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プロvsプロ(ジャンル違い)
今回買うのは、白とクリーム色のタオル生地と、青から黄色へのグラデが綺麗なぼかし染めの生地、あとはリネンっぽい手触りの、少し目の粗い生地を選んだ。
この生地を勧めてくれたシリシャ曰く、この辺りの夏は、湿度は程々でも、気温はかなり高くなるらしい。なので、こういう目の粗い生地でシャツやワンピースを作るそうだ。
色を生成りにしたから、みんなの分も作ってみるのもよさそう。 じゃあ少なくとも、今の倍量は買って帰らなきゃ。うちの周りで採れる、染料になりそうな草で染めてみるのも良いかも。楽しみが増えた。
雑談ついでに、下着事情とか女性にしか聞けない諸々の情報も聞き出せて一安心。
ゴムが手に入りにくい場合、紐で結ぶっていうのは鉄板だよね。下着はこの手の世界感でよくあるドロワーズらしいけど、あれ1枚っていうのはわたし的に無しなので却下。それならまだ褌の方が安心できる。いや普通にぱんつ作るけども。
ブラも、ワイヤー入りはさすがに無いけど、布を巻いたりすることはあるようで、スポーツブラというかハーフトップみたいなものを作るのは大丈夫そう。
月のものは、ある意味予想通り、当て布を使うのだそうで、これまた抵抗はない。わたしの若かりし頃なんて、現代みたいな機能性の高いナプキンなんて無かったもんね。
なので、そこらあたり用に、肌触りの良い晒のような生地と、ネルのような少し厚みのあるふっくらした生地を追加。ああ、古着売ってる露店で潰す用の服を見るのもありかな。洗い晒しの布は吸水率も良いことだし。
ちなみに今日は、胸の部分に裏打ちして胸下で軽く絞るタンクトップを着てたのだけれど、シリシャがその裏打ちに喰いついてきて大変だった。熱というか圧がすごいんだよ。
こちらでは胸の所だけに裏打ちするという感覚が無いらしく、ならばどうするのかと言えば、上着を着たり、表着のダーツやタック、刺繍なんかで隠すのが主流らしい。
なるほど、どおりで女性のベスト姿が多いわけだ。刺繍が凝ってたりして可愛いから、そういう民族衣装的な何かだと思ってた。
わたしとしては、ベストは貴重品を身につけるためのものという位置付けであって、狙ってたわけではないんだけど、周りから浮かなくてよかった。
夜のお仕事のお姉様方は、わざとつるんとした1枚生地でお衣装を仕立てることも無いわけでは無いらしいけど、あからさま過ぎるからか、あまり好まれないとか。
チラリズムは世界を超えても健在なようです。
包んでもらって、それでもまだみんなが戻ってこないので、2度目のティータイムに突入。お茶請け代わりに、今までにシリシャが描いたというデザイン画を見せてもらっている。
「あくまで私の場合はイメージを残しておく感じなんだけどね。着てみたいなっていうの、ある?」
「うーん。あんまりピンとこないというか、どれも日常着ではなさそうですしねぇ」
「まぁ、それはそうね。でも、たとえばここにくる時とかみたいに、ちょっとしたお出かけ用の服とかあってもいいんじゃないかしら」
「うーん……」
ぺらり。
しかしすごい枚数。年月もあるとはいえ、全部シリシャが描いたんだと思うと、仕立て屋って絵心も無いと務まらないんだなぁ。
折角だし、1着くらい仕立ててもらっても良いかと思わなくはないんだけど、いかんせん、仕舞い込む為に仕立てる気は無いわけで……。
「じゃあ、こんなのはどう?」
デザイン画のファイルをめくっていたシリシャが、不意に別のファイルを開いて差し出してきた。
幅広のVネックで袖はベルスリーブというのだったか、袖口に向かって幅が広がっていく形になっている。身頃はストンとしているけど、ウエストで切り替えて軽くギャザーが寄せられているから、でぶ見えは免れる……か?
