十三話 虚実看破の射程 ――異常点と抽選の裏側
翌朝、九時前。
陸橋の近くは、昨日よりも人が少なかった。
渦の存在に慣れたのか、諦めたのか、それとも“危険だと理解した”のか。
陸橋の下、黒い渦は静かに回転している。
昨日と同じように見えるが、和田佐那の目には“違い”がはっきりと映っていた。
「おはようございます、宮本さん」
「おう。ちゃんと寝れたか?」
「そこそこに。……渦、昨日と少し違います」
「違う?」
佐那は虚実看破を起動する。
視界の前に、薄い層が幾重にも重なった“情報の膜”が展開される。
「昨日は“階層三・難易度低・モンスター構成固定”って出てましたけど……
今日は“階層二・難易度変動・モンスター構成一部変化”になってます」
「難易度変動?」
「ええ。……それと、もう一つ」
佐那は渦の“縁”をじっと見つめた。
「この渦、内部の“構造パターン”が、他の渦と違う」
「構造パターン?」
「普通の渦は、階層構造が“縦”に積み上がってる感じなんです。
でも、この陸橋ダンジョンは……“横に広がっている”」
宮本は眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「例えるなら、普通のダンジョンは“塔”で、ここは“迷路”に近い。
階層数は少ないのに、横方向の分岐が多い。」
「階層が減った分、横に広がった可能性もあるか」
「昨日見てからまだ12時間も経ってないないのに変動した。
これって誰かが、あるいは何かが、“後からいじった”ようなとしか思えない」
(……後からいじる?
ダンジョンを作った存在が、テストしてるみたいな感じか)
佐那の声は淡々としているが、その目は鋭い。
「それと、加護の抽選ロジックも、少し分かってきました」
「聞かせてくれ」
「まず、加護は“渦ごとにテーブルが違う”。
この陸橋ダンジョンは、小ランクの戦闘系・補助系・探索系が中心。
校庭の巨大渦は、中〜大ランクが混ざっていて、極は“ごく低確率”」
「極も出るのか」
「出ます。ただし、“その渦の設計上、想定されている最大値”がある。
校庭の渦は、極が“上限”。
でも、あなたの身体強化(極)は……」
「校庭ダンジョン由来だろ?」
「ええ。でも、虚実看破で見る限り、“本来のテーブル外”です」
宮本は目を細めた。
「テーブル外?」
「本来、校庭ダンジョンから出る極は“身体能力向上(極)”でした。
身体強化(極)は、存在しなかった。
なのに、あなたはそれを持っている」
「……渦を代償対象にせずに権能任せで付与されたからか?」
「おそらく。
“渦のシステム”とは別のレイヤーから、あなたに権能と加護が書き込まれている」
佐那は、そこで一度言葉を切った。
「加護の抽選ロジックをざっくり言うと──」
指を折りながら、整理していく。
「一つ、渦ごとに“加護テーブル”がある。
二つ、テーブルには“ランクごとの出現率”が設定されている。
三つ、個人の適応値と精神力が、抽選結果に“補正”をかける。
四つ、権能の代償を指定しない加護は渦の“テーブル”を使うが“テーブル外”として扱われる」
「補正?」
「適応値が高いほど、上位ランクの加護が出やすくなる。
精神力が高いほど、“戦闘系”が出やすくなる。
逆に、精神力が低いと、探索系や補助系に寄る」
思わず笑った。
「完全にガチャじゃないか」
「そうです。
ただし、“運営の意図”が見える分、普通のガチャよりタチが悪い」
佐那は再び渦を見つめた。
「この陸橋ダンジョン、もう一つおかしいところがあります」
「まだあるのか」
「“死のフラグ”が薄い」
宮本は言葉を失った。
「……どういう意味だ?」
「虚実看破は、権能や加護だけじゃなく、“その場に漂う未来の傾向”もぼんやり視えるんです。
ここは、モンスターの危険度の割に、“死ぬ未来”の揺らぎが薄い」
「つまり……?」
「“テスト用ダンジョン”の可能性が高い。
プレイヤーを殺すためじゃなく、“慣れさせるため”の場所」
宮本は渦を見つめた。
(……チュートリアルダンジョンってことか)
「逆に、校庭の巨大渦は、“死の揺らぎ”が濃すぎる。
あれは本番。
ここは、その前段階」
佐那は静かに言った。
「だからこそ、ここでどこまでやれるかが重要なんです」
「宮本さん」
「なんだ」
「あなたの“運命入力”は、権能としては危険すぎる。
でも、ダンジョン攻略という文脈では、“最適解を引き寄せる力”になり得る」
「……そうかもしれないな」
「私の虚実看破は、“システムの裏側”を覗き見る力。
ダンジョンの内部情報、加護の抽選ロジック、ドロップ品の詳細……
それを見抜けるのは、今のところ私だけです」
佐那は俺を見た。
「だから、私たちの組み合わせは──」
「運命入力と虚実看破。
“書き換える者”と“見抜く者”か」
「そういうことです」
二人は渦を見つめた。
陸橋ダンジョンは、今日も静かに口を開けている。
だが、その内部は、昨日よりも“こちら側に歩み寄ってきている”ように見えた。
(……向こうも、俺たちを見ているのかもしれないな)
俺は佐那の手をとった。
「行くか」
「ええ。
今日は、“どこまでシステムを覗けるか”試してみましょう」
二人は、再び渦の中へと足を踏み入れた。




