二十五話 西へ、そして北経由で ――逃避と再構築の旅路
高速道路を西へ走り抜け、大阪の街並みがバックミラーの奥へ遠ざかっていく。
美佳はハンドルを握りながら、深く息を吐いた。
「……なんとか関西圏は抜けましたね」
「地図(極)にも敵対反応は出ていないわ。
公安も自衛隊も、まだ大阪周辺を重点的に探してる」
助手席では、美佳の母・玲子、
後部座席に佐那と叔母・美穂が静かに揺られていた。
玲子はまだ完全回復とは言えないが、
ポーション(極)の効果で、右腕はほぼ元通りに再生していた。
「……本当に、助けていただいて……」
玲子が涙ぐむと、佐那が優しく言った。
「気にしないでください。私たちは“手の届く範囲”を守るって決めたんです」
美佳は窓の外を見つめながら呟いた。
「……父の遺品、取りに行かないと……あの家、もう……誰もいないから……」
孝治は頷いた。
「鳥取に寄る。遺品と、必要なものは全部亜空間に入れて持っていく」
「……ありがとうございます」
「勝央サービスエリアで休憩と運転交代しよう」
サービスエリアも人気が少なく、かろうじてコンビニで水分とおにぎりだけが確保できた。
「この先もこんな感じでしょうね。すでに地方は疲弊し始めてる」
車に戻りハンドルを握る。
鳥取県に入り米子近くで高速を降りる、景色は一気に寂しくなった。
オーバーフローの爪痕が、道路脇の建物に生々しく残っている。
「……ひどいな」
「ここまで被害が出てるなんて……」
美佳の家に着くと、周囲はまだ立入禁止テープが張られていた。
「美佳、入れるか?」
「……はい。大丈夫です」
家の中は荒れていたが、モンスターによる破壊ではなく、避難時の混乱によるものだった。
仏壇の前で、美佳は膝をついた。
「……お父さん……」
佐那は静かに手を合わせ、孝治は黙って家の中を見回した。
(……ここで暮らしていたんだな)
写真、衣類、書類、思い出の品。
必要なものを丁寧にまとめ、亜空間(極)へ収納していく。
「……これで全部だな」
「はい……ありがとうございます……」
家を出るとき、美佳は深く頭を下げた。
「……父の分まで、生きます。そして……強くなります」
孝治は頷いた。
「そのために九州へ行く。ほとぼりが冷めるまで、向こうで加護を集める」
佐那が補足する。
「九州はダンジョン密度が高いし、政府の監視も本州ほど厳しくない。
三人に必要な加護は集まるはずよ」
美佳は拳を握った。
「……お願いします。私も……強くなりたい」
鳥取を出て、山陰道のサービスエリアで早めの晩飯を取った。
「このサービスエリアはまだ稼働しているから、迷惑にならない程度に買いだめしておこう」
「……九州まで行くの、大変じゃないですか?」
玲子が心配そうに言う。
孝治は地図(極)を確認しながら答えた。
「今のうちに距離を稼いでおきます。政府の包囲網が本格化したら、本州から出るのは難しくなりますから」
佐那がスマホの地図アプリを覗き込みながら言う。
「鳥取から山口へ抜けて、関門海峡を渡れば九州よ。高速道路は使えるから」
美佳が小さく呟く。
「……九州で、必要な加護が集まる……?」
「できるさ」
孝治は断言した。
「精神力の母数が600、極ランクなら15個まで。
方向性は……戦闘系か、補助系か……
九州着くまでに一緒に考えましょう」
佐那が微笑む。
「叔母さんは250で玲子さんが230だったから
二人には最低限の戦闘系加護をとってもらって。
余裕があれば作成系や特殊な加護をとってもらうつもり。
美佳さんはどちらも選べるのは強みよ」
美佳は深く頷いた。
「……頑張ります」
食事を終え、車に戻ると、スマホの通知が止まらなかった。
《政府の対応、ひどすぎる》
《討論中に拘束しようとしたのマジ?》
《5党連合内閣、支持率急落》
《大阪革新党の鈴木知事が声明》
《“政府は現実を見ていない”》
佐那がニュースを読み上げる。
「……鈴木知事、政府批判してるわね。“ダンジョン政策の抜本的見直しが必要”って」
孝治は苦笑した。
「大阪革新党は、元々中央政府と距離を置いてる。今回の件で、完全に対立構造になったな」
そのとき、スマホが震えた。
《大阪府知事・鈴木:TAKAHARU氏、可能であれば対話を希望します》
「……来たか」
佐那が驚く。
「えっ、直接!?」
「大阪に圧倒的な基盤を持つ政党だ。政府が信用を失った今、地方が動き始めたってことだ」
孝治は電話を取った。
「……宮本孝治さんですね。私は大阪府知事の鈴木です」
落ち着いた声だったが、その裏に焦りが滲んでいた。
「公開討論、拝見しました。政府の対応は……正直、失望しました。
そこで伺いたい。今後、近畿圏はどう動くべきでしょうか?」
孝治は少し考え、答えた。
「まず、大都市の食料自給率は壊滅的です。大阪は特に厳しい。
ダンジョン産食料の確保は必須です」
「……やはり、そうですか」
「さらに、国家石油備蓄基地は近畿にない。エネルギー確保も急務です。
大阪府として、ダンジョンを利用した食料・資源・エネルギー確保に舵を切るべきです」
鈴木知事は深く息を吐いた。
「……実は、同じ考えでした。ですが、中央政府は“危険”の一点張りで……」
「危険なのは事実です。だからこそ、加護持ちを育てる必要がある」
「育てる……?」
「交通手段が生きているうちに、協力者を募り、ダンジョンを巡らせる。
加護を集めさせ、大阪府独自の“加護所持者ネットワーク”を作るんです」
電話の向こうで、鈴木知事が息を呑んだ。
「……それは、“地方による自衛”ということですか?」
「そうです。政府が動けないなら、地方が動くしかない」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、鈴木知事は静かに言った。
「……宮本さん。あなたの言葉は、今の大阪にとって“指針”になります。
どうか、今後も助言をいただけませんか?」
孝治は短く答えた。
「できる範囲で、協力します。鈴木知事、もう少し時間大丈夫ですか?」
「はい、10分程度であれば」
「私のチームのSANAに電話を替わります。加護を集めるだけでは発動しません。その辺の詳細を彼女から説明してもらいます」
佐那にスマホを渡しお願いする。
「初めまして、SANAです・・・・・・」
助手席で佐那が説明しているのを横目に車を出した。
通話を終えると、佐那が微笑んだ。
「……孝治さん、すごいわね。大阪府知事に助言するなんて」
「そんな大層なもんじゃない。ただ……大阪が沈むのは見たくないし君にも手伝ってもらっただろ」
美佳が言った。
「……私も、守りたいです。大阪も……お母さんも……そして……二人の背中も」
孝治はバックミラー越しに微笑んだ。
「じゃあ、強くなろう。九州で、加護を集めて精神力を高めよう」
佐那が頷く。
「ええ。九州のダンジョンは種類が豊富。戦闘系も補助系も揃ってる」
美佳は拳を握った。
「……お願いします。私も……戦えるようになりたい」
車は夕暮れの高速道路を走り抜け、
山口県へ向かっていく。
その先には、関門海峡、そして九州。
新たな加護。
新たな戦い。
新たな未来。
そして――
日本の命運を左右する“次の段階”が待っていた。
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