魔女の檻
今回ほんのちょびっと気持ち悪いモノがでてきます。
触手みたいなモノです。
苦手な方は薄目で流し見ていただきますようお願いいたします。
あ、触手ですがえろえろしい事にはなりません。
ご安心ください(?)
農場主にしては若く見えたカルは実際まだ27歳で、数年前にお父様から継いだばかりとのこと。でも使用人達に慕われているのは、わたし達と話をしているところに指示を仰ぎに来る様子からもよくわかった。
坊ちゃんと呼ばれてはいい加減坊ちゃんはやめろと怒ってたけど、相手の方がどこ吹く風的に笑ってたからなぁ。子ども時代を知る相手だと分が悪いか。
ちなみにこちらはかなりの豪農で、ガラスの温室なんてものまであったんだよ。いやーびっくりした。
そうそう、品種改良の話をした時のカルの食いつきがまた凄かったんだ。シリシャと違って圧を感じるわけではなかったんだけど、あれだ。シディルさんに学校のこととか聞かれたときの感じ。瞳をキラキラさせて矢継ぎ早に質問してくるところなんてそのまんまだったよね。
しかしシリシャのあの圧は一体なんなんだろう。
それはともかく、話をしてわかったんだけど、ここでは今まで人為的に掛け合わせて品種改良をするってことはなかったらしい。偶然の産物頼り。
わたしも農業は本業じゃないからあんまり詳しくはないんだけど、それでも良いからと頼み込まれ、聞き齧りの知識と理科の教科書の内容を掘り起こして伝えていく。飲み込みの速さは流石本職だなぁと思わざるを得なかった。
「はー、凄えな。でもこれで改良が上手くいく」
「遺伝形質が当たればね。性質の優劣や確率なんてものがあるから確定ではないけど」
なにしろメンデルさんの法則なんてものがあるからね。それも解説しましたとも。
「それでも株分けや接木でしかできなかったことを思えば」
「そうなのかな。よくわからないけど」
「本職じゃないっていうあんたがどこでこんな知識を手に入れたのかは気になるがね」
「それはまあ、出身がかなり遠いところなので。ここまで流れてくるうちに色々とね」
「ふーん。まぁそういうことにしとくさ。人には色々あるしな」
ええ、そういうことにしておいてくださいな。
牛が手に入る算段もついた事だし、と農場を一旦お暇する。
まずは屋台でお昼ご飯だな。品種改良ネタで盛り上がりすぎてお昼ももうとっくに過ぎちゃってる。お腹すいた。あと忘れないうちにギルドにも行かなくちゃ。
市もまだ行ってないところまわりたいな。祭りの時期だからか店がちょいちょい変わってたりして、なかなか全部を見て回るのは難しい。
「そういえば、昨日のでお小遣いは大丈夫だった?」
「うん、大きな買い物するわけじゃ無かったら問題ないくらいだよ。でも、牛さんがいくらなのか聞いてくるの忘れたね」
「あ。」
うっかりだ。
まぁシリシャのワンピースのこともあるし、帰る前に余裕見ておろしたらいいか。
ところでマントってさ、微妙に足元見にくいよね。
だからって言っちゃいけないんだけど、小さな段差を見逃してしまっていたらしい。農場が楽しかったからって浮かれていたというわけではないと思う。
かくん、と膝が抜けて転びそうになったのをルチルが咄嗟に支えてはくれたんだけど。
ぐきっ
あ、なんか足首辺りからいやーな音が聞こえたような気がする。いや、でも気のせい。きっと気のせ……
「痛ぁいっ?!」
いじゃなかった。
「織葉殿、足を?」
「うん、どうも捻っちゃったみた……わぁっ?!」
だからライ、いきなり抱き上げるのやめてくださいってば。
「医師か薬師に診てもらおう」
「そうだね。すみませーん。お医者さんか薬師さんってどこか知りませんか?」
「怪我したのなら薬師の方が良いだろうけど、ごめんなさい、ここらは詳しくなくて」
「あ、いえいえお気になさらず」
数人聞いた後にようやく地元の人に当たって教えてもらうことができた。
こんなに他地域の人が居るだなんて、本当に大きなお祭りなんだなぁ。
というわけで教えられた薬師さんの家に向かうんだけども……。
抱えられたまま大通りを歩くのって何気に恥ずかしい。いや周囲は何やらほのぼのしたものを見る目になってるけど、こちとらいい歳した大人ですので!
