名乗ってくれたし、ライだってそうだ。
ライなんて酷いよね。存在が存在だから『神様』って呼んでたのに、返ってきた言葉が『名前呼ばないと返事しないよ』だったんだから。
そんなわけで、いい加減腹を立てるのも面倒くさくなったわたしは、
「あんた達さ、来るんだったらいい加減に名乗りなよ。ニーアを狡いと言うのなら、名乗ることすらせずにわたしの魔力だけ掠め取ろうとするあんた達は卑怯者だ」
と最後通牒を叩きつけた。
気まずそうに目を逸らす2人に
「それでも教えないって言うなら別にいいよ。ニーアだけに直接注げばいいだけなんだから」
と、こちらもまた顔を背ける。
「オルハ様ったらいつの間にそんな技を?」
ん? いやいや、何を言ってるのかねニーアさん。
振り仰ぐと、視界の端っこにあの2人が引っかかる。なんか俯いてるけど、まだ意地を張るのかねぇ。
「だって地面に直接注げばいいだけじゃないか。畑も果樹園もスパイスの木も地面に植わってんだから」
「アーリア達には?」
「巣を作ってる木の周りの地面に直接注げばいいだろうし、そもそもうちの畑で蜜を採ってるんだから大丈夫だと思うけどね」
要は空中散布しなきゃいいんでしょうが。
こう『水遣りしてる』って感覚が楽しくて雨雲作って撒いてたんだから。
「まあ、確かに……」
ニーアとわたしの会話を聞きながら、どんどん顔色が悪くなっていく2人。
そちらには一切目を向けないわたしに、それでもまだ迷うらしい。
まあね、生まれてから今までライしか名前を知らなかっただろうしね。プライドとかもあるんだろうよ。
けど、そんなもん知るか。
わたしは確かに人間だけど、一方的に搾取されなきゃいけない理由はない。
困ったようにわたしと彼らを見比べるニーアには悪いけど、わたしにだって譲れない一線というものはあるのだ。
やがて、ふう、とため息をついたニーアは
「風の、水の」
と呼びかけた。
目線を上げた2人に、
「……実はあたくしには、あなた方の名が見えておりますの。ただ古き約定に則り呼ばないだけ。これがどういうことかわかりまして?」
と、告げた。
その言葉の意味は、わたしにはよくわからなかったけど、彼らには震えるほどの衝撃だったらしい。
……あ、待てよ。そうか。
今までは絶対的上位の存在であり主であるライしか名前を知らなかったんだろうし、そうだとすればライが教えたとかじゃないならニーアが知っているのはおかしい。わたしに教えないくらいなのに、そんなことをするはずがない。
なのに今、ニーアは彼らの名前を知っているというような言い方をした。
わたし達が呼んでいるから彼女の名前を知ったというだけの彼らとは根本的に違う。
つまりそれは、本来同格であるはずの地の長が、自分達より上位の存在になっているということだ。
「さて、そろそろいいかな」
「あ、ライ」
また跪く2人と礼を取るだけのニーア。
「ニーアはおるはの特異性を見抜き、初対面で自ら名を差し出した。であるが故に信頼され、惜しげもなくその力を分け与えられている。おるははとても礼節を重んじる民族の出であるからな」
「その当時は、まさか名前にそんな意味があるなんて思いもしなかったけど」
なにせ最上位であるはずのライがほいほい名乗ってたんだから。
「あたくしあの時、オルハ様が主の御名を口にされるのを聞いて、本当に驚きましたのよ」
「だろうね」
「でも、主の想い人であるならば、どの道将来的にあたくしの上に立つ方だと思いまして」
おいこら。
「流石に傍で見ていただけのことはあるな」
「お褒めいただき光栄ですわ」
そこ、主従でにこにこしてるんじゃない!
