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魔女の檻
今回、ちょっとだけ気持ち悪いモノがでてきます。
触手みたいなモノです。
苦手な方は薄目で流し見ていただきますようお願いいたします。
農場主にしては若く見えたカルは、実際まだ27歳で、数年前にお父様から継いだばかりとのこと。今は、お父様や古くからいる使用人達に付いて、経営などを学んでいるところなのだとか。
そのお父様にもお会いしたんだけど、反応がカルとそっくりで、親子だなぁ、と思ったし、皆から慕われているのは、わたし達と話をしているところに訪れる人の反応からも、よくわかる。
坊ちゃんと呼ばれては、いい加減坊ちゃんはやめろと怒ってたけど、相手の方が、どこ吹く風で笑ってたからなぁ。子供時代を知る相手だと分が悪いか。
ちなみにこちらはかなりの豪農で、ガラスの温室なんてものまであったんだよ。いやーびっくりした。
でも、トロピカルフルーツを育てるというようなものではなく、雪害に弱いものを守ったり、作物の季節をずらしたりするためのものらしい。
うっかりと『南国フルーツ』などと口にしてしまって、農場主ふたりの目がキラッと光った気がしたから、慌てて口を噤みましたが、時すでに遅し。それはなんだどういうものだ、と質問攻めにあい、しどろもどろに説明をすると、何やら燃えていらっしゃいました。この世界に存在するのであれば、そのうちトロピカルフルーツが食べられるようになったりしてね。
温室内をいかに高温多湿に保てるかがミソだけど、あの熱意があれば、不可能ではない気がしてきた。
恐ろしいことに、温室、もう一棟建てるとか言ってたし。
口を滑らせた第2弾が品種改良で、その話をした時の食いつきが、また凄かったんだ。
シリシャと違って圧を感じるわけではなかったんだけど、あれだ。シディルさんに、学校のこととか聞かれたときの感じ。瞳をキラキラさせて、矢継ぎ早に質問してくるところなんて、そのまんまだったよね。
……シリシャのあの圧は一体なんなんだろう。
ここで、あまりにも帰ってこないふたりを訝しんでか、お母様が登場。
立ち話で済ませる時間じゃないと叱りつつ、お昼ご飯に誘っていただいてしまった。
言われてみれば、太陽は頭の上だ。『ご飯』と聞いて、お腹が小さく自己主張をしてしまって、大変恥ずかしゅうございました。
話をしていてわかったんだけど、ここでは、人為的に掛け合わせて品種改良をするってことはなかったらしい。偶然の産物頼り。
わたしも、農業は本業じゃないからあんまり詳しくはないんだけど、それでも良いからと頼み込まれ、聞き齧りの知識と理科の教科書の内容を掘り起こして伝えていく。お父様とカルが交互に質問してくるから、脳みそフル回転だったけど、飲み込みの速さは、さすが本職だなぁと思わざるを得なかった。
「はー、凄えな。でもこれで改良が上手くいく」
「遺伝形質が当たればね。性質の優劣や確率なんてものがあるから、確定ではないんだけど」
なにしろ、メンデルさんのなんちゃらの法則、なんてものがあるからね。それも適度にぼかしつつ解説しましたとも。
「それでも株分けや接木でしかできなかったことを思えば」
「そうなのかな。よくわからないけど」
「本職じゃないっていうあんたが、どこでこんな知識を手に入れたのかは気になるがね」
「それはまあ、出身がかなり遠いところなので。ここまで流れてくるうちに、色々と」
「ふーん。まぁそういうことにしとくさ。人には色々あるしな」
ええ、そういうことにしておいてくださいな。
牛が手に入る算段もついたことだし、と農場を一旦お暇する。
お昼ご飯はいただいてしまったけど、頭使ったから、何か甘いものが欲しい。
「ほら、我が言った通りになったであろう。織葉殿が農場へ行って、短時間で済むわけがないと」
「そうだねえ。僕も、時間はかかるだろうとは思ってたけど、まさかここまでとは思わなかったよね」
後ろでなんか言ってるけど、知らなーい。
あ、忘れないうちにギルドにも行かなくちゃ。クエストの人達が帰ってくる前には行っておきたいけど、おやつ食べた後だと遅くなるかな。まぁ、滞在日数はまだあるんだから、急がなくてもいっか。
市も、まだ行ってないところ回りたいし、祭りの時期だからか、店がちょいちょい変わってたりして、なかなか全部を見て回るのは難しい。