「諦めて大人しくしてて。結構人目が有るだけに、いつもみたいに治しちゃうわけにはいかないんだから」
はぁい。歩くのが辛いくらいには痛いので大人しくします。
さっきからライのご機嫌が微妙に斜めなんだよね。抱っこで少しでも直るならお安いもの……いや、お安くはない、かも。主にわたしの精神力的に。
薬師さんのお宅に到着して靴を脱いでみたら、足首がなくなるくらい見事に腫れていた。そりゃ痛いわけだ。
布に緑のペーストを塗ったものをぺたりと足首に貼られ、ごく簡単な添木のようなものを当てて包帯でしっかりと固定される。
「またひどく捻ったもんだね。しばらく固定して安静に。貼り薬はこれ、飲み薬はいるかい?」
「お願いします」
「え、おるは?」
ライ、とりあえずの手当てだけして宿で治すつもりだったかな。けど
「結構痛みがあるので、今飲んでも良いですか」
この世界の薬にも興味があるし、何よりかなり痛いのだ。
「お腹が痛くなる人もいるから空腹の時はやめた方が良いんだけど」
あ、そこら辺はやっぱり変わらないんだ。
「じゃあ、ちょっと遅くなっちゃったし、ここ出たらすぐにお昼にしてそれから飲んだら良くない?」
「それなら良いよ。貼り薬は10日分くらいはあると思うから、勿体ないとか言わずに毎日張り替えること。飲み薬は5回分出しておくよ。痛みが酷くなってきたら飲んで」
「わかりました。ありがとうございます」
薬をもらって薬師さんのお宅を後にして、さぁお昼にしようというところで一悶着。
わたしを抱えて屋台を回ろうというのだな、ライが。
けど、ちゃんと手当てもしてもらったことだし、これ以上抱っこで移動はごめんだ。断固として断る。
「でも、安静に、って薬師も言ってただろう」
「じゃあ、あそこに座って待ってます。それなら良いでしょ?」
そう譲歩すると、しばらく悩んでようやく頷いた。
ベンチに座らされ、
「大人しく待っててね」
「すぐに戻るからねー」
そう言いながら散っていくみんなに手を振って、足をぷらぷらさせてみる。
しっかり固定してもらったおかげで、あれだけひどく捻った割には動かしやすい。靴が編み上げだからっていうのもあるかな。
大人しく座って待っていると、なぜか周りの屋台の人達が代わるがわる話しかけてくる。
嫌な感じはしないんだけど、なにやら子ども扱いされている気はする。いやまぁ別れ際の遣り取りを見てたとしたらわからなくもない……か?
構ってくれたお礼にというわけでは無いけれど、飲み物とおやつにもなりそうなドライフルーツを買って、1つ齧ってみた。
イチジクに似たぷちぷちの食感が楽しい。親指の爪くらいの大きさだから、ヤマイチジクみたいな感じかな。アジルというらしい。おかみさんがあれこれ見せてくれるもんだからついつい干した桃も一盛買ってしまった。
果物の長期保存は基本的にドライフルーツらしく、色々な種類がある。アーフェルみたいにお酒や果実水になるものもあるみたいだけどね。ジャムにしても美味しかったけど、砂糖がややお高いこの世界ではあまり一般的ではなく、むしろ高級品になる様だ。
今更ながら、シリシャのところで出したパウンドケーキってもしかして超高級品になるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながらのんびり座っていると、不意に周囲が騒ついた気がした。脳裏で何かが警鐘を鳴らす。
ただ、見回してみても特に騒ぎが起きている風ではない。周りの屋台の人達も普通にしてる。でも確かに騒ついている様なこの感じは、もしかして精霊達が騒いでいる?
