↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
街であれこれ。
PR
49/59

46

魔女の檻


今回、ちょっとだけ気持ち悪いモノがでてきます。

触手みたいなモノです。

苦手な方は薄目で流し見ていただきますようお願いいたします。

 農場主にしては若く見えたカルは、実際まだ27歳で、数年前にお父様から継いだばかりとのこと。今は、お父様や古くからいる使用人達に付いて、経営などを学んでいるところなのだとか。

 そのお父様にもお会いしたんだけど、反応がカルとそっくりで、親子だなぁ、と思ったし、皆から慕われているのは、わたし達と話をしているところに訪れる人の反応からも、よくわかる。

 坊ちゃんと呼ばれては、いい加減坊ちゃんはやめろと怒ってたけど、相手の方が、どこ吹く風で笑ってたからなぁ。子供時代を知る相手だと分が悪いか。

 ちなみにこちらはかなりの豪農で、ガラスの温室なんてものまであったんだよ。いやーびっくりした。

 でも、トロピカルフルーツを育てるというようなものではなく、雪害に弱いものを守ったり、作物の季節をずらしたりするためのものらしい。

 うっかりと『南国フルーツ』などと口にしてしまって、農場主ふたりの目がキラッと光った気がしたから、慌てて口を噤みましたが、時すでに遅し。それはなんだどういうものだ、と質問攻めにあい、しどろもどろに説明をすると、何やら燃えていらっしゃいました。この世界に存在するのであれば、そのうちトロピカルフルーツが食べられるようになったりしてね。

 温室内をいかに高温多湿に保てるかがミソだけど、あの熱意があれば、不可能ではない気がしてきた。

 恐ろしいことに、温室、もう一棟建てるとか言ってたし。


 口を滑らせた第2弾が品種改良で、その話をした時の食いつきが、また凄かったんだ。

 シリシャと違って圧を感じるわけではなかったんだけど、あれだ。シディルさんに、学校のこととか聞かれたときの感じ。瞳をキラキラさせて、矢継ぎ早に質問してくるところなんて、そのまんまだったよね。

 ……シリシャのあの圧は一体なんなんだろう。


 ここで、あまりにも帰ってこないふたりを訝しんでか、お母様が登場。

 立ち話で済ませる時間じゃないと叱りつつ、お昼ご飯に誘っていただいてしまった。

 言われてみれば、太陽は頭の上だ。『ご飯』と聞いて、お腹が小さく自己主張をしてしまって、大変恥ずかしゅうございました。

 話をしていてわかったんだけど、ここでは、人為的に掛け合わせて品種改良をするってことはなかったらしい。偶然の産物頼り。

 わたしも、農業は本業じゃないからあんまり詳しくはないんだけど、それでも良いからと頼み込まれ、聞き齧りの知識と理科の教科書の内容を掘り起こして伝えていく。お父様とカルが交互に質問してくるから、脳みそフル回転だったけど、飲み込みの速さは、さすが本職だなぁと思わざるを得なかった。

「はー、凄えな。でもこれで改良が上手くいく」

「遺伝形質が当たればね。性質の優劣や確率なんてものがあるから、確定ではないんだけど」

 なにしろ、メンデルさんのなんちゃらの法則、なんてものがあるからね。それも適度にぼかしつつ解説しましたとも。

「それでも株分けや接木でしかできなかったことを思えば」

「そうなのかな。よくわからないけど」

「本職じゃないっていうあんたが、どこでこんな知識を手に入れたのかは気になるがね」

「それはまあ、出身がかなり遠いところなので。ここまで流れてくるうちに、色々と」

「ふーん。まぁそういうことにしとくさ。人には色々あるしな」

 ええ、そういうことにしておいてくださいな。

 牛が手に入る算段もついたことだし、と農場を一旦お暇する。

 お昼ご飯はいただいてしまったけど、頭使ったから、何か甘いものが欲しい。

「ほら、我が言った通りになったであろう。織葉殿が農場へ行って、短時間で済むわけがないと」

「そうだねえ。僕も、時間はかかるだろうとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったよね」

 後ろでなんか言ってるけど、知らなーい。

 あ、忘れないうちにギルドにも行かなくちゃ。クエストの人達が帰ってくる前には行っておきたいけど、おやつ食べた後だと遅くなるかな。まぁ、滞在日数はまだあるんだから、急がなくてもいっか。

