十七話 静かな決断 ――新しい生き方の始まり
宮本が目を覚ましてから半日。
佐那の叔母・和田美穂は、二人に温かい夕食を出し終えると、湯呑みを置いて静かに切り出した。
「……で、二人とも。話してくれるんでしょう?」
佐那が息を呑む。
宮本も覚悟を決め、背筋を伸ばした。
「……俺たちは、ダンジョンの攻略者です。
大阪の渦――54723番ダンジョンを、完全攻略しました」
美穂は驚きもせず、ただ深く息を吐いた。
「やっぱりね。あのニュースを見て、佐那の顔を見たら分かるわよ」
佐那が小さく肩をすくめる。
「叔母さん……ごめん。でも、隠すつもりはなかったの」
「隠して当然よ。あんな世界通知が出たんだもの。
政府も海外も、あなたたちを探すでしょうね」
宮本は頷いた。
「だから……俺は会社を辞めました。
佐那さんも、職場が分断の影響で業務縮小していると聞きました」
佐那は苦笑した。
「ええ。うちの部署、来月にはほぼ解散よ。
私も退職するつもり」
美穂は二人を見比べ、湯呑みを置いた。
「それで……これからどうするつもりなの?」
宮本は迷わず答えた。
「――ダンジョンで生きていきます。
権能と加護を使って、攻略者として」
佐那も続ける。
「私も一緒に行く。虚実看破は、宮本さんがいてこそ活かせるから」
美穂はしばらく黙っていたが、やがて静かに笑った。
「……覚悟はできてるのね。
なら、止めないわ。むしろ応援する」
佐那が目を丸くする。
「叔母さん……?」
「だって、あなたたちの力は“必要とされてる”。
それに、ダンジョンには食料だけじゃなく、資源や薬品の材料まで落ちるんでしょう?」
宮本は頷いた。
「はい。肉、野菜、鉱石、薬草……
ポーションの素材らしきものもあります。
商売になる可能性は高い」
「なら、なおさらよ。
これからの日本は、ダンジョン資源なしでは生きていけないわ」
美穂は二人を見つめ、真剣な声で言った。
「ただし――表に出るのはまだ早い。
政府も、あなたたちを“国家戦力”として扱うわ。
自由なんてなくなる」
宮本と佐那は同時に頷いた。
「だから、しばらくは潜伏します。
加護を集めて、できることを増やす」
佐那が補足する。
「精神力はモンスター討伐で増える。
だから、次は大阪の別のダンジョンに行くつもり」
美穂は腕を組んだ。
「場所は?」
「……大阪市内に、未攻略の中規模ダンジョンがいくつかあります。
その中でも“加護テーブルが豊富”な渦を狙います」
佐那が虚実看破で見た情報を思い出しながら言う。
「精神力を伸ばすには、戦闘系のモンスターが多い渦がいい。
それに、ポーション素材が落ちる渦もある」
宮本は深く息を吸った。
「まずは、そこで加護を一つ取る。
俺の権能は代償指定で加護を付与できるけど……
精神応力の消費が大きい。
だから、精神力を底上げしておきたい」
美穂はゆっくり頷いた。
「分かったわ。ここはしばらく使っていい。
佐那の部屋もあるし、宮本さんも泊まっていきなさい」
佐那が真っ赤になる。
「お、叔母さん……!」
「何言ってるの。命を預け合ってる仲でしょう?
今さら恥ずかしがることじゃないわよ」
宮本も思わず咳払いした。
「……ありがとうございます。助かります」
美穂は立ち上がり、二人に向き直った。
「いい?
あなたたちは、もう“普通の人間”じゃない。
でも、だからこそ――自分の人生は自分で選びなさい」
その言葉は、静かに、しかし強く胸に響いた。
翌朝。
ニュースアプリの通知が、異様な速度で増えていた。
《SNSで“鑑定(小)”持ちが動画投稿》
《ダンジョンに“番号”がある?》
《ポーション実在の可能性、海外でも議論に》
(……ついに出たか)
和田佐那の虚実看破とは別系統。
アイテムやダンジョン情報を直接読み取る“鑑定系”の加護。
その能力を持つ者が、ついに“動画”という形で世界に情報を投下した。
動画の内容は、あまりにも具体的だった
投稿者は20代前半の男性。
顔はマスクで隠しているが、声は震えていない。
「俺、加護“鑑定(小)”持ちです。
昨日、渦の中で試したら……全部“見えた”んですよ」
カメラが揺れ、洞窟のような壁が映る。
「ここ、ダンジョン№73405。
階層は……鑑定(小)じゃ分からないけど、番号は確定してます」
(……番号、やっぱりあるのか)
続いて、彼は拾ったアイテムを映した。
青白い液体が入った小瓶。
大学生たちが持ち帰った“野菜”とは明らかに違う。
「これ、“ポーション(小)”。
効果は“軽度の外傷回復・疲労軽減”。
鑑定(小)でもここまで分かります」
コメント欄が一気に流れる。
《ポーションってマジ?》
《RPGじゃん》
《嘘だろこれ》
《番号って何?》
《73405って日本のどこ?》
だが、動画はさらに踏み込んだ。
「武器もありました。
“鉄鉈(小)・耐久度高”。
普通の鉈より軽いし、刃こぼれしにくい。
ダンジョン産の道具は、現実のものより“強い”です」
(……佐那が言ってた“ドロップ品の質”と一致するな)
動画は瞬く間に拡散したが、国内の反応は割れた。
《どうせ合成》
《番号って何の番号?》
《ポーションとか中二病かよ》
《でも渦の中って撮影できるの?》
《自衛隊の映像と一致してる気がする》
だが、空気を変えたのは“海外からのコメント”だった。
《This is real. We have the same potions in US dungeons.》
《番号制度はアメリカでも確認されてる》
《ポーションは軍が回収してる。効果は本物》
《フランスでも鑑定系が出た。内容が一致してる》
(……海外でも同じ現象が起きてるのか)
日本国内だけなら“デマ扱い”で終わったかもしれない。
だが、海外の複数アカウントが同じ情報を出し始めたことで、
一気に“真実味”が増した。
特に――
《ポーションの効果は即効性がある。
軽傷なら数十秒で治る。
軍医が驚いていた》
このコメントが、世界中で引用され始めた。
佐那がスマホを見ながら呟く。
「……鑑定(小)が出たのは予想してたけど、
まさか動画で公表するなんてね」
「ポーションの効果までバレたな」
「ええ。
でも、これで“ダンジョン産の物資が価値を持つ”って
世間が理解し始めるわ」
宮本は窓の外を見る。
遠くの校庭の巨大渦は、昨日よりも濃く脈動していた。
(……俺たちが生きていく道は、もう決まってる)
ダンジョン攻略。
加護の取得。
そして、ダンジョン産資源の活用。
「宮本さん」
佐那がこちらを見る。
「世間がどう動こうと……
私たちは、準備を進めるだけです」
「……ああ。
そのために、ダンジョンで加護を取る」
二人は頷き合った。
外の世界が混乱しようと、
彼らはすでに“次の段階”へ進む覚悟を決めていた。
翌朝――大阪の新たな渦へ
まだ夜明け前。
二人は最低限の装備を整え、静かに家を出た。
佐那が小声で言う。
「……宮本さん。怖くない?」
「怖いよ。でも、進むしかない」
「うん。私も」
二人は並んで歩き、三つ目の大阪のダンジョンへ向かった。
今日の目的はただ一つ。
精神力を増やし、次の段階へ進むための“加護”を手に入れること。
そして――
表に出るその日までに、万全の準備を整えること。
黒い渦が、静かに二人を迎え入れた。