鳴り続ける警鐘に嫌な予感しかなくて、少し場所を移動しようと立ち上がった、その瞬間。
フォン、と空気が振動した。
と同時にまるで檻の様に、黒っぽい紫を帯びた光がベンチを囲む様に立ち昇る。
これは……、もしや魔法陣という奴では?
ユーディの言葉が脳裏に蘇る。
『魔女とは精霊に頼らず、魔法陣や符を用いて、精霊に頼むのと同じようなことを為し得る者を言います』
という事は、これは魔女の仕業? なんでわたし? ってこの魔力がどこからかバレたのか。
ギルドや門番さんのところから漏れたなんて考えたくはない。でもじゃあどうして。
異変に気付いたのだろう、周辺が一気に騒がしくなる。今度は肉声を伴った騒ぎだ。ということは、やっぱりさっきのは精霊達が騒いでいたのだろう。
「誰か、隊長とギルドマスター呼んでこい!」
「兄ちゃん達まだ帰ってこないのか?!」
「お嬢ちゃん、それ抜けれないの?!」
抜けるも何も、拒否反応とでも言うのか触りたくないという感情が優先されて、身動きが取れない。カタカタと震え出した体をぐっと自分自身で抱きしめる。
落ち着け、怯えるな。
地面が波打った気がして、慌ててベンチに乗り上げる。お行儀悪いけど非常事態だから許してね。
「織葉さんっ!」
ティンの声が響いて、真っ直ぐに駆けてくるのが見えた。かなり後ろの方にルチルとライの姿も見える。
勢いそのままに光の檻に突っ込んで来たティンが、バヂッと嫌な音を立てて弾かれる。
「っつ……!」
何かの焦げた臭いがして、もんどりうって転がったところに乳白の髪が一房散った。
「ティン、無茶しないで!」
「そんなわけにいかないでしょ!」
その声に反応したかの様に、ぐにゃりと地面が歪む。
無数の触手の様な物がわさっと生えてきて、全身が総毛立った。周囲から悲鳴が上がる。
黒っぽいそれが一斉に向かってきて、流石にわたしも悲鳴を上げてしまった。
「やーっ! 来ないで、さわらないで!!!」
反射的に放ってしまった魔力でいくつかは弾けた様だけれど、無数ともいえる数には敵わない。
絡みつかれて、歪み波打つ地面に落とされた。黒紫の複雑な紋様が浮かぶそこに、ずぶりと体が沈み始める。
「おるは!」
ライが魔法陣に手をかけるけれど、バヂバヂッと凄まじい音と共に黒銀色の光が飛び散って、焦げ臭さが増した。
「ライ、手が……」
「そんなのどうでも良いから!」
どんなにもがいても却ってスピードが上がるくらいで、どんどん魔法陣に飲み込まれていく体。どこかに捕まろうにも、腕の届く範囲の地面は全部ぐずぐずだし、唯一の頼みの綱だったベンチは触手が触れた端からぼろぼろに崩れてしまっていた。
焦りの色を濃くしたライの、褐色に擬態していた瞳が、黄金に色を変え始める。
「駄目!」
バレたら大変なことになってしまうのに
「おるはより大事なものなんてない!」
なんて叫ばれて、とうとう力を解き放ってしまった。
バチン、と光の檻が解けた、のは見えた。
けれど。
ライの手が届くより一瞬早く、わたしは完全に地面に飲まれてしまった。
「おるは、……織葉!」
飲み込まれる寸前、わたしに向かって必死に手を伸ばすライの顔がやけにはっきり見えた。
と同時に
「あ、ははっ! やった、やったぞ! 俺にだって使えた。俺は出来損ないなんかじゃない、俺だってやればできるんだ!!」
どこかで聞いたことのある声の、狂ったような笑いが耳の奥にこだました。
お読みいただきありがとうございます。




