第一幕 「小町藤が咲く頃に」①
ここは大阪の新町にある歓楽街で最も有名な夜の遊廓……月下香。
色街の住民である遊女や花魁、男娼や陰間たちは日が沈むと共に客に装っては色を売り、そして客はそれを金で買っては一夜を共に過ごす。まさに嘘と欲に塗れた駄作な恋愛だ。
本来ならば、そんな男女の色恋話を語ったりするだろうが、この物語は全くの別物である。何故なら…この街にはもう1つ、色街があるからだ。
その街は此岸とは対となる彼岸に存在する遊廓……金木犀。
そこでは怪異、妖怪、幽霊が自由かつ未練を残したまま街で暮らしている。彼らもまた、色を買い、晩酌し、一服し、博打し、観劇する。
そんな2つの色街は、黄昏時に干渉し始める。此岸と彼岸の境界が曖昧になり、知らぬうちに人間は彼岸へ人外は此岸へ行ってしまう事も珍しくはなかった。
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卯月、未の刻。今日から結弦は駆け出しの噺家として、兄弟子に連れられこの月下香にやって来た。
「お前はここに来るの、初めてだよな?」
「はい。…でも兄さん、本当にこんな本格的な遊廓にでも噺屋の店ってあるんですか?」
「あぁもちろんだ。俺らは朝の月下香の仕事を任されているようなものだからな。遊廓と言っても歓楽街だ。それ目的じゃない御客人だって、俺たちの演技や講談を楽しみにしているんだぜ」
先達の言葉を受け取り、結弦は遊廓の街並みを見回す。朝になっても多くの人で賑わっており、鮮やかな妓楼がいくつも存在している。
「夜になったら楽しいぞ?何せこの街は大阪一の遊廓だからな。美人の遊女たちと遊べるし、もっと有名になって金持ちになれば、花魁も買うことが出来るからな。ま、お前の実力次第だ、期待してるぜ」
そう言って兄弟子は結弦の肩を叩いた。そんな彼に結弦は、照れくさそうに笑って頷く。
「はい…兄さん」
2人は遊廓にある噺屋「朱頂蘭」に足を運ぶ。趣きのある何処か温かい雰囲気の木造の屋敷。玄関には既に年頃の男が出迎えていた。
「いやぁ〜新しいお弟子さん?遥々江戸の都から大阪の都に来て下さって、おおきに」
少し茶化し気味な歓迎の言葉をを放つ彼は、この噺屋の師範である、八月一日という噺家だった。
「自分、ここの師匠を一応やっております、八月一日と申します。果物の『八朔』やのうて、『八月一日』と書いて、八月一日言いますねん。よろしゅう」
結弦も挨拶を返す。
「は、初めまして……結弦です」
「そないに堅くせんでええよ?肩の力はな、風呂に浸かる時みたいにだらしなく抜いてもうて…なぁ?じゃあお二人さん、ここで話すんのもなんやし、わてがええ大部屋に案内したるわ」
へらっと笑う八月一日は、江戸の噺家の師匠たちとは違う。楽観的で、誰でも受け入れてくれるような……そんな印象だった。
大部屋に案内された二人は改めて八月一日と向き合うように正座する。
「じゃあ早速やけど結弦君。今ここで披露させて貰おか」
「えっ……いきなりですか?」
「向こうで一度や二度くらい……いやぁ三度目かは知らんけど、舞台に出た事あるんやろ?」
「まぁ……数えるくらいには」
結弦は江戸の舞台で芝居をした事はある。駆け出し者としてやって来た芝居の噺は、誰もが知っているものばかりだったが。
「とりあえず、やってみぃ?」
八月一日の命令に結弦が逆らえるわけがない。
結弦は懐から扇子を持つと少し緊迫した表情で芝居を披露した。




