第3話 消えた財布と三人の推理
廊下のざわめきは、放課後の静けさを一瞬でかき消した。
「……ほんとにないんだって! さっきまでここにあったのに!」
声の主は、同じクラスの 田中 だった。
普段はのんびりしている彼が、珍しく焦った顔をしている。
美咲が心配そうに近づく。
「田中、どうしたの? 落とし物?」
「財布が……消えたんだよ。机の中に入れてたのに」
「盗まれたの?」
美咲の声が少しだけ強くなる。
「いや……そんな感じじゃないんだ。
誰かが持っていったってより、どこかに落とした気がして……」
田中は頭を抱えていた。
僕はその様子を見ながら、胸の奥がざわつくのを感じた。
――まただ。
この“違和感”はなんなんだ。
静香が、僕の横で小さく首をかしげる。
「財布……地球では重要な資源の保管容器ですね」
「資源って言い方やめて」
美咲がすかさずツッコむ。
静香は淡々と続けた。
「紛失は不便です。早急に発見すべきです」
「いや、だから……どうやって探すのよ」
美咲が困ったように僕を見る。
その瞬間、
僕の視界の端で“何か”が光った気がした。
机の角度。
床の擦れ跡。
田中の歩いた軌跡。
さっき聞こえた微かな音。
バラバラの情報が、
頭の中で勝手に組み合わさっていく。
――見える。
まるで、線で繋がっていくように。
静香が僕の顔を覗き込む。
「あなた、昨日より処理が滑らかです」
「……またそれ?」
「事実です。あなたなら、見つけられます」
美咲が驚いたように僕を見る。
「アンタ……まさか、何かわかるの?」
僕はゆっくりと廊下を見渡した。
確信はない。
でも、胸の奥の“違和感”が、ひとつの方向を指している。
「……たぶん、あっちだ」
僕が指差した先は、
誰も気に留めていない、廊下の端の掃除用具入れだった。
美咲が息をのむ。
静香は無表情のまま、ほんの少しだけ目を細めた。
「では、行きましょう。
あなたの推理が正しいかどうか、観測……いえ、確認します」
「今“観測”って言ったよね!」
美咲のツッコミが廊下に響く。
僕たちは三人で、掃除用具入れへと歩き出した。
掃除用具入れの前に立つと、
美咲が不安そうに僕を見る。
「……ほんとにここにあるの?」
「わからない。でも……なんか、気になるんだ」
自分でも説明できない。
ただ、胸の奥の“違和感”が、この扉の向こうを指している。
静香が淡々と頷く。
「開けてみましょう。
あなたの推理が正しいかどうか、確認します」
「観測って言いかけたよね」
美咲が小声でツッコむ。
静香は無表情のまま、
「言ってません」とだけ返した。
僕は深呼吸して、掃除用具入れの扉を開けた。
中は薄暗く、モップやバケツが雑に突っ込まれている。
その隙間に――
「……あった」
埃をかぶった棚の上に、
黒い財布がぽつんと置かれていた。
美咲が目を丸くする。
「ほんとにあった……! なんでわかったのよ!」
「いや……なんとなく、見えたんだよ。いろいろ」
静香が静かに言う。
「あなたの処理能力は、昨日よりも向上しています」
「またそれ……」
美咲は僕と静香を交互に見て、
少しだけ不安そうに眉を寄せた。
「アンタ……ほんとに大丈夫なんでしょうね」
僕は答えられなかった。
財布を拾い上げた手が、
微かに震えていたからだ。
――僕の中で、何かが変わり始めている。
それだけは、確かだった。
田中に財布を返し終え、
僕たちは昇降口へ向かって歩き出した。
夕暮れの校舎は静かで、
さっきまでの騒ぎが嘘みたいだった。
「……なんか、最近変なこと多くない?」
美咲がぽつりと言う。
「変?」
僕が聞き返すと、美咲は指を折りながら続けた。
「アンタの調子もおかしいし、
静香もなんか変だし、
今日だって財布が勝手に移動してたし……」
静香は無表情のまま、
校庭の方をじっと見つめていた。
「……観測値が、少しずつ変動しています」
「観測って言ったよね!」
美咲がすかさずツッコむ。
静香は首をかしげるだけだった。
そのとき、
校庭の向こうで、誰かの影が動いた気がした。
風が吹き抜け、
僕の胸の奥に、またあの“違和感”が走る。
――何かが、始まっている。
そう思わずにはいられなかった。




