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異世界生活の基礎知識  作者: 彩瀬水流
街であれこれ。
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物作りは面倒くささを伴うもので

 市場でのお買い物は、通りすがりに見かけた牛乳(キセロ)とでっかい塊のチーズ(クゼ)、ヨーグルトに似たウルトという食べ物を買って、乳牛が欲しいとしみじみ思い始めたところでひとまず終了した。

 なんとこのコット、常温で売られてたんだよね。上にクリームの層が出来てたので、これはバターが作れるんじゃないだろうかと密かに考える。

「僕思うんだけど、牛なら市場よりも農場の方がまだ可能性あるんじゃない?」

「そうだ、農場! 種と苗木のお礼も言いたいし、行きたい!」

「カルの所で手に入らずとも、伝手はあるかもしれぬな。だが明日にせぬか?」

「今日はもうだめなの?」

「織葉殿の性格を考えろ。農場に行ってそんな短時間で話が済むと思うか」

「そっか」

 うーん。何気に否定ができない。

「もう日もかなり傾いているし、明日にした方があちらにも良いと思われる」

「うん、そうだね。じゃあ農場は明日に回すとして……」

「……仕立て屋さんの所、行かなきゃね」

「嫌なら行かずとも良いと思うが」

「んー。嫌って言うほどじゃないんだよ。ただなんか不穏な気がするだけ。でもお礼はしたいから、行くよ」

「織葉殿が行くというなら案内する。こちらだ」

 相変わらずライに手を繋がれて、ルチルの先導で歩き出した。


「ここ?」

「うむ」

 連れてこられたのは、露店の並ぶ通りからは一段奥まった辺りにある、割と立派な構えの建物が並ぶ一角。趣味のいいワンピースがショーウィンドウに飾られているお店だった。

 この世界、板ガラスは割と一般的にあって、精度は低いながらも、窓ガラスが普通に嵌まっていたりする。

 ただ、ショーウィンドウクラスのサイズと精度のガラスは中々ないので、こちらのお店が人気店だと言うのは間違いじゃないだろうと思った。

  カロン

 ドアベルが軽い音を立てる。

「シリシャ、居るか」

「居なきゃおかしいわねぇ。いらっしゃい、今日はまた大勢で……」

 来たのね、と続くはずだったのだろう言葉は、途中で止まってしまった。

 まるっと見開かれた目が、わたしの上から動かない。

「あの……?」

「……や」

「や?」

「やあっだーーーっ! ちょっと、あんたの主様ってこんなお嬢ちゃんだったの?!」

「わたしは20歳ですっ!!!」

 ルチルに詰め寄るシリシャさんに、今まで幾度となく繰り返した言葉を、今までにない声量で割り込ませた。

「え。あ、あら、ごめんなさい? そういえば小柄な大人の女性だって言ってたわね。……ねぇ、フード外してもらえないかしら?」

 エルフらしくすらっと背の高い彼女は、屈んでわたしと視線を合わせようとしている。

 それはいいんだけど、何せ彼女から発せられる圧がすごい。なんというか、マンガなら背後に『ゴゴゴゴゴ』って書き文字がありそうな感じと言えば、理解していただけるだろうか。綺麗な笑顔とのギャップが酷すぎて、思わず半歩後退りしてしまう。

