第4話 山の中の奇妙な影
週末の朝、僕は静香に呼び止められた。
「……キャンプに行きたいです」
「……は?」
寝ぼけた頭が一気に覚める。
静香は無表情のまま、しかし目だけがわずかに輝いていた。
「地球の野外活動は、観測……いえ、学習に最適です。テント、焚き火、食事……興味深いです」
「いや、興味深いって……」
僕は困って美咲を見る。
美咲は腕を組んで、じとっと僕を睨んだ。
「……で? アンタ、どうすんの?」
僕は即答した。
「美咲、頼んだ」
「丸投げかーーーっ!!」
美咲の叫びが朝の住宅街に響く。
「なんで私が全部やる前提なのよ!」
「いや、美咲の方が慣れてるし……」
「慣れてるけど! けど!!」
静香が淡々と付け加える。
「美咲さんの行動効率は高いです。準備を任せるのは合理的です」
「アンタまで何言ってんのよ!!」
美咲は頭を抱えながらも、結局はため息をついて言った。
「……わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば!」
僕は心の中でガッツポーズをした。
だが――
実は僕には、もうひとつ理由があった。
ここ数日、
“山で奇妙な動物を見た”という噂を、
僕は独自に調べていた。
動きが不自然。影が歪んで見える。
夜になると鳴き声が変わる。
どれも曖昧な話ばかりだが、僕の胸の奥の“違和感”がざわついていた。
そして、その噂の場所が――
美咲が選んだキャンプ地と一致していた。
偶然なのか。
それとも、何かが始まっているのか。
静香は無表情のまま、ほんの少しだけ目を細めた。
「では、準備が整い次第、出発しましょう」
美咲は荷物を抱えながら叫ぶ。
「アンタたち、絶対なんか隠してるでしょ!!」
僕は笑ってごまかした。
こうして、僕たち三人は山へ向かうことになった。
◆
山の空気は澄んでいて、
街の喧騒とはまるで別世界だった。
鳥の声。
木々のざわめき。
土の匂い。
美咲は元気いっぱいで、
「ほら、早くテント張るよ!」と張り切っている。
静香はというと――
テントの説明書を真剣に読み込み、
なぜか逆さまに組み立て始めていた。
「静香、それ逆! 逆だから!」
美咲が慌てて止める。
「……地球の構造物は複雑です」
静香は淡々と答えた。
僕は笑いながら、
二人と一緒にテントを組み立てた。
ゆるい。本当にゆるい時間だ。
――そのはずだった。
◆
昼過ぎ、山道を散策していたときだった。
「……ねえ、今の見た?」
美咲が立ち止まる。
「何を?」
僕が聞き返すと、美咲は指をさした。
「さっき、あそこ。動物……だったと思うんだけど……」
僕も視線を向ける。
木々の間を、何かが走り抜けた気がした。
普通の動物――
のはずなのに。
動きが妙に速い。
いや、速いというより……不自然だ。
まるで、動きの軌跡が“歪んでいる”ように見えた。
胸の奥がざわつく。
まただ。この“違和感”はなんなんだ。
静香が、木々の奥をじっと見つめていた。
「……観測値が、少し異常です」
「観測って言ったよね!」
美咲が叫ぶ。
静香は無表情のまま続けた。
「動物の動きが、地球の生態パターンと一致しません。興味深いです。近づいてみます」
「ちょっと待って! 行くなってば!」
美咲が慌てて静香の腕を掴む。
静香は首をかしげる。
「危険ですか?」
「危険に決まってるでしょ!」
僕は二人のやり取りを聞きながら、
木々の奥を見つめた。
――あれは、本当に“動物”なのか?
胸の奥のざわめきは、今までで一番強かった。
何かが、山の奥で起きている。
そんな気がしてならなかった。
僕が調べていた噂と、今見た影が――
どこかで繋がっている気がした。




