第37話 メアリとヘレン その2
ヘレンは自分の役割をそっとメアリへ譲り、
新しい穏健派の執務室は、メアリの手によって鍛えられていきます。
しかしその変化は、周囲に思わぬ波紋を広げ始めていました。
メアリはヘレンの執務室に来ていた。
ヘレンに代わって、報告書を処理している。
「えーと、迷子の親子の身辺調査の必要の有無……
あ、これは食レポの時の迷子の件か。追跡調査必要なし」
「次、三恐洞窟──宇宙ボタルの追加調査……
宇宙ボタル? あの洞窟、そんなに危険な場所だったの?」
「ディレクターさんは美咲ちゃんが学習しないから、また脅かしたいって言ってたし……
念入りに調査が必要。よし次」
「美咲ちゃんのよく行く釣具屋の販売価格調整……
そんなことまでやっているの?」
メアリの作業は早い。
報告書を淡々と処理していく。
「これ全部、美咲ちゃん関連の報告書ばっかりだ。ふーーー……」
ため息をついたその時──
コンコン、とノックの音がした。
「はい?」
「メアリ様、お茶をお持ちしました。ご休憩されてはいかがでしょうか」
「そうですね。ちょうどのどが渇いてきたところです」
お茶を飲んでいると、またコンコン、とノック。
「メアリ様、お茶請けにこのお菓子をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
続けざまにノック。
「実家で採れた桃です。どうぞ」
「私は梨をお持ちしました。どうぞ」
「長年お仕えしてきて私が記したヘレン様の奇行全集です。どうぞお納めください」
「メアリ様、今度必ず何かお持ちしますので、どうぞ私を見捨てないでください!」
「メアリ様~~大好きですから、私のことも、お願いです!」
「え? え?」
次から次へと人が押し寄せる。
執務室の面々は、新しいボスに気に入られたくて必死だった。
◆
その頃、ヘレンは島の海岸でビーチパラソルの下、海を眺めていた。
「やっぱり私の居場所はここだわ」
美咲と紺、おりずの三人はゴムボートで釣りをしている。
「おーい! ヘレンさーん、いっぱい釣れたよ!」
ヘレンは笑顔で手を振って応えた。
波の音を聞きながら、今までのことを思い返す。
穏健派のナンバー2として、
マーガレットの妹として、
一心不乱に仕事に追われてきた日々。
そして、執務室の面々の顔が浮かぶ。
(みんな、メアリちゃんのスピードについていけているかしら……)
ヘレンは少しだけ心配になった。
◆
一方、強硬ビルでは──
今日は静香とマーガレット親子、そしてろぼみがお供として第1スタジオに来ていた。
ディレクターはマーガレットと打ち合わせをしている。
その隙をついて、静香の父は静香を呼んだ。
「静香、ちょっといいかな?」
二人は会議室へ向かった。
「おまえの率直な意見が聞きたい。
ヘレンは何を企んでいる?
そして美咲ちゃんはどう動くだろうか?」
しばらく沈黙が続いた後、静香はとうとうと話し始めた。
「叔母様は単細胞。何も考えてない。
美咲は情報に疎い。何かを仕掛けるとは思えない」
「でも、叔母様と美咲は似たもの同士。
二人はシンクロしている。それは脅威でしかない」
「そ、そうか……」
静香の父は、実の娘の辛辣すぎるコメントに少々心配になってきた。
「では、お前自身は美咲ちゃんのことをどう思っているんだ?」
「美咲は私の友達。私は美咲のことが好き」
「私は叔母様も好き。叔母様にはもっと家に来てほしい」
穏健派の執務室と島が繋がって以来、
ヘレンはご無沙汰だった。
「さっぱりわけがわからん……」
まったく合点のいかない父だった。
◆
夕方になり、メアリはおみやげをたくさんぶら下げて島へ帰還した。
「おかえりメアリ。その荷物はどうしたの?」
「え? ちょっとね。おみやげをもらったの。これからみんなで食べようよ」
「わーい。魚もたくさん釣れたし。静香も呼ぼう」
賑やかな島の夕食が始まろうとしていた。
メアリは穏健派の執務室を、静かに、しかし確実に改革していくでしょう。
一方で静香は、美咲と叔母ヘレンのことが大好きで、
二人の行動がもたらすハラハラドキドキの展開を、どこか楽しんでいるのでした。




