第20話 旧敵との邂逅
第20話 旧敵との邂逅
ウゥゥゥゥゥン――。
夏の甲子園予選を控えた、じりじりと焼けるような熱気の中、第二回戦のプレイボールを告げるサイレンが球場に鳴り響いた。
東中学校野球部のマウンドには、一週間前の不甲斐なさを完全に払拭した鋭い眼光を宿し、背番号「1」河上顕真が立っていた。
バックネット裏では、ひなたが新しく書き直したメンバー表を手に、息を呑んでグラウンドを見つめている。
対戦相手は、私立の雄・黒金中学校。
シニアリーグの精鋭たちを揃え、ベンチには中西、髙橋、田上、山口と、いつでも主戦を張れる四人の投手を控える、今大会屈指の優勝候補だ。
顕真は、捕手・野村の構えるミットを静かに見つめた。
音が聞こえない静寂の世界の中で、顕真の周辺視野には、黒金中の洗練された布陣がはっきりと映り込んでいた。
一番・ファースト、近藤。二番・セカンド、田中。三番・センター、糸井。
そして――ネクストバッターズサークルで、長いバットを誇示するように肩に担ぎ、マウンドの顕真を冷酷に睨みつけている四番・ピッチャー、御子柴。
(御子柴……あんたの目は、あの時から何も変わってないな)
かつて名門シニアで背中を並べ、そして顕真の耳のハンディキャップを理由に激しく衝突した男。黒金中の上位打線は、顕真の過去の「球筋」を最もよく知る宿敵たちの集まりだった。
「プレイ!!」
審判の腕が振られ、緊迫の第一打席が始まった。
一番打者の近藤が、不敵な笑みを浮かべて左打席に入る。彼は顕真のシニア時代の悪癖――「疲労による左足の踏み込みのブレ」を完全にデータとして頭に叩き込んでいるはずだった。
だが、今の顕真は、あの頃の怪物ではない。
顕真はセットポジションから、一週間の地獄の走り込みで極限まで鍛え上げた強靭な下半身を深く沈み込ませた。
北別府コーチに叩き込まれた、脳内の白い一本線。そこへ、寸分の狂いもなく左足を踏み下ろす。
しなるように鋭く振り抜かれた左腕。
切り裂かれた空気が、目に見えるほどの透明な暴風となって近藤の胸元へと殺到した。
初戦の最終回とは比べ物にならない、特訓の成果が凝縮された百三十キロ後半の剛直球。
近藤の脳が「外角の直球」と判断した瞬間には、白球はすでにインハイの極限のコースへと突き刺さっていた。バットを始動させることすらできない絶妙なコントロール。
捕手・野村のミットが強烈に後ろへ弾かれ、その衝撃波がマウンドの顕真の足裏を突き抜けた。
(なっ……何だ今のキレは!? 踏み込みが、全くブレてねえ……!?)
打席の近藤の顔から、一瞬にして余裕が消え失せる。
二球目。顕真は全く同じフォーム、全く同じ軌道から、今度は手元で急激に視界から消え去る「高速スライダー」を外角低めへと滑り込ませた。近藤のバットは完全に空を切り、早くも追い詰められる。
声も、音も届かない世界の中で、顕真の「観察眼」だけが近藤の焦りを冷徹に捉えていた。
三球目。内角への容赦ない剛直球。近藤はかろうじてバットを合わせたものの、完全に力負けした打球は力なく真上へと跳ね上がった。
ショートの山本慎太郎が、猛チャージをかけてがっちりとグラブを掲げる。1アウト。
「よし! ナイス入りだ顕真!」
ショートの山本からサードの茂木、セカンドの中村、ファーストの川瀬へとボールが回され、小気味よいテンポでマウンドの顕真へと戻ってくる。東中ナインのディフェンスは、初回から完全に噛み合っていた。
続く二番の田中も、顕真の進化した下半身から放たれる直球と高速スライダーの二部構成の前にタイミングを狂わされ、サード茂木への力ない内野ゴロに倒れて2アウト。
完璧な立ち上がり。二死走者なし。
そして、黒金中の三番・糸井が打席に向かうのと同時に、ネクストバッターズサークルから、四番・御子柴がゆっくりと立ち上がった。
御子柴はバットを鋭く一振りすると、マウンドの顕真へとその銃口のような先端を向け、唇を動かした。
音は聞こえない。だが、顕真の「眼」は、御子柴の言葉を正確に読み取っていた。
『行くぞ、河上。お前のその静かな世界を、俺のバットで粉々に叩き割ってやる』
真夏のぎらつく太陽の下、スコアボードの「0」の文字が美しく光る。
東中学校のサイレントKと、黒金中学校の天才・御子柴。
過去の因縁と、進化したシステムが真っ向から激突する、宿命の戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた――。




