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第30話 美咲の大号令

静香とマーガレットは、昼食にアジの干物を食べていた。

一見すると二人には縁遠い庶民的な昼食だが、これは美咲たちが釣り、静香がおみやげとして島から持ち帰ったものだった。


「おいしいわね。これは美容にもいいのよね」


「DHA」


「そう、それよ。こんなにおいしくて美容にもいいのだから、食べないのは損よね」


そんな会話をしていると、外の方で騒ぎが聞こえてきた。


「ろぼみ、見てきてちょうだい」


「かしこまりましたなの、です」


ろぼみが走っていった直後――


「ええい、そこをどくのです!通しなさい無礼者!」


血相を変えたヘレンが飛び込んできた。


「あらヘレン、あなた来ちゃったの?」


「お姉さま……?」


ヘレンは目の前の女性が姉マーガレットだと一瞬わからなかった。

そこにいるのは、垢ぬけて洗練された、見違えるほど美しい女性だったからだ。


「来ちゃったのではありません、お姉さま!連絡もなしで……私はお姉さまのことが心配でこうして参ったのです!」


「まあまあ、それよりあなた昼食はまだでしょ?これを食べなさい。話はそれからです」


差し出されたのは、干からびた焼き魚だった。


「まあ嘆かわしいですこと……お姉さまはいつもこんなものを召し上がっているのですか?」


ヘレンは静香とマーガレットの境遇を察し、悲しみに暮れた。


「こんなものとは美咲ちゃんに失礼ですよ」


「これは美咲ちゃんが釣って静香が……」


「わたしが捌いた」


「そう、とてもおいしくて美容にも良いのです……」


「DHA」


「そう、それです」


ヘレンは言われるままに食べ始めた。


「どう?おいしいでしょ?」


ヘレンは質問には答えず、おかわりを要求した。


「まあまあ、あなたったら。ヘレンまっしぐらね」



食後は美咲の番組を見る。

この家ではすでにルーティーンとなっていた。


「この子が美咲ちゃんです。かわいいでしょ?」


「お姉さままでこの娘の毒牙にかかったのですか……穏健派はどうなるのです」


「だまりなさい!」


マーガレットは珍しく強い口調だった。


「良いですか。穏健派の命運は彼女が握っているのです」


「彼女は神輿の上のお姫様。私たちは彼女を神輿として担ぎ上げるのです」


静香は初めて聞く話だった。


(美咲が……そんな重要人物だったなんて)


ヘレンは姉の言葉ですべてを理解した。

美咲は穏健派の希望の星だったのだ。


「わかったようですね。それならば美咲ちゃんにご挨拶してきなさい」



◆ 強硬ビル・第2スタジオ

美咲は休憩中に、おりずからミエールくんミニの特訓を受けていた。


「脇をしめて」


「肩の力を抜いて」


「膝を曲げて、そして伸ばす」


「うん。コツがつかめてきたよ。ありがとう、おりずさん」


そこへディレクターが駆け込んできた。


「ごめん美咲ちゃん、お客様だよ」


「あたしに?誰だろ」


通されたのは――ヘレンだった。


「ヘレン様?」

恐縮するおりずを見て、美咲は首をかしげた。


「え?」


ヘレンは美咲の前に来るなり、床に膝をつき、うやうやしく頭を下げた。


「私はマーガレットの妹、穏健派のヘレンと申します。よろしくお願いいたします」


「穏健派は美咲様と一生付き従う覚悟でございます。どうぞ私たちをお導きくださいませ」


言い終えると、目を潤ませて美咲を見上げた。


美咲は情報に疎い。

穏健派がどうだと言われても、さっぱり意味がわからなかった。


「え、ええ?」


美咲はおりずと紺、そしてヘレンを交互に見ながら考えた。


(まったく意味が分からないけれど……マーガレットさんの妹さんだったら偉い人だ。断ったら……怒られるよね)


「アジの干物おいしかった?」


「ええ、とっても」


「魚が好きな人に悪い人はいない。ええ、いいですとも。あたしだってやる時はやるところを見せてやろうじゃないの」


美咲は拳を突き上げた。


「えいえいおー!あはははは!」


高らかな勝どきがスタジオ中に響き渡った。


スタジオ内は大喝采となった。


「で……何をすればいいの?」


「私もその……グラビア撮影を」


「え?やりたいの?」

(変わってるなあ)


「ディレクターさーん!ヘレンさんもグラビア撮影したいんだって!」


急遽予定変更し、ミエールくんミニの追加収録が決まった。


収録を終えてヘレンは満面の笑みで帰っていった。



◆ 穏健派拠点・ヘレンの部屋

ヘレンは自室に戻り、机の上の写真を見つめていた。

収録後、美咲・おりず・ヘレンの3人で撮った3ショットだ。


「誰かいますか?」


「この写真を拡大して、お姉さまの隣に飾るのです。穏健派の象徴なのです」


ヘレンの声は震えていたが、瞳は輝いていた。


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