二十八話 豊前の空 ――暗闇の先の小さな光
孝治たちは、ダンジョンの薄暗い通路を抜け、最速で安全地帯へと到達した。そこは天井が高く、魔物の気配が一切ない、まるで洞窟の中にぽっかりと空いたキャンプ場のような空間だった。
「よし、今日はここで一泊しよう」孝治が言うと、佐那、美佳、美穂、玲子の四人が同時に頷いた。
持ち込んだキャンプ用品を広げると、ランタンの柔らかい光が空間を照らし、外の世界とは違う静けさが広がる。魔物の気配がないだけで、こんなにも心が落ち着くのかと、全員がほっと息をついた。
夕食を終え、温かい飲み物を手にしながら談笑していると、ふいに孝治の胸の奥がざわりと揺れた。
(……また来た)
佐那との精神力共有はすでに慣れたものだったが、今回は違う。美佳、美穂、玲子――三人の感情が、まるで波紋のように孝治へ流れ込んでくる。
「えっ……これ、もしかして……」美佳が驚いた声を上げる。
「孝治さん、私たちとも……?」玲子が頬を赤らめながら言う。
「精神力、つながってる……?」美穂が胸に手を当てた。
孝治は深く息を吸い、ゆっくりと頷いた。
「どうやら、討伐以外でも共有が発動するみたいだ。 たぶん、俺たちの“パーティーとしての結束”が強くなったからだと思う」
四人は顔を見合わせ、少し照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
その夜、孝治は四人の感情が穏やかに流れ込んでくるのを感じながら、静かに目を閉じた。精神力は確かに増えている。それは、魔物を倒したからではなく――“仲間と共にいる”ことで得られる力だった。
移動続きの疲労が軽減され、出口に向かいながらモンスターの討伐を重ねる。身体能力向上で移動速度が上がった3人に合わせるようにアイテムの回収も行う。
ダンジョンを出ると、外はすでに明るく、昼前の陽光が眩しい。車に戻り、エンジンをかけると、カーナビのニュース速報が流れた。
『大阪府知事、ダンジョンに単独突入。 府民の安全確保のため“加護”取得を優先すると発表』
「えぇ……知事、行ったんだね……」美佳が目を丸くする。
「まあ、あの人らしいと言えばらしいけど」佐那が苦笑する。
「政治家が自分で潜るなんて、普通じゃ考えられないよね」美穂が呟く。
「でも、覚悟は伝わるわ。トップが動けば、現場も動きやすくなる」玲子が冷静に分析した。
孝治は腕を組み、短く言った。
「……あの人は本気だ。守るために、命を張ってる」
車は福岡県を南下し、次のダンジョンへ向かう。夕方までに五つのダンジョンを巡り、新たな加護を得た。
その日の宿は豊前市のビジネスホテル。認識阻害のおかげで孝治の素顔は誰にも気づかれず、三部屋に分かれて家族ごとにチェックインした。
翌朝、ロビーに置かれた新聞を手に取ると、一面には大きく見出しが踊っていた。
『政府、東西電力問題で対応遅れ。大阪府知事、独自の復旧方針を表明』
記事にはこう書かれていた。
「東日本と西日本では電力のヘルツが異なるため、送電網の連携が難しく、復旧作業が混乱している」
「大阪府知事は“まず西日本の復旧を最優先すべき”と主張」
「関西のインフラ責任者からは“明日には生活インフラが止まりかねない”との連絡が相次ぐ」
孝治は新聞を読み終えて視線を上げると、4人がエレベーターから出てきたところだった。
「おはよう。ちゃんとしたベッドだからよく寝れたよ。みんなも疲れとれたか?」
「そうね、いつ以来かしら叔母さんと一緒の部屋で寝たの」
「ほんとね、懐かし感じがしたわ」
美佳や玲子も同意するように頷く。
「最後に一緒に寝たのは小学生の頃だったわね」
そのままチェックアウトをしてホテルを出る。車に乗るとスマホが震えた。画面には――
大阪府知事(直通)
「……来たか」
通話を取ると、知事の疲れた声が聞こえた。
『孝治くん、頼みたいことがある。LIFEのトップに就任してほしい。そして、大停電後の対応について相談したい』
「トップ……ですか」
『ああ。政府は東日本中心で動いている。“副都構想を潰した”あの流れのまま、関東が日本の中心だと言わんばかりだ。だが、俺たちは俺たちで守らなあかん。混乱が起きたとき、西日本の復旧を最優先にしたい』
知事の声には怒りと焦り、そして覚悟が混じっていた。普段の知事は関西弁を控えているが、抑えきれずに表に出ていた。
『電力会社、ガス会社、水道事業者…… みんなから“明日には止まる”と連絡が来てる。 原子力と再エネの電力は、病院・水道・通信インフラにだけ回すよう通達した。 だが、それだけじゃ足りん。ダンジョンを攻略できる君の力が必要なんや』
孝治は深く息を吸った。
「……分かりました。ただし、俺一人では無理です。仲間も一緒に動きます」
『もちろんや。頼りにしてるで、孝治くん』
通話が切れた。
佐那たちが心配そうに見つめている。
「孝治さん……どうするの?」美穂が尋ねる。
孝治は静かに答えた。
「行く。西日本を守るために――俺たちが動く」
四人は迷いなく頷いた。
こうして、孝治たちは再び車に乗り込み、次のダンジョンへ向けて車を走らせた。




