第35話 メアリのレポートのもたらすもの
メアリは生真面目な性格の持ち主。故に渾身のレポートをヘレンに提出します。
翌日。
メアリは徹夜でレポートを仕上げ、
ふらふらになりながらヘレンのもとへ向かった。
「ヘレンさん、レポートを……」
「ん? 会議室で受け取りましょう」
ヘレンは“使用中”の札を裏返し、内側から鍵をかけた。
「これでよし。ずいぶん早かったですのね」
メアリからレポートを受け取ると、
ヘレンはうなずきながらページをめくっていく。
「これは……素晴らしい」
「レポートを読む限り、あなたはミエールに生命反応センサーを搭載すべきだと?」
「そんなことができるのなら、ですけど……」
ヘレンは直接答えず、レポートを胸に抱きしめた。
「あなたに丸投げ──いえ、頼んで良かったです。
そうだ!お礼に、いいものを差し上げますわ」
ヘレンはカバンから水筒を取り出し、コップに注いだ。
中身は毒々しい紫色の液体だった。
「こ、これを飲むんですか……?」
「ええ。これは私の作った秘蔵のグレープジュースなんです」
メアリは液体を凝視したまま固まる。
それを見かねたヘレンは、コップを取り上げて一気に飲み干した。
「毒見は終わりました。さあ、どうぞ」
コップにつぎ直して差し出す。
メアリは観念したように、恐る恐る口をつけた。
「うう……」
ヘレンは口を開けてメアリの様子を見つめ、
コップが空になるのを確認すると満面の笑みを浮かべた。
「それを飲んだのは、リズ──おりずに続いてあなたが二人目ですわ」
メアリは心の中で叫んだ。
(うううう……狂っている……)
不安で仕方なかった。
ヘレンに取って秘蔵のグレープジュースを与えるのは自分の認めた相手への敬意の証。
ここに儀式は完了したのだった。
◆
ファミレスでは、美咲たちが談笑していた。
「ただいま……」
「おかえり、メアリ。あれ? ちょっと調子悪い?」
「そんなことはないけれど……
ヘレンさんにレポートを渡したら、変なジュースを飲まされちゃって……」
「あれを飲んだんですか。ヘレン様ったら……」
おりずは気の毒そうな表情を向ける。
「ちょっと、それって大丈夫なの?」
「うん、多分……でも、レポートは喜んでくれたよ」
「あたしはメアリが心配だよ……」
美咲は心配そうに言った。
◆
ヘレンはレポートを受け取ると、
その足でマーガレットのもとへと駆けつけた。
「こんにちは、お姉さま!」
「あらヘレン。今日は早いのね」
マーガレットは静香と二人でお茶をしていた。
「お姉さま。やはり私は正しかった。これを見てください」
ヘレンはレポートを差し出す。
「まあ、これをメアリちゃんが? 素晴らしいですわね」
「私は感動しました。感動のあまり秘蔵のジュースを彼女にご馳走しました」
「まあ、それではメアリちゃんが──」
気の毒だと言いかけて、マーガレットは口をつぐんだ。
静香も友人のメアリを気の毒に思ったが、
叔母のあのジュースをメアリがしかめっ面で飲んでいる姿を想像すると
愉快でたまらず、笑いをこらえるのに必死だった。
マーガレットはそんな娘を軽く睨んだ。
「このレポートを製造部に提出すれば、すぐにでも開発できるでしょうね」
「ええ。彼女に頼んで大正解でした。
彼女は私よりもっと優秀だと思い知らされましたわ」
ヘレンは遠くを見つめた。
「いったい今までの私は……」
しかしすぐに気を取り直す。
「とにかく、今すぐ開発に取り掛かりますわ!」
マーガレットは嬉しそうに言った。
「そうだわ。新製品には
“ミエール2.0・メアリver.”と
メアリの名前を入れるのは素敵ですわよね」
ヘレンはご機嫌で帰っていった。
マーガレットは妹を頼もしく思い、
静香は終始半笑いのままだった。
◆
その頃。
静香の父は強硬ビルの自室でひとり考え込んでいた。
コンコン、とノックの音。
「社長、お呼びでしょうか」
「ああ、実は困ったことになった。
ミエール2.0の情報が漏れた」
「まずいですね。いったい誰が?」
「ヘレンがメアリに漏らしたそうだ」
「メアリ? 美咲ちゃんところの?
それでしたらあまり問題ないのでは?」
「いや、美咲ちゃんは作家何某とも通じている。
彼に渡ると我々の計画に支障が出る」
「それはそうですね……
では、マーガレット様にヘレン様を説得するよう頼んでみては?」
「いや、だめだ。彼女は妹のヘレンを溺愛している」
静香の父は遠くを見つめた。
「とりあえず、私の方から美咲ちゃんに探りを入れてみるとしよう」
そう決意するのだった。
妖しい儀式はついに完了しました。
メアリはいったいどうなってしまうのでしょうか。
静香は笑っています。──きっと大丈夫でしょう。




