第46話 美咲弁当誕生
誰に矢を向けているのかわかっているのか──
紺の無言の警告は、穏健派にも過激派にも深い震撼を残しました。
その翌日、強硬ビルでは思わぬ形で“余波”が動き始めます。
穏健派主導による過激派一味捕獲作戦は失敗に終わった。
その翌日の強硬ビル。
静香の父は作戦失敗の報告を受けて上機嫌だった。
「所詮は穏健派だったと言うことだよ。私の予想通りの結果だ」
「しかし、紺ちゃんが介入するとは予想外だったな……」
「あの娘の破壊力は凄まじい。我が家の番犬ロボだったろぼみが機能不全になるのを私もこの目で見てるからな」
「今回の失敗で穏健派の勢いは衰えるでしょうね」
「うむ。このまま衰退するだろう。いや、衰退してもらわねば困る。
しかし油断はできん。ヘレンがまた奇策に出るとも限らん。引き続き警戒が必要だ」
「はい、わかりました」
◆第1スタジオ・収録後
第1スタジオでは普段通りの収録が行われた。
「お疲れ様でした。ではお先に失礼します」
美咲は三姉妹揃って帰ろうとしたが──
「美咲ちゃん、私は打ち合わせがあるから、先に帰ってて」
メアリは居残ることを告げた。
「あ、そう?それじゃあ、これから紺と二人で釣具屋に行ってくるよ」
美咲は紺とエレベーターに乗り込んだ。
◆強硬ビル玄関前・過激派の男
その頃、強硬ビルの玄関前には過激派一味の男が来ていた。
鉄壁のセキュリティーを誇る強硬ビルに不審者は入れない。
男もそれを承知していたが、美咲に対して敵意はなく、一方的に敗北宣言をするつもりで三姉妹が出てくるのを待っていた。
玄関ロビーの自動ドアが開き、最初に出てきたのは紺だった。
男は紺の姿を見るなり分が悪いと感じ、そそくさと退散しようとした。
その時、紺の後に続いて出てきた美咲が男を呼び止めた。
「あれ?おじちゃん?」
「え?」(しまった……)
「メアリに用事なら、まだ中にいるからあたしが呼んでこようか?」
「め、メアリちゃんを呼ぶ?」
紺の目がきらりと光る。
「いや、もういいんだよ。め、メアリちゃんに用はない。決してない!」
男は紺と美咲を交互に見ながら必死で訴えた。
「そうなの?ふーん」
「うん。それじゃあまたね」
一刻も早くこの場を去りたい。
「ところで、おじさんは本当は……」
「え?」(ギクッ!正体がばれたのか……)
「本当はお弁当屋さんだったんだね。ディレクターさんに聞いたよ」
「べ弁当屋だって?」
「うん、あたし、てっきり現場のスタッフさんだとばっかり思い込んでたよ、ごめんね」
「え?いいんだよそんなの、じゃあね」
「いやいや、あたしはおじさんにお詫びとお礼に何かしたい」
「お礼なんていいよ。そろそろ帰らないといけないから……」
「そうだ!明日の収録のお弁当、おじさんのお店で注文することにしよう」
「お弁当の注文だって?」
「うん、静香のお父さんのところにも人がいるから……20人前になるかな」
明日20人前の弁当を用意できるか否かは男の死活問題だった。
美咲からは逃げ切れない。男は決意した。
「わかった。がんばって準備するよ……
せっかくだから、お店の名前、『美咲弁当』にしてもいいかな?」
「『美咲弁当』か……いいね、おもしろい!」
美咲は太鼓判を押した。
美咲の名前が入っただけで、ただの弁当が“勢力図を動かす道具”になった。
男は喜色満面の笑みを浮かべ帰っていった。
◆強硬ビル・緊急対策会議
その頃、強硬ビルの会議室では、ヘレン、おりず、静香、メアリを交えて緊急対策会議が行われていた。
「私は紺ちゃんの実力があれ程強力だとは知りませんでした」
「紺ちゃんは美咲ちゃんが絡むと容赦しないですから……」
