十話 運命入力の応ーー渦への初突入
午後。
街を襲った混乱は、ようやく一段落したように見えた。
だが、宮本孝治の身体は、まるで全身を殴られたかのように痛んでいた。
(……これが“身体強化(極)”の反動か)
筋肉痛というより、筋繊維が一度壊れて再構築されているような、妙な熱と重さが残っている。
ベッドから起き上がるだけで、全身がギシギシと軋んだ。
「……プロテイン飲むか」
キッチンでシェイカーを振りながら、昨日の戦闘を思い返す。
狼、猿、甲殻類、そして虎型。
どれも常識外れの強さだったが、身体強化(極)を得た自分は“圧倒”していた。
(だが……この痛みは、さすがにキツいな)
ストレッチをしながら、ふと脳裏に浮かぶ。
(……運命入力で治せないか?)
昨日、解析の男が言っていた。
――代償は“等価交換”。
――対象の周囲から対価を集める。
つまり、自分の筋肉痛を“治る運命”に書き換えれば、周囲から何かしらの対価が支払われるということだ。
(試す価値はある……)
視界の端に、薄いウィンドウが揺らめく。
【Fate Enter:入力待機中】
【対象:宮本孝治】
【効果:運命の一部を書き換える】
【入力欄:______】
(筋肉痛が今日中に治る運命……)
意識すると、入力欄に文字が浮かぶ。
【入力:本日中に筋肉痛が完全に回復する】
(……実行)
“カチリ”と胸の奥で音がした。
次の瞬間、体の奥で何かが“流れた”。
熱が引き、筋肉の張りがほどけていく。
痛みが、じわじわと溶けていくように消えていった。
「……マジか」
数分後には、昨日の激戦が嘘のように身体が軽くなっていた。
(等価交換……何を代償にした?)
部屋を見回す。
家具も、電気も、財布の中身もそのまま。
冷蔵庫を開ける。
「これか……」
(……俺の“周囲”から対価を取ったってことか。肉には肉か……少なくとも、危険な代償ではなさそうだ)
これなら、運命入力の応用範囲は一気に広がる。
(治癒、強化、運……全部、俺は“書き換えられる”)
胸の奥に、静かな自信が芽生えた。
シャワーを浴びでソファーで寝てしまっていたようだ。外はすでに暗くなり、普段だと多くの車が通る道が今は静かだった。
テレビをつけると、世界のニュースが流れていた。
《速報:アメリカ・ワシントンDCの“首都渦”に、軍の精鋭部隊が突入》
《内部で“コイン状の物体”を確認》
《コインは渦内部の石柱で“資源”に交換可能と判明》
(……コイン?)
日本の渦では、野菜や肉のような“食料系ドロップ”が多かった。
だが、アメリカでは“材質不明のコイン”が落ちるらしい。
《コインは金属反応なし。未知の物質で構成されている可能性》
《交換できる資源は、食料・医薬品・燃料など多岐にわたる》
《渦は“資源供給装置”として機能している可能性》
(……世界は、渦を“攻略”し始めたのか)
日本とは違い、アメリカは軍が即座に動いた。
首都渦に精鋭を送り込み、内部構造を調査し、ドロップ品の用途まで解析している。
(日本は……遅れてるな)
渦の数が多すぎて封鎖すらできず、一般人が勝手に突入して加護を得ている状態だ。
(このままじゃ、日本は“渦の餌場”になる)
胸の奥に、焦りが生まれた。
昨日、校庭に発生した渦。
そして陸橋の渦。
どちらも、今日はモンスターが出てきていない。
(……内部のモンスターを倒し切った?
それとも、渦の“周期”があるのか?)
渦は生き物のように脈動しているが、外に漏れ出す気配はない。
(今なら……入れる)
昨日の戦闘で得た身体強化(極)。
そして、運命入力の応用。
(俺は、もう“加護なしの一般人”じゃない)
渦に入れば、加護も得られる。
内部の構造も分かる。
そして何より――
(俺の権能が、渦の中でどう反応するか知りたい)
解析の男が言っていた。
――お前の権能は“外部から書き込まれたプログラム”。
――渦とは別枠の存在。
ならば、渦の内部でこそ“本来の力”が見えるかもしれない。
夕方。
宮本はマンションを出て、陸橋の渦へ向かった。
昨日よりも渦は静かで、黒い霧がゆっくりと回転しているだけだ。
警察も自衛隊も、別の渦の対応に追われているのか、ここには誰もいない。
【Fate Enter:入力待機中】
【対象:ダンジョン№54724】
【効果:運命の一部を書き換える】
(渦も対象なのか。加護はランダム抽選だったよな、加護にはランクがあるようだから等価交換で付与できないか?)
渦に視線を固定する。
【対象:宮本孝治】
【代償対象:ダンジョン№54724】
【入力:対象に代償対象の最高ランクの加護を付与】
【実行しますか:Y/N】 Yを選択する。
付与がされる感覚がない、全能感とまではいかなくても何か感じるはずだ。
(身体強化の加護を得たときはその場で得たが、中に入る必要があるのか?)
手を伸ばし渦に触れた。冷たくもなく、熱くもない。
ただ、空間が“ねじれている”感触だけがある。
一歩踏み出す。
視界が黒に染まり、足元の感覚が消えた。
(……白じゃない。黒の空間か)
次の瞬間、景色が開けた。
◆宮本孝治に加護“地図(大)”が付与されました。
頭の中にぼんやりと何かが浮かび上がり形作っていく。
次第に鮮明になってきた。
(ダンジョンの地図っぽいな。というか、俺勢いで危ないことしすぎてないか)
慌ててダンジョンを出る。
「いい年して準備もせずにダンジョン入るとかないよな。普段なら絶対しない」
人目につかないよう陸橋を駆け降りる。
明るいとこで見られたら赤面してるだろう。




