第25話 美咲被害者の会
静香の家の一件から数週間後――
静香の父は、スタジオ施設を兼ね備えた自社ビルを建ててしまった。
「強硬ビルって名前はどうかと思うけれど、すごく大きいね!」美咲が見上げる。
今日は静香の案内で、三姉妹とぼくは見学に来ていた。
ビルは黒いガラス張りで、角ばった形状。
屋上にはヘリポートがあり、風向計がゆっくり回っていた。
「中へどうぞ」と静香に促された。
◆
広々とした玄関ロビーには女の人が数人。
しかし、誰も話さない。
誰も動かない。
ただそこには静寂すぎる静寂があった。
紺が耳をピンと立てる。
「主様……ここ、人の気配がないのじゃ」
美咲は無頓着に、ロビーの観葉植物を引っ張っている。
メアリはメモ帳を取り出し、
「照明の配置がすごい……」
と熱心に観察している。
ぼくはロビーの壁の厚さを見て思った。
(これ……撮影スタジオというより軍事要塞じゃないか?)
◆
玄関ロビーで待つこと数分、チーンとエレベーターのドアが開き、静香の父が現れた。
「ようこそ強硬ビルへ!」
「こんにちは」
「早速案内するよ。ささ、エレベーターに乗って」
ぼくらが乗ろうとした瞬間――
ピッ。
赤いランプが点滅した。
「え?」美咲が止まる。
静香の父がカードキーをかざすと、ランプが緑に変わり、扉が閉まった。
「このエレベーターは関係者が同伴しないと乗れない仕掛けなんだよ」
(つまり……美咲ひとりが閉じ込められたら、誰も助けに入れない……)
紺はすでに警戒態勢。
メアリは
「セキュリティがすごい……」
と感心していた。
美咲は
「へえ〜」
と何も疑ってない素振り。
◆2階:オペレーションルーム
「ここはオペレーションルーム。主にオペレーターが電話応対する部屋だよ」
50人以上が収容できる広いスペース。
しかし――今は誰もいない。
紺
「主様……ここも何の気配も感じぬ」
美咲
「広いね〜。」全力で素っ頓狂。
メアリ
「機材が最新式……すごい……」
静香の父は満足げだった。
◆3階:第1スタジオ
そこにはリビング、キッチン、オフィス、教室などの空間が再現されていた。
美咲
「ここで料理番組できるね!」
メアリ
「美咲ちゃん、料理できないでしょ……」
美咲
「できるよ!……たぶん」
紺
「主様、ここも気配が……」
静香は無言で父を見ていた。
◆4階:第2スタジオ
「やあ、みんな!」
ディレクターさんが手を振った。
「あれ、ディレクターさんじゃないの。どうしてここに?」
「映像制作のアドバイスを依頼されてね。臨時で来ているというわけだ」
「第2スタジオはアウトドア。ここの仕掛けはすごいよ」
スイッチひとつで四季が切り替わる。
夏のビーチに切り替わった瞬間――
「わあ海だ!」
美咲は一目散に駆け出し、ドンと壁に衝突した。
「いててて……」
ディレクター
「美咲ちゃん、全然学習しないところがいい……!」
ぼく
(この人、よくわかってる……)
◆5階:会議室
「ここでみんなの意見や感想を聞きたいな」
メアリ
「ここならきっといいものができるでしょうね」
美咲
「あたしは第2スタジオがおもしろかった!」
紺
「わしは……はて、何と言えばいいやら」
静香の父
「実はここで通販番組を撮影したいんだよ」
メアリ
「だから2階はあんな大きなオペレーションルームだったわけですね」
紺
「その撮影にはわしも出たいもんじゃな」
美咲
「紺といっしょならおもしろくなりそうね」
メアリ
「紺ちゃんが出るならわたしも出たい」
こうして三姉妹が出演することになった。
◆
見学が終わり――
みんなが席を立とうとしたところで、静香の父がぼくを呼び止めた。
「君にはもう少し話したいことがあるんだ」
「仕方ない。みんなはファミレスで待ってて」
ぼくは会議室に居残りだ。
◆
「私の計画について率直な意見を聞きたい」
「数週間でここまでのものができるとは、さすがですね」
「あはは。よくわかっているね。ここで撮って売る。我々は物の力で人間側を懐柔するのだよ」
「ぐはははは」
まるで悪徳代官のように笑う。
「ところで最近こっちの具合はどうなんだね?」
父は自分の頭をトントンと叩きながら言った。
「本当は君にここでがんばってもらいたかったんだがね。」
「私はね、君に期待してたんだよ。ところが、せっかくのチャンスなのに君はのらりくらり。元々優秀だった娘の静香も、君の影響で能無しになりつつある」
「つまり、美咲ちゃんは君の身代わりになるということだよ」
ぼくは、わざとせわしなく頭をトントンと叩きながら言った。
「こんな時に言う言葉が出てきません。袋のねずみ?いや……、違うな」
「飛んで火にいる夏の虫?うーん……違う」
「同じ穴の狢だ!」
「同じ穴の狢とはどういうことだね?」
「ぼくと美咲は幼馴染。彼女は少々無茶がすぎるところがありまして。ぼくも今まで散々煮え湯を飲まされたくちなんです……。」
「今日、お父さんは美咲をこの場所に自らの意志で招き入れてしまった。」
「既に手遅れですが……彼女の手綱を握ろうなどと考えると、きっととんでもない目に合いますよ。」
「その意味で、ぼくとお父さんは同じ穴の狢。つまり、二人で美咲被害者の会に入ったわけです」
「そう考えるとこの状況は……袋のねずみであり飛んで火にいる夏の虫でも間違いないですね」
「ぐはははは」
ぼくも悪代官風に笑ってみせた。
「不愉快だ!帰れ」
「では失礼いたします。お父さん……」
◆ファミレス:対策会議
「おかえり、どうだったの?」美咲が聞く。
「なあにてえしたことじゃねえ。美咲は最高だって言ってきた。」
「もう、あんたってば」美咲が照れる。
紺が言った。
「ところで主様、あそこには動物はおろか人間が一人もおらなんだぞ」
「さすがは紺、察しが早いな」
「どういうこと?」美咲が首をかしげる。
「あそこにいた生身の人間はディレクターさん一人だったってことだよ。知ったら驚くだろうな」
「それじゃあの女の人たちは?」
「すべてがアンドロイド。つまりみんなろぼみと一緒だな」
「へええ、なんか怖いね」美咲が身をすくめる。
「ふむ。じゃからわしも撮影に参加するのじゃ!」紺が胸を張る。
「とにかく、ここは静香のお父さんに勝ちを譲ることにしよう」
「本当の勝負はこれからだ。しかし、ぼくらが勝っちゃううんだろうなあ……」
(あそこに出向くのは破壊神美咲と三姉妹なのだ)