「確かにこういうのは好きですね」
「やったあ。あ、でも貴女の場合だとこうなるかしらね」
新たな紙に、同じようなデザインを描き起こしていくシリシャ。
身頃は胴に合わせてダーツをとり、ウエストの切り替えが浅くVを描く。そこに寄せられるギャザーは細かく、また量も増えた。
「ギャザーの量とスカートの広がりはもう少し抑えて欲しいかなと思いますけど、概ね好きな感じです」
「えー、このふわふわが良いのに」
「わたしはシンプルな方が好みなんです」
「うーん。じゃあ逆にギャザーの幅を大きくしてみるとかは?」
そう言って、ゆったりと波打つようなラインに描き換える。
「こうすると、ギャザーが減った分、スカートの広がりも抑えられるわ」
「なるほど。確かにこっちの方が好きです」
「そしたら生地は? さっきお勧めした生地もいい感じになるとは思うけど」
おや? いつのまにかこれを仕立てる流れになっている。商売上手だな。
まぁわたしもその気になってるから良いんだけど。決して流されてるわけではないよ?
「あれって染めたやつあります? 」
「あるけど、あんまり種類はなくて……」
生地の棚に向かおうと立ち上がった時、入り口からノッカーの音が響いた。
「あら、お戻りかしらね。どうせなら選んでもらったら?」
「えー……」
「第三者の目って結構優秀なのよ? 特に彼らは、あなたのことよく見てるだろうし」
ころころ笑いながら入口に向かった彼女は、予想通り、3人を連れて戻ってきた。
「織葉さんただいま!」
尻尾があったら、というか、雪花の姿ならぶんぶん振り回してそうな機嫌の良さ。楽しめたのなら何よりだ。
「おかえり。お買い物楽しかった?」
「色々見てきたよ! お土産もあるからね!」
「待って。店開きする前に、主様に生地選んであげてくれないかしら」
「え、まだ選んでなかったの?」
「持って帰るのはもう買ったよ。そうじゃなくて、1着仕立ててもらうことにしたんだ」
そう言うと、ルチルが半眼でシリシャを見遣った。
「無理強いしたのでは無かろうな」
信用がない。
「そんなことしてないわよぅ」
「それはないから安心して」
シリシャとわたしの声が重なった。
「上手く乗せられた感は否めないけど、わたしが自分で決めたの。ドレスじゃなくてワンピースだし、プロの仕事を見るのも勉強になるし」
「織葉殿がそう言うなら」
「……なにこの差」
シリシャががっくりしてるけど、かける言葉が見つからない。
ティンがこの場を仕切り直すように
「それで、候補は?」
と聞いてきた。
「この生地が良いなって思ったんだけど、色をどうするか悩んでたところに、みんなが帰ってきたんだ」
「……おるはなら、こういう色が似合いそうだけど」
そう言ってライが指したのは、少し灰味のかかる、落ち着いた緑系のもの。
纏わせるように羽織ってみると、かなり好みだ。
カーキグリーンと言うには少し青味の強い色は、生地の風合いと相まって、かなり涼しげに見える。
「私はこれも良いかなって思ったんだけど」
そう言いながらシリシャがわたしの体に当てたのは、夕焼けの色にも似たオレンジ色。
「ほら、いいでしょ?」
「そだね。どっちも似合う。けど、織葉さんの好みでいくと緑の方だよね」
「あら、そうなのね。じゃあこの色はアクセントで使おうかな」
「お任せします。でもあんまり派手なのは好きじゃないです」
「それはわかってるから安心して」
そう言いながら色鉛筆を取ると、ささっと色付けをしていく。
「こんな感じでいかが?」
幅広にとった襟元とウエストの切り替えのところに、帯状にオレンジが入っていた。
「これくらいなら良いでしょ?」
