二十話 追跡不能の影 ――運命を隠す者たち
大阪へ戻ったのは、日付が変わる少し前だった。
宮本のマンションに入ると同時に、どっと疲れが押し寄せた。
「……ふぅ。今日は本当に、長かったわね」
佐那がソファに倒れ込む。
孝治は玄関で靴を脱ぎながら、深く息を吐いた。
「だな。だが……ここからが本番だ」
佐那は体を起こし、スマホを取り出した。
「動画、アップロードするわね。
KOJI/SAYOとしての“初の大型攻略”……世界がどう反応するか」
「頼む。俺は……その前にやることがある」
佐那の横に座り、視界の端に浮かぶウィンドウを見つめた。
佐那は撮影した動画を編集し、KOJI/SAYO名義のアカウントにアップロードする準備を整えた。
「……よし、タイトルは“KOJI/SAYO:20階層ダンジョン完全攻略”
説明欄には、資源・加護・危険性のまとめも入れたわ」
「アップロードしてくれ」
佐那が投稿ボタンを押す。
その瞬間、孝治は深く息を吸い、視界に浮かぶ《Fate Enter》へ意識を集中させた。
【Fate Enter:入力待機中】
【対象:KOJI/SAYOに関する全追跡行為】
【効果:運命の一部を書き換える】
【入力欄:______】
(……政府も、海外も、加護持ちも。KOJI/SAYOを追跡しようとする者は必ず現れる。
なら――“追跡できない運命”に書き換える)
孝治は迷わず入力した。
【入力:KOJI/SAYOに対する追跡・特定行為は、必ず“別方向へ逸れる”運命となる】
【実行しますか? Y/N】
「……Y」
胸の奥で“カチリ”と音がした。
空気が一瞬だけ歪み、部屋の照明が揺らいだ気がした。
佐那が振り返る。
「今の……運命記入?」
「ああ。
KOJI/SAYOを追跡しようとする者は、必ず“別の人物”や“別の場所”を追う運命になる」
「……すごい。これで、少なくとも“身バレ”の危険は大幅に減るわね」
孝治は頷いた。
「ただし、万能じゃない。運命記入は“書き換えられる範囲”がある。
だから、俺たち自身も慎重に動く必要がある」
「ええ。でも……ありがとう。これで少し安心できる」
(長くて短いダンジョン攻略が終わった。世界通知と動画、これで政府も少しは現実と向き合ってくれるはずだ)
「加護は便利だが、さすがに疲れたな」
「そうね。身体強化・身体能力向上・思考加速この三つを使うと脳疲労や肉体ダメージが無いことはわかったけど、精神的な疲労はまた別だわ」
「ああ。……佐那、そろそろ送るよ」
ソファーか立ち上がろうとしたが腕をつかまれ立ち上がれなかった。
佐那を見ると目が合った。
「ダンジョン攻略は三日くらいかかるって言ってきたわ」
見つめ合い、顔が近づく。
そして夜が更けていった。
翌朝というには遅い11時、佐那の寝返りで目が覚めた。
直に伝わる体温や寝顔が愛おしくなって、少し顔にかかった佐那の髪を梳き後ろに流す。
身じろぎをしながら佐那が目を覚ました。寝顔を見ていた俺と目が合った。
「おはようございます」
恥ずかしそうに掛け布団を引き上げ顔を隠す。
「おはよう。良く寝たみたいだな」
「ええ。でも……寝顔見るのは反則だと思うんです」
「寝顔も可愛かったよ」
昼過ぎ、身支度を整え佐那の家の近くのファミレスに入った。
月曜の昼はスーツ姿が多く、ダンジョンの発生など関係ないかのようだった。
「後ろの席、攻略動画の話してますね」
少し小声で佐那が言った。
「気にしなくていい、普通にした方が浮かないぞ」
開き直った佐那がスマホを取り出し動画を確認する。
「……もう50万再生超えてる。コメントもすごい勢いで増えてるわ」
孝治は苦笑した。
「まだ1日経っていないいないが、さすがにインパクトあったか」
SNSは完全に“KOJI/SAYO”一色になっていた。
《20階層を2日で?ありえんだろ》
《中ボス素手で粉砕してて草》
《最終ボスの奥義コンボ、映画かよ》
《TAKAHARU/SANAに続いて2組目か、日本始まったな》
《KOJI/SAYOの変装が安直すぎるけど好き》
《ここ一週間でモノの値段上がってきてるから、KOJIの読み通りになるのかな?》
佐那はスマホを見ながら、ため息をついた。
「……まだ政府・企業は動けてないみたいね」
「まあ、仕方ない。日曜昼間に世界通知、夜に動画だともう少し時間もかかるだろ」
食べ終えて佐那の家に向かう。
「……あれ? 政府の公式アカウントから通知が来てる」
通知には、こう書かれていた。
《政府渦対策本部:KOJI/SAYO氏へ。
あなた方の協力を求めています。
安全な連絡手段を提示しますので、DMをご確認ください》
佐那が青ざめる。
「……え、これ……本物?」
孝治はスマホを覗き込み、即座に判断した。
「本物だ。
政府は“管理権限”を持つ攻略者を欲しがってる。
俺たちの動画を見て、確信したんだろう」
「どうするの?」
「無視だ。今応じたら、身動きが取れなくなる可能性が高い」
佐那は唇を噛んだ。
「……だよね。政府は悪意があるわけじゃないけど……
“都合のいい駒”としか扱われないでしょうね」
孝治は頷いた。
「ただし――
政府が“本気で探し始めた”ということだ」
佐那の家に着いた。玄関で別れようとした瞬間、スマホからニュース速報が流れた。
《速報:東京で権能を使ったと思われる被害が拡大》
《男性は意識混濁、操られた可能性。自身の勤める会社で横領、仮想通貨を経由し送金》
《権能名は《支配血精》と噂される》
佐那が息を呑む。
孝治は眉をひそめた。
「権能解析の男が言ってたろ。
“権能は外部から書き込まれたプログラム”だって。
なら……危険な権能が出てもおかしくない」
ニュースは続く。
《支配血精の能力者は、自身のSNSに権能を使い女性を支配したとされる書き込みと画像を投稿。女性の家族からは一週間前に捜索願が出されていたことも判明》
《警察は能力者男性の家族への聞き取りと追跡捜査を開始》
《政府は“権能持ちの登録制度”を閣議決定し、国会へ提出》
佐那は震える声で言った。
「……これ、もう“異能犯罪”の時代が来てる」
「だから政府はKOJI/SAYOを欲しがる。
“制御できる側”に回したいんだ」
孝治は深く息を吐いた。
(……支配血精。
もし本当に“人を操る”権能なら、俺の運命記入と同じ“危険枠”だ)
(こういう権能持ちが増えれば、日本は本当に崩壊する)
佐那がふと、孝治のステータスを覗き込む。
「……宮本さん、精神力がまた増えてる」
孝治は確認する。
精神力:420 → 492
佐那は虚実看破を起動し、説明した。
「精神力は“討伐”と“感情”で増える……」
精神力は討伐で増える永続値+感情で上下する
「ダンジョンを出た後のことを考えると、アレしかないよな」
孝治は苦笑した。
「感情で増えるって……なんかRPGより人間くさいな」
「でも、それが“人間の強さ”なんだと思う」
佐那は顔を赤くしながら答えた。