 と、手を繋いでいたライにはそれがバレてしまったのだろう、すっと背中に庇われた。

「怖がらせるなら帰る」

「え、やだ」

「ならもう少しその熱量をどうにかしろ」

「なるほど」

「ルチル?」

「前回、シリシャのことをこの周辺の者に聞いてみたのだ。そうしたら皆一様に『腕()良いが……』と言葉を濁すので何かと思っていたのだ。納得した」

「そういうことなら僕も納得できる」

 ルチルとティンがうんうんと頷いている。

「ルチル、なんでそんなこと聞いたの?」

「そこのシリシャが周りで聞いてみればいいと言ったからだが」

 真顔で答えるルチル。

 いやそれ社交辞令……じゃないか、なんて言うんだこの場合? でも本当に聞くんじゃないやつ。

 思わず噴き出したわたしとシリシャさんは、笑いながらぱちっと目が合ってしまって、また笑った。

 一頻り笑ってから憮然としたルチルを宥めていると、入り口の辺りで何やらごそごそしていたシリシャさんが戻ってくる。

「お店も閉めちゃったから、ゆっくりして頂戴な。お茶淹れるわね」

「ええと、お気遣いなく……」

「いーのいーの。貸し切りのお客様が居るんですもの」

「いえ、お客というか……」

 と言い差したわたしに返ってきたのは

「顔見せるだけで終わりだなんて、そんな寂しいこと言わないでしょ?」

 にこやかな笑顔と、実に断り辛い言葉。

「はぁ……じゃあまあ、お言葉に甘えて……」

 フードマントを脱いで畳んでいると、シリシャさんがお茶を出してくれた。

 ユーディが淹れてくれたものと、似た香りのするお茶だった。なるほど、一般的に飲まれているものなんだろう。

「本当に綺麗ね貴女。容姿もだけど魔力煌も。そのフードは着てて正解だわ」

「ありがとうございます……?」

「もっと自信持って堂々としてていいとは思うけど」

 いやー、未だ自分の顔っていう自覚には乏しいもので。

「……あの、ドレスがどうのって言ってらしたみたいですけど、わたしそんなの作っても着ていくところがな……」

「そうそれドレス!」

 おおう、熱量復活。

「や、ですから、着ていくところがないので、作っても仕方がないんですよ」

「家で着ればいいじゃない」

「いやー……」

 つまり、街に来るとて3人も従者がついてくるくらいなら、それなりの生活を送ってると見られてるわけか。本当は従者なんかじゃないんだけど、ルチルが主って言ってたみたいだから誤解されてても仕方がない。

