二話 理解はできた
動画の再生バーは、残りわずか数十秒を示していた。
女性は淡々と説明を続けていたが、その内容は前半の補足にすぎなかった。
分断の仕組み、均される理由、試練の意味──どれも理解はできるが、あまりに現実離れしている。
(……本当に、こんなことが?)
だが、最後のスケッチブックが画面に映った瞬間、呼吸が止まる。
白い紙に、太く黒いペンでこう書かれていた。
『My power is "future description".』
字幕が追いつく。
「私の力は“未来記述”」
(……未来、記述?)
女性はスケッチブックを胸元に抱え、静かに言った。
「I saw the white space twice. That’s why the title is twice white.
二度、白い空間に入ったの。だからタイトルは“twice white”。」
二度──。
つまり彼女は、宮本と同じ体験をし、なおかつ“権能”を持つ者だ。
(権能持ち……同じだ)
女性は続ける。
「The letters you saw are not warnings. They are descriptions.
あなたたちが見た文字は“警告”じゃない。“記述”よ。
They will happen. Not maybe. Not possibly. They will.
起こるの。可能性じゃない。確率でもない。“確定”よ。」
その瞬間、背筋が冷たくなった。
分断は起こる。
所属は決められる。
均される。
試練が来る。
すべて“未来記述”──未来をそのまま書き写したもの。
(……確定、なのか)
女性は最後に、スケッチブックをもう一度カメラに向けた。
『future description』
その文字が、宮本の脳裏に焼き付いた。
(この動画……ただの考察じゃない。
彼女は“未来を知っている側”だ)
胸の奥で、また“カチリ”と音がした気がした。
Fate Enter のウィンドウが、視界の端で微かに揺らめく。
【対象:任意】
【効果:運命の一部を書き換える】
(未来が確定しているなら……俺の力は、何を“書き換えられる”んだ?)
動画は静かに終わった。
だが宮本の中では、世界の輪郭が音を立てて変わり始めていた。
政府会見まで、あと三十分。
だが、もう分かってしまった。
動画が終わると同時に、部屋の空気が一段と重くなった気がした。
静止した画面に映る女性の笑顔は、妙に現実離れして見える。
だが、彼女の言葉だけは、胸の奥に鋭く刺さったままだ。
(未来記述……“確定した未来”を見ている……)
白い空間で見た文字。
“分断”“所属”“均される”“試練”。
あれらは可能性でも予言でもなく──
すでに決まっている未来の写し。
(じゃあ……俺たちは、もう逃げられないのか)
喉が乾く。
水を飲もうとしても、手がわずかに震えてコップが揺れた。
テレビの画面が、ふいに速報の赤帯へ切り替わる。
《政府、午後九時より緊急会見へ》
(……来たか)
だが、もう分かってしまった。
政府が何を言おうと、どれだけ慎重な言葉を並べようと──
未来は変わらない。分断も、所属も、春分の日に起こる。
Fate Enter のウィンドウが、視界の端で淡く揺らめく。
【対象:任意】
【効果:運命の一部を書き換える】
(……運命を“書き換える”力。
でも、未来が確定しているなら……どこまで通用する?)
答えは出ない。
ただ、胸の奥で“カチリ”と音がした気がした。
テレビの音量を上げる。
会見室のざわめきが、スピーカー越しに微かに伝わってくる。
(始まる……)
午後九時。
テレビ画面が切り替わり、官邸の会見室が映し出された。
記者たちのざわめきが、マイク越しに微かに伝わってくる。
壇上に現れた官房長官は、いつもより硬い表情をしていた。
だが、その声は意図的に落ち着いている。
「まず、国民の皆さまにお伝えしたいのは──落ち着いて行動していただきたい、ということです」
(……パニック抑制か)
「本日夕刻に発生した“白い空間”の現象について、政府としても確認を進めております。
現時点で、国内外の多数の方が同様の体験をしたという報告を受けておりますが……原因は、まったく分かっておりません」
“まったく”という言葉を使ったのは珍しい。
それだけ異常なのだ。
「専門家とも連携しておりますが、科学的説明は現段階では困難です。
また、集団催眠やテロ行為などの可能性についても、現時点では確認されておりません」
(つまり……本当に何も分かっていない)
官房長官は一度水を飲み、続けた。
「海外からは、いくつかの“異常事例”が報告されています。
アメリカでの刑務所壁の破壊、中国での巨人の目撃、フランスでの飛行する人物──これらの情報は事実確認中ですが、複数の国から同様の報告が寄せられております」
テレビの前で、背筋が冷たくなる。
「これらの事例が、白い空間で示された“加護”や“権能”と関係している可能性についても、政府として慎重に調査を進めています」
(……やっぱり、異能が現実に出始めているのか)
官房長官は、さらに言葉を続けた。
「日本国内において、現時点で“異能”と呼べる現象が確認されたという公式報告はありません。
しかし、もしそのような力が発現した場合──日本の法律の下で対処します」
会見室がざわつく。
「たとえ“異能”であっても、暴行・破壊行為・脅迫などは、刑法に基づき厳正に対処します。
国民の安全を守るため、警察庁・自衛隊とも連携し、必要な体制を整えております」
(……つまり、“力を使ったら捕まる”ってことか)
「繰り返しますが、現時点で確定した情報はほとんどありません。
SNSなどで流れる未確認情報に惑わされず、冷静な行動をお願いいたします。
政府としても、引き続き情報収集と分析を進め、分かり次第速やかに発表いたします」
官房長官は深く頭を下げた。
その姿は、いつもの“余裕ある政治家”ではなく──
本当に何も分からないまま、国を背負って立つ人間の重さが滲んでいた。
会見が終わり、テレビがスタジオに戻る。
だが宮本の耳には、官房長官の最後の言葉だけが残っていた。
「……現時点で確定した情報は、ほとんどありません」
(……本当に、世界が変わるのか?)
胸の奥で、また“カチリ”と音がした気がした。
視界の端で、Fate Enter のウィンドウが微かに揺らめく。
まるで──
政府より先に、お前は“知っている”だろう?
と囁くように。




