第33話 美咲同盟
ディレクターとヘレンは犬猿の仲。
しかし、二人は思わぬ形で歩み寄ることになります。
それは、マーガレットの思惑通りだったのです。
数日後。
強硬ビルの第1スタジオでは、番組の打ち合わせが行われていた。
三姉妹からはメアリが代表として参加している。
そこへスタッフが駆け込んできた。
「ディレクター、ヘレン様がいらっしゃいました」
「よし、休憩にしよう」
「僕はヘレンさんと少し話をしてくる」
ディレクターは軽く手を振ってスタジオを出ていった。
残されたメアリは、不安げに眉を寄せた。
◆ ヘレンとディレクターの会談
「ようこそいらっしゃいました」
ヘレンは眉間にしわを寄せ、ぶっちょう面で立っていた。
胸元のワッペンを、これ見よがしにディレクターへ向けている。
ディレクターはワッペンを一瞥し、にやりと納得した。
「わざわざご足労ありがとうございます。どうぞおかけください」
「あなたがこの私を呼び出すとは、相当の要件なのでしょうね」
(本当は何とか理由をつけて来たくて仕方なかった)
そこへコーヒーが運ばれてきた。
「どうぞお召し上がりください」
ヘレンは反応しない。
「それ、美咲ちゃんおすすめのコーヒーで、休憩時間によく飲んでいますよ」
その瞬間、ヘレンは砂糖をがばがば投入し始めた。
ディレクターはあっけにとられ、言葉を失った。
少々ばつが悪くなったのか、ヘレンは自分から切り出した。
「今日、こんなところへわざわざ出向いたのは、私の方からも話があるのです」
「はい。聞かせてください」
「あなたは、美咲ちゃんの品位を悉く踏みにじっている。それを私は決して許しません」
「僕も美咲ちゃんの話がしたかったんですが、ちょうどいい。これを見てください」
ディレクターはタブレットを操作し、映像を再生した。
◆ 三恐洞窟の取材映像
シリーズ『美咲が行く』
「みなさん、こんにちは。レポーターの美咲です」
「私はオットセイ町の有名な洞窟の前にいます」
それは三恐洞窟の取材VTRだった。
「こ、これは三恐洞窟!」
ヘレンはイスから立ち上がった。
「あなたはこんな危険な場所に美咲ちゃんを連れていったのですか。もう許しません!」
宇宙ボタルの駆除が終わったと聞いていたが、
まさかその現場に美咲が居合わせていたとは知らなかった。
「まあまあ、落ち着いてください。続きを見ましょう」
美咲が無様に逃げ惑うシーンになると、ヘレンは大笑いした。
ぶつっ。
ディレクターは肝心なところで再生を止めてしまった。
「ああぅ!」
どうして止めるのかと、ヘレンは無言で目だけで訴える。
「御覧のように、どんなにどじで無様でも、美咲ちゃんのカリスマ性は衰えないんです」
「美咲ちゃんは天才だと、僕は確信しています」
「私にどうしろと言うのです?」
「美咲ちゃんと一緒に番組に出演してほしいんです」
願ってもない話だった。
「まあ、いいでしょう。あなたのことは気に入りませんが、私も美咲ちゃんが心配ですから仕方ありませんわ」
ヘレンは立ち上がり、
「お姉さまに報告しなくては」と言ってスタジオを後にした。
◆ メアリの不安
ディレクターが現場に戻ると、メアリが駆け寄ってきた。
「ディレクターさん、大丈夫なんですか。私、心配で……」
「ヘレンさんも撮影に協力することになった。さらに面白くなるぞ」
「でもヘレンさんは……」
「変人だと言いたいんでしょ?でも美咲ちゃんがうまく料理してくれるはずだよ」
「そうなればいいんでしょうけれど……私は番組のことが心配で……」
「大丈夫。もう一人美咲ちゃんが増えると思うくらいがちょうどいい」
「そうですね……」
◆ 姉妹の夕食
「奥様とお嬢様はお食事中です」
「いいのですよ」
今日のヘレンは機嫌がいい。
「私は妹として姉にただ会いに来ただけなのです。通しなさい!」
「お姉さまこんばんは」
部屋に入ると、香ばしい匂いが立ちこめていた。
マーガレットと静香が夕食の最中だった。
今夜は鯖の塩焼き、味噌汁、ごはん。
「あなたが来ると思ってましたよ、ヘレン」
「ささ、そこに座って。すぐに食事の用意をさせましょう」
ほどなくして、ヘレンの前にも同じ料理が並んだ。
「では、いただきます」
ヘレンは一口食べて、目を丸くした。
「これはおいしい!」
「この魚にも、その……」
「DHA?」
「そう、それです!」
「このシャーベットは何ですか?」
「それはおろし大根。お醤油をかけていただくのです」
「ほ、ほう。これもまた健康に良さそうですね」
「ごちそうさまでした」
「お姉さま。穏健派の食堂でももっと魚を出すように進言しますわ」
「そうですわね。それより、何か話があるのよね?」
「そうでした。先ほどまで、あの身の程知らずのディレクターと会っていたのですが」
「美咲ちゃんを宇宙ボタルのいた洞窟に連れて行っていたのです!」
「あなた映像を見たの?あの時の美咲ちゃん、かわいいわよね」
「ええ、とっても……いえ、私は心配ですので、番組の手伝いをすることにしましたの」
「それは良かったですこと。でもあの時の美咲ちゃんは、うちの美咲コレクションの中でも傑作のひとつですわね」
「み、美咲コレクション……そんなものがあるのですか?」
「お姉さま!私にもどうか分けてくださいませ!」
「いいですとも。ろぼみ、美咲コレクションをコピーしてあげて」
「かしこまりましたのです」
ヘレンは美咲コレクションのコピーを大事に抱えて帰っていった。
「ヘレンは大喜びで何よりでした」
「叔母様は単細胞」
「こら、またそんな言い方をして。でもすっかり元気になりましたわね」
◆ ヘレンの夜
ヘレンは自室でDVDを眺めていた。
「お帰りなさいませヘレン様。すぐにお食事の用意を」
「必要ありません。お姉さまのところで済ませてきました」
「それより、この部屋にプロジェクターを持ってきてください」
「貴重な極秘資料を入手したのです」
「私はこれから資料を見ることにしますので、誰も来ないでください」
その夜、ヘレンの奔放な笑い声が止むことはなかった。
ヘレンはメアリからは変人、
静香からは単細胞だと思われています。
それでも、美咲のためとなれば迷いなく突き進むのがヘレンという人物。
その暴走ぶりが、周囲の人間関係に静かな波紋を広げていくようです。