「わたし、本業猟師ですから」

「はぁ?! うっそでしょ?」

「嘘じゃないですよ。これ、わたしのです」

 ポーチから猟銃を取り出す。

 使い込まれたそれを構えて見せて、ようやっと彼女は納得してくれた。

「でも、普段はそう言う格好してるんでしょ?」

 と今のわたしの服装を指差す。ちなみに今日は自作のブラウスとコルセットスカートに装飾用ベストだ。

「否定はしません。でも、こういう服装の時もあります、という程度で、基本的にはシャツにズボンです」

「動きやすい服装が好みなのね」

「そうですね」

「ちぇー、久しぶりに意欲かき立てられる逸材だったのになー」

 ぷう、と唇を尖らせる様は、彼女をずいぶんと幼く見せた。

「あ、そうだシリシャさん」

「シリシャ、でいいわよ。なに?」

「前回、色糸とかリボンとか付けてくれてありがとうございました。こんな感じにいろいろ楽しく使わせてもらっています。それで、また布とか見せてもらいたいんですけど」

 これ、とコルセットの編み上げを示すと、彼女はふわりと笑った。

「楽しく選んだから気にしないで。喜んでもらえたならよかったわ。今回は本人もいる事だし、色柄のある布見てみる?」

「はい、ぜひ!」

「じゃあ男性陣はどうする? 多分それなりに時間がかかると思うけど」

 シリシャの言葉に、3人が顔を見合わせる。

「だったらまた市とか見てこようか」

「それが良いかも知れぬな。織葉殿、地図を」

「織葉さんの好きそうな所があったらチェックしとくね」

「私は待っていても良いんだけど……」

「織葉さんが気にして楽しめなかったら意味ないじゃん」

「ライも己の買い物をすると良い」

「私自身の買い物、ねぇ……」

 わー、すごい微妙そうな顔。

 確かに元々この世界に居るライには、今更買わなければならない物なんてそうはないのかも知れない。存在が存在だから欲しいものとかも無さそうだし。

 その時ティンが、こそこそと何やらライに耳打ちをした。

「ね?」

「ああなるほど……」

 ライも何かを納得した模様。

「じゃあ織葉さん、僕達また市を回ってくるね」

「ここに戻ってくるから、1人でふらふら出歩いちゃ駄目だよ」

 ルチルは何も言わなかったけど、重々しく頷いている。

「えらく過保護ね」

「織葉殿は、トラブル吸引体質であるからだ」

「なるほど?」

 なるほど、じゃないです。

「そんなことはないと……」

「言い切れる? ギルドでの事件とか思い出してね?」

「あれはわたしのせいじゃない」

「織葉さんのせいじゃなくても、巻き込まれることはあるの。僕らの胃の健康の為にも、大人しく待っててね」

「……はぁい」

 面白くはないが、否定もしきれない。

 渋々と返事をすると、ライがわたしの頭を撫でて立ち上がる。

「ではシリシャ、おるはの事を頼んだよ」

「任せてー。一刻程度で終わらせるようにするから、適当に戻ってきて頂戴」

「わかった」

 みんなの背中をなんとなく見送って、はたと気付く。

 わたし、この世界に来てから1人になるのって初めてだ。

「さて、邪魔っけな男達は居なくなった事だし、こちらにどうぞ。まず貴女のサイズを測らせてもらおうかしら」

 もう一度鍵を閉めて戻ってきた彼女は、うきうきと店の奥へとわたしを連れて行く。

「いやだからその、わたしはドレスなんて仕立てるつもりは無くて」

「もちろん要らないって言ってる物を押し売りする気はないわ。でも、ワンピースなら着るでしょ? それで良いから1着仕立てさせてもらえると嬉しいなー、なんて。それに貴女が自分で仕立てるにしても、測っておいて損はないと思うのよ?」

 うーん、それは確かに一理ある……か? 全部の服を直線縫いとか適当ゆるゆるサイズとかで仕立てるわけにもいくまい。それに、プロのお仕立てがどんなものか、少しばかり興味がないわけでもない。

 と、うっかり頷いてしまったのが運の尽き。

「はいはいじゃあ脱いで頂戴ね、あ、下着はつけてて良いから」

「え、わ、ちょっ……?! ぎゃあああ」

「やーねー、そんな殺されそうな声上げなくても。はい腕上げてー。あら意外に細い」

「いっやぁああああっ」

 プロはこんなところでもプロだった。

 メジャーがすごい速さで巻きつき離れまた他の場所に巻きつく。勿論メモもされている。

 そんなところまで測って何に使うんだと言いたくなるところまで測られ、

「はい、服着て良いわよー」

 と言われた頃には、真っ白に燃え尽きておりました。

「すっごいスタイルね貴女。これは確かに子ども服じゃ無理だわ」

「……お世辞にもスタイルが良いとは言えないでしょう。身長では子ども服のサイズなんですけどね」

 ちびなのに胸と腰が出てるから、バランスが悪いことこの上ない。身長がシリシャくらいあれば極上のスタイルと言えたかも知れないが。

「そうね。自分で作るなりきちんと手直しができるなりしなきゃ、服選びは難しいわね」

「なのでまぁ、簡単な服なら作れるようになったわけなんですが」

「なるほどねぇ。必要が技術を生んだというわけか」

 そう言いつつ、シリシャは今度は鉛筆を手に、デザイン画のような物を描き出した。

 何やらインスピレーションが湧いたとかで既に3枚目。よくわからないけどすごいスピードなんじゃないだろうか。

「しばらく止まりそうにないから、悪いけど店の中好きに見ててもらえるかしら。目星だけつけといてくれたら、後で一緒に選びましょ」

 そう言う間も、滑らかに動く鉛筆は止まらない。

 うん、この手の人間の集中を邪魔しても、ロクなことにならない、って知ってる。

「わかりました。じゃあ適当に見させてもらいます」

 奥の方は光沢からしてシルクとかサテンとか、日常着には向かない生地と見た。怖いから近寄らないでおこう。うん、手触り的にもこの辺りがいい感じ。おや、これはタオル地っぽいな? ふかふかしてて気持ちいい。これでバスタオルとか湯上り用のワンピースとか作ってみてもいいかも。