 市も、まだ行ってないところ回りたいし、祭りの時期だからか、店がちょいちょい変わってたりして、なかなか全部を見て回るのは難しい。

「そういえば、昨日のでお小遣いは大丈夫だった?」

「うん、大きな買い物するわけじゃなかったから、全然余裕。でも、牛さんがいくらなのか聞いてくるの忘れたね」

「あ。」

 うっかりだ。

 まぁ、シリシャのワンピースのこともあるし、時間があるようなら先に聞きに行ってもいいし、できなくても、余裕みておろしたらいいか。


 ところでマントってさ、微妙に足元見にくいよね。

 だからと言って、足元をおろそかにしていいと言うわけではないけど。農場があまりにも楽しかったから、と浮かれていたわけではない、と思いたいけど。

 小さな段差を見逃してしまっていたらしい。

 かくん、と膝が抜けて転びそうになったのを、ルチルが咄嗟に支えてはくれたんだけど。

  ぐきっ

 あ、なんか足首辺りからいやーな音が聞こえたような気がする。いや、でも気のせい。きっと気のせ……

「痛ぁいっ?!」

 いじゃなかった。

「織葉殿、足を?」

「うん、どうも捻っちゃったみた……わぁっ?!」

 だからライ、いきなり抱き上げるのやめてくださいってば。

「医師か薬師に診てもらおう」

「そうだね。すみませーん。お医者さんか薬師さんってどこか知りませんか?」

「怪我したのなら薬師の方が良いだろうけど、ごめんなさい、ここらは詳しくなくて」

「あ、いえいえお気になさらず」

 屋台の人でも他地域の人が多く、数人聞いて、ようやく地元の人に当たった。

 こんなに他地域の人が居るだなんて、本当に大きなお祭りなんだなぁ。


 というわけで、教えられた薬師さんの家に向かうんだけども……。

 抱えられたまま大通りを歩くのって、何気に恥ずかしい。いや周囲はね、お姫様抱っこを頑としてお断りした結果、子供抱っこされている状況に、何やらほのぼのしたものを見る目になってるけど、こちとらいい歳した大人なんですよ! いっそおんぶにしてもらった方がよかったかもしれない。ううう。

「諦めて大人しくしてて。結構人目があるだけに、いつもみたいに治しちゃうわけにはいかないんだから」

 はぁい。歩くのが辛いくらいには痛いので、大人しくします。

 さっきから、ライのご機嫌が微妙に斜めなんだよね。抱っこで少しでも直るならお安いもの……いや、お安くはない、かも。主にわたしの精神力的に。

 薬師さんのお宅に到着して靴を脱いでみたら、足首がなくなるくらい、見事に腫れていた。そりゃ痛いわけだ。

 布に緑のペーストを塗ったものを、ぺたりと足首に貼られ、添木のようなものを当ててから包帯でしっかりと固定される。

「またひどく捻ったもんだね。しばらく固定して安静に。貼り薬はこれ、飲み薬はいるかい?」

「お願いします」

「え、おるは?」

 ライ、とりあえずの手当てだけして宿で治すつもりだったかな。けど

「結構痛みがあるので、今飲んでも良いですか」

 この世界の薬にも興味があるし、何より本当にかなり痛いのだ。

「お腹が痛くなる人もいるから、空腹の時はやめた方が良いんだけど」

 あ、そこら辺はやっぱり変わらないんだ。

「少し前に食べたところですし、大丈夫じゃないかと……」

「どれくらい前?」

「1刻も経ってないと思います」

「それなら良いよ。貼り薬は、10日分くらいはあると思うから、勿体ないとか言わずに毎日張り替えること。飲み薬は5回分出しておくよ。痛みが酷くなってきたら飲んで」

「わかりました。ありがとうございます」

 薬をもらって、1回分を飲んでから、薬師さんのお宅を後にする。


 で、おやつにしようというところで一悶着。

 わたしを抱えたまま、屋台を回ろうというのだな、ライが。

 けど、ちゃんと手当てもしてもらったことだし、これ以上抱っこで移動はごめんだ。断固として断る。

「でも、安静に、って薬師も言ってただろう」

「じゃあ、あそこに座って待ってます。それなら良いでしょ?」

 テントの間に設置されてるベンチを指差し、そう譲歩すると、しばらく悩んでようやく頷いた。

 そっと座らされ、

「大人しく待っててね」

「すぐに戻るからねー」

 そう言いながら散っていくみんなに手を振って、足をぷらぷらさせてみる。

 しっかり固定してもらったおかげで、あれだけひどく捻った割には動かしやすい。靴が編み上げだからっていうのもあるかな。

 大人しく座って待っていると、なぜか周りの屋台の人達が、代わるがわる話しかけてくる。

 嫌な感じはしないんだけど、なにやら子供扱いされている気はする。いやまぁ別れ際の遣り取りを見てたとしたらわからなくもない……か?