「あとライ? ひとつ訂正させてもらうけど、わたしは別にニーアに力を分け与えてるつもりなんかないよ? はなから好き勝手やってたら結果的にこうなってたってだけ」
「まぁ、オルハ様はそうですわね。おかげであたくし、姿をお見せするより先に力が増してしまいましたし」
「確かにほんと好き勝手してくれたよねー。でもせっかくかっこよく言ったのに、台無しじゃないか」
こらこら、台無しなのはどっちだ。そこで威厳を投げ捨てるんじゃない。
見ろ、風の長と水の長が呆気にとられてるじゃないか。
やがて、おずおずと口を開いたのは水の長。
「あの、本当に……?」
「それはどれに対しての質問かな? あんた方からすれば、ここにはこの世界の非常識が溢れてるらしいから、主語をはっきりさせてもらわないとこっちも答えようがないんだな」
「ええと、最初から最後まで全部……?」
そこであんたが首傾げてどうすんだ。
「そう言われてもねえ」
いや意地悪じゃなくて。本当に何答えていいのかわからんのだもん。
「では、精霊に頼まずに雨雲を作るのは?」
「わたしの魔力。精霊さんに頼むのは、畑の端まできちんと行き渡るように引っ張って行ってもらうことだね」
「毎日あんな魔力を注がれていたならば力が増して当然ですわね。では、地に直接注ぐというのは?」
「前にやったことがあるんだけどね。畑に種撒いて、それを育てるのに魔力で成長促進させてやるんだよ。早く使いたいものがある時には便利だよ。やりすぎると当然育ち過ぎるから注意が必要だけど。まあ、その応用。成長促進を願う代わりに適度に潤う程度に行き渡らせるよう願えばいい」
育ちすぎたのなんて、芋がいい例だよな……。
「なるほど……。地のにわたくし達の名が知られていることは?」
「それはわたしの預かり知るところじゃないね。ニーア?」
「本当ですわ。あたくしにはあなた方の名前が見えておりますもの」
「……ハッ、口ではなんとでも言えるわな」
黙っていた風の長が、吐き捨てる。
「風の!」
咎めるような声を上げる水の長。
それまで彼女と向き合っていたニーアは、わたしが見たこともない鋭い目をすると、風の長に向き直った。
「偽りを口にできぬと知っていて疑うというのならば、今ここで口にしましょうか。ねえ? エ……」
「わーーーっ?!」
おそらく本当に名を呼ぼうとしたのだろう。
そして少なくとも頭文字は合っている、と。
一瞬目を伏せた水の長は、きっちりとわたしに正対した。
「これまでの無礼をお許しくださいませ。わたくしはジオラ。主より水の精霊を束ねる存在として生み出されし者にございます」
地面に両膝をつき首を垂れた彼女は、まるで教会で懺悔する人のようだった。
なるほど。
割と陽気な性格のニーアとは違って、ちょっと堅いというか生真面目なのかもしれない。
だから名乗ることにもあれほどの葛藤というか躊躇いがあったんだろう。
「許すも許さないも、わたしはただの人間だからね。あんた達みたいな存在を罰するとかできるわけないし」
ニーアとライの、物言いたげな視線が横から突き刺さるけども。
目の前のジオラの目が点になっているような気もするけども。
間違ったことは言ってない。
長達を見ながら何事かを考えていたライが
「ついでに火の奴も呼び出してみちゃう?」
などと言い出した。威厳がどうのと言ってたのはどの口だ。
「主?」
「ライ?」
てかそんなお気軽に言うけどさ、その人……じゃないな、火の長さんって動けないんじゃなかったっけ。
「好き勝手動かれるとちょっと困るなってだけ。私がちゃんと準備すれば、むしろ喜んで来ると思うよ」
「へー……」
火山噴火とかが『ちょっと困る』範囲なのか、そうか……。
「そうですわね。火のはある意味主大好きですし」
「それってわたし居たらまずくない?」
ライ大好きなんだったら、自分の知らない間にその隣に見知らぬ人間が居るとか大丈夫なのか。
「大丈夫ですわ。火のは主のことならほとんどのことは受け入れます。好きというより崇拝に近いですわね」
ニーアの隣でジオラも頷いている。
「あ、わたくし少し離れておきます」
……火と水ってやっぱり相容れないものなのかね。
「いえ、性格的には問題ないのですけれども、その、お互いに力を削られると申しますか……」
「なるほど、なんかわかった。無理しなくていいよ」
そういうと、すすす、とニーアの影に隠れるように、3mほど下がった。
「じゃあ呼んでみるねー」
だから威厳よ。
ふっ、とライの瞳が黄金に色を変えた。
そのまま数分が経過して……
「主、お呼びか」
1つの影が舞い降りて、ライの前に跪く。
……ぱっと見、仁王像にしか見えなかったよ。
「ああ、今更だけど紹介しておこうと思って」
そう言うと、わたしを背中から抱え込むようにして火の長の前に押し出した。
うん、別に温度として熱いわけじゃないんだけど、なんか熱い気がする。
日本にいたあの熱い人みたいな感じ?
というか、彼も跪いてはいるけど、顔は伏せてない。あれ?
