可愛くても好きでも限度はある。
宿に戻って直ぐに延泊の申し込みをしたら
「お祭り見ないで帰るのかと思ってたです」
と看板娘のベルデちゃんに言われ、苦笑い。
「長期で泊まってくれるですから、お風呂がサービスになるです。鍵がいるのは変わらないですから、入る時には声をかけてくださいです」
わぁ、ありがたい。
明日は農場行って、ギルドで買い取れる項目をもう少し詳しく……肉の買取はあるのかとか聞いて、くらいかな。
農場が楽しみだなぁ。
牛を譲ってもらえたら最高だけど、そうじゃなくても触れたら嬉しい。
昔、手伝いに行ってた牧場で馬に乗ってたこともあって、大型の動物も怖くない。むしろ久しぶりに触れ合いたい。
翌朝。
今日もお宿のお父さん、オウロさんの美味しい朝ごはんを頂いた後、準備を整え出発。ルチルの案内で街外れの農場を目指す。
途中でギルドも覗いてみたものの、かなりの人でごった返していたので、後にしようと諦めた。用事といえば質問だけだし、クエストに出る人たちの邪魔はしたくない。
少しゆっくりめに市を冷やかしつつ通り抜け、住居街をも抜ける頃、唐突に視界が開けた。
青々とした草が緩やかな風に波打つ。向こうに見えている金色は稲穂だろうか。春だから麦かな。
昔見た景色に似たそれに、思わず足が止まる。
「織葉殿に、この風景を見せたいと思ったのだ」
ルチルが呟く。
「きっと好きであろうと思って。間違いでは無かったようであるな」
「うん、すごく好きだね」
それだけ答えると、また景色に目をやった。
緑の海が波立つ様に、どうしようもなく郷愁を煽られる。
「……懐かしいねぇ」
ぽろりと零れた声は、やけにしみじみと響いた。
そのまま景色を堪能していると、人影がこちらへ向かってくることに気付く。
「誰かと思えば、あんたか。今日は大所帯なんだな」
「先日は世話になった。今日は主も一緒に来たのだ。織葉殿、こちらがカル。カル、我が主の織葉殿だ。そちらがティンとライ。我の同僚だ」
ライまで同僚で括っちゃったよコノヒト。
「あ、ああ、主さんってこっちか。俺はカル、よろしく。果樹は上手く根付いたかい?」
握手しながら真っ先に聞かれたことに、思わず笑いがこみ上げる。農家さんらしい。
「織葉です。おかげさまで、すくすく育ってます」
美味しい実が鈴なりです、とは言えないので上手く育っていることだけ報告。嘘じゃないし。
「……あんた、こんなちっこい身体なのにちゃんと自分も作業してんだな」
「はい?」
「手。ちゃんと肉刺がある。主、なんて言われてるからこいつらにやらせてんのかと思ってたよ」
悪かった、と頭を下げられて軽く慌てる。
いやまぁほらね、この見てくれとルチルの言動からして、そう思われても仕方ないと思わなくはないから。
「まぁ、よくそんな感じのことは言われますね。慣れてるから大丈夫です」
「悪いな。で、今日はまた別の種を買っていくか?」
「それも欲しいですけど、牛が欲しいんですよね」
「牛、ねぇ……」
おや? なんか面白いイキモノを見る目になっておられる?
