三話 備えと露見
春分前日。
朝の光はいつもと同じはずなのに、どこか薄く、頼りなかった。
マンションのベランダから街を見下ろし、深く息を吐いた。
昨日の政府会見は、結局「何も分からない」という宣言に等しかった。
だが、知っている。
あの白い空間で示された文字は――
『世界は分断され、均されます』
『次に太陽が真東から昇るとき、所属を分けます』
それは“未来記述”の女性が言った通り、確定した未来だ。
(……備えないと)
最悪、都市機能が止まるかもしれない。
開店直後のホームセンターは、すでに人で溢れていた。
カートを押す人々の表情は、どこか張り詰めている。
「水は一人二ケースまででーす!」
「カセットボンベは売り切れでーす!」
店員の声が飛び交う。
(……やっぱり、みんな不安なんだな)
非常食、乾電池、簡易浄水器、折りたたみコンロ、寝袋、タープ……
“最低限のキャンプ装備”を次々とカゴに入れていく。
(一人でも、これくらいは必要だ)
だが、心の奥では別の不安が渦巻いていた。
(俺の“運命入力(Fate Enter)”……あれは、どこまで通用する?)
視界の端に、薄いウィンドウがちらつく。
【Fate Enter:入力待機中】
【対象:任意】
【効果:運命の一部を書き換える】
(……今は使わない。軽々しく触っていい力じゃない)
そう思い、意識を逸らした――その瞬間だった。
「ねえ、あなた」
背後から、澄んだ声がした。
振り返ると、30代前半ほどの女性が立っていた。
黒髪を後ろで束ね、落ち着いた雰囲気。
だが、その瞳だけが異様に鋭い。
「あなた、権能持ちでしょ?」
心臓が跳ねた。
(……なんで分かる?)
咄嗟に表情を取り繕う。
「な、何のことですか?」
女性はため息をついた。
「隠しても無駄。あなたの“周囲の揺らぎ”が見えてるの。
私の権能は――“虚実看破”。
本物と偽物、表と裏、隠された情報……全部“視える”」
虚実看破。
その言葉に、背筋が冷たくなる。
(やばい……!)
女性は一歩近づき、宮本の目を覗き込んだ。
「あなたの周りだけ、空気が二重になってる。
“権能”に触れた痕跡があるのよ。
普通の人間には絶対に出ない揺らぎ」
(……Fate Enter を使った時の……!)
昨日、電車で女性に“幸運”を入力した。
あの瞬間、確かに空気が歪んだ。
虚実看破なら、それを見抜けるのか。
「安心して。私はあなたを捕まえたりしない。
ただ――確認したいだけ」
「な、何を……?」
女性は周囲を見回し、声を潜めた。
「あなたの権能、どんな種類?」
答えられない。
政府は“異能を使えば法律で対処する”と言っていた。
不用意に話せば、何が起きるか分からない。
「……言えません」
女性は少しだけ微笑んだ。
「まあ、そうよね。でも――」
その瞳が鋭く光る。
「あなたの力、危険よ。
“未来が確定している”世界で、運命を書き換えるなんて」
宮本の喉が鳴った。
(……知っている?)
女性は続ける。
「昨日の“twice white”の動画、見たでしょ?
あれ、本物よ。
未来記述――あれは“確定した未来”を写す力」
(やっぱり……!)
女性は俺のカゴをちらりと見た。
「あなた、備えてるんでしょ。
正解ね――」
その声は、妙に優しかった。
「今は春分を待つしかないわ、分断も所属も、
運命入力でどうにかできる領域じゃない。
未来記述の女が言ってた通り、あれは“確定”なの」
拳を握りしめた。
「……それでも、何もしないよりはマシです」
女性は少しだけ目を見開き、そして微笑んだ。
「強いわね。
でも、忠告しておく。
あなたの力は、他の権能持ちから狙われる可能性がある。
“運命を書き換える”なんて、喉から手が出るほど欲しい人間はいくらでもいる」
(……確かに)
女性は踵を返し、去り際に言った。
「気をつけて。
あなたの運命は、もう“普通の人間”のものじゃない」
その背中が人混みに消えていく。
しばらく動けなかった。
(……バレた。
権能持ち同士は、もう互いを“視抜く”段階に入ってるのか)
胸の奥で、また“カチリ”と音がした気がした。
買い物を終え、レジへ向かうと、店内がざわついていた。
「おい、やめろって!」
「離せ!俺は悪くない!」
若い男が暴れていた。
店員が数人で押さえつけている。
「こいつ、カートを吹っ飛ばしたんだよ!」
「手も触れてないのに、勝手に動いたんだ!」
(……権能か?)
宮本の視界の端で、Fate Enter が微かに反応する。
【対象:20代男性/精神状態:混乱】
【入力欄:______】
(……助けるべきか?)
だが、入力欄を見つめた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
(俺が“運命”に触れれば触れるほど、虚実看破みたいな能力に見つかる可能性が高くなる)
そして、もっと危険なのは――
(俺の力を“利用しよう”とする人間が現れることだ)
宮本はウィンドウを閉じ、視線を逸らした。
(……今は使わない。絶対に)
買い物袋を抱え、夕暮れの街を歩く。
空は赤く染まり、どこか不吉な色をしていた。
(明日、太陽が真東から昇る)
その瞬間、所属が分けられ、世界は分断される。
(いままで通りなんて保証なんて……どこにもない)
胸の奥が締めつけられる。
だが、同時に――
(俺には、Fate Enter がある)
運命を“書き換える”力。
未来が確定している世界で、どこまで通用するのかは分からない。
だが、使い方次第では――
(ラノベみたいな展開いけそうだよな)
マンションが見えてきた頃、視界の端でウィンドウが揺らめいた。
【Fate Enter:入力待機中】
【対象:任意】
【効果:運命の一部を書き換える】
まるで、明日を前に“決断”を迫るように。
立ち止まり、空を見上げる。
(明日、世界が変わる)
その瞬間、自分がどんな選択をするのか――
まだ、誰にも分からない。




