十六話 ダンジョン№54724の完全攻略 ――そして、崩れ落ちる身体
跳猿王が光となって消えた瞬間、視界がまるで“白いノイズ”を流し込まれたように揺らいだ。
《身体強化(極):代償発動条件――充足》
(……あ、やば……)
佐那の声が遠ざかる。
「宮本さん!? ねえ、宮本さん!!」
返事をしようとしたが、喉が動かない。
身体強化(極)を限界まで使い続けた反動――
筋繊維の破壊だけではない。
脳の処理速度を強制的に引き上げた“反動”が、一気に押し寄せてきた。
(……守れた、から……いい……)
意識が、深い闇に沈んだ。
◆佐那side◆
宮本が崩れ落ちた直後。
洞窟の奥――跳猿王がいた場所に、
“黒い霧が一点に収束”し、青白い光を放つ球体が浮かび上がった。
「……ダンジョンコア……?」
佐那の虚実看破が強烈に反応する。
《ダンジョン№54724:完全攻略を確認》
《攻略者に管理権限を付与します》
《攻略者:TAKAHARU/SANA》
《世界通知を開始します》
「世界通知……?」
次の瞬間、視界にウィンドウが強制的に展開された。
◆【全世界通知】
《ダンジョン№54723(日本・大阪市)完全攻略》
《攻略者:TAKAHARU/SANA》
《報酬:管理権限・ダンジョン安定化・資源供給量上昇》
ダンジョンコアが光を放ち、二人を包む。
次の瞬間、二人は陸橋の下――渦の出口に転移していた。
転移光が消えた瞬間、宮本の身体は完全に力を失っていた。
「宮本さんっ!」
無人の道路に倒れる宮本のほほを叩く。
だが、彼の体温は異様に低く、呼吸は浅い、意識も戻らない。
(……これ、ただの疲労じゃない……!)
虚実看破が反応し、宮本の身体に“赤いノイズ”が走る。
《脳負荷:危険域》
《身体強化(極)反動:全身筋繊維の損傷》
「……こんな……」
震える手で何度か宮本の頬を叩いた。
「宮本さん! 起きて! ねえ、起きてよ!」
返事はない。
(……死なせない。絶対に)
佐那は宮本を背負い、夜の街を走り出した。
夜の大阪は静かだった。
だが、遠くでサイレンが鳴り、渦の周囲には自衛隊の車両が集まり始めている。
「……まずい……!」
世界通知の影響が出始めているのだ。
佐那は宮本を背負ったまま、路地裏を選んで走る。
(見つかったら……宮本さん、連れていかれる……!)
息が切れ、足が震えても止まらない。
「……お願い……死なないで……」
宮本の手が、微かに動いた気がした。
「ただいま……!」
玄関を開けた瞬間、佐那の叔母が驚いた顔で振り返る。
「ちょ、ちょっと佐那!? その人どうしたの!」
「倒れたの! ダンジョンで! 早く布団……!」
叔母は一瞬固まったが、すぐに動いた。
「わかった! こっちに運んで!」
二人で宮本を和室に寝かせる。
佐那は震える手で宮本の額に触れた。
「……熱い……でも、冷たい……」
叔母がタオルを持ってきて、佐那の肩に手を置く。
「佐那……私の見立てでは、本当に危ない状態よ。すぐに病院に連れていくべきよ」
「……うん。でも……病院は避けたいの」
叔母が佐那の目を見て、静かに頷いた。
佐那は涙をこぼしながら、宮本の手を握った。
「宮本さん……お願いだから……戻ってきて……」
時間がゆっくりと過ぎていく。
佐那は宮本の額を冷やし、叔母はスポーツドリンクを準備し、
二人で交代しながら看病を続けた。
宮本の呼吸は少しずつ安定してきたが、意識は戻らない。
「……佐那。少し休みなさい」
「大丈夫。私が見てる」
「あなたが倒れたら意味ないでしょ」
叔母に言われ、佐那は渋々リビングへ移動した。
だが、すぐに戻ってきてしまう。
「……やっぱり、ここにいる」
叔母は苦笑した。
「ほんと、あんた……」
佐那は宮本の手を握り、静かに呟いた。
「……宮本さん。
あなたがいないと、私は……ダンジョンに入れないんだから。
だから……起きてよ……」
その瞬間、宮本の指がわずかに動いた。
佐那は息を呑む。
「……宮本さん……?」
だが、彼の瞼はまだ閉じたままだった。
夜が明ける頃。
宮本の呼吸は安定し、顔色も少し戻ってきた。
佐那は彼の隣で座ったまま、眠りに落ちていた。
叔母がそっと毛布をかける。
「……あとは、あなた次第よ。
佐那を泣かせたら許さないからね」
叔母はそう呟き、部屋を出ていった。
そして――
宮本の瞼が、ゆっくりと震えた。
(同時刻)
SNSは大炎上していた。
《日本のダンジョン攻略者出たぞ!!》
《TAKAHARUって誰だよ!》
《SANAって日本人?女性?》
《管理権限って何!?》
《大阪の渦、安定化ってマジ?》
《攻略者=国の資源量に影響するってこと?》
世界中が、二人の名前を検索し始めていた。
◆孝治side◆
柔らかい布団の感触。
微かに漂う味噌汁の匂い。
天井の木目。
視界に全世界通知が表示されている。
(……ここは……?)
