見えない絆
今回、少々暴力的な表現があります。
苦手な方は斜めに読み飛ばしてください。
投げ出される様に、どこかに落ちた。
「いったぁ……」
思わず呻いたわたしの頭上から、嫌な感じの含み笑いが投げかけられる。
「良いザマだな」
……どこかで聞いたことのある声。
顔を上げると、これまたどこかで見た気がする顔。
どこかで会ってる気はするんだけど……。
「俺みたいな小物は覚える気もないってか。ほんっと貴族って奴は傲慢だよなぁ」
ん? 私は貴族じゃないし、どこかでそんなことを言った覚えもない。あちこちで否定した覚えならあるけど。なんで貴族だなんて思われてるんだ?
見回すと、場所はどこかの路地裏っぽい。耳を澄ますと喧騒と言うか怒号が聞こえないわけではないからそう離れては無い? 叫んだら誰かに届くだろうか。ティンとか耳良いし。
すー、と息を吸い込んだ。
「おっと、妙なこと考えるなよ」
チキ、と小さな音を立てて、抜身の剣先が喉元に当てられる。
あんまり丁寧にお手入れされているようではないそれは、たぶん斬られたらめちゃくちゃ痛いやつ。
痛いのは嫌なので、きゅ、と唇を引き結ぶ。
ていうか本当にあんたは誰だ。
「へえ、まだバカにする余裕があるんだ。……お前みたいな小娘にバカにされたままじゃ、冒険者なんてやってられないんだよ」
「あ、」
思い出した。
ギルドで査定に文句言ってきた奴! マスターに瞬殺されてたけど。
「っと、早く行かねぇと。見つかっちまったら元も子もないしな」
「なに……っもが」
布切れを口の中に突っ込まれ、ひどい臭いに吐き気が込み上げた。えづいている間に後ろ手に手首を縛られる。
「んーんー、んーーー!」
「暴れんじゃねぇ。こっちは別にあんたに傷がつこうが構いやしないんだからな」
焦ってはいるのだろう、随分適当に縛られた気もするのに、意外にもちょっともがいた位では外れない。腐っても冒険者ってことか。
そのまま荷物の様に担がれ、その場から連れ去られてしまった。
拐かされた先は薄暗い部屋。埃っぽい臭いからして、スラム辺りの使われてない小屋か何かだと思われる。
なんて、呑気に観察していられたのはそこまでだった。
「お前なんか、どうせ大した実力もないくせに!」
怒鳴られると同時に放り投げるように肩から下ろされ、なんとか受け身は取ったものの、積み上がっていた木箱に強かに打ち付けられる。一瞬息が詰まった後に喉の奥から咳がこみ上げてきた。
崩れる木箱に巻き込まれない様に転がって身を起こそうとしたけれど
「ほら、認めろよ! どんなに魔力があったって、お前が強いわけじゃないって、周りに助けられてるだけだって、認めろよ!!」
蹴られそうになったのを、さらに転がって避けた。口に布が詰まっている息苦しさのせいか、咳の発作がどんどんひどくなる。
背を丸めて咳を堪えようとすると、ぐう、と喉が潰れたみたいな音が漏れた。
蹲るわたしは格好の標的になったのだろう。今度こそ蹴り飛ばされる。
弾みで布は吐き出せたし腕を縛っていた縄は解けたけれど、頑張ってくれていたフードもとうとう脱げてしまった。
「へえ、お前けっこう綺麗な顔してんじゃん。いい身体もしてるし、それで誑し込んでるってわけだ」
息が整わないまま咳の発作も治らなくて、返事もできない。ただぶんぶんと首を振る。そんなんじゃない。
「珍しい魔力持ちで、おまけに精霊使いだなんてな! 天は二物も三物も与えてるってことかよ」
あれ、待って。こいつ見魔? いやもう魅魔かな。魔力があるって確信してる? でもわたしは精霊使いじゃ無い。ある意味運命とかいうのかもしれない『何か』の狙い通りにはなったのかもだけど、それはわたしのことじゃない。
反論もせずに咳き込みながら必死で考えていると、いきなり胸倉を掴み上げられ、爪先が宙を掻く。
物理的に喉が詰まって、滲んだ生理的な涙でぼやける視界に、狂気に染まった瞳がやけにはっきりと見えた。
多分もう、何を言っても、わたしの言葉は届かない。
喉を締め上げられて、咳がとまらなくなっていく。つっかえたようになって、呼吸すらままならない。
