二十三話 癒える傷、進む力 ――俺たちのこれから
TAKAHARU/SANAで動画をアップロードした翌朝。
孝治と佐那は、ほとんど休む間もなく行動を開始した。
「……乙部さん、もう新大阪に着く頃ね」
「行こう。車を出す」
大阪の空は薄曇りで、湿った風が街を撫でていた。
大阪市は幸いにも中心部の主要道路に渦は発生しなかった為、車の流れが止まることはなかった。
新大阪駅のロータリーは、避難民と帰宅困難者で混雑していた。
その中に、見覚えのある顔がある。
「……乙部!」
「係長……!」
乙部美佳は泣き腫らした目で駆け寄ってきた。
その後ろには、包帯で右腕を吊り、憔悴した母・玲子がいた。
彼女の包帯の下、右手首から先がなかった。
「……本当に、来てくれたんですね……」
「当たり前だ」
彼女の母親に挨拶をした。
「初めまして、前職で乙部さんの上司でした。移動でお疲れかと思いますが、まずは車に乗っていただけますか」
佐那が待つ車に乗り込む。
助手席の佐那を見て二人は戸惑ったが乗車してくれた。
改めて名前を名乗り、佐那を紹介する。
「乙部美佳です。母親の玲子です。係長と一緒にダンジョンを攻略されたSANAさんですよね?」
「ああ。今は二人で行動している」
彼女の母親が消え入りそうな声で言う。
「宮本さん、和田さん。この度は美佳や私のために手を差し伸べていただき、本当に感謝しています」
俺と目が合った佐那が代わりに言ってくれた。
「乙部さん、私たちは自分の手の届く範囲で大切な人を守ろうと決めました。その中に美佳さんが居ます。美佳さんが大切にされている乙部さんを助けることは、私たちが決めたことです。これから手を治します、治って気持ちが落ち着きましたら、乙部さんのできる範囲で手伝っていただけると嬉しいです」
と同時に、佐那が虚実看破を起動した。
「……玲子さんと呼ばせてもらいますね、右前腕の欠損。
神経断裂、骨断裂、出血は止まってます……
“再生”には極ランクのポーションが必要ね」
美佳が震える。
「……治るんですか……? 本当に……?」
孝治は頷いた。
「治る。ただし、ポーションは“ランク”で効果が違う。
極ランクなら、欠損でも再生できる」
亜空間から、青白い光を放つ瓶を取り出す。
「これが、ポーション(極)です。
玲子さん、飲む前に協力していただきたいことがあります。
顔は映しません、ポーションを飲んで手が再生するところを撮影させてください」
玲子は弱々しく頷いた。
孝治が瓶を開け、玲子に渡す。
液体が喉を通った瞬間――
「……っ!」
玲子の身体が淡く光り、
包帯の下で“肉が盛り上がる”ような感覚が走った。
佐那が虚実看破で確認する。
「……再生が始まってる。細胞分裂が加速して……骨も、神経も……」
美佳が泣き崩れた。
「……お母さん……! お母さん……!」
玲子はじっと元に戻ろうとする手を見つめる。
「……むずがゆい」
「お母さん!!」
孝治は静かに言った。
「声が入るぞ」
乙部は涙を拭き、強く頷いた。
「……はい。ポーションの効果が証明されて……誰かの助けになるなら……」
佐那がスマホを構え、“ポーションによる欠損治癒”の映像を記録した。
(……これで、ポーションの実在性は決定的になる)
玲子を美穂の家に預けた後、三人で俺の家に向かった。
「乙部、玲子さんと一緒に居なくてよかったのか?」
(お父さんも亡くなったし、お母さんも回復したばかりだから急いで俺たちと行動する必要はないよな)
「母も年の近い美穂さんが話聞いてくれてますし、いつまでも和田さんの家でお世話になるわけにもいかないので、家探そうと思います。家探すのでも、今後一緒にダンジョン攻略したいから場所とか相談もしたいです」
車の中で前の職場の話、佐那と行ったダンジョンの話を他愛なく話す。
「いい加減二人とも、係長とか乙部とか呼び合うの辞めたらどうかしら。ここは職場じゃないのよ」
「そうだな(ですね)」
「美佳さん、今のうちに適応値見るわね」
佐那が虚実看破を起動する。
《乙部美佳
適応値:0/600
精神力:12/600》
「……600ですね。多くの加護が積める数値です」
佐那が説明した。
「そうだな600なら、今まで見てきた人の3から4倍くらいか、多いな」
美佳は緊張した面持ちで佐那を見つめた。
「……私でも……戦えるようになりますか……?」
「十分よ。他の人にはまねできない裏技が私たちにはあるから」
「……はい。頑張ります」
俺の家に着くとスマホに政府からのDMが届いていた。
《TAKAHARU/SANA氏 KOJI/SAYO氏
公開討論の場を設けます。
日時と形式について調整したい》
佐那が眉をひそめる。
「……思ったより早いわね」
「世論が動いたからだろうな。逃げられなくなった」
孝治は返信した。
《公開討論は“生放送”のみ応じる。
編集・録画形式は不可。
拘束の可能性があるため、遠隔参加を希望》
数分後、返答が来た。
《了承。生放送での討論を準備する》
佐那が息を吐く。
「……本当にやるつもりね」
「政府も追い詰められている。俺たちの失言を引き出したいんだろう」
乙部が不安げに言う。
「……大丈夫なんですか……?」
孝治は笑った。
「大丈夫だ。表には俺がTAKAHARUとして顔を出す」
佐那も頷く。
「政府が嘘をつけない場を作る。それが目的よ」
「もう一つ、俺の考えだが。KOJI/SAYOはダンジョンから帰ってきていないことにして、そのまま消えてもらう。あれだけの強さを見せた二人がダンジョンから帰らない、それがダンジョンがいかに危険であるかを想像させようと思う」
「そうね、同一人物とすでに美佳さんにバレたわ。孝治さんの親族や元同僚にバレないためにはこれ以上KOJIとしての露出はデメリットが多いわね」
「討論時はKOJI/SAYOと連絡がつかないことも言うよ」
その日の夜。
SNSの空気が、明らかに変わっていた。
《TAKAHARU/SANA文字動画、正しいと思う》
《政府はダンジョンを開放しろ!》
《加護を安全に取得できる制度を作れ》
《加護持ちにも生活がある。理解していなかった》
《オーバーフロー対策に加護持ちが必要》
さらに――
《#ダンジョン開放デモ》
《#加護取得の権利を守れ》
《#政府は現実を見ろ》
テレビでは、大阪駅前に数百人規模のデモが起こっていることが報道されていた。
「……すごいわね。世論が一気に動いた」
日本は、確実に“転換点”へ向かっていた。
孝治は静かに言った。
「……次は、公開討論だ。そこで“世論の流れを決定づける”」
佐那が頷く。
「ええ。公開討論の前に、私たちが望む未来のすり合わせを行いましょう」
乙部も拳を握った。
「私も……私も一緒に考えます!」
未来の話はいつの間にか笑い話へと変わり、お酒も入り日付が変わっていた。