ゆっくりと目を開けた。
頭が重い。身体は押し付けられているかのように動かない。
「……宮本さん?」
聞き慣れた声がした。
視線を横に向けると、椅子に座った佐那が、心底ほっとしたように息を吐いた。
「よかった……本当に、よかった……!」
涙をこらえながら笑う佐那。
その姿に、宮本は状況を思い出した。
跳猿王。
殻鬼蟹。
身体強化(極)の過剰使用。
そして――意識の喪失。
「……ここ、どこだ?」
「私の家。宮本さん、ダンジョンから出た瞬間に倒れたの。
……怖かったんだから」
佐那は少しだけ目を赤くしていた。
「佐那、そろそろご飯――あら?」
襖が開き、エプロン姿の女性が立っていた。
「あ、あの……お邪魔してます……」
宮本が慌てて起き上がろうとすると、
「動かなくていいのよ。あなた、死にかけてたんだから」
女性はため息をつきながらも、どこか優しい声だった。
「佐那がね、泣きそうな顔で“助けたい人がいる”って背負って帰ってきたのよ。
……まったく、びっくりしたわ」
「叔母さん!」
佐那が真っ赤になる。
「でも、ありがとうね。佐那を守ってくれて」
宮本は言葉に詰まった。
「……いえ、俺は……」
「いいのよ。事情は聞いてないけど、危ないことしてるんでしょ?
だったらせめて、ご飯くらい食べていきなさい」
そう言って台所へ戻っていった。
佐那は小声で言う。
「……ごめんね。うちの叔母、ちょっと勢いあるから」
「いや……ありがたいよ」
宮本が体を起こすと、視界にウィンドウが浮かんだ。
《ダンジョン№54723:管理権限を確認》
(……そうだ。ダンジョンコアが……)
続けて、詳細が展開される。
◆【管理権限:ダンジョン№43723】
・階層構造の安定化(自動)
→ モンスターの外部漏出を抑制
・資源生成量の調整(低〜中)
→ 食料・素材ドロップの発生率を微調整可能
・内部マップの完全把握
→ 全階層の構造・モンスター配置変更
・入場者の監視規制(匿名)
→ 誰が入ったかを把握・入場規制
・緊急封鎖(1日1回)
→ ダンジョン入口を最大12時間閉鎖可能
「……これ、やばいな」
佐那が覗き込む。
「管理権限って……ダンジョンを“運営”できるってこと?」
「そんな感じだな。
資源量の調整とか、封鎖とか……一般人が持っていい権限じゃないぞ、これ」
佐那は息を呑んだ。
「……じゃあ、世界通知で名前が出たのって……」
宮本は苦笑した。
「俺たちってことだろうな」
その瞬間、佐那のスマホが震えた。
「……ニュース?」
画面には速報が流れていた。
◆【速報】
大阪市のダンジョンが“完全攻略”されたと世界通知
攻略者と思われるTAKAHARU氏及びSANA氏を政府関係者が捜索中
佐那は青ざめた。
「……大阪市まで特定されてるから、見つかる可能性高いよね?……」
宮本は頭を抱えた。
(ファーストネームだけで特定されることはないよな?……)
テレビをつけると、さらに衝撃的な内容が流れていた。
《CNN:Japan’s Dungeon Conqueror “TAKAHARU/SANA” — Who is he?》
《BBC:First Dungeon Manager Emerges in Osaka》
《中国SNS:TAKAHARU/SANA=日本の国家戦力?》
《米国防総省:情報収集中(No comment)》
佐那の叔母が台所から顔を出した。
「ねえ佐那……この“TAKAHARU/SANA”って……」
佐那は慌てて遮った。
「ち、違うから! たまたま名前が同じ人が多いだけだから!」
叔母はじっと宮本を見た。
「……ふぅん?」
(……完全に疑われてる……)
さらにニュースが続く。
《政府、ダンジョン管理権限とは何かを調査中》
《自衛隊、ダンジョン№54723の所在を捜索、発見次第、周辺の警備を強化》
《海外勢力が“TAKAHARU/SANA”の特定を試みているとの情報も》
宮本は深く息を吐いた。
「……これ、もう隠しきれないな」
佐那は不安そうに宮本の手を握った。
「宮本さん……どうするの?」
宮本は答えた。
「……逃げるんじゃなくて、向き合うしかない。
管理権限を持ってる以上、俺はもう“ただの一般人”じゃない」
佐那は強く頷いた。
「……私も一緒にいるから」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。




