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第29話 穏健派はいま

ある日の午後。

マーガレットと静香は自宅のリビングで、優雅にお茶を飲んでいた。


「静香、今日のケーキは美咲ちゃんのおすすめなのよ。とても美味しいわ」


「……はい」


静香は淡々と返しながら、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば。リズ……おりずに改名して、美咲の弟子になりました」


マーガレットはティーカップを置き、目を輝かせた。


「まあ!さすがは美咲ちゃん。穏健派の切り札をあっさりと手ごまにするなんて」


静香は無表情のまま、ほんの少しだけ肩をすくめた。


「……お母さま、リズは穏健派の……」


「リズは穏健派の切り札だけれど、元々はヘレンの傘下でしょう?妹は心配しているでしょうね」


マーガレットは少しだけ遠い目をした。


「でも、あの子なら大丈夫よ。美咲ちゃんの元でしっかり励むのです」


静香は無表情のまま、心の中でため息をついた。


(お母さま……美咲に何を……)



その頃、美咲と紺と“おりず”の三人は、ゴムボートで島の周辺を探索していた。


美咲と紺はオールを漕ぎ、おりずはミエールくんミニの操縦担当だ。


「うんうん、バッチリ撮れてる!」


「撮れてるのじゃ!」


美咲と紺は上機嫌。

おりずも嬉しそうに頷いたが、その心には暗い影が差していた。


(おりずへの改名と美咲様への師事……独断で決めてしまったけれど……本当に良かったのだろうか)


その時、スマホが震えた。

それは、マーガレットからのメールだった。


これまで直接メールをもらったことなど一度もない。


"美咲ちゃんの元でしっかり励むのです。"


メッセージを読んだおりずは歓喜のあまり、思わず手に力が入った。


ミエールくんミニは急上昇し、空高く舞い上がり――

急降下して着水。


じゃっぽーん。


「ちょっとおりずさん!もっとそーっとじゃないと魚が逃げちゃうよ!」


「ご、ごめんなさい……!」


(マーガレットさんのことになると取り乱すんだから……)


美咲はすっかりしょぼくれたおりずを見つめ、心の中で決意した。


(おりずさんをもっと喜ばせたい……!)



その翌日。

美咲は出演者特権で、おりずには内緒で“マーガレット直筆サイン入り・マーガレット・オン・ザ・ビーチ”を手に入れていた。


「ジャジャーン!」


美咲は胸を張って差し出した。


「サプライズプレゼント!これをおりずさんに。いつもがんばってくれるから、あたしからの感謝の気持ちだよ!」


「ほーーっ……ほーーっ……!」


おりずは感極まって悶絶、失神寸前だった。

そして、美咲への忠誠心が極限に達した瞬間だった。



その頃、静まりきった部屋の中、ヘレンは机の上の紙を何度も読み返していた。


名前をおりずに変えました。

これからは美咲師匠の家で奉公します。


姉マーガレットからの便りはない。

リズは美咲という娘の毒牙にかかり、洗脳されてしまった。

切り札を失った今、穏健派に未来はない。


「姉は平和的な外交だと言っていたけれど……元より不可能だったのだわ……」


ヘレンは震える手で紙を握りしめた。


「人間側は……悪辣な美咲が頂点として君臨する恐ろしい勢力……」


コンコン、と静寂を打ち消すノックの音がした。


「ヘレン様、例のものをお持ちしました」


「よろしい。そこの一番良い場所に飾りなさい」


運ばれてきたのは、方々手を尽くしてやっと手に入れた

“マーガレット・オン・ザ・ビーチ”の一部を拡大したポートレートだった。


完成品は見つからなかった。


「おおお……なんと麗しいお姿……!」


部屋の中にいる全員が、マーガレットのポートレートの前にひれ伏した。


ヘレンもまた、屈託のない姉の笑顔に心を奪われていた。


(リズがおりずなら……私はおへれと命名されるのだろうか……)


「私がおへれと名乗ったらどう思いますか?」


「おへれ……?」


部屋の中にいた全員が唖然とした。


「もうよい。下がりなさい」


ヘレンは戦う前に、すでに美咲に屈していた。


「お姉さま……私を助けてください……」


「美咲様……おへれだけは……どうかご勘弁を……」


姉妹特権で交渉できないかと、ヘレンはポートレートを拝みながら必死に画策するのだった。



時を同じくして。

過激派の残党一味は、巷で有名な“マーガレット・オン・ザ・ビーチ”の海賊版を作ろうと画策していた。


「タイトルは……マーガレット・オン・ザ・ピーチにしよう」


「ピーチ……?」


「果物の桃だ。ビーチより柔らかい印象だろう?」


「いや、そういう問題では……」


残党たちは真剣な顔で議論を続けていた。


マーガレット・オン・ザ・ピーチはおそらくお蔵入りと成るだろう。


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