そのせいだろう、魔力もうまく形にならなくて、いくら指を銃の形にしてもいつかのような魔力弾は出せなかった。
下手に集中しようとしたからか、ただの酸欠か、頭ががんがんと割れるように痛む。
男の腕にかけた手は悲しいくらい小さくて、僅かに力を緩めさせる事すらできない。
ああ、1人になったわたしはこんなにも無力だ。
いつも何気無く助けてくれる手に想いが募る。
助けて。
はく、と動いた口からは、でも、声にならない声が吐息に紛れて空に溶けるだけ。
誰か助けて。
ティン、ルチル、……ライ。
助けて。
「助、…て……ラ、ィ」
掠れきった微かな囁き声がこぼれた、その瞬間。
黄金の、真夏の太陽のような光が、直ぐ近くに炸裂した。
「ぎゃあああっ?!」
体が床に放り出される。
いつのまにか目を瞑っていたわたしでも眩しかったくらいだ。まともに見てしまったとしたら、彼は視界を焼かれてしまったのもしれない。
また激しい咳の発作に襲われる。
「やっと呼んでくれた!」
悲鳴のようなライの声が響いて、慣れた温もりに包まれた。
「なんでもっと早く呼ばなかった?! 声に出して呼んでくれさえすれば、直ぐに助けに来れたのに!」
抱き上げられて逃げ場も無いままいきなり怒られる。
そういや随分前にそんなこと言ってたっけ。すっかり忘れてた。いや覚えてたとして呼ぼうにも呼べなかったんだけどね。
「ご、め、……ゲホッ悪か……ゲホッゲホゲホ」
咳き込みすぎて、まともに言葉が紡げない。
喉をヒューヒュー言わせるわたしの顎を掴むと、ライは有無を言わせずに口を塞いできた。
「ん、ぐっ、ごほっ」
「苦しいだろうけど、頑張って飲んで。楽になるから」
知ってる。ライの神気ともいえるそれは、ほぼ万能薬だ。
だけど、今はまだあの男がすぐそこにいるわけで。
こんなことより先に逃げるなりなんなりした方が、とか思いつつもなんだか妙に安心しきってしまったわたしの意識は遠のきかけた。
のに。
「織葉さぁんっ!」
小屋の入り口を蹴破って、ティンが突っ込んできた。
そりゃ覚醒もしますよ。
「あ、ごめん」
「おっとすまん。邪魔したか」
「マ、スター……も?」
「こいついい脚してるなー! 追いかけるのちょっと大変だったぞ。で、犯人はこの馬鹿たれ、と。……とりあえず兄ちゃん達は嬢ちゃん連れて宿に戻っとけ」
「言われなくてもすぐに連れて帰るよ。こんな埃まみれじゃ治る発作も治らないし」
「悪いが明日またギルドには来てくれるか。事情聴取だ」
「わかり、ました」
気を抜くと咳き込みそうになるので、ゆっくりそれだけ言うと、身体の力を抜いてライに凭れかかる。疲れた。もう動きたくない。
ティンがさりげなくフードを被せ直してくれる。ああ、そうだね。外に出るならフードしなきゃダメだね……。
外に出ると、傾いた日差しに長く影が伸びていた。やたらと長く感じた1日なのに、まだ日も暮れてないなんて。
「織葉さん、苦しくない?」
「んー。ライに抑えてもらったから。かなり楽だよ。……助けてくれて、ありがとう」
ティンに答えつつ、まだ心配そうに覗き込んでくるライに向けて笑って見せる。
けど、どうも失敗したらしい。
眉間にシワを寄せたままの顔はどこか悲しそうで、
「助けるのなんて当たり前だよ。怖かったよね。もう泣いても良いんだよ」
抱っこされたまま労わるように言われて、頭が言葉を理解した瞬間、いきなり涙が溢れ出した。
確かに恐怖心がなかったわけじゃない。でも、泣きたいとかそんなこと思いもしなかったのに。
とんとんとあやすように、一定のリズムで背中を叩く手の温かさが心地良くて、涙が止まらない。
あの男が言った通りだ。
わたしには膨大な魔力があるけど、強いわけじゃない。見えないなりに使うのは上手いかもしれないけど、万能なんかじゃない。
いつだって護ってくれる腕があると理解したわたしは、きっと昔より弱くなった。
だけどそれは、悪い事でもない。たぶん。
「ふっ、く。うー、うーーーっ」
フードに隠れて、声を殺して、それでも溢れてくるものは堪えきれなくて。
抱きしめてくれるライの腕の中で、わたしは盛大に泣き続けた。
泣き疲れて、意識が落ちるまで。
お読みいただきありがとうございました。