「まあいい。とりあえずこっち入りな」
入り口の柵を開けて、迎え入れてくれた。
「で、牛ってこちらには?」
「居るぜ。牛も馬も居る。なんだったら鳥もいるが」
「卵用?」
「当たり前だろ。まぁ年いったら潰すけどな」
「ああはい」
「……こういう話しても大丈夫なのか」
「わたし猟師ですから」
「は?」
ぴた、と足が止まる。
振り返り気味に見上げると、黄褐色の瞳がまん丸になっていた。
「織葉殿は腕の良い猟師であるぞ。皮の買取にプラス査定がつく程度と言えばわかるか」
「鞣しの腕が良いってことじゃないのか?」
「それも当然だが、元の皮に余計な傷がないのだ。ギルドの査定係が浮かれるくらいには良い状態であったようだ」
「……はー。見かけに寄らねえもんだな」
「それもよく言われます」
真顔で返すと、思いっきり苦笑された。
そんなこんな話しながら麦畑を抜けると、ふっと動物の匂いがした。
きょろ、と見回すとやや離れたところにもう1つ柵があって、その向こうに馬や牛が放牧されている。
許可を取ってから近付くと、向こうもすぐ傍まで近付いて来た。
ホルスタインの茶色版って感じの斑模様。
「こんにちは」
下から手を差し出して、匂いを嗅いでもらう。
怖くないよー。何にもしないから撫でさせてくれると嬉しいな。
首を下げて鼻先を手のひらに押し付けてきたから、そのまま手を滑らせて顎の下を掻いてやる。ふんふんと鼻息が当たるのが擽ったい。
「へぇ。そいつ手懐けられるんだ」
「大人しくて良い子じゃないですか」
「いやいや、そいつ一番聞かん気でわがままな奴だから」
「えー」
と、なぜか次々に挨拶と言わんばかりにすりすりしにくる動物たち。
「わ、わ、わわわ?」
「……大人気だな」
「織葉さんてば牛や馬にまで好かれるんだね」
ティン、感心してないで助けておくれでないかい。
一際体の大きな黒毛の馬にすり寄られて、とうとうよろけてしまった。
とたん、後ろからひょいと抱き上げられる。
「だめ」
「ライ?」
「おるはの側が心地いいのはわかるけど、怪我させたら怒るよ」
はっきりと威嚇するライの前に、馬たちが整列して首を垂れた。
「なあ、こいつ何者?」
「ライは……」
ルチルがなんと言ったものかと言葉を濁す。
「動物の扱いに慣れているだけだよ」
「いや慣れてるだけじゃこんなんならねぇって」
だからってまさか神様だとは言えないしね。ユーディの時とは色々違う。
ライに抱っこされたことで、体の大きな子達ともあまり変わらない高さに顔がきて
ぺろん
「わっ?!」
って、舐められた! 手ならいいけど顔はちょっとやめていただきたいぞ。
「あ、こら! お客さんに何してる!」
カルが叱るけど、知らんぷりしてる。
「いつもはこんなんじゃないのになんなんだよ、ったく」
なんて愚痴ってるけども。
あっ、背後からなんかおっかない空気が!
「怪我させなきゃ良いって話じゃないからね……?」
落ち着かなげに身動ぎする動物たち。
うん、実はわたしも抱っこされてるのちょっと落ち着かない。
ので、ちょっと強引だけど話を逸らす。
「えっと、で、お譲りいただくのってできるんでしょうか」
「あ、ああ、うちは構わないんだが」
「だが?」
「あんたの気に入られ度合いからして、1頭だけ選ぶのが大変そうだなと」
……確かにちょっと思わなくもないけど、それを改めて言われましてもね。
「わたしはどの子でも良いんですけどね」
そう言うと、あからさまにみんなそわそわしだす。
ライが睨み効かせてるからか、押し寄せては来ないけど。
「サルファ、お前はだめだからな」
そう言われて、あの一際大きな馬がしょんぼりと項垂れた。
馬は買うつもりなかったから別に問題は無いんだけど、なんでわざわざご指名?
「ちなみになんで駄目なんですか?」
「こいつは預かり物なんだ。うちにいるけど俺の馬じゃない」
「それは駄目ですね」
「ああ、馬は要らないみたいだけど、もし要るとしてもこいつ以外で頼まないといけないんだ」
「だって。ああ、うちは森に近いから、獣に怯えない子がいいかもです」
「森って……」
「不帰の森の辺縁部です。わたしは森の獣を狩って生活してますから」
実際住んでるのは辺縁部どころかど真ん中だが。
絶句したカルと森と聞いて別の意味でそわそわし始めた子を後目に選定を開始。
結果、最初にご挨拶した茶白の斑の子にいたしました。
聞かん気でわがままとカルは言っていたけど、中々図太そうでもある。
「じゃあ、帰る時に一緒に連れて行くので、それまで預かっててもらって良いですか?」
「ん、わかった。種とかもその時に一緒に渡せるようにしておく。1頭だけで飼ってるとだんだん乳の出が悪くなったりするから、普通ならここへ刺激を与えにくるといいんだろうけど、刺激には事欠かないかもしれねえな」
「確かに。でもありがとうございます」
「あとその口調どうにかなんねぇか」
「はい?」
「俺にそんな丁寧な言葉で話さなくていい」
あー、まぁ、くせみたいなものなんだけど。
「わかった。じゃあ遠慮なく崩させてもらう」
「その方が良い」
ニカッと笑ったカルは、どこか幼く見えるくらいには無邪気な表情をしていた
カルは代替わりしたところなので、農場主としてはかなり若い方の部類に入ります。
アラサー程度だと思っていただければ。
お読みいただきありがとうございました。