「そういえば、昨日のでお小遣いは大丈夫だった?」
「うん、大きな買い物するわけじゃなかったから、全然余裕。でも、牛さんがいくらなのか聞いてくるの忘れたね」
「あ。」
うっかりだ。
まぁ、シリシャのワンピースのこともあるし、時間があるようなら先に聞きに行ってもいいし、できなくても、余裕みておろしたらいいか。
ところでマントってさ、微妙に足元見にくいよね。
だからと言って、足元をおろそかにしていいと言うわけではないけど。農場があまりにも楽しかったから、と浮かれていたわけではない、と思いたいけど。
小さな段差を見逃してしまっていたらしい。
かくん、と膝が抜けて転びそうになったのを、ルチルが咄嗟に支えてはくれたんだけど。
ぐきっ
あ、なんか足首辺りからいやーな音が聞こえたような気がする。いや、でも気のせい。きっと気のせ……
「痛ぁいっ?!」
いじゃなかった。
「織葉殿、足を?」
「うん、どうも捻っちゃったみた……わぁっ?!」
だからライ、いきなり抱き上げるのやめてくださいってば。
「医師か薬師に診てもらおう」
「そうだね。すみませーん。お医者さんか薬師さんってどこか知りませんか?」
「怪我したのなら薬師の方が良いだろうけど、ごめんなさい、ここらは詳しくなくて」
「あ、いえいえお気になさらず」
屋台の人でも他地域の人が多く、数人聞いて、ようやく地元の人に当たった。
こんなに他地域の人が居るだなんて、本当に大きなお祭りなんだなぁ。
というわけで、教えられた薬師さんの家に向かうんだけども……。
抱えられたまま大通りを歩くのって、何気に恥ずかしい。いや周囲はね、お姫様抱っこを頑としてお断りした結果、子供抱っこされている状況に、何やらほのぼのしたものを見る目になってるけど、こちとらいい歳した大人なんですよ! いっそおんぶにしてもらった方がよかったかもしれない。ううう。
「諦めて大人しくしてて。結構人目があるだけに、いつもみたいに治しちゃうわけにはいかないんだから」
はぁい。歩くのが辛いくらいには痛いので、大人しくします。
さっきから、ライのご機嫌が微妙に斜めなんだよね。抱っこで少しでも直るならお安いもの……いや、お安くはない、かも。主にわたしの精神力的に。
薬師さんのお宅に到着して靴を脱いでみたら、足首がなくなるくらい、見事に腫れていた。そりゃ痛いわけだ。
布に緑のペーストを塗ったものを、ぺたりと足首に貼られ、添木のようなものを当ててから包帯でしっかりと固定される。
「またひどく捻ったもんだね。しばらく固定して安静に。貼り薬はこれ、飲み薬はいるかい?」
「お願いします」
「え、おるは?」
ライ、とりあえずの手当てだけして宿で治すつもりだったかな。けど
「結構痛みがあるので、今飲んでも良いですか」
この世界の薬にも興味があるし、何より本当にかなり痛いのだ。
「お腹が痛くなる人もいるから、空腹の時はやめた方が良いんだけど」
あ、そこら辺はやっぱり変わらないんだ。
「少し前に食べたところですし、大丈夫じゃないかと……」
「どれくらい前?」
「1刻も経ってないと思います」
「それなら良いよ。貼り薬は、10日分くらいはあると思うから、勿体ないとか言わずに毎日張り替えること。飲み薬は5回分出しておくよ。痛みが酷くなってきたら飲んで」
「わかりました。ありがとうございます」
薬をもらって、1回分を飲んでから、薬師さんのお宅を後にする。
で、おやつにしようというところで一悶着。
わたしを抱えたまま、屋台を回ろうというのだな、ライが。
けど、ちゃんと手当てもしてもらったことだし、これ以上抱っこで移動はごめんだ。断固として断る。
「でも、安静に、って薬師も言ってただろう」
「じゃあ、あそこに座って待ってます。それなら良いでしょ?」
テントの間に設置されてるベンチを指差し、そう譲歩すると、しばらく悩んでようやく頷いた。
そっと座らされ、
「大人しく待っててね」
「すぐに戻るからねー」
そう言いながら散っていくみんなに手を振って、足をぷらぷらさせてみる。
しっかり固定してもらったおかげで、あれだけひどく捻った割には動かしやすい。靴が編み上げだからっていうのもあるかな。
大人しく座って待っていると、なぜか周りの屋台の人達が、代わるがわる話しかけてくる。
嫌な感じはしないんだけど、なにやら子供扱いされている気はする。いやまぁ別れ際の遣り取りを見てたとしたらわからなくもない……か?
構ってくれたお礼に、というほどのものではないけれど、飲み物とおやつにもなりそうなドライフルーツを買って、1つ齧ってみた。
イチジクに似た、ぷちぷちの食感が楽しい。親指の爪くらいの大きさだから、ヤマイチジクみたいな感じかな。イーグというらしい。おかみさんがあれこれ見せてくれるもんだから、ついつい干した桃も一盛買ってしまった。こちらは純粋に甘くて美味しい。
果物の長期保存は、基本的にドライフルーツらしく、色々な種類がある。アルフェみたいに、お酒や果実水になるものもあるみたいだけどね。ジャムにしても美味しかったけど、砂糖がややお高いこの世界では、あまり一般的ではなく、むしろ高級品になる模様。
今更ながら、シリシャのところで出したパウンドケーキ、もしかして超高級品になるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながらのんびり座っていると、不意に、周囲が騒ついた気がした。脳裏で、何かが警鐘を鳴らす。
ただ、見回してみても、特に騒ぎが起きている風ではない。周りの屋台の人達も普通にしてる。でも確かに騒ついているようなこの感覚は、もしかして精霊達が騒いでいる?
鳴り続ける警鐘に嫌な予感しかなくて、少し場所を移動しようと立ち上がった、その瞬間。
フォン、と空気が振動した。
と同時に、まるで檻の様に、黒っぽい紫を帯びた光がベンチを囲む様に立ち昇る。地面にも、同色の光が、複雑な模様を含んだ円を描き始めていた。
これは……、もしや魔法陣という奴では?
ユーディの言葉が脳裏に蘇る。
『魔女とは、精霊に頼らず、魔法陣や符を用いて、精霊魔法と同じような結果を得る者を言います』
という事は、これは魔女の仕業? なんでわたし? ってこの魔力がどこからかバレたのか。
ギルドや門番さんのところから漏れたなんてことはないはず。でもじゃあどうして。
ああでも、門番さんに言われたっけ。『この街にも魅魔がいる』から、気をつけろって。
異変に気付いたのだろう、周辺が一気に騒がしくなる。今度は肉声を伴った騒ぎだ。
ということは、やっぱりさっきのは精霊達が騒いでいたのだろう。
「誰か、隊長とギルドマスター呼んでこい!」
「兄ちゃん達まだ帰ってこないのか?!」
「お嬢ちゃん、それ抜けれないの?!」
抜けるも何も、拒否反応とでも言うべきか、とにかく触りたくない、という感情が優先されて、体が硬直する。カタカタと震え出した体を、ぐっと自分自身で抱きしめた。
──落ち着け、怯えるな。
地面が波打った気がして、慌ててベンチに乗り上げる。お行儀悪いけど非常事態だから許してね。
「織葉さんっ!」
ティンの声が響いて、真っ直ぐに駆けてくるのが見えた。かなり後ろの方にルチルとライの姿も見える。
勢いそのままに、闇色の檻に突っ込んで来たティンが、バヂッと嫌な音を立てて弾かれる。
「っつ……!」
何かの焦げた臭いがして、もんどりうって転がったところに、乳白の髪が一房散った。
「ティン、無茶しないで!」
「そんなわけにいかないでしょ!」
その声に反応したかの様に、ぐにゃりと地面が歪む。
無数の触手のような物が、ざわりざわりと次々生えてきて、全身が総毛立った。周囲から悲鳴が上がる。
黒っぽいそれが一斉に向かってきて、とうとう、さすがのわたしもパニックに陥ってしまった。
「やーっ! 来ないで、嫌! さわらないで!!!」
反射的に放ってしまった魔力で、いくつかは弾けたようだけれど、無数ともいえる数には敵わない。
「離して! 嫌ぁぁっ!!」
絡みつかれて、歪み波打つ地面に落とされ、黒紫の複雑な紋様が浮かぶそこに、ずぶりと体が沈み始める。
「おるは!」
ライが魔法陣に手をかけるけれど、バヂバヂッと凄まじい音と共に黒銀色の光が飛び散って、焦げ臭さが広がった。
「ライ、手が……!」
「そんなのどうでも良いから!」
どんなにもがいても却ってスピードが上がるくらいで、どんどん魔法陣に飲み込まれていく体。どこかに捕まろうにも、腕の届く範囲の地面は全部ぐずぐずだし、唯一の頼みの綱だったベンチは、触手が触れた端から、ぼろぼろに崩れてしまっていた。
焦りの色を濃くしたライの、褐色に擬態していた瞳が、黄金に色を変え始める。
「駄目!」
バレたら大変なことになってしまうのに
「おるはより大事なものなんてない!」
なんて叫びと共に、とうとう力を解き放ってしまった。
バチン、と檻が解けた、のは見えた。
けれど。
ライの指が私に触れようかという、その、刹那。
わたしは、完全に地面に飲まれてしまった。
「おるは、……織葉!」
飲み込まれる寸前、わたしへと必死に手を伸ばすライの顔が、やけにはっきり見えた。
と同時に
「あ、ははっ! やった、やったぞ! 俺にだって使えた。俺は出来損ないなんかじゃない、俺だってやればできるんだ!!」
どこかで聞いたことのある声の、狂ったような笑いが、耳の奥にこだました。