「気になったのがあったらカウンターに出しておいて良いわよ」

「はーい」

 助かった。

 反物って、生地の種類に依らず、結構な大きさと重量があるんだよね。かと言って、気になったやつ全部の場所を覚えるとか、たぶん無理だし。

 タオル地の反物と、しなやかで薄手の、小花柄の生地を引っ張り出す。カウンターに置いて、またゆっくりと店内を見て回る。次に気になったのは、ぼかし染めが綺麗な、少しハリのある生地。何を作るかはともかくとして、グラデーションが綺麗なのでとりあえず確保。

 リボンを見たり、刺繍糸の多色さにくらくらしたりしながら、店内をうろうろ彷徨っていると

「んー、こんなものかしらね……。お待たせ、気に入ったのは見つかったかしら」

 何枚あるのかわからない紙を束にしたシリシャが、ようやっと立ち上がった。

「気になったのはこの辺りですね。あとこのふかふかのは絶対買います」

 タオル地の巻をぐっと握ると、彼女はくすくす笑って

「それね、使い込むともっとふわふわで気持ちよくなっていくわよ」

 そう教えてくれた。

 つまり最高のタオルじゃないか!

「そうなんですね。お風呂あがりに良さそうだなあと思って」

「お風呂?!」

「え、はい」

 あ、やばい。お風呂ってまさか一般的じゃない?

「自宅にお風呂って、貴女やっぱり相当良い生活してるんじゃない!」

 違った。違わないけど違った。

 そういや、宿でもお風呂って別料金だったもんな。

「街から離れたところに住んでますから。土地だけは余ってるような場所ですし、まさか冬でも川で水浴びってわけにもいきませんし」

「そりゃあそうだけど……。貴女って本当に不思議な人ね」

 ファンタジー世界の住人に、不思議扱いされてしまった?!

「不思議と言われましても」

「まぁ、お客様の素性をあれこれ詮索するのは、プライドに掛けてしませんけどね。猟師だっていう割に立ち居振舞いや言葉は綺麗だし、従者らしき男が3人も居て、揃いも揃って超が付くほど過保護ときたら、不思議と称する他にないでしょうよ」

 ……客観的事実を聞かされると、実に不思議だと言いたくなるのもわかる、ような気もする。

「でもわたしが貴族じゃなくて猟師なのは本当ですよ」

「それは手を見たらわかるけどね」

 そう言ってわたしの手をひょいと掴むと手のひらを上にした。

「しっかり肉刺(まめ)のある、働く者の手だわ。貴族が嗜みに猟をする程度じゃこんな手にはならないもの」

「畑仕事もしてますし」

「じゃあ尚更ね。でもその割に日焼けしてないわね」

「あー、一応日除けとかはしてるんですけどね、どうも日焼けしにくい肌質らしくて」

 これも本当。少し赤くなる程度で、すぐに戻ってしまうのだ。ここの夏はまだ過ごしてないから、どうなるかわからないけど。

 その後、わたしの選んだ生地とはまた違うイメージの生地を出してきてくれたり、合わせる色糸に意外な色を選んでくれたりと、とても有意義な時間を過ごさせてもらった。

 刺繍糸も選んで貰ったら、自分ではまず選ばない色目が出てきて、しかもそれがしっくりくるのだから、プロはやっぱりプロだ。

「貴女本当に服作れるのねぇ」

「まぁ、仕立てるとなったら必要な事は一通り? でも結局は素人の手習いですよ」

 型紙起こすのは面倒だけど、できないわけじゃないし、刺繍だって大掛かりなのじゃなければできる。でも当然、プロの足元にも及ばない。

 複製を使えば、もっと簡単に色々とできるような気もしないではないけれど、結局、ものの試しで割烹着を作った後は、やっていない。

 なんというか、面白くなかったんだよね。やっぱり楽するならせめてミシンまでだ。

 手でちくちく縫っていくのも嫌いじゃ無いし、なんだろう。達成感というのかな。少しずつ形になっていくのも楽しいし、出来上がると嬉しい。

 物作りって、そういうものだと思う。







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