第17話 激闘
第17話 激闘
三回から牛田中のマウンドに上がった本格派エース・織田と、東中の「サイレントK」河上顕真による泥沼の投手戦は、真夏のグラウンドを完全に支配していた。
互いに一歩も譲らぬまま、スコアボードには冷徹な「0」の数字が並び続け――試合はついに、最終回である七回表の攻防を迎えていた。
七回表、東中学校の攻撃。残された攻撃は、泣いても笑ってもこのイニングしかない。
マウンド上の織田の球威は、最終回を迎えても全く衰えていなかった。東中の八番打者が三振に倒れ、一死。
打席に向かったのは、九番・ピッチャーの河上顕真だった。
織田はマウンドから、疲れの色を微塵も見せない顕真を睨みつける。
(バッティングの素人相手に、手加減はせん。三振してマウンドへ帰れ、怪物め)
織田の放った初球、百三十キロを超える唸るような直球がインコースへ。
顕真の耳に、球音は聞こえない。だが、特訓で培った卓越した「眼」が、織田のリリースポイントから放たれた白球の軌道を正確に捉えていた。
顕真は奇麗に呼び込んで打つプライドなど、最初から持ち合わせていなかった。
身体ごとボールにぶつかっていくような泥臭いスイング。バットの先端に当たった打球は、ピッチャーの足元を激しく跳ね、マウンドを越えてセカンドの前に転がった。
セカンドが猛チャージをかけるが、顕真は下半身の特訓で爆発的なスプリント力を手に入れていた。一塁ベースへ決死のヘッドスライディング。審判の両手が猛然と横に広がる。
「セーフッ!!」
執念の内野安打。九番ピッチャーの出塁に、東中ベンチは割れんばかりの歓声に包まれた。
「よくやった顕真! 繋ぐぞ!」
続く一番・川瀬が、織田の動揺を見逃さずに初球の外角直球を綺麗に流し打ち、ライト前ヒット。ランナーは一、二塁へと進む。
さらに二番・中村。牛田中の極限のプレッシャーが織田の指先を狂わせ、甘く入ったスライダーを中村が完璧に引っ張った。打球はサードのグラブを弾いてレフト前へ。
ノーアウト満塁。
東中にとって、これ以上ない絶好の先制機が、そして同時に織田を引き摺り下ろす最大のチャンスが到来した。
打席には、三番・サードの茂木亮吾。
牛田中の守備陣は、一点もやれない状況から極端な前進守備を敷く。
二塁走者の川瀬、そして三塁走者の顕真。通常であれば、三塁コーチャーが大きな声でランナーに指示を飛ばす緊迫の局面だ。しかし、顕真にはその声が届かない。
三塁コーチャーボックスに立つ先輩の部員は、メガホンを置き、両手を大きく広げて顕真の視線を受け止めた。
(河上、声は聞こえなくても、俺の動きを絶対に見落とすな。レフトが捕球した瞬間、俺が右腕を激しく振り下ろす!)
顕真は三塁ベースにしっかりと右足をかけ、低く身構えた。その視線は、三塁コーチャーの動きと、打席の茂木、そして牛田中のレフト大友のポジションを同時にその卓越した視野(周辺視野)で捉えていた。
織田が投じた三球目。茂木が歯を食いしばり、上から叩きつけたバットが、高めの直球を捉えた。
打球は高い弧を描き、レフトの大友の頭上へと上がった。前進守備を敷いていた大友が、慌てて背後へと下がっていく。
(浅いか……!? いけるか……!?)
東中ベンチが息を呑む。
大友が背後を向きながら、フェンスの手前でジャンプし、グラブを突き上げた。
その瞬間。大友のグラブに白い球が収まった「視覚的瞬間」と、三塁コーチャーが全力で右腕を振り下ろした「残像」が、顕真の脳内で完全にシンクロした。
音のない世界で、顕真の強靭な下半身が爆発的に駆動した。
サードベースを強く蹴り飛ばし、ホームベースへと向かって弾丸のように突き進む。
捕球したレフトの大友が、すぐさま体制を立て直してホームへ全力のバックホームを投じた。
鋭い送球が、ノーバウンドで捕手・狩留家のグラブへと向かっていく。
顕真は滑り込まない。キャッチャーのブロックを恐れることなく、トップスピードのままホームプレートへ向かって巨体を突進させた。
狩留家がボールを捕球すると同時に、顕真の左肩がキャッチャーの胸元へと激しく激突した。
砂塵が激しく舞い上がり、二人の身体がホームベース上で激しく交錯する。
グラウンド全体が、審判の判定を待って一瞬の静寂に包まれた。
激しい砂煙の中から、審判が両腕を水平に大きく広げ、喉を震わせた。
「セーーーーフッ!!!!」
一対零。
七回表、最終回の攻撃にして、東中学校がついに、泥臭くも完璧な戦術によって、強豪・牛田中から絶対的な先制の1点をもぎ取った瞬間だった。




