第30話 美咲の大号令
静香とマーガレットは、昼食にアジの干物を食べていた。
一見すると二人には縁遠い庶民的な昼食だが、これは美咲たちが釣り、静香がおみやげとして島から持ち帰ったものだった。
「おいしいわね。これは美容にもいいのよね」
「DHA」
「そう、それよ。こんなにおいしくて美容にもいいのだから、食べないのは損よね」
そんな会話をしていると、外の方で騒ぎが聞こえてきた。
「ろぼみ、見てきてちょうだい」
「かしこまりましたなの、です」
ろぼみが走っていった直後――
「ええい、そこをどくのです!通しなさい無礼者!」
血相を変えたヘレンが飛び込んできた。
「あらヘレン、あなた来ちゃったの?」
「お姉さま……?」
ヘレンは目の前の女性が姉マーガレットだと一瞬わからなかった。
そこにいるのは、垢ぬけて洗練された、見違えるほど美しい女性だったからだ。
「来ちゃったのではありません、お姉さま!連絡もなしで……私はお姉さまのことが心配でこうして参ったのです!」
「まあまあ、それよりあなた昼食はまだでしょ?これを食べなさい。話はそれからです」
差し出されたのは、干からびた焼き魚だった。
「まあ嘆かわしいですこと……お姉さまはいつもこんなものを召し上がっているのですか?」
ヘレンは静香とマーガレットの境遇を察し、悲しみに暮れた。
「こんなものとは美咲ちゃんに失礼ですよ」
「これは美咲ちゃんが釣って静香が……」
「わたしが捌いた」
「そう、とてもおいしくて美容にも良いのです……」
「DHA」
「そう、それです」
ヘレンは言われるままに食べ始めた。
「どう?おいしいでしょ?」
ヘレンは質問には答えず、おかわりを要求した。
「まあまあ、あなたったら。ヘレンまっしぐらね」
◆
食後は美咲の番組を見る。
この家ではすでにルーティーンとなっていた。
「この子が美咲ちゃんです。かわいいでしょ?」
「お姉さままでこの娘の毒牙にかかったのですか……穏健派はどうなるのです」
「だまりなさい!」
マーガレットは珍しく強い口調だった。
「良いですか。穏健派の命運は彼女が握っているのです」
「彼女は神輿の上のお姫様。私たちは彼女を神輿として担ぎ上げるのです」
静香は初めて聞く話だった。
(美咲が……そんな重要人物だったなんて)
ヘレンは姉の言葉ですべてを理解した。
美咲は穏健派の希望の星だったのだ。
「わかったようですね。それならば美咲ちゃんにご挨拶してきなさい」
◆ 強硬ビル・第2スタジオ
美咲は休憩中に、おりずからミエールくんミニの特訓を受けていた。
「脇をしめて」
「肩の力を抜いて」
「膝を曲げて、そして伸ばす」
「うん。コツがつかめてきたよ。ありがとう、おりずさん」
そこへディレクターが駆け込んできた。
「ごめん美咲ちゃん、お客様だよ」
「あたしに?誰だろ」
通されたのは――ヘレンだった。
「ヘレン様?」
恐縮するおりずを見て、美咲は首をかしげた。
「え?」
ヘレンは美咲の前に来るなり、床に膝をつき、うやうやしく頭を下げた。
「私はマーガレットの妹、穏健派のヘレンと申します。よろしくお願いいたします」
「穏健派は美咲様と一生付き従う覚悟でございます。どうぞ私たちをお導きくださいませ」
言い終えると、目を潤ませて美咲を見上げた。
美咲は情報に疎い。
穏健派がどうだと言われても、さっぱり意味がわからなかった。
「え、ええ?」
美咲はおりずと紺、そしてヘレンを交互に見ながら考えた。
(まったく意味が分からないけれど……マーガレットさんの妹さんだったら偉い人だ。断ったら……怒られるよね)
「アジの干物おいしかった?」
「ええ、とっても」
「魚が好きな人に悪い人はいない。ええ、いいですとも。あたしだってやる時はやるところを見せてやろうじゃないの」
美咲は拳を突き上げた。
「えいえいおー!あはははは!」
高らかな勝どきがスタジオ中に響き渡った。
スタジオ内は大喝采となった。
「で……何をすればいいの?」
「私もその……グラビア撮影を」
「え?やりたいの?」
(変わってるなあ)
「ディレクターさーん!ヘレンさんもグラビア撮影したいんだって!」
急遽予定変更し、ミエールくんミニの追加収録が決まった。
収録を終えてヘレンは満面の笑みで帰っていった。
◆ 穏健派拠点・ヘレンの部屋
ヘレンは自室に戻り、机の上の写真を見つめていた。
収録後、美咲・おりず・ヘレンの3人で撮った3ショットだ。
「誰かいますか?」
「この写真を拡大して、お姉さまの隣に飾るのです。穏健派の象徴なのです」
ヘレンの声は震えていたが、瞳は輝いていた。




