第47話 捕獲作戦失敗の余波
美咲の素朴な思いつきから生まれた「美咲弁当」。
その小さな出来事は、強硬派・穏健派・元過激派、そして家族の間にまで静かな波紋を広げていきます。
力の余韻がまだ空気に残る中、日常の“おいしいもの”が世界を少しずつ変えていく──
今回は、その余波の物語です。
強硬ビルの中では美咲弁当が好評で、特にシーフード弁当は定番の人気メニューとなっていた。
美咲にサービスするためだけに選ばれたような厳選食材、それでいて安い価格設定が売りだった。
「社長、今日も美咲弁当のシーフード弁当でよろしいでしょうか?」
「お?もうこんな時間か。早めに注文しないと売り切れるからな。
今日は海老天むす弁当を試してみよう」
「わかりました」
「ところで、ヘレンの様子はどうだ?増長して言いたい放題ではないか?」
「いいえ、過激派の一件が片付いたことで、番組制作の方に力を入れているように見えます」
「ほう、さてはカモフラージュか……直に腹を探る必要があるな。
昼食後で構わんのでヘレンを呼んでくれ」
静香の父は午後にヘレンとミーティングすることにした。
◆ヘレンと静香の父
「お兄様、何の御用でしょうか?私は忙しいですので要件は手短にお願いします」
「いや、忙しいところすまない(やはり言いたい放題ではないか)」
ヘレンは机の角に置かれた美咲弁当の袋を見つけた。
「あ?こちらでも美咲弁当を取っているのですか?」
「え?みんなが注文するのでついでにだ」
「私は何と言いましてもシーフード弁当ですわ。中でもイワシのハンバーグが大好きです」
「イワシのハンバーグか。あれは旨いな」
(いかんいかん、ヘレンのペースに巻き込まれている……)
弁当の話がしたくて呼んだわけではない。
「ところで、例の過激派捕獲作戦の件について。こちら側の報告で大まかのことは知っているが、現場に居合わせた君の見解を聞いてみたい」
(ヘレンは何か言い訳をするに違いない。そこを追求するのだ)
「捕獲作戦は失敗でした。紺ちゃんの圧倒的な力を見せつけられた私たちは何もできませんでした……
そして、美咲ちゃんがすべてを丸く治めてくれたのです」
ヘレンの返答は静香の父には拍子抜けだった。
(そんな美辞麗句には騙されないぞ)
「しかしだ、それでは静香の言った通りではないか。それをどう思うのだ?」
話が静香に及ぶと、ヘレンはうな垂れた。
「確かに……私は彼女は狂っていると思いました。
しかし、静香もお姉さまもきっとこうなるだろうとわかっていたのです。それなのに私は……
私たちは状況をまるで把握できていなかったんです」
「その私たちには私も含まれているのか?」
「ええ、その通りです。私はお姉さまの足元にも及びません。静香も私のことをきっと疎んじているに違いありません」
静香の父は、出鼻をくじくつもりで呼びつけたヘレンが落ち込む姿に、少々かわいそうになってきた。
「そんなことはないよ。
マーガレットは君のことをいつも気にかけているし、静香も君が大好きだそうだ。君があまりうちに来なくなったと嘆いていたくらいだ」
「お兄様!それは本当ですか?」
ヘレンはたちまち喜色をあらわに顔を見上げた。
「そうですか。そうなんですか。早速今日、お詫びを兼ねてお宅に伺いますわ」
「今日?急すぎではないのか?(いきなり来られても迷惑だ)」
「いいえ、善は急げと申しますもの。静香にもおみやげを買わないと……
今日は久しぶりに夕食をご馳走になります。もちろん、決して手ぶらでは参りませんので」
当初の目的とは思いもよらず、ヘレンが訪問することが決まってしまった。
◆元過激派の男と作家先生
元過激派の男は弁当稼業に精を出す傍ら、『美咲が行く』の収録では献身的に美咲の補助をしていた。
男の働きに気を良くした美咲はファミリーレストランに招待し、いつもの面々に改めて紹介することにした。
(はて、ここに招かれるということは、弁当屋の次はここも買い取れと美咲ちゃんは示唆しているのだろうか……
いっそ店名も“美咲レストラン”に変えるべきか……)
男の中では買い取りの算段と、入口に等身大の美咲人形を置くか、店内に美咲の肖像画を飾るかなど妄想が膨らんでいた。
そこへ作家先生が現れた。
「おや?美咲ちゃん、珍しいお客さんと一緒にいるんだね。まさかこの人の仲間になったということではないよね?」
「あら、作家先生、こんにちは」
(こいつは確か政府の……私は政府に屈したわけではないぞ)
男と作家先生の間で火花が散る。
作家先生は政府側の立場から、美咲陣営の急速な台頭を警戒していた。
美咲はただならぬ気配を感じ取り、仲裁に入った。
「このおじちゃんはお弁当屋さんの偉い人なのに、あたしの番組をいつも手伝ってくれるの。
おじちゃん、この人はあたしの知り合いで作家先生だよ。二人とも仲良くしてね」
「仲良くするのじゃ」
紺の相槌は二人に警告を告げていた。
◆ヘレン、久しぶりの訪問
ヘレンは嬉しさと不安を胸に、久しぶりの訪問へ向かった。
「お姉さま、こんばんは」
「あら、ヘレン珍しいのね。今日は夕食も食べていくのかしら?」
「ええ、そのつもりで参りましたの。ちゃんとおみやげも買って来ました」
ほどなくして静香の父が帰宅し、夕食と歓談の席が始まった。
「ところでヘレン、報告を聞いて事実は知っていますが、私はあなたの話が聞きたい。いったい何が起きたのですか?」
「お姉さま、私たちには捕獲作戦など無理だったのです」
ヘレンはしばらく沈黙した後、事の一部始終を語り始めた。
自分たちの作戦で美咲に危険が及んだこと。
その瞬間、紺が動き、圧倒的に空間を支配し、美咲の一撃ですべてが終わったこと。
美咲弁当が職場で評判なこと。
ヘレンは身振り手振りを交えながら語った。
マーガレットはその一言一句に頷きながら熱心に聞き、
静香は現場の目撃者の一人でもあるが、叔母のひょうきんな動作を交えた語りに薄ら笑みを浮かべながらじっと聞いていた。
静香の父は報告書の内容と変わらない説明に真新しい何かを発見できずにいたが、
マーガレットと娘は喜んでいると思った。
二人の顔は美咲の番組を見ている時と同じ表情をしていたからだ。
ヘレンは失敗談を語っているはずなのに、
マーガレットと静香が自分の話を熱心に聞いてくれることに満足するのだった。
おいしいものは、人と人を結び、繋げていきます。
力の余波がまだ空気に残る中でも、美咲の弁当は対立をほぐし、
誤解や緊張さえ、ゆっくりと温かい食卓へと変えていきました。
美咲の素朴な思いつきが、今日もまた誰かの心をやわらかくしていくのです。




