第18話 アジ釣り大会
休日の早朝の海。明るくなり始めたイカダの上に、美咲の声が高らかに響く。
「よーし! それじゃあ、サビキ釣りの説明からいくよ!
あたしも実際にやるのは初めてなんだけれど、バッチリ予習してきたからね!」
その妙に自信満々な言い方に、みんなが自然と集まってくる。
◆ 美咲の“擬音だらけ”サビキ講座
「まずね、このカゴにアミエビを――ぎゅっぎゅっ! って詰めるの!」
美咲は袋を開けた瞬間、むわっと強烈な匂いに襲われた。
「うっ……くっさ……!」
顔をしかめて涙目になりながら袋を遠ざける。しかし次の瞬間、なぜかニヤニヤし始めた。
「……でも、これ絶対効くやつ……ふふ……アジがばあーって来る……」
その矛盾した表情に、島の全員が微妙な反応をした。
「美咲ちゃん……なんで笑ってるの……?」
メアリが引き気味に聞く。
「お、お姉さま……」
紺が眉をひそめる。
「美咲はヘンタイ」
静香が淡々と観測する。
「あたい、この匂いの脳波を解析したいの……!」
ろぼみが近づこうとして、美咲に止められる。
「来ないで! ろぼみは絶対嗅がないで!」
ぼくは誤作動が起きてしまい、
「開いた口が塞がらねえたぁこのこった!」
「ちょっとくらいならいいの!」
美咲は反省しない。
◆ 美咲の説明はさらに擬音化する
「でね、この仕掛けを――すいーって真下に落とすの!
日中は底のほうがいいらしいから、ずずずーって沈めて……」
「ずずずー?」
メアリが首をかしげる。
「そう! で、狙うタナまで沈んだら、竿を――こう! しゃっしゃっ!って上下させるの!」
「しゃっしゃっ……」
紺が苦笑する。
「そしたらカゴからエサが、ぽろぽろぽろーって出て、アジがひゅひゅひゅーって寄ってくるの!」
「ひゅひゅひゅー?」
「いいの! 釣りはね、感じるの! 理屈じゃないの!」
静香はメモを取りながら言う。
「擬音が多すぎて観測が困難」
◆
「そうだ! いいこと思いついた! “三段式”で行こう!」
「三段式?」
メアリが首をかしげる。
「そう! 竿を三本使うの!
あたしが釣る → 釣れたら竿ごと誰かに渡す → 受け取った人が魚を外してクーラーボックスへ →
その間に誰かがカゴにアミエビをぎゅっぎゅって詰めて → あたしに渡す!」
「もはや漁じゃな……」
紺が呆れる。
「合理的」
静香が分析する。
「あたい、三段式の脳波を解析したいの……!」
「解析すんな!」
全員がツッコむ。
美咲は胸を張って言った。
「この場所は静香とろぼみに任せた。あたしたちはあっちでやってみる!」
「美咲ちゃん……なんか楽しそう」
メアリが笑う。
「楽しいの! 今日はみんなでがんばっちゃうんだから!」
こうして、美咲たちによる“漁”が始まるのだった。
◆
美咲の釣りのスタイルはキャッチ・アンド・イート、釣った魚を食べるまでは終わらない。
大量のアジがクーラーボックスに収まったころ、静香がすっと前に出た。
美咲は陣頭指揮を静香に譲る。
「では、処理を開始します。美咲、ろぼみ、補助に入ってください」
美咲は「任せて!」と元気よく返事をし、ろぼみは「あたいは機械のからだ、手を切らないの……!」と嬉しそうに包丁を握った。
◆
静香はまな板の上にアジをそっと置いた。その手つきは無駄がない。
尾から頭へ向けて、包丁の先をすい、と滑らせる。
銀色のうろこが静かに散った。
「うろこは飛散しやすい」
淡々と説明しながら、もう片側も同じ動作でこそげ取る。
尾の付け根に包丁を入れ、硬いぜいごを丁寧にそぎ落とす。
「ここは硬いので注意。美咲、あなたは触らない」
「えぇ〜……」
胸びれの付け根に包丁を置き、斜めに刃を入れる。
静香はアジを返し、反対側からも同じ角度で切り込みを入れた。
コトン、と頭が落ちる。
腹に浅く切り目を入れ、内臓をすっとかき出す。血合いも刃先で丁寧に取り除き、さっと水洗いする。
背側から中骨に沿って包丁を入れ、すい、すい、と滑らせるように身を切り離す。
静香はアジを返し、腹側からも同じ動作を繰り返す。
最後に尾側から包丁を入れ、中骨の上を滑らせて身を完全に分離した。
「これで二枚おろし。続けて三枚にする」
静香は骨側を下にし、背側から再び包丁を入れる。
中骨に触れる感覚を確かめながら、尾へ向けて滑らせる。
反対側も同様に切り目を入れ、尾の付け根から中骨を外す。
「三枚おろし、完了」
美咲は感嘆の声を上げた。
「静香、あんたプロだ……!」
「合理的に処理をしただけ」
静香は腹骨を刃を寝かせてそぎ取り、指で触れながら小骨を一本ずつ抜いていく。
最後に、頭側の皮をつまみ、尾へ向けてすいーっとはぎ取った。
「これで刺身にできる。大きいものは刺身に、小さいものは加熱処理」
「お刺身! やった!」
美咲が跳ねる。
◆
やがて、香ばしい匂いが屋内に広がった。
焼きアジ、アジフライ、アジのなめろう、アジの塩焼き――
静香の技術と、みんなの個性が混ざり合った“島の味”が並んだ。
「うまっ!」
美咲が目を輝かせる。
「わしの家臣団も喜んでおる」
紺が胸を張る。
「こんなの、初めて……」
メアリが微笑む。
「味の安定性、良好」
静香が淡々と評価する。
◆
食事会が終わると、美咲が言った。
「余った分は日干しにして、作家先生にあげよっか」
「じゃあ、届けてくるよ」
ぼくは日干しのアジをタッパーケースに入れて、大盛況の会場を後にした。
島の共同体の温かさを胸に、作家先生のもとへ向かうのだった。




