十二話 加護の確定ーー二人の歩幅
午後七時。
街の空気は、昼間の喧騒が嘘のように沈んでいた。
校庭に生まれた巨大な渦は、夜の闇の中で昨日よりも濃く、まるで呼吸するように脈動している。
その黒い輪郭を遠くからでも感じ取れるほど、存在感が異様だった。
交差点に着くと、和田佐那がすでに立っていた。
黒髪を後ろで束ね、コートの裾が風に揺れる。
その姿は、街の混乱とは別の世界にいるような静けさをまとっていた。
「来たわね、宮本さん」
「待たせたか?」
「いいえ。あなたが来るのは分かってたから」
虚実看破の能力で、彼女は渦の“正体”を見抜いていた。
「この渦……“ダンジョン”よ。階層は八十。難易度は高いわ。
出現するモンスターは狼、猿、甲殻類、虎……もっと強いのもいる」
「……そんなにか」
「ええ。それと、渦に入ったときに得られる加護はランダム。
戦闘系、補助系、探索系……種類は多いけど、あなたの“身体強化(極)”はここにはないわ」
宮本は苦笑した。
「実は……今、身体強化が発動しないんだ」
和田佐那は眉を寄せた。
「権能で得た加護だからか、意志力が足りないのか……情報不足ね。
まずは戦闘系の加護を取りましょう。使える加護があればいいけど」
「分かった。俺も取る」
「渦に入る前に最低限の道具は揃えましょう」
夜のホームセンターは昨日以上に混雑していた。
棚は空になり、客たちは焦りと不安を隠せない。
「最低限でいい。軽くて、扱いやすくて、壊れにくいもの」
和田佐那は迷いなく装備を選んでいく。
ワークグローブ
折りたたみスコップ
ヘッドライト
ロープ
「武器は……渦の中で拾えるはずよ」
「拾える?」
「虚実看破で視えるの。そのダンジョンで得られるものが」
「便利すぎるだろ、その能力」
「あなたのほどじゃないわ」
二人は微笑み合った。
渦の前に立つと、黒い霧がゆっくりと回転していた。
「戦闘系の上位加護を教えてくれ」
「身体強化(大)、身体能力向上(大)、風属性魔法(大)、武具操作(大)。
この渦で出る“大”はこれくらいね」
「俺は身体能力向上(大)を取る。和田さんは身体強化(大)でベースを上げよう」
「それでいいわ」
権能を起動する。
【対象:宮本孝治】
【代償対象:ダンジョン№547】
【入力:対象に代償対象の身体能力向上(大)の加護を付与】
【実行できません。あなたはこのダンジョンで既に加護を得ています】
「……俺の身体強化は、このダンジョンから付与されたらしい。二個目は無理だ」
続いて和田佐那の番。
【対象:和田佐那】
【代償対象:ダンジョン№547】
【入力:対象に代償対象の身体強化(大)の加護を付与】
【対象が不明です。接触するか視界に入れてください】
「和田さん、俺と渦の間に来てくれ」
「わかったわ」
接触を確認し、実行。
【実行しますか:Y/N】 → Y
「……できた。入って加護を確認したらすぐ出るぞ」
黒い霧が身体を包み、視界が暗転する。
次の瞬間、洞窟の入口に立っていた。
足元には青白い石が散らばり、薄暗い空間が広がる。
「加護、付与されたわ」
「まずい、モンスターが来た!」
和田佐那の手を引き、外へ飛び出した。
「ありがとう。考え込みすぎてた」
「気にするな。で、この後は?」
「陸橋のダンジョンでも加護を取りたいの。それに、検証したいこともある」
九時。
陸橋の渦は昨日より静かだった。
「俺はここで地図(極)を取ったが、和田さんは?」
「火属性魔法(小)がある。これにするわ」
「わかった。俺の視界に入ってくれ」
和田佐那が手を握ってきた。
「接触でもいけるんでしょ?」
「……ああ」
「渦見ないと権能使えないでしょ」
「おっさんをからかうな」
【対象:和田佐那】
【代償対象:ダンジョン№54724】
【入力:火属性魔法(小)】
【実行しますか:Y/N】 → Y
「できたぞ。そろそろ手を放せ」
「年下女性はお嫌い?」
「これ以上からかわないでくれ……」
「手をつないだまま入ってみませんか?
虚実看破で見ると、パーティー上限は三人。さっきは組まれてなかったの」
「……実験か。いいだろう」
洞窟に入ると、同時にウィンドウが開く。
【和田佐那とパーティーを組みますか? Y/N】
→ Y
頭の中にステータスが浮かぶ。
適応値:60/999
精神力:30/999
精神応力:40/100
和田佐那が虚実看破で説明する。
「適応値は加護の合計。極は40、大は20、中は10、小は5。
精神力はモンスター討伐で増える。それと感情で上下するみたい。
精神応力は……権能用ね」
「和田さんのは?」
「外で話しましょう。ここは危ない」
外に出ると、彼女は言った。
「私は25/800と10/800。上限は人によって違うみたい」
「三桁か四桁かで適性が変わるな」
「そうですね。……今日はここまでにしませんか?
明日、九時に陸橋の渦で。モンスター相手に検証したいです」
「わかった。仕事は退職して有休中だ。合わせるよ」
「では、また明日」
マンションへ向かう道が同じで、二人は気まずく並んで歩いた。
「なんか気まずい」
「ですね……」
俺の家の前で別れる。
「今度こそ、また明日」
「また明日」
今日は、密度の濃い一日だった。