 構ってくれたお礼に、というほどのものではないけれど、飲み物とおやつにもなりそうなドライフルーツを買って、1つ齧ってみた。

 イチジクに似た、ぷちぷちの食感が楽しい。親指の爪くらいの大きさだから、ヤマイチジクみたいな感じかな。イーグというらしい。おかみさんがあれこれ見せてくれるもんだから、ついつい干した(キーニャ)も一盛買ってしまった。こちらは純粋に甘くて美味しい。

 果物の長期保存は、基本的にドライフルーツらしく、色々な種類がある。アルフェみたいに、お酒や果実水になるものもあるみたいだけどね。ジャムにしても美味しかったけど、砂糖がややお高いこの世界では、あまり一般的ではなく、むしろ高級品になる模様。

 今更ながら、シリシャのところで出したパウンドケーキ、もしかして超高級品になるんじゃないだろうか。


 そんなことを考えながらのんびり座っていると、不意に、周囲が騒ついた気がした。脳裏で、何かが警鐘を鳴らす。

 ただ、見回してみても、特に騒ぎが起きている風ではない。周りの屋台の人達も普通にしてる。でも確かに騒ついているようなこの感覚は、もしかして精霊達が騒いでいる?

 鳴り続ける警鐘に嫌な予感しかなくて、少し場所を移動しようと立ち上がった、その瞬間。

 フォン、と空気が振動した。

 と同時に、まるで檻の様に、黒っぽい紫を帯びた光がベンチを囲む様に立ち昇る。地面にも、同色の光が、複雑な模様を含んだ円を描き始めていた。

 これは……、もしや魔法陣という奴では?

 ユーディの言葉が脳裏に蘇る。

『魔女とは、精霊に頼らず、魔法陣や符を用いて、精霊魔法と同じような結果を得る者を言います』

 という事は、これは魔女の仕業? なんでわたし? ってこの魔力がどこからかバレたのか。

 ギルドや門番さんのところから漏れたなんてことはないはず。でもじゃあどうして。

 ああでも、門番さんに言われたっけ。『この街にも魅魔がいる』から、気をつけろって。


 異変に気付いたのだろう、周辺が一気に騒がしくなる。今度は肉声を伴った騒ぎだ。

 ということは、やっぱりさっきのは精霊達が騒いでいたのだろう。

「誰か、隊長とギルドマスター呼んでこい!」

「兄ちゃん達まだ帰ってこないのか?!」

「お嬢ちゃん、それ抜けれないの?!」

 抜けるも何も、拒否反応とでも言うべきか、とにかく触りたくない、という感情が優先されて、体が硬直する。カタカタと震え出した体を、ぐっと自分自身で抱きしめた。

 ──落ち着け、怯えるな。

 地面が波打った気がして、慌ててベンチに乗り上げる。お行儀悪いけど非常事態だから許してね。

「織葉さんっ!」

 ティンの声が響いて、真っ直ぐに駆けてくるのが見えた。かなり後ろの方にルチルとライの姿も見える。

 勢いそのままに、闇色の檻に突っ込んで来たティンが、バヂッと嫌な音を立てて弾かれる。

「っつ……!」

 何かの焦げた臭いがして、もんどりうって転がったところに、乳白の髪が一房散った。

「ティン、無茶しないで!」

「そんなわけにいかないでしょ!」

 その声に反応したかの様に、ぐにゃりと地面が歪む。

 無数の触手のような物が、ざわりざわりと次々生えてきて、全身が総毛立った。周囲から悲鳴が上がる。

 黒っぽいそれが一斉に向かってきて、とうとう、さすがのわたしもパニックに陥ってしまった。

「やーっ! 来ないで、嫌! さわらないで!!!」

 反射的に放ってしまった魔力で、いくつかは弾けたようだけれど、無数ともいえる数には敵わない。

「離して! 嫌ぁぁっ!!」

 絡みつかれて、歪み波打つ地面に落とされ、黒紫の複雑な紋様が浮かぶそこに、ずぶりと体が沈み始める。

「おるは!」

 ライが魔法陣に手をかけるけれど、バヂバヂッと凄まじい音と共に黒銀色の光が飛び散って、焦げ臭さが広がった。

「ライ、手が……!」

「そんなのどうでも良いから!」

 どんなにもがいても却ってスピードが上がるくらいで、どんどん魔法陣に飲み込まれていく体。どこかに捕まろうにも、腕の届く範囲の地面は全部ぐずぐずだし、唯一の頼みの綱だったベンチは、触手が触れた端から、ぼろぼろに崩れてしまっていた。

 焦りの色を濃くしたライの、褐色に擬態していた瞳が、黄金に色を変え始める。

「駄目!」

 バレたら大変なことになってしまうのに

「おるはより大事なものなんてない!」

 なんて叫びと共に、とうとう力を解き放ってしまった。

 バチン、と檻が解けた、のは見えた。

 けれど。

 ライの指が私に触れようかという、その、刹那。

 わたしは、完全に地面に飲まれてしまった。

「おるは、……織葉!」

 飲み込まれる寸前、わたしへと必死に手を伸ばすライの顔が、やけにはっきり見えた。

 と同時に

「あ、ははっ! やった、やったぞ! 俺にだって使えた。俺は出来損ないなんかじゃない、俺だってやればできるんだ!!」

 どこかで聞いたことのある声の、狂ったような笑いが、耳の奥にこだました。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。