こういうのもプロの腕っていうんだろうなぁ。
頷くと、シリシャは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これで仕立てさせてもらうわね。次に来れるのはいつなのかしら」
「だいたい2~3月に1回くらいの頻度で来るつもりなので……」
「え、そうなの?」
「頻繁にくる理由もないですし……」
「普段の買い物であれば、我やティンで事足りるからな」
……そういうことにしておこう。複製してるのもあるけど、野菜類なんかはある程度自給自足できてるし。
こちらではF1種とか無いようで、採った種からちゃんとその作物が育つから、安心して種を採ることができるんだよね。
肉類はうっかりすると食べ切れないほど溜まるし。
あ、しまった。
ギルドでの買取に肉類ってアリなのか聞くの忘れた。後で聞きにいかなくちゃ。
「じゃああんまり急がなくて良いわね」
「今回はお祭りがあると聞いたので、少し長めに滞在しますけど、まさかその日程では仕立てられないでしょう?」
「祭りまで10日も無いわね……。流石に無理だわ。祭り用にオーダー入ってたのは、もう全部引き渡し終わってるから、仮縫いくらいまでなら済んでるかもしれないけど。じゃあ引換証渡すから、帰る前にもう一度寄ってもらえるとありがたいわ。お代はその時までに計算しておくから」
「わかりました」
……お代が気に入らなくて破談になったとか無いんだろうか。オーダーする位の身分となったらそういうことはないのかな。
みんなの分もお茶を淹れてくれたので、ティータイム再び。
椅子に座ったライが、きちんとファイリングされた物の横に適当に束ねられていた紙をぺらりとめくった。
「……これは?」
「主さんをイメージして描いたんだけど、却下されちゃって」
「いや却下というか……」
「着て行くところ、無さそうだね」
「そうなんだよね。仕立ててもらったって、箪笥の肥やしになるんじゃもったいないし」
「私は、普段に着たっていいと思うんだけど」
「家で座ってるだけの人ならそれもありでしょうけど、生憎とそういう生活を送ってはいないので……」
「って言われちゃって」
「然もありなん」
ルチルが重々しく頷く横でティンもこくこく頷いている。
「で、このデザインなら良いって言ってくれてね。仕立てさせてもらえることになったの」
ぴら、と最終決定稿となったものを一番上に乗せる。
「これくらいなら、普段着には出来なくても、街へ出てくる時とかに着るには良いかなって思ってさ。ちょっとしたお出かけ着だね」
「確かにね」
うんうん、と頷きながら、鞄から紙袋を取り出すティン。
「もう大丈夫? これ、美味しそうな匂いしてたから買ってきたんだけど、開けてもいい? お茶淹れてくれたし、シリシャさんも一緒に食べよう?」
「あら、私もお相伴に預かっていいの?」
「勿論だよー」
ティンの無邪気な笑顔に釣られたように、シリシャの顔が綻ぶ。
「嬉しい。この店人気あるのよ。結構並んだんじゃない?」
「そうでもないと思うよ。変わりばんこに並んだし」
なんでも、3人居るのだから、と2人が並び、その間に残る1人が自分の用事を済ませていたらしい。用が済んだら並んでいたうちの1人と交代。……いやそれは結構並んだというのでは。
でもそれだけ並ぶだけあって、本当に美味しい。
買ってきてくれたのは、レモンピールみたいな、仄かな苦味と酸味のある何かが混ぜ込まれたマドレーヌっぽい焼き菓子と、サックサクの軽いボーロみたいなクッキー。
ルチルが難しい顔をして、匂いを嗅いだりじっくり味を確かめるように噛みしめてる。なんとかして再現しようと思ってるな?