メアリは現場にはいなかったが、紺を知る身として事態を容易に想像できた。
「紺の力はろぼみの変貌により実証済み」
静香は淡々と付け加えた。
「しかし、あれ程のことの後ですから、過激派一味の接触は今後沈静化するのではないでしょうか?」
おりずが分析すると──
「そうですね……でも、メアリちゃん、あなたは強硬ビルの収録と執務室以外は引き続き、顔を出さないようにしてください」
「わかりました。
……美咲ちゃんは本当に大丈夫なのだろうか」
メアリは遠くない未来に不安を募らせたが、ただ見守るしかできない己の非力さを悔しく思った。
◆翌日・第1スタジオ
午前の部の収録が終わり、昼休憩に入ろうとする頃──
受付から「弁当屋がロビーで待機中」との連絡が入った。
「あの男だ!」
ヘレンはモニターに映る男の姿を見て声を震わせた。
今、第1スタジオにはメアリもいる。
「ヘレン様、私にお任せください!」
おりずが志願し、スタジオ内は緊張に包まれた。
美咲は騒然とした気配を察知し、モニターの方へ近寄った。
「どうしたの?」
「あ、おじちゃんが来た!」
美咲は受付に通すよう指示し、エレベーターへ出迎えに向かった。
紺も美咲に追従する。
「あたしがおじさんを呼んだの。昨日約束したんだから」
「何ですって?」
この前の再来なのか。今度は大惨事になるかもしれない。
エレベーターのドアが開き、男が現れた。
「お弁当でーす」
パンパンパン。
美咲は3回拍手して注目を集めた。
「みなさーん、お弁当が来たよ!」
「ディレクターさん、休憩でいいよね?」
美咲は弁当をスタッフに配り始めた。
男はおりずとヘレンの元に来ると、過激派を解散し、今後は美咲陣営に加わる意志を手短に告げて帰っていった。
◆強硬ビル・社長室
コンコン、とノックの音。
「社長、たいへんです!
例の男が第1スタジオに侵入しました」
「何だと?
……ちょうどいい。ヘレンに強硬派の実力を見せる絶好の機会だ!
このビルの中ならば何をやっても構わん。大至急始末するのだ!」
「わかりました!」
間もなくして再びノックの音。
「もう片付いたのか?」
「いえ、それがその……
男は既に第1スタジオにいませんでした。
代わりにヘレン様からこちらを預かりました」
「何だそれは?」
「絶品のシーフード弁当だそうです」
部下は『美咲弁当』と印刷された袋を持っていた。
「とにかく、我々も食べてみませんか?」
「……そうだな」
弁当を食べながら報告会が始まった。
「私が第1スタジオに乗り込んだときは休憩中でして……」
「ヘレン様の話では、過激派勢力は解散、例の男は美咲陣営に加わると言ったそうです」
「何だと?
それでは静香の出鱈目な予言通りではないか!
旨いなこれは……」
「イワシのハンバーグだそうです。ヘレン様は美咲ちゃんを褒め称えてました」
「しかし困りましたね……
美咲ちゃんのお手柄とは言え、穏健派は無血で事態を解決したわけですから。
このエビフライも旨い……」
「ヘレンもマーガレットも益々増長するだろうな。
私のハンバーグと君のエビフライを交換してくれないか?」
「いいですよ。おいしいですね」
「うん。我々も明日からは美咲弁当を注文することにしよう」
「わかりました」
こうして美咲弁当は上々のデビューを飾ることになった。
力による連鎖が支配しようとしていたその空気を、
美咲はたった一言で“おいしいもの”へと変えてしまいました。
紺の圧倒的な力が残した余波さえ、
美咲の無邪気さは軽々と飲み込み、
世界の緊張はいつの間にか弁当の香りへと塗り替えられていきます。




