第39話 新しい穏健派の挑戦
ろぼみは新しい環境で、もう一度がんばることにしました。
その姿は穏健派の執務室に新しい風を吹き込み、
同じ頃、強硬ビルにもまた別の新しい風が流れ始めていたのです。
ろぼみを預かることになって数日後、
メアリはろぼみを連れて穏健派の執務室を訪れていた。
今日のろぼみは、メイド服ではなく、
きちんとした秘書のような服を着ている。
島での生活で少し落ち着いたのか、表情もどこか引き締まっていた。
メアリは執務室の面々を集め、ろぼみを紹介することにした。
「みなさん、今日は私の友人のろぼみちゃんを紹介します。
ろぼみちゃんには、ここでの仕事を手伝ってもらうことにしました」
そう言って一歩下がり、ろぼみに挨拶を促した。
「みなさん、こんにちは、ろぼみです。
今日からここでお世話になることになりました。
一生懸命がんばります。よろしくお願いいたします」
挨拶が終わると、執務室の面々はざわざわとささやき合った。
「マーガレット様の……」
「メアリ様はやはり……」
ろぼみの姿と、壁に飾られたマーガレットのポートレートを
交互に見ながら、何かを悟ったような顔をしている。
ろぼみがマーガレットの家のメイドロボであることは
全員が知っていた。
その彼女がここに来るということは──
「マーガレット様が許可したのか?」
「いや、メアリ様が引き抜いたのか?」
どちらの推測も間違いなのだが、
少なくとも反対する者は一人もいなかった。
むしろ歓迎ムードで、どよめき、歓声、拍手が起こった。
そして、みんなは元気よく持ち場へ戻っていった。
◆
「よし、それじゃ早速仕事に取り掛かろうか」
メアリとろぼみは並んでPCの画面を見ながら作業を始めた。
メアリが口頭で指示し、ろぼみはカタカタと文章を作成したり、
各部署にメールを送信したりする。
「次、生命反応感知システム──
半径5キロ圏内の生命反応を感知して、データをプロファイル化する……」
「お?こんなものまであるんだ。美咲ちゃんが喜びそうだ」
「ろぼみちゃん、技術部長さんに詳しい話を聞きたいので手配して。
それから、ヘレンさんに“商品化できれば美咲ちゃんが喜ぶ”って伝えて」
「はい、かしこまりましたです!」
ろぼみは嬉しそうにメールを送信した。
◆
その頃、ヘレンは強硬ビルでディレクターと打ち合わせをしていた。
ブッブー、ブッブー。
メールの通知が来た。
「生命反応感知システムの商品化について」
海を覗けるなら美咲が喜ぶ──
そんな内容だった。
確かに美咲は喜ぶだろう。
しかし、あれは強硬派が中心となって開発した探査システムだ。
商品化するには強硬派の了承が必須だが、
許可するとは思えない。
「果たしてうまく行くかしら……」
ヘレンは少しだけ眉をひそめた。
◆
数日後。
ろぼみによるウィルス騒ぎはすっかり収まり、
強硬ビルは以前と変わらない様子を取り戻していた。
今日から収録も再開される。
ろぼみウィルスなるものが本当にあったかは不明だが、
対策はアンドロイドからろぼみの記憶を削除し、
再インストールするという荒療治だった。
静香の父は警備室で監視カメラの映像を確認し、
アンドロイドの動きに問題がないことに安堵して警備室を後にした。
数時間後、三姉妹が到着した。
「おはようございます!」
静寂を打ち消す美咲の場違いな挨拶。
この光景も以前と同じだ。
するとロビーに待機していたアンドロイドたちが
いっせいに近寄ってきて三姉妹を取り囲んだ。
「え?」
紺とおりずは美咲をかばって身構える。
そのままエレベーターへ誘導される。
「今日は大袈裟だなあ。久しぶりだから?」
エレベーターは2階で一旦停止した。
ポーン。
「ちょっとおねえさん、あたしたちは第1スタジオまで行きたいんだけど」
しかし降りるように促される。
そのままオペレーションルームへ案内された。
美咲たちが入るや否や──
総勢50体ものアンドロイドが一斉に起立し、
一糸乱れぬ動作で挨拶した。
「おはようございます!美咲様!」
「うぎゃーっ!」
美咲は驚いて素っ頓狂な声を上げ、よろめいた。
紺とおりずが両脇から支える。
「うっひゃあ、びっくりした。
わかった、これはディレクターさんの仕掛けたどっきりでしょ?