「この子はおるは。イアルの世界から私の世界にやってきた界渡りだ。私が大切にしている子でもある」
初めて聞いた『界渡り』という言葉に首を傾げていると、ジオラと風の長が目を丸くしているのが目に入った。なんだろ。
「なるほど。界渡りなのでしたら、少なくともこちらに慣れるまでは、あまり我らと接触しない方が宜しいでしょうな」
彼はうんうんと頷いてるけどさ……ニーア、かなり最初の方で突撃してきたんだけど。
じとりと横目で睨んでみたけど、しれっと受け流された。
で、そんなわたしをじっと見ていた火の長はというと、何を気負うでもなく、軽く身をかがめて目の高さを合わせてきた。
「お初にお目にかかる。我は火の長を任されているアジュラという。住処が住処である故、お会いすることは少ないと思われるが、よろしく頼む」
名前は仁王じゃなかったか。でも阿修羅と似てるよね……。
「……うん、火山を抑えてくれてるんだよね。ありがとう。大変だろうけど頑張って」
そう言うと、どこか厳しい顔が破顔した。
「それが我の存在意義である故、お気遣いは不要。なれど感謝する」
うん、なんかこの人ルチルをさらに厳しくした感じ。
また背筋を伸ばした彼……アジュラは、ぐるりと周囲を見回した。
「しかし主よ。この地は心地良いな」
「だろう? おるはの魔力が行き渡ってるからね。お陰でこの森に住む精霊達は元気だし力も強い」
「そのようで。地の長の格が上がるのも当然であろう」
「わかるんだ」
「わからぬはずがありますまい。我からすれば長ではなく長姫と呼んでも差し支え無いでありましょう」
その言葉にジオラがそっと俯き、風の長がぐっと何かを飲み込んだような仕草を見せた。
まあ、彼の言葉は身につまされるものではあるだろうね。
そういえば、1つ気になることがあるんだよね。
「ねぇライ」
「なに?」
「この世界での火山活動ってどうなってるの?」
「……ん?」
「あのね、地球ではね…………」
と火山の仕組みとかついでに温泉の話とかを簡単に説明する。
「…………という感じなんだ」
「なるほど。確かにこの世界でも核があって云々っていうのは一緒。でも、プレート移動とかそういうのは無いんだよね」
「じゃなんで噴火するの?」
「火の精霊達が遊ぶんだよねー」
「……はい?」
「硫黄とかそういう燃えやすいものって、火の精霊達のいいおもちゃになるんだ。でもね、たまにそれを外に投げようとする奴が居るわけ」
「それを止め、戒めるのが我の役割であるな」
「温泉についてはね。その火山の熱も抑えてばっかりじゃダメだから、うっかり燃えたりしないように、ジオラの力が強く働いている泉に流しているんだ。ここのお風呂に硫黄の匂いがするのは、成分も一緒に流れてるからだね」
ああ、さっきお互いに力を削るって言ってたっけ。相剋関係ってこっちでも有効なのね。
と、思いきや、それを聞いたジオラが、なぜか目を瞬かせた。
なんだ?
ま、それはいいとして、ええと……。
つまり、悪戯で人間の世界に悪影響を及ぼさないように見張ってるのがアジュラで、今みたいにライがそれを抑えることもできるのに任せっきり、ということでFA?
「……ブラックだ」
「え?」
「ライ、働け」
「え?!」
「職務怠慢」
「なんで?!」
「だって今みたいにライの力でだって抑えることはできるんでしょ? なのにアジュラに任せっきりだっていうんだから、職務怠慢じゃないか」
「ずっとそこにかかりきるわけにいかないんだけど……」
「それはそうだろうね。それにやっぱり、その場で見張るのが一番抑止力が強いのも確かだよ。特に子ども相手だとね。だけど、必要な時に呼び出すだけじゃなくて、週に1回とか月に1回とかちゃんとお休みさせてあげなって言ってるの。そんなに慕われてるくせに」
ちっさいわたしが、背も高く最上位の神様であるライを見上げながら説教するのを見て、ニーア以外が呆気に取られているのが気配で伝わる。
ちなみにニーアは笑いたいのを必死で堪えているっぽい。
当のアジュラはというと、本気でキョトンとしてる。
「この世界には特に問題らしい問題は無いって言ってたけどさ、それってこうやって身を粉にして働いてる人……人? まあそういう存在がいるからでしょ。前にも言ったよね。働かざるもの食うべからず。わたしは自分の仕事きちんとしない人は嫌いです」
「そんなっ! おるはぁぁぁっ」
情けなくわたしに縋りつくというか纏わりつくというか、そんなライを見てニーアを除く皆さまドン引きしております。
まあ神の威厳粉砕してるわな、自分で。
お読みいただきありがとうございます。
四大精霊の長がやっと揃いました。




