第42話 マーガレットの告白
サーチマンが生まれ、世界は「以前」と「以後」に分かれました。
その流れをどうにか押し戻したいと願う者がいます。
しかし、時代の転換点には必ず“語られざる真実”があるものです。
今夜、ひとりの女性がその真実を静かに告白します。
強硬ビルの会議室では、静香の父が側近たちを集めて話し合っていた。
サーチマンのお披露目から数日──強硬派の空気は落ち着かない。
「私はヘレンに約束してしまった以上、サーチマンの販売を許可するしかないのだが……何らかの抑止策はないだろうか」
側近のひとりが慎重に答えた。
「サーチマンはNot Human問題を解決しています。流通したとしても、我々の体制に影響があるとは思えません」
ブッブー、ブッブー。
その側近の携帯がメール着信を知らせた。
短い沈黙の後、会議は再開される。
「問題はそこではない。サーチマンの評判如何によっては穏健派は発言力を増し、増長するに決まっている」
「しかし、サーチマンは我々強硬派の中でも評価が高い。それは──」
言いかけたところで再び携帯が鳴った。今度は電話着信だった。
「失礼します」と言って彼は会議室を出た。
「もしもし、今は会議中だ。悪いが後にしてくれ」
「……サーチマンの売り切れが心配? 6個か。わかった。任せておけ」
手短に通話を切り、会議室に戻る。
「失礼いたしました。サーチマンの評価が高いのは、その性能よりも……マーガレット様とヘレン様の件です」
「付属品のグラビアのことか?」
「はい。ビーチのあの演出は期待感しかありません」
静香の父は深くため息をついた。
「何か打つ手はないものか……」
有効策は見つからないまま、会議は終了した。
◆第1スタジオにて
会議を終えた静香の父は、その足で第1スタジオへ向かった。
収録の合間らしく、ディレクターとヘレン、メアリの3人が打ち合わせ中。
美咲は紺とおりずに囲まれ、ミエールくんの操作練習をしていた。
ふと、おりずに目がとまる。
静香の父はおりずを呼び止め、会議室へ連れて行った。
おりずは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、コントローラーを美咲に手渡し、黙ってついていった。
◆
「いや、突然呼び止めてすまない。ちょっと話があってね」
「何か?」
「サーチマンの一件は見事だった。君もきっと活躍したんだろうね」
「いいえ。あれはヘレン様が中心になって実現したプロジェクトです。私は何もしてません」
静香の父は、おりずの実直さを利用しようと考えた。
「いやいや、それは謙遜だろう。サーチマンの成功は穏健派に飛躍をもたらすに違いない。ところで君はまた穏健派に戻ってがんばってみるつもりはないのかね。何だったら私の方からマーガレットに推薦してもいいんだよ。ヘレンがあんな調子じゃ私も心配でね」
「せっかくのお話ですが、お断りいたします」
「そんなばかな。穏健派の実務よりも、君はそんなふざけたワッペンをして美咲ちゃんとつるんでいた方がましだとでも言うのか?」
美咲の名前が出た瞬間、おりずの眼光が鋭くなった。
ひやりとした空気が流れたが、おりずは胸のワッペンに触れ、落ち着きを取り戻した。
「ええ、私は戻る気はありません。ここにはヘレン様もいらっしゃいますし、そもそも美咲ちゃんと一緒にいることはマーガレット様の後押しがあってのことですもの」
「何だと! マーガレットが?」
「ええ。私はヘレン様の命令を受けてこちらに来て、マーガレット様に会いました。
マーガレット様は美咲ちゃんを訪ねるようにとおっしゃって……」
おりずは淡々と語った。
静香の父は黙って聞いていた。
「私は美咲ちゃんが重要人物だと確信し、独断で弟子入りを決めたのですが──
マーガレット様は美咲ちゃんの元で励めと後押ししてくださいました」
「……ありがとう。有意義な話が聞けたよ」
静香の父は、すべての黒幕がマーガレットだったのだと悟った。
◆
おりずが第1スタジオに戻ると、美咲が心配そうに尋ねた。
「何の話だったの?」
「いいえ、何でもありません」
「本当? ところでさ。台風が過ぎたでしょ。こういう時は狙い目だと思うのよ。
今日の収録が終わったら、紺と3人で夕方にちょっと釣ってみない?」
「いいですね。行きましょう」
「そろそろ午後の部を始めよう」
ディレクターの声が響いた。
「ようし、速攻で終わらせるよ。紺、NGなしで行くからね!」
「NGなしなのじゃ!」
◆夕方の海
収録を早々に終え、美咲たち3人は海の前に立っていた。
「うーん。台風が過ぎてもまだ波があるね。今日はイカダの上でやろう」
美咲の目論見通り、サイズの大きい魚が次々と釣れ、クーラーボックスに入りきらないほどになった。
「よっし。静香も呼んで。みんなで食べよう」
間もなく静香が到着。
メアリとろぼみもヘレンを伴って駆けつけ、いつもの賑やかな食卓となった。
◆静香の父とマーガレット
一方、静香の父とマーガレットは二人きりの夕食だった。
静香もろぼみもいない。
食後のお茶を飲んでいるところで、静香の父は咳払いをした。
「実は、今日おもしろい話を聞いたよ。
リズを美咲ちゃんに仕向けたのはマーガレット、君だそうだね」
マーガレットは静かに微笑んだ。
「まあ、その話ですか。いいでしょう、お話しましょうか」
そして語り始めた。
「私は妹を救いたかっただけなのです。
ヘレンは小さいころから変わった子でしたが、姉である私は彼女と一緒にいたくて穏健派に呼びました。
ところが穏健派の実務は彼女の心をむしばんでいったのです」
「ヘレンをかわいそうに思った私は、彼女を穏健派から遠ざけると決めました。
リズは優秀でした。そこで私は最初にヘレンからリズを引き離そうとして、美咲ちゃんの元へ行かせました。
まさか弟子入りするとは思いませんでしたが……」
「リズを失ったヘレンは私のところへ泣きついてきました。
私はまず彼女に魚をふるまって、彼女を美咲ちゃんの元へ仕向けました。
そして今のヘレンがあるのです。私は彼女が幸せならばそれでいいのです」
静香の父は黙って聞いていた。
感動的な話ではあったが、同時に謀略とも取れる彼女のやり方に、穏やかではないものを感じた。
──私の妻は何と恐ろしい女だったのだろうか。
彼は、穏健派を甘く見ていました。
そして──自分の妻のことも。
その告白を聞いた瞬間、彼の信じてきた世界は静かに崩れ落ちたのです。




