六話 均された世界の不均衡
タブレットが震えた。
画面には、見覚えのあるサムネイルが表示されている。
『twice white』
(……また、彼女だ)
胸の奥で“カチリ”と音がした気がした。
前回の動画は、恐ろしいほど正確だった。
分断も、所属も、黒い渦の発生も──すべて“未来記述”の通り。
(じゃあ……今回も、確定なのか)
再生ボタンを押すと、薄暗い部屋で撮影された映像が始まった。
前回と同じ女性。だが、その表情は前よりも沈んでいる。
「You saw it, right?
私が言ったこと……全部、起きたわね」
淡々とした声。
だが、その奥にある緊張は隠しきれていない。
「今回は、“均される”の本当の意味と、“加護”の条件について話すわ」
女性はスケッチブックをめくり、太い黒字を見せた。
『Leveled World(均された世界)』
「“均される”という言葉を“平等”だと思っている人が多いけれど……違うの。
It means adjusted. 調整される、という意味に近いわ」
ページがめくられる。
『Resource Balance(資源均衡)』
「世界は、資源の偏りが大きすぎた。
だから“均された”の。
資源が少ない地域には“補填”として黒い渦が多く発生し、
資源が豊富な大陸には、最低限しか発生しない」
宮本は息を呑んだ。
(……補填?)
女性は続ける。
「まず、誤解している人が多いけれど──
“島国だから安全”なんてことはないわ」
スケッチブックに新しい文字が現れる。
『Physical Connection(物理的接続)=同一大陸扱い』
「地図上で島に見えても、橋やトンネル国がつながっていれば“同じ大陸”と判定される。
だから、イギリスもシンガポールも……
“島国”という概念は、今回の均しでは意味を持たないの」
(……じゃあ、日本は?)
女性は、まるで俺の疑問を読んだかのように言った。
「日本は“資源が少なく人口が多い地域”と判定された。
だから──黒い渦が多発するのは、当然の結果よ」
胸が冷たくなる。
テレビで見た渦。
SNSで流れる“全国で発生”の文字。
すべて、理由があった。
女性はさらにページをめくる。
『Continental Groups(大陸区分)』
「南北アメリカ大陸、ユーラシア・アフリカ大陸は、
“均す必要がないほど資源が多い”と判断された。
だから黒い渦は、各国の首都にしか発生しなかったの」
日本のように都市部に大量発生していない理由が、ようやく繋がった。SNSで黒い渦についてほとんど上がってきていない。
女性は深く息を吸い、最後のページを開いた。
『Blessing Condition(加護の条件)』
「加護は──“黒い渦に入った者だけ”に与えられる。
外から見ているだけでは、絶対に得られない」
宮本の心臓が跳ねた。
「そして、ひとつ重要なこと。
加護は“渦ごとに抽選される”の。
ある渦で加護が得られなくても、別の渦に入れば得られる可能性がある」
(……大学生が言っていた通りだ)
筋力強化(小)を得た者もいれば、加護なしの者もいた。
あれは“個人差”ではなく、“渦ごとの抽選”だったのだ。
女性はスケッチブックを閉じ、カメラをまっすぐ見つめた。
「This is not a warning.
これは警告じゃない。
It’s a description.
“未来記述”──つまり、確定した未来」
その言葉が、宮本の胸に重く沈んだ。
「黒い渦は、これからもっと増える。
資源が足りない地域ほど、ね」
映像がふっと暗転する。
最後に、白い文字が浮かんだ。
『Prepare. The leveling has just begun.
備えて。均しは、まだ始まったばかり』
動画はそこで終わった。
しばらく動けなかった。
(……均されるって、こういうことだったのか)
(加護……渦……均し……
俺は、どう動くべきなんだ)
未来記述の動画が終わった直後、宮本のスマホが震え続けた。
SNSのタイムラインは、もはや“混乱”という言葉では足りないほど荒れ狂っている。
《日本、終わっただろこれ》
《渦の数、他国と桁違いじゃね?》
《均されるって……資源が少ないからってこと?》
《加護欲しいけど渦に入るの怖すぎる》
《政府は何してんだよ!》
《首都圏の渦、もう20超えてるって噂》
《北海道にも出たらしい》
《九州の渦からモンスター出たってマジ?》
(……完全にパニックだな)
テレビも緊急特番に切り替わり、スタジオは騒然としていた。
《政府は現在、状況を確認中とのことですが……》
《自衛隊はすでに複数の渦の周辺で警戒態勢に入っています》
《渦の内部は“異空間”である可能性が高いと専門家は……》
アナウンサーの声は震えている。
そのとき、画面が切り替わった。
《まもなく、政府による緊急声明が発表されます》
(……来たか)
画面が暗転し、官邸の会見室が映し出された。
背後には国旗と、緊急時にのみ使われる深紅の幕。
官房長官がゆっくりと壇上に立つ。
◆ 日本政府・緊急声明
官房長官は深く一礼し、静かに口を開いた。
「本日午前十時過ぎより、国内各地で発生している“黒い渦”について、政府として確認できた情報をお伝えします」
会見室は異様な静けさに包まれている。
「まず、黒い渦は自然現象ではなく、世界的に同時発生している“未知の現象”であります。
現在、国内では多数の渦が確認されており、特に人口密集地域に集中している傾向が見られます」
(……未来記述の通りだ)
「渦の内部は、外部とは異なる空間構造を持つことが確認されており、
内部で“生物と思われる存在”が確認されたとの報告も受けています」
会見室がざわつく。
「また、渦の内部に入った一部の国民が、身体能力の向上など“特殊な現象”を体験したとの情報もあります。
これらについては現在、政府として事実関係を精査しております」
(加護のことか……)
官房長官は資料を見下ろし、言葉を選ぶように続けた。
「国民の皆様におかれましては、渦に近づかないよう強くお願い申し上げます。
渦の内部は極めて危険であり、政府として安全が確認されるまで立ち入りを禁止します」
SNSではすぐに反応が溢れた。
《禁止って言われても、加護欲しい奴は行くだろ》
《自衛隊が封鎖しても無理じゃね?》
《渦の数が多すぎる》
《政府も分かってないじゃん》
官房長官は続けた。
「現在、全国の渦の周囲に自衛隊および警察を配置し、
国民の安全確保に全力を尽くしております。
また、渦の発生原因および内部構造については、
国内外の専門機関と連携し、調査を進めております」
そして、最後にこう言った。
「国民の皆様には、冷静な行動をお願い申し上げます。
政府は、皆様の生命と生活を守るため、全力で対応してまいります」
会見はそこで終わった。
会見が終わると同時に、SNSはさらに加熱した。
《政府も分かってないの草》
《加護の存在、ほぼ認めたよな?》
《渦に入ったら能力もらえるってこと?》
《でもモンスターいるんだろ?無理ゲー》
《自衛隊が撃ったら光になって消えたってマジ?》
《渦の数、東京だけで30超えたって速報出たぞ》
《大阪も増えてる》
宮本はテレビを消し、深く息を吐いた。
(……政府も把握しきれてない。
未来記述の女のほうが、よっぽど情報を持ってる)
視界の端で、Fate Enter が揺らめく。
【Fate Enter:入力待機中】
【対象:任意】
【効果:運命の一部を書き換える】
(加護を得るには……渦に入るしかない。
でも、モンスターがいる。
加護なしで入るのは……死ぬかもしれない)




