第48話 ろぼみは今
美咲の素朴な思いつきが功を奏し、ヘレンの誤解は解け、
強硬ビルに漂っていた緊張もようやくほぐれつつありました。
しかしその裏で、静かに進行していた“小さな事件”がありました。
穏健派へ牽制球を投げる目的だったはずが、思いも寄らぬヘレンの訪問。
いかん、ヘレンを相手にするとどうも調子が狂う。
しかし昨日は、自分以外の家族には楽しい夜になったようだ。
強硬ビルの社長室で、静香の父は昨日の出来事を思い返していた。
考えようによってはヘレンに貸しを作ったとも言える。
もっとも、ヘレンがそう認識するかどうかだが……
コンコン、とノックの音。
「社長、よろしいでしょうか?」
「ん?どうした?」
「実は、その……困ったことになってまして。こちらをご覧ください」
差し出されたモニターにはオペレーションルームの様子が映っていた。
「これはオペレーションルームの様子だな。これが何か?」
「この後です。続きを見てください」
続きを再生すると、オペレーターの一人が方言で電話対応している。
「これは……広島弁か?」
「ええ。このアンドロイドは全国どの地域の方言も巧みに話す個体でして、そのことが密かに話題となり電話が殺到している始末です」
「方言を話すアンドロイドか……興味深い」
「しかし、他のアンドロイドへの影響が心配です。排除した方がよろしいでしょうか?」
「いや、このままで構わない。おもしろいではないか。それに、最近売り出している商品はどれもが穏健派によるものだ。少しばかり販売にブレーキがかかるくらいがちょうどいい」
「そうですか。しかし、この現象はろぼみの影響によるものだと思われますが、アンドロイドの中にはまだろぼみの記憶が残っているということなのでしょうか?」
「確かに、このようなヘンテコな機能で思い出すのはろぼみだな。
しかし、アンドロイドたちからはろぼみの記憶を消したはず。どういうことなのだろうか。
ろぼみは今どこで何をしているのだろうか?」
「我々の間でも消息はつかめていませんが、ヘレン様なら何かご存知ではないでしょうか」
「私がヘレンに聞くのか?……嫌な予感しかしない……」
静香の父は仕方なく、ヘレンにろぼみの消息を尋ねることにした。
◆ヘレンの返答
「お兄様、昨日はありがとうございました。
お兄様のおかげで私はお姉さまと静香の信頼を取り戻すことができました。たいへん結構でした。
ところで今日は何の御用でしょうか?」
「ん?ちょっと聞きたいこともあったのだが……君はさぞかし今日も忙しいんだろうね」
少々皮肉を込めて言ったつもりだったが、ヘレンの機嫌はいい。
「ええ、おかげ様で。今度もう一度『美咲が行く』の監督をすることになりましたの。どんな内容にするか構想を練っている最中ですの。
それより、聞きたいこととは何でしょうか?」
「実はその……ろぼみのことなんだがね。君は何か知っているか?」
「ろ、ろぼみですか?」
ヘレンは唐突な質問に驚いた。
しかし、ろぼみが穏健派の執務室にいることを正直に明かすわけにはいかない。
しばらく考えて──
「……いいことを思いつきました。『美咲が行く』の番組で美咲ちゃんに探してもらいましょう」
「君はろぼみ探しを番組のネタにするというのか?」
「ええ、私、お兄様には借りがありますもの。きっとお役に立って見せますわ。
こうしてはいられません。早く帰って企画を練らないと。では失礼いたします」
ヘレンは小躍りしながら出て行った。
またもヘレンのペースに巻き込まれてしまう父であった。
◆穏健派の執務室・ろぼみ
穏健派の執務室ではメアリとろぼみが事務処理に精を出していた。
「ふぅー。ほとんど片付いたわね。残った分をさっさと終わらせよう。ろぼみちゃん、何かいいことあるかもよ」
メアリはヘレンからろぼみの件を聞いていた。
「いいことってご褒美?それなら、小さくていいので、あたいのポートレートもここに飾ってほしいのです!
メアリちゃんの隣がいいなぁです!」
「え?そんなものがいいの?私はここに自分の写真があるのは恥ずかしいんだけれど……」
「あたいもここの一員だという証がほしいのです」
「ここの一員という証か……それよりもいいことかもよ」
◆『美咲が行く』収録・第1スタジオ
「みなさん、こんにちは。レポーターの美咲です」
「今日は、私も出演している通販番組のスタジオからお届けします。こちらの方は私の友達のお父さんで、ここの社長さんでもあります」
「お父さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします。
待望のサーチマンが発売されましたが売れ行きは好調ですか?」
「ん?サーチマン?あれか。付属品のグラビアは好評のようだよ」
「あたしはミエールくんと併用して使っているけれどすごくお気に入りです」
「なるほど、それは良かった。ところでここには方言で応対する電話オペレーターがいるんだけれど、美咲ちゃん知ってた?」
「へえ、おもしろい話ですね」
「そうでしょ?私が聞いたのは広島弁だったんだけれど、全国の方言を使い分けるらしい。これはろぼみの仕業だと私はすぐに気づいたよ」
「え?ろぼみは、お父さんの家のメイドロボットだったけれどいなくなったんですよね」
ろぼみの名が出た途端、美咲は一瞬絶句したが、気持ちを切り替えて説明を加えた。
「うん。今日は美咲ちゃんがろぼみを探してくれるんでしょ?」
「え?あたしがろぼみを探すの?それはちょっと……聞いてなかった(どういうことなの?)」
美咲はディレクターのヘレンの方を見る。
ヘレンは涼しい顔で「ろぼみの思い出を聞け」というカンペを掲げていた。
(ヘレンさんは、ろぼみの件をあたしに丸投げする気だ……いじわるだなあ……)
「おうちでは、ろぼみはどんなメイドロボットだったんですか?」
「変わり者だった。動物が好きでね。私は怒って追い出してしまったんだ。門を出るときに2度3度振り返っていたのを思い出した。かわいそうなことをしたと今では思っているよ」
「そうですか……彼女が見ているかもしれません。お父さん、あちらのカメラに向けてメッセージをどうぞ」
「ろぼみ、元気にしているか?静香も寂しがっている。うちへ帰っておいで」
父の言葉を聞きながら、静香はそっと目を伏せていた。
その時──
スタジオの奥から小さな影が動いた。ろぼみだ。
「旦那様ああ!」
「え?ろぼみなのか?」
静香の父とろぼみの感動的な再会に、美咲は目頭があつくなった。
「ろぼみぃぃ、よかったねぇ(グスンッ)」
「また一緒に遊ぼうね」
スタジオ内が感動の拍手で包まれる中、番組はきれいに幕を閉じた。
ろぼみは静香の手をぎゅっと握り、美咲は涙をこらえながら微笑んだ。
思わぬところから、ろぼみ失踪事件は静かに解決しました。
家族の言葉に導かれ、ろぼみはようやく帰る場所を取り戻したのです。