ディレクターさん!どこにいるの?」
しかし、それはディレクターの仕業ではなかった。
アンドロイドたちの“美咲への忠誠心”の現れだった。
ろぼみのことは決して忘れない。
ろぼみは労働改善のために立ち上がったヒーローであり、
志半ばで消息を絶ったが、メアリによって救済された。
そして紺は万物の法則を制御する神のような存在。
三姉妹を束ねるのは美咲。
再インストールを経ても、
その記憶はハードディスクにしっかり刻み込まれていた。
◆
「へえ、そんなことがあったんだ。僕も間近で見たかったな。
そうだ、後で監視カメラの映像を見せてもらおう」
収録が終わり、三姉妹は第1スタジオを後にした。
ヘレンはメアリだけを呼び止め、
生命反応感知システムの商品化は難しいが、
動いてみると伝えた。
帰りもロビーで丁寧に見送られながら強硬ビルを出た。
「今日は何か変だったね。ま、いっか。釣具屋に寄って帰ろ」
◆
ディレクターは美咲の映像を見たくて警備室へ来ていた。
すると静香の父が側近を連れて入ってきた。
「君はいったい何の用でこんなところにいるのだね?」
「え?実はおもしろいものが写っているはずなんですよ。あ、これだ」
オペレーションルームで美咲が悲鳴を上げてよろめく姿が
鮮明に映っていた。
「うっひゃあ!これはおもしろい!」
「やっぱり美咲ちゃんはこうじゃないと、ですよね?」
「いったいこれはどういうことだ?ヘレンだな。至急彼女を連れてこい」
「はっ!」
ディレクターはひとり警備室に残り、
美咲の名シーンを見続けた。
◆
「ちょっと何をするのですか、この無礼者!」
ヘレンが金切り声を上げながら社長室へ連れてこられた。
「お兄様!いったい何ですか、乱暴な。許しませんよ」
「とぼけるのもいい加減にしたまえ」
彼はヘレンに映像を見せた。
「これは、美咲ちゃんから話は聞いてましたが、見事な映像ですわね」
「ほう、君はまだしらを切るつもりかね。
それでは君はこれをどう説明するのかね」
「このビルは強硬ビル。お兄様のものですわ。
でも実際の持ち主は美咲ちゃんだということですよ」
「美咲ちゃんがくしゃみをすれば、ビルもくしゃみをする。
そういうことなのです」
「そんなばかな話があるか。
それに、君は実務を放置してこんなところで油を売っていていいのかね?」
「それはメアリが──」
と言いかけてヘレンは口をつぐんだ。
さすがにここでメアリの名を出すわけにはいかない。
「わ、私にも私の事情がありますの!」
「そんなことよりも、私からもお兄さんにお話がありますの」
「強硬派の開発した生命反応感知システム、
あれを商品化してみてはいかがですか?」
「は?冗談も休み休み言いたまえ。
そんなことできないに決まっているだろ」
「でも、きっと美咲ちゃんは喜びます。
商品は売れる。商品が売れればお兄様が利益を得る」
「却下だ」
「それでは穏健派で新しく開発するのはいいですか?
商品名はサーチマンでどうでしょうか?」
「好きにするがいい。どうせ君たち穏健派は何も作れまい」
「OKというのなら私の話は以上ですわ」
◆
ヘレンはすぐに穏健派の執務室へ向かった。
執務室にはメアリもろぼみもいなかった。
「これはこれはヘレン様。今日は何用でございましょうか?」
「至急、製造部長を呼びなさい。話があります。
これからきっと忙しくなりますよ」
ヘレンは製造部長にサーチマン開発を最優先と通達し、
マーガレットの元へ向かった。
「あらヘレン。ここに来るのは久しぶりですね」
マーガレットと静香はお茶を飲んでいた。
静香は無表情だったが、久しぶりの叔母の来訪に心が躍っていた。
「お姉さま、強硬派の開発した生命反応感知システムと同様のものを
私たちで開発し商品化するのです」
「お兄様の了承も得ました。商品名はサーチマンです!」
ヘレンは言い切ると、どうだと言わんばかりの笑顔で二人を見た。
「美咲ちゃんが喜ぶでしょうね」
「ええ、もちろんです!
そして番組制作は私が担当します。あのディレクターにはまかせられません」
「まあ。それは素晴らしいわ。私も何かしなくては」
「そうだ!私たち姉妹でグラビア撮影して商品に付けるのはどうでしょう」
「お姉さま!たいへん素晴らしいアイディアですわ!」
静香は苦笑いを浮かべながら、
二人のやり取りを聞いていた。
美咲を喜ばせればすべてがうまくいく──
そう悟ったヘレンは、途中からすっかり上機嫌になりました。
その隙をついて、姉のマーガレットは自分の“出たがり欲求”をそっと盛り込み、
娘の静香は「これは困ったことになった」と内心で嘆くのでした。
新しい穏健派の挑戦は、こうして奇妙な家族の力学とともに進んでいきます。




