第36話 メアリとヘレン
妖しい儀式とは関係なく、メアリとヘレンはすっかり仲良しになりました。
しかし、その状況を良しとしない人もいます。
二人の奇妙な友情は、周囲に小さな波紋を広げ始めていました。
翌日。
美咲たちは収録を終え、強硬ビルのエレベーターを降りて玄関ロビーへ出た。
「今日、いつもの釣具屋でリールが四割引きなんだって」
美咲が嬉しそうに言う。
「買う買わないは別として、みんなで行ってみない?」
そんな話をしていると、受付のアンドロイドに呼び止められた。
「美咲様、社長がお呼びです」
「え? 何だろ?」
「仕方ない。あたしは行ってくるので、みんなはファミレスで待ってて」
美咲は秘書型アンドロイドの案内で社長室へ向かった。
メアリは不安そうにその背中を見送った。
◆
「お父さん、こんにちは。今日は何の御用ですか?」
「こんにちは。どうぞ座って」
静香の父は少し深刻な顔をしていた。
「実は……メアリちゃんのことで、ちょっと話があって……」
「メアリがどうかした?」
「いや、最近ヘレンがメアリちゃんにちょっかいを出しているように見えたので」
「ヘレンさんがメアリにちょっかい? そんなことないと思うけど」
美咲は首をかしげる。
「あたしもメアリが変なジュースを飲まされたって聞いたときは心配したけど」
「メアリちゃんは美咲ちゃんに相談してないの?」
「全然。相談はないかな。だって、二人は仲良くなったみたいだし」
(どうやら美咲ちゃんに情報は漏れてないようだ。よし)
静香の父は胸をなでおろした。
「いや、それならいいんだよ。ヘレンはマーガレットの妹だが、ほら変わってるだろ?」
「メアリちゃんが迷惑してるんじゃないかって、ちょっと気になって……」
美咲は天井を見ながら二人の様子を思い返した。
「あのね。ヘレンさんはメアリに政治家になってほしいって、あたしは思うんだけれど」
「何だって? どうして?」
「この前、二人で政治の話をしてたのをちょっと聞いたの」
「お父さんはどう思いますか?」
「さ、さあ……メアリちゃんが政治家なんて考えてもみなかったよ」
「ふーん。でも、私たち三人の中ではメアリがそういうのは似合ってるだろうしね」
静香の父は内心焦りながらも、
美咲が何も知らないことに安堵した。
「とにかく、ありがとう。ヘレンの件は私の思い過ごしだったようだ」
「え? 話はもういいの? それじゃ失礼します。今からみんなで釣具屋に行くんだ」
「そ、そっか。気を付けてね」
「うん。さようなら」
美咲に情報は漏れていなかったものの、
事態は深刻だった。
◆
「ただいま、みんな。お待たせ。今から釣具屋に行こうよ」
「おかえり、美咲ちゃん。それより、何の話だったの?」
「え? メアリとヘレンさんは大丈夫なのか気になったみたい」
「それで?」
「二人は仲良しだから心配いらないって言ったよ」
おりずはほっとしたように息をついた。
「そうか。実はね、ヘレンさん、島に一度遊びに来たいって言ってるんだけれど、招待してもいいかな?」
「メアリがいいのなら、あたしは構わないよ」
「本当? 良かった。きっとヘレンさん大喜びだよ」
こうして、ヘレンが島に来ることになった。
◆
ヘレンは最近、穏健派の実務よりも番組制作に熱心だった。
自分のアトリエがほしい──そんなことを考えていた。
そこへメアリが駆け込んできた。
「ヘレンさん、美咲ちゃんにOKもらえたよ。島に来ていいんだって」
「おっ、おお! それはすばらしい。早速、今日参りましょう。午後の予定はすべてキャンセルです!」
ヘレンは即断即決だった。
◆
島に到着したヘレンは、海風を吸い込みながら言った。
「すばらしい所ですわね。ここは創造意欲を搔き立てられます」
「そう? 気にいってくれて良かった」
「お魚もたくさんいるでしょうしね」
「そりゃあもうたくさんいるよ。何だか……おなかすいてきちゃったね」
「今日は静香がいないし、アジの開きならあるか。みんなで食べようよ」
みんなでアジの開きを食べることになった。
「これは、お姉さまのところで食べたのよりもおいしいですね」
「元は同じものなんだけれど、鮮度の違いかな」
ヘレンは目を輝かせた。
「美咲ちゃん。私はここに自分のアトリエを構えたい。それで、私の執務室とここを繋げたいのですが、許可してもらえませんか?」
「え? そんなことしちゃうの? ヘレンさんは相当ここが気にいったようだね」
「いいよ。あたしたちだって近所の公園から来ているわけだし」
「おっ、お! すばらしい。それなら今すぐに取り掛かります。ちょっとメアリちゃんを拝借します」
ヘレンはメアリの腕を取り、二人はその場から消えた。
◆
ヘレンとメアリは穏健派本部の執務室に戻っていた。
「はい。接続完了です」
メアリは初めて来る場所に緊張していた。
壁にはマーガレット、美咲、ヘレン、おりずのグラビア写真が飾られている。
メアリが写真を眺めていると、
ヘレンが突然言った。
「いいことを思いつきました。誰かいますか?」
「お呼びでしょうかヘレン様。これはこれはお客様。すぐにお茶の御用意を」
「いいえ。またすぐに出かけますので、お茶は結構です。それよりもカメラを持ってきてください」
「かしこまりました」
すぐに準備が整い、撮影が行われた。
「その写真を拡大して、ここに飾るのです」
ヘレンは下がろうとする部下を呼び止め、何やら耳打ちした。
しばらくして写真が出来上がった。
「ヘレン様。写真が出来上がりました。これで……よろしいのでしょうか?」
「こ、これは……」
メアリは困惑した。
合成により穏健派の制服を着せられたメアリの写真が、
壁に飾られると──
まるでこの場の主のようだった。
「すばらしい! ミエール2.0のレポートを書いたのはここにいるメアリなのです!」
その場にいた部下たちは一斉に畏まった。
新しい執務室の主が誕生した瞬間だった。
「これはお姉さまにご報告しなくては」
ヘレンはメアリを島に送り届けると、
その足でマーガレットのところへ向かった。
◆
「こんにちは、お姉さま。今日はご飯は結構です」
「お姉さま。これを見てください」
ヘレンはメアリの写真を見せた。
「まあ、かわいい! これは穏健派の制服。合成ですわね」
マーガレットは感心した。
静香は苦笑した。悪趣味な冗談だ。
「でもこの背景はあなたの執務室ですよね?」
「ええ、そうなのです。美咲ちゃんに頼んで島と執務室を繋げましたの」
「まあ、あなた、それは──」
静香は淡々と二人のやり取りを聞きながら
(お父さまに知れたら激怒だ。でも、何だかおもしろくなってきた?)
マーガレットは頭を抱えた。
メアリとヘレンの奇妙な友情は、周囲にもさまざまな反応を生み始めました。
マーガレットは、妹が楽しそうで嬉しい半面、どこか不安を拭えません。
一方で静香は、無責任にもハラハラドキドキの展開を心から楽しんでいます。
二人の友情は、これからどんな波紋を広げていくのでしょうか。