「織葉殿、リムンの砂糖漬けなど作れるか」
「作れなくはないと思うよ。……再現チャレンジ?」
「うむ。再現と言うと語弊があるやも知れぬが。先程の織葉殿ではないが、他者の作った物というのは、良い刺激となるな」
「は? ちょっと、もしかしてあんたお菓子作りなんてするの?!」
「そうだが」
「はぁあああ?!」
ものすごい素っ頓狂な声が上がる。
うんまぁ気持ちはわからなくはないんだけどね。
「ルチルの作るお菓子は美味しいし、お茶を淹れるのも上手だよ」
「ルチルさんは昔からお茶係だもんね」
ねー、と顔を見合わせる。
「はー、人は見かけによらないものねぇ」
しみじみと感心したような声を上げるシリシャ。
「私なんて、お菓子作りどころかお料理もからっきしなのに」
「日々の食事はどうしているのだ」
「屋台で済ませてるわ」
あ、ルチルの眉間にしわが……。
「ここはそういう人多いわよ。特に独り者はね」
「あ、もしかして、だからあんなに沢山屋台があるんだ? お祭りだからじゃなくて」
「そうよ。お陰で自分で作るよりも、はるかに色々食べられるの。今は祭りの時期だから、外からも入ってきて、さらに増えてるから楽しいわよ」
まぁ、自分で作ってると、どうしても似たようなものになりがちだよね。うちはわたしとティンとルチルという、手が複数あるからそこまででもないけど。
「ねぇ、この人の作った物って、何か持ってない?」
興味を惹かれたのか、シリシャがそんなことを言い出した。
「ええと……」
たしか、おやつ用に持ち出したのが、まだ残ってたはず。
「ルチル、まだ残ってるよね?」
「無いわけではないが」
「が?」
「帰りの分が無くなる」
あら、渋いお顔。
「帰りの分は、ここで何か買って行こうよ。味の勉強にもなっていいんでしょ?」
「確かに」
こくりと頷くと、鞄から布に包んだパウンドケーキを出してくれた。
アルフェのジャムがたっぷり練り込まれていて、端っこでちょっぴり焦げたジャムも香ばしい。焼き立ては勿論、少し日が経って熟成されたというか味が馴染んだこれもまた美味しいんだ。前に作ってくれた時に、わたしが大絶賛したからか、それ以来、割とよく作ってくれている。
「うわぁ、美味しそう……」
シリシャがため息を吐きながら立ち上がる。
「どしたの?」
「折角だから、お茶淹れ直そうかと」
「我がやろう」
「それは、あの……。お茶、美味しくなかった?」
「そうではない」
「なら、良いんだけど……」
じゃあなんで、とぶつぶつ呟くシリシャ。
まぁ、気持ちはわかる。
「まぁまぁ、ルチルさんのお茶、美味しいから。でね、シリシャさん、お皿ってある?」
「あるけど」
「僕手伝うから、ケーキ切ってもらって良い?」
「わかった。……あなたいい子ね」
「なんのこと?」
にこ、と笑って見せるティンは、本当にフォローが上手いというかなんというか。
ルチルが言葉とか色々足りなくて、誤解を招きやすい性格をしてる分、ティンの明るい素直な性格は、好対照ともいえる。
いいコンビになったよねえ、この二人も。
切り分けてもらったケーキをテーブルに運び終えたところで、ルチルがティーカップを運んできた。ふわりと漂った香りは、どこかで嗅いだことのあるようなないような……
「え、うそ。これあそこに置いてあったやつよね」
「うむ。それしかなかったからな」
「そうなんだけど! そうじゃなくて! どうやったらこんないい香りになるのよ?!」
あ、さっきいただいたのと同じお茶なんだ。そりゃ嗅いだことのある匂いの筈だわ。
しかし淹れ方ひとつでここまで変わるのか……。ルチルの腕が恐ろしい。
「湯の温度と茶葉の量であろうな」
「くっ、プロの仕事ってこういう……!」
悔しそうにしていたシリシャは、でも、ケーキを一口頬張るなり、色々吹っ飛んだようだった。
「美味しい……。悔しいけどめちゃくちゃ美味しい……! お茶も美味しいし、いつでもこれが味わえるあなたが羨ましい……」
あら、いつの間にか何やら恨み節になってる。
いやぁ、すっかり舌が肥えてしまったのは確かだけどね。外でお茶することなんて滅多に無いから大丈夫。
ホルトには、冒険者や輸送業など、定宿を持たない者も多く、定宿があっても食事は別だとかも普通にあり、それ故に屋台が発達しています。
定住していても、シリシャのように一人暮らしの場合、自炊するよりバリエーションに富んだ食事ができるので、それもまた、屋台が発達する理由でもあります。




