第34話 ヘレンの丸投げ始動
美咲コレクションはヘレンに怠惰をもたらしました。
ヘレンは自室のソファに腰を下ろし、
今日も美咲コレクションを再生していた。
最近では暇さえあれば、
リピート再生を繰り返すのが日課になっている。
画面の中の美咲が笑うたび、
ヘレンの胸はじんわりと温かくなる。
コンコン、とノックの音がした。
ヘレンは慌てて一時停止を押し、
画面がメアリのアップで止まったまま固まる。
「ヘレン様、ミエール2.0の資料をお持ちしました」
「ありがとう。そこに置いておいて」
机の上に分厚い資料が置かれる。
ヘレンはパラパラとページをめくり、
どさっと机に置いた。
なんか面倒だ。
視線を戻すと、画面のメアリがこちらを見ている。
机の上の紙の束とメアリのアップを交互に見て──
ヘレンは決意した。
「そうだ……彼女にやってもらおう」
◆
翌日。
第1スタジオでは番組の打ち合わせが行われていた。
「よっし、今日はここまでにしよう」
「お疲れ様でした」
ディレクターの合図で打ち合わせが終わる。
メアリはほっと胸をなでおろした。
ヘレンが同席しているだけで緊張するのだ。
そのヘレンが、すっと近づいてきた。
「メアリさん、ちょっといいかしら?」
「え? は、はい」
まさかのヘレンからの声かけ。
メアリは一瞬固まる。
「私は最近、魚料理に目がないのですが……
ここには回転ずしという店があると聞きましたの。
私が奢りますので、一緒に行きましょう」
「えっ……」
どうしようか、としばらく考えていると──
「ご遠慮なさらずに。さあ行きましょう」
ヘレンは半ば強引にメアリの腕を軽く引いた。
◆
回転ずしの店内。
メアリが一通り作法を説明し、
二人は思い思いに皿を取っていく。
ヘレンは目を輝かせながら皿を重ねていく。
「姉の家でも魚料理をいただくのですけれど……
あれは美咲さんと紺さんとおりずさんが島で釣ったものなのでしょう?」
「あっ……」
メアリはうっかり島の存在を口にしてしまった。
「そんなところがあるのですか?
私も一度行ってみたいですわ」
ヘレンのテンションはさらに上がる。
話題は島から美咲へと移り、
ヘレンは美咲コレクションを入手したこと、
暇さえあれば見ていることを誇らしげに語った。
「実は、あなたにお願いがあるのです」
ヘレンは紙の束を差し出した。
「これは?」
「ミエール2.0の内部資料です」
「これ、私が見てはいけないものじゃ……」
「いいのです。私たちはもうお友達ですから」
ヘレンは満面の笑みで言った。
メアリは固まった。
ヘレンは本気で丸投げしてきたのだ。
◆
公園では、美咲・紺・おりずの三人が
仲睦まじく釣り具の手入れをしていた。
「おかえり、メアリ。どうだった?」
「ただいま……大変なことになっちゃったよ……」
メアリは紙束を差し出した。
「これはミエール2.0の内部資料。
ヘレン様はいったい何をお考えなのか……」
おりずは事の重大さを説明する。
「これは穏健派の中でも重要な資料です。
メアリさんが持つべきものではありません」
「どうしよう……」
美咲がぽつりと言った。
「それって、ヘレンさんがメアリを信頼してるってことでしょ?」
「えっ……」
メアリは言葉を失った。
◆
「こんばんは、お姉さま」
ヘレンの家庭訪問は最近の日課になっていた。
静香の父が皮肉を言う。
「君は夕食をケチるほど困窮してるわけではないだろうに」
「あら、今日はお兄様もいらしたのですね。こんばんは」
ヘレンはにこやかに挨拶する。
「それに今日は回転ずしに行ってきましたので、夕食は結構ですわ」
マーガレットが言う。
「それじゃあこんなところで油を売ってないで、
ミエール2.0の件で忙しいでしょ?」
「ああ、それならメアリちゃんに頼んできました」
「何だと?」
静香とマーガレットは無言。
静香の父だけが即座に反応した。
「事の重大さがわからんのか君は!」
「いいえ、お兄様、お姉さま。
彼女は信頼できます。それに私は彼女と……
そ、そのお友達になったのです」
「話にならんな。何か手を打たねば」
静香の父の声は低く、重かった。
ヘレンは一切悪びれる素振りを見せず平然とただ笑っていた。
ヘレンはこれまで穏健派のナンバー2として耐え忍んで来たのです。美咲コレクションは彼女の緊張を破壊しました。すべてがマーガレットのシナリオ通りです